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8.ブロッサムフェスティバル

 その日の晩、私はお父様の書斎へ行き、とある交換条件を提示する。


「……それは分かったが、お前は本当にいいのか?」


「もちろんですわ」


「しかしだな……、うむ……」


 あまり納得の行ってない様子だが、元々その話を持ってきたのはお父様だ。今更しり込みされても困ったものだ。


「もう決めたことですし、お父様にお願いしたことは少々無茶なことだと自覚しておりますので、それなりの対価は必要でしょう。それに、この話はエペイロス家にとっても有益なもの……。それを理解なさってるから私にまで話を通したのでしょう?」


「……うむ。わかった、お前の望む様にしよう」


「ありがとうございます」


 しぶしぶといった様子だが、お父様の約束も取り付けられた。


 一礼をして書斎を後にする。扉を閉めた後、「うちの娘はいつの間にかあんなにも剛胆に成長したんだな」というため息にも似たつぶやきが聞こえてきた。




 思い思いに着飾った生徒たちが続々とガーデンへ集まってくる。


 今日はブロッサムフェスティバル当日。


 昨日までは悪天候が続き開催も危ぶまれていたが一転、とても穏やかな陽気に恵まれた。


 花の香りと、演奏家達が奏でる音楽が風に乗って届く。


 お祭りの気配にそわそわとしながら、早めに到着してしまった私はみんなを探しにあたりをうろつく。


「ディオネ。こっちよ」


 聞きなれた声がし、きょろきょろとあたりを見回すとみんなの姿を見つけた。


「もう来ていたのね」


 お祭りにそわそわしてしまった私は早めに会場に来てしまったのだが、どうやら皆も同じ様子だった。


「ふふ、楽しみだったんですもの」


 レイアは広げた檜扇で口元を隠すと、恥ずかしそうに笑った。今日のレイアはイエローのドレスだ。肩口から背中に掛けて大ぶりのコサージュが存在感を放っている。裾には白いレースと細やかな刺繍。とても素敵なドレスでレイアによく似合っていた。


 その横できょろきょろとあたりを見回しているイーリスは深いブルーのドレス。胸元と袖口にフリルが織り込まれており、イーリスの少し幼い感じによく合っていた。

ティアラの宝石が日の光を反射し、キラキラ輝いている。


「イーリス、お茶会になったらきっとおいしいお菓子も用意されるから、そんなにつまらなそうなお顔をしないで」


「うん……。お菓子楽しみ」


「ディオネのそのドレス新しいの? 初めて見たわ」


「そうなの、お父様が買ってくださったんだけど……少し派手じゃない?」


 私の今日のドレスはオフホワイトに金レースと銀ゴーズの縁飾りが金銀のきらめきを放っている。もう少しシックなやつが良かったのに……。私の意見も聞かずすでに用意されていたのだ。


「ううん、とっても素敵よ。キラキラして綺麗」


 そういって褒めてくれたフローラのほうが素敵だと声を大にして言いたい。


 淡いピンクのドレスは、幾重にも重ねられたフリルが裾へ向かうにつれてボリュームを増していく。胸元にはドレスよりも濃いピンクのコサージュ。そして揃いのコサージュで髪をアップにしている。花の妖精が顕現したかのようだ。


 いつまでもこの華やかな雰囲気に浸っていたいが、今日は大事なイベントの日。


 私はあたりを見回し、リューの姿を探す。


 いつの間にかガーデンは生徒達であふれかえっていて、探し出すのは難しそうだ。もうすぐでブロッサムフェスティバルが始まる。それまでに動向を探っておきたいが……。


「何を探してるのかな?」


「ヒィィ!」


 突然背後からささやかれ、私は飛び上がる。


 全身に広がった鳥肌を鎮めるように両腕をさすりながら振り向くとマルクスが立っていた。


「あらマルクス様。探してるなんてそんな……。楽しそうな雰囲気に浮かされて、あたりを見回していただけですわ」


「ふーん。リューならもうすぐ来るよ」


「そうなんですね。もう始まりそうですし、リュー様を見かけたら一曲踊って頂けないかお願いしようかしら。マルクス様と違ってリュー様となら上手に踊れますし」


 まただ。また、ダンスの練習会の時のような一触即発の空気になってしまった。


 マルクスとは相性がよくないのだろうか? こうして顔を合わせて何気ない話をしようとしただけで、口から出てくるのはとげとげしい物ばかり。


 そんなつもりはないのだけれど、どうしてそういう流れになっていってしまうのだろうと考える。


「そろそろ始まりそうですね」


 流れいた音楽が、ダンスのそれに変わる。ガーデンの中央が開かれ、慣れた上級生たちがぽつぽつと踊り始めた。


「私たちは踊る相手が決まってないから、しばらくは解散しましょうか」


 ダンスは通常男性から誘われ、踊場へとエスコートされる。相手が決まっていない場合、男性が声を掛けやすいように女性は一人で居ることがマナーとされていた。


 もちろん、誘われたからと言って必ず受けなければならないわけではなく断っても良いが、社交界におけるダンスとは政治的な役割も担っている為、ほとんど断ることはないとされている。それが原因で家同士が険悪になるという事態を避けるためだ。ただし、婚約者、配偶者以外の者で同じ相手と三度踊ることはタブーとされている。


「それでは、また少し経ったらこのあたりに集合しない?」


「わかったわ、それではごきげんよう」


 私たちはそれぞれ歩き出し、一人になったところを見計らうかのようにレイアに声を掛ける上級生の男の子が見えた。


 決まった相手がおらず、美人で、家柄も良い。そんなレイアを狙う男性はたくさんいるようで、タイミングを逃した子たちがその様子をちらちら見ながら悔しそうにしていた。


 私は……、とりあえずリューとフローラの様子を探りながら動かなくてはならない。なるべく気配を消し、誰からも誘われないようにしなくてはならないのだ……!





 リューとフローラのイベントが起こるのはフェスティバルが後半に突入したころ。


 かねてから噂を聞き、よく思っていない他クラスの女の子と上級生数人がフローラを取り囲み、攻め立てるというものだ。


 このイベントでは過激なことはされず、フローラ自身に傷一つつかないものなのでひとまず安心ではあるが、それでもフローラの心は傷つくのだから、見て見ぬふりをするのはすごく心が痛む。


 一人、リューとフローラの姿を目で追いながら、人の影からテーブルや草木の影へ移動する私は不審者そのものだろう。だが幸いなことに誰もそんなことに気を取られず、ブロッサムフェスティバルに夢中になっていた。


 私もできることならこの祭りを何の下心もなしにゆっくりと楽しみたい。練習したダンスだって踊ってみたい。


 そんなことを悶々と考えながら木の影に隠れた瞬間、人の気配を感じぱっと振り返る。


「何をそんなにコソコソしてるんですか?」


 で、でたー!


「あらマルクス様、こんな日陰にいらしてたんですね。踊らないんですか?」


「あんなに一緒に練習した君の姿が見えなくてね、心配で探したんだよ」


「ウフフ、上手に踊れるか心配なので、なるべく隠れているんですの」


「今日はそんな慣れない紳士淑女のための練習の場だろう? 細かいことは気にせずに踊ったらいいさ。相手が見つからないのなら私が相手をしますよ?」


「マルクス様の足をまた踏んでしまわないか心配なので、遠慮しておきますわ……っ!」


 しまった。こんな茶番を繰り広げている間に二人の姿を見失ってしまった。三時を告げる鐘の音が鳴り響き、ブロッサムフェスティバルがあと一時間で終わることを知らせる。


 そろそろフローライベントが開始される時刻。まずい、早く見つけなくては……!


 イベント発生のポイントはガーデンの北東、クレマチスの花が群生しているあたりだったはず。それならば――


「マルクス様、私探している殿方がいますの。その方と踊る約束をしているので、これで失礼しますね」


 ぺこりとお辞儀をしてその場を離れる。マルクスが何か言おうとしていたが、聞いてしまったらまたタイミングを逃してしまう。私はそそくさと人波に紛れ込む様に進む。


 リューをうまい事誘導しなくてはならないが、マルクスが単身私の傍に来たという事は、リューは今フリーになっているはずだ。


 北東方面へ進みながらリューの姿を探す。さっきまではあの辺りにいたから、そう遠くへは行ってないはず……。


 いない。いない。どこにいったの?! 焦燥感だけが募り、胸が早鐘を打つ。


 クソッ、マルクスめ! もしもこのイベントが失敗したら……、八つ裂きにしてやるっ!


「っ!」


 リューよりも早く、四人の女生徒に囲まれながら人影の少ない方へ歩いていくフローラを見つけてしまった。


 このままではフローラを助けてあげることができない。


 私が助けに入る? でもリューの好感度が上がらなければ、あの地獄を見る羽目になる……。


 みんなが助けを呼ぶ声が聞こえる。業火に焼かれ、逃げ惑う人々。折り重なるように倒れている人々。血の匂いがあたりを支配し、子供の母を求める声が耳をつんざく。ゲームの中の物語が現実となってこの身に、この世界に降りかかる。


 泣いている暇なんてない。私は目元を拭うと、フローラ達の方へ駆け出した。

 



 信じよう、リューは必ずフローラの元へはせ参じると。

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