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6.舞い踊るは花びらのごとく

 結局言い出しっぺの家でやろうという事になり、私の家でダンスレッスンが行われることになった。


 練習をするとは言ったけれど、みんなでとは一言も言っていないのにと不満げにしていると、マルクスが酷薄な笑みを浮かべながら「今日はよろしくね」と言ってきた。


 怖いっ怖すぎるっ!


 今までゲーム内でいい印象のなかったマルクスへはなるべく近寄らないようにしていたので、こんなに近くにいるのは初めてだ。


 整った顔立ちからリューとは違った意味で人気のあるマルクス。主に女生徒から熱烈な支持を受けている。みんな上っ面に騙されていると思うが、そんなことを言ってしまたら私の命が危ない。フラグとかそんなの関係なしに首が飛びそうだ。


 リューは顔立ちこそ平凡だが、風格と威厳それと同居する親しみやすさから女生徒だけではなく男子生徒からも人気があった。王子という事は校長しか知らない機密事項であり、彼の人気は地位によるものではなく彼自身の魅力と言えよう。


 主人公補正と言うやつを差し引いてもリューはいいやつだと思う。


「それじゃあ、時間もあまりないからさっそく練習しようか」


 ダンスホールはおおよそ五百米程、私が日本で暮らしていた部屋の三十倍ほどの広さがある。ダンスホールだけでこの広さって……と思うかもしれないがこれでも小さいほうだと言う。


 パーティを開催することになればテーブルや生花などが運び込まれ、華やかさを増すホールだが今は閑散としていて冷ややかな空気だけが停滞している。


 メイドに頼み、簡易的なテーブルと椅子を人数分用意してもらう。イーリスのリクエストのクッキーをはじめとした軽食類も並べられた。


 リューに手を引かれ、フローラが前へと出る。なるべくリューの近くにフローラが行くように仕向けたかいがあったというものだ。……そんなことをしなくてもリューがフローラを指名しそうではあったが、やはり選ばれないというのは少し悲しいものがある。自分にできる言い訳を自ら作り上げたのだが、どこかむなしい。


「では私たちも行きましょうか」


 そういってマルクスが手を差し出した。


 重ねるように手を添えると、ふわりと軽い足取りで誘導される。……こなれておる。


 ヴァイオリンの音色に合わせて体を動かす。足元を見ようと顔を下に向けるも体が密着しすぎていて見えない。


 こんなに近くに誰かの体温を感じるのなんてそうそうないのでドギマギしそうになるが、マルクスに対する恐怖がそれらを打ち消した。


「足元は見ないで、私のリードに身を任せて」


 耳元に落とされる声音に背筋がぞわりと粟立つ。背中に回された手がステップを踏むたびに離れそうになる体を引き寄せた。


 一生懸命、雑念など取り払うべく無我夢中でステップを踏んでいると、マルクスがことさら顔を耳元に寄せてくる。


「っ」


 悲鳴にも似たうめき声が口から洩れる。


「さっきからそんなに怖がって、何がそんなに怖いんですかね?」


 全てだ、とも言えず私はあいまいに笑ってごまかそうと口角を上げようとしたが、うまくいった気がしない。きっとひきつった笑いが顔に張り付いているだろう。


「時たま私たちのことを睨んでいるよね。何か……他意はあるのかな?」


 それまで誘導をメインとするため紳士的に軽く握られていた手を強く握られ、その痛みにおもわず顔をしかめる。


 これは、牽制だろうか。


 大方これからのことをあれこれ考え、厳しい眼光で見つめていたことを不審に思ったのだろう。何らかの刺客とも思ってそうだ。


 実際、リューの命を狙い何度か刺客が現れるのだが、その都度マルクスが撃退していた。


「何のことか……分かりませんわ」


「ふーん……」


 探るような視線を感じて冷汗が背中を伝う。背中に回された手の感触がまるでナイフを突きつけられているかのようで心臓がすくみ上った。


 その瞬間、リズムに乗り損ねマルクスの足を盛大に踏みつけた。


「いって」


 マルクスの声とダンスが止まってしまった私たちに合わせるかのように、演奏も止まり近くで踊っていたフローラたちの動きも止まってしまう。


「ごめんなさい」


「ついでだしちょっと休憩しようか。お二方の感想やアドバイスも聞きたいしね」


 リューの提案にほっとする。このまま続けようと言われても、きっと足を踏む回数が増えるだけだろう。


「お疲れさまー」


 差し出してくれたタオルを受け取り、額に浮かぶ汗をぬぐう。




 無駄にこわばっていた体がようやく弛緩し、嘆息する。

 

 これは明日筋肉痛だなと思っていると、フローラが今にも泣きだしそうにしていた。


「ちょっとフローラどうしたの? まさかリュー様に変なところとか触られた?!」


 汗を拭いながらすっかり冷めた紅茶を飲んでいたリューがむせ返る。


「な、そんなことはしていないっ!」


 三人の女性陣からじとっとした目つきで見られ、リューが慌てふためく。


「ち、違うのみんな。リュー様はとても紳士的でらしたわ。……そうじゃなくて、あんまりにも上手に踊れなくて……」


 尻すぼみになっていく言葉が震え始める。胸元で握られた両手を体に引き寄せながらフローラはどんどん小さくなっていく。


 それまでずっと思考を巡らせるように、口元に指を添えていたレイアが口を開いた。


「うーん……フローラのダンスは確かに音楽から少しずれてるように感じるけれど、それはフローラが音楽についていこうと集中しすぎているからじゃないかしら?」


「音楽を聴きすぎてるってこと?」


「ええ、音楽に合わせようと動いていることが余計にリズムを崩している原因になっていないかしら?」


 うつむいていたフローラが顔を上げ、レイアを見つめる。さっきまで重く光が消えかけていた大きな瞳に少し光が戻ったかのようだ。


「それでは……」


「それじゃぁ、今度は音楽なしで踊ってみようか。僕のリードに合わせて踊ってみてくれるかい?」


「……はい! お願いいたします」




 それからの練習は目を見張るほどの成果が出た。


 フローラはまるで花の精霊のごとく軽やかに、そして華やかに踊る。ステップを踏むごとに花びらが舞い踊るようだ。


「ほう、これはこれは……」


 その様子を見ていたマルクスが感心するに息を漏らす。ええそうでしょうとも、レイアのアドバイスを受けてめきめきと上達したフローラはもう音楽の中でもリズムを崩すことなく踊っている。


 一方……――


「君は全く上達しないんだが、どうしてだろう?」


「ぐっ……」


 憐憫のまなざしを送ってくるマルクスに何も言い返せない。


 楽しそうに踊るフローラたちを眺めながら、今は長い休憩をとっている。もうこのまま踊るフローラを愛でる会でいいと思う。


「……ディオネは体こわばり過ぎてる。肩が上がってる」


「もうちょっとリラックスして踊りなよ」


 無理である。今一度言おう、私はマルクスが怖い!


「そうね……分かってはいるんだけれどね」


 曖昧な返事でお茶を濁すが、不信感を滲ませたマルクスが私から目を離してくれない。


 マルクスの私に対する不信感がどんどん募っていってる気がする。このまま上がり続けるとどうなるのだろうか……。


 返討ちにあってきたリューへの刺客同様、消されてしまうのだろうか……。


 そんなことを考え巡らせていると、マルクスに対する恐怖値がうなぎ上りである。


「僕と踊る?」


 フローラと一曲踊り終えたリューが踊りに誘ってくれるが、今日はリューとフローラの親密度を上げるために開催していると言ってもいいダンス練習。


 ここで私が横やりに入って変なフラグでも立ててしまうと……、怖い。そもそもこの練習ですらイレギュラーであると言えよう。こんな場面はゲーム中では一切なかった。


 もちろんゲーム内では盛り上がる場面をフォーカスしてシナリオが組まれているので、三百六十五日すべてをえがいているわけではない。私たちは実際に今ここで生きていて、シナリオ外の日常のほうがはるかに長い時間存在するのだ。


 イレギュラーは往々にしてあろう。


「いいんじゃない? 踊ってみてよ。私も何かアドバイスできることがあるかもしれないし」


 表情は笑顔のマルクス。けれどその目の奥は笑ってないのがわかる、いっそすがすがしいほどの殺気が私を貫いていく。


 これ絶対行動起こさせて、現行犯逮捕ー! 的なやつ?


 誤解です。私はそんなんじゃないです。ただ単にハッピーエンドを目指してるだけなんです。


「ディオネ、頑張って!」


 ああ、フローラにそんな笑顔で応援されたら頑張るしかないじゃない。


 もうなるようになれ――


 私はリューへそっと手を差し出す。


「お願い……いたしますわ」


「喜んで」


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