3.女子会
おかしい、おかしいぞ。
学校生活が始まり早一週間。
もちろん私たち三人は同じクラスで、メインヒロインであるフローラも同じクラス。
けれど肝心のリューがいない。確か私たちは五人とも同じクラスで各季節ごとのイベントやらなんやらで親交を深めていくはずなのだが……。もはやすでにフラグは折られていて、何もすることなくこのまま平和に時が過ぎるのだろうか。
そうであればいい。私は二度目の学生生活をエンジョイするだけだ。
「……ニヤニヤしてて気持ち悪い」
「はっ」
いつの間にか授業は終わり、今後について考察していた私の傍にはイーリスがいた。そんなにニヤついていたのだろうか。下賤なものを見るような目で見下されている。
「あははは、ちょっと今日の帰りにキュプリア大通りに新しくオープンしたカフェでも行こうかと思って」
「行く」
かぶせ気味に同行を希望するイーリスの目はキラキラと輝いていた。さっきまでの侮蔑の色はもはや微塵も感じられない。
「じゃぁレイアも誘って行こう」
レイアに声をかけようと、席のほうを見てみるも姿が見えない。カバンは机に残っているのでもう帰ったという事はなさそうだ。
「どこ行ったんだろう。トイレかな?」
「レイア様なら、ガイア先生に呼ばれてましたよ」
凛とした鈴の音のような声を聴いた瞬間私の心音が揺れた。ぱっと顔を上げると、にっこりと微笑むフローラが立っていた。
栗色のふわっとした髪の毛に緑の大きな瞳、桜色に色づいた薄めの唇はぷっくりとしていて艶やかだ。
目の錯覚だろうか、彼女の背後に花が見える。
「そうなんだ、ありがとう」
「ところでさっきの話ちょっと聞こえちゃったんだけど、私も一緒に行ってもいいかしら?」
「さっきの話……カフェに行くっていう話?」
「うん。行ってみたいって思ってたんだけれど一緒に行ってくれる子が見つからなくて。ダメかしら?」
フローラと仲良くなれるのは喜ばしい事だ。この一週間リューが姿を見せないことに安堵し、あまり接点がなかったフローラとの親密度アップを積極的に行ってこなかったがいい機会だ。
パーフェクトワールドの鬱シナリオの中でフローラルートだけは唯一心休まり、心おきなく萌えることができたのだ。フローラ推しなのは至極当然の結果と言えよう。
「是非ご一緒しましょう! イーリスもいいよね?」
「うん。……一口シェアしてくれると嬉しい」
イーリスにはもうスイーツしか見えてないのだろう。今にも口元から涎がたれそうだ。
「もちろん! みんなでシェアしていろんな種類を食べましょう」
キャッキャと女子トークを繰り広げているとレイアが教室へ戻ってきた。イーリスが待ちきれないとばかりに駆け寄りプランを説明している。
ぐいぐいとイーリスがレイアの腕を引っ張り急かしている。早くカバンを取りに行こうと言っているのだろう。
「ふふ、イーリス様は甘い物が好きでいらっしゃるのね」
「そうなの、うちでお茶会を開くと一人で黙々と食べ続けているのよ。それでも太らないんだから羨ましいのよね」
「お茶会はよく開催するんです?」
「うーん、そうねちょくちょく開催しているわ。私たちは家も近いし、逆に言うと近場で年頃の近い子が彼女たちしかいないっていうのもあるんだけれど」
「羨ましいわ、私のご近所さんで同じ年ぐらいの女の子はいないの。だから学校が始まるのをすごく楽しみにしていたのよ」
「そうなのね、フローラ様はどちらのあたりにお住まいなの?」
「西領土のゼフィールよ。あの辺りは静かだし緑豊かで暮らしやすいのだけれど、別宅が多くてあまり人はいないのよね」
確かにゼフィール辺りは上流貴族の別宅が多く、閑散としていることが多い。首都ティリンタへの道程を考えると不便であるというのが最もたる理由だろう。
「こちらにお部屋を借りているの?」
「ええ、メイド達と一緒に学園の近くに家を借りているわ」
「おしゃべりはカフェでしましょう?」
私たちの長話にしびれを切らしたのだろう。イーリスが待ちきれないといった様子で教室の出口で待っていた。それでも私たちの邪魔をしないようにと気を使っていてくれたのがイーリスらしい。それを見てレイアが声を掛けに来てくれた。
「ごめんなさい。すぐ行くわ。続きはカフェでね」
「そうね。そうしましょう」
私たちは浮き立つ気持ちを隠すことなく、カフェへと向かった。
テーブルの上にはたくさんのスイーツが並んだ三段重ねのティースタンド。かわいらしいデザインのティーポットと、揃いのティーカップが四組。私たちはそれぞれ好きなスイーツを小皿に移し、紅茶と共にいただく。
「このラズベリーパイとても美味しいわ。はいイーリス、あーん」
「あーーん」
一口分に切り取られたラズベリーパイをイーリスへと差し出すレイア。
イーリスの小皿の上には二種類のケーキとホイップクリームの乗ったプディングが乗っている。
「ふふ、イーリス様は美味しそうに召し上がるからついつい差し上げてしまうわね」
フローラもチョコケーキを一口分イーリスへと差し出した。
「そういえば、さっきは二人で何をお話ししていたの?」
レイアに問われ、私たちは顔を見合わせた。フローラににっこりと微笑まれきゅんとする。違う違う。
「大した話でもないんだけど、どこに住んでるの? っていう話と、私たちのお茶会の話よ」
「フローラ様はこの近くにお部屋を借りてるんでしたよね。ご家族と離れてさみしくはない?」
レイアはフローラと席が近い分、私たちよりも接点が多かったのだろう。少しだけ悔しい。
「メイド達が一緒だし、さみしくはないわ。家に居てもお父様はお忙しくしてらしてあまりお話もしないですし。それよりも私のことはフローラと呼んで? 良ければ三人とお友達になりたいわ」
「もちろんよ。フローラ様……フローラも私達のこと気軽に呼んでほしいわ」
私がそう言うと、イーリスとレイアも微笑みながら頷いた。それを見てフローラは嬉しそうに笑みを浮かべると紅茶を口に運ぶ。
「ふぅよかった。嬉しいわ、嫌よって言われたらどうしようかと思って緊張していたの」
何この天使。恥ずかしそうに破顔するフローラの笑顔が尊くて、私は思わず拝んでしまう。
フローラ推しの理由の一つが彼女の笑顔だ。可愛いというより綺麗という言葉が似合うフローラは一見すると近寄りがたい。でもふと見せる笑顔が空気を和らげ、まるで大輪の花が咲き誇るかのように華やかな雰囲気を纏わせる。無邪気に笑うその姿と凛とした立ち振る舞いのギャップが私の心を惑わせる。
「良ければお茶会にも誘っていただけると嬉しいわ。メイドのテティスが作るマフィンは絶品なのよ、ぜひ召し上がって頂きたいわ」
「マフィン……!」
いち早くイーリスが反応を示す。両手にスコーンとジャムの乗ったスプーンを持ちながら。
「ふふ、イーリスにはたくさん持っていくわ」
嬉しそうに頷くイーリス。餌付けされているような気がしなくもない。
ティースタンドに乗ったスイーツをあらかた食べ終わり、ほぼイーリスが食べたような気もするが、太陽も傾き茜色に街が染まり始めたので私たちは家路につくことにした。カフェの入り口にはフローラのメイドが待機していて出てきた私たちに気が付くと、折り目正しく一礼をした。きっと彼女がテティスだろう。
私たちはレイアの馬車――キャリッジに乗って帰路へとつく。スイーツはどれも美味しくて思っていたよりもたくさん食べてしまった。夕食は少なめにしてもらおう。
「フローラは明るくていい子ですわね」
車窓から見える景色をぼんやりと眺めていると、レイアがひとりごちた。
「そうね、仲良く出来そう。次回のお茶会に誘ってみるわ」
「マフィン……楽しみ」
「少し嫌な噂を聞いていたから心配したのだけれど杞憂に終わりそうで安心したわ。やっぱり噂なんて当てにならないわね」
嫌な噂……。
きっと彼女の過去のことだろう。フローラは孤児であり、物乞いをしていたという噂だ。
パーフェクトワールドではリューとフローラの親密度アップの初めてのイベントは噂が元となったフローラへのイジメを助けるという物だったし、噂は広く浸透しているのだろう。
私たちの通うトロイアス高等学校は上流貴族の子供たちが通う国立学校だ。豊かな生活の中で育ち、それが当たり前となっている子供たちにとって、孤児や物乞いは卑しい存在と認識されている。私たちの豊かさの裏には影が潜んでいるという事を知らない幸せな子供たち。
トロイアス国にはいまだ貴族制度が根強く残っていて、王族を筆頭に上級貴族、下級貴族、平民とヒエラルキーが存在している。
「……次のお茶会はレイアのお宅で開催だったわよね」
「そうね、フローラの持ってきてくださるマフィンに負けないくらい美味しいケーキをご用意しますわ」
「ケーキ……」
フローラが噂通りの生い立ちを歩んできたと言ったら二人は拒絶するのだろうか。
卑しい子と蔑むのだろうか。
そんなことを考えているとキャリッジがゆっくりと停車し、扉が開く。
「ディオネ様、到着いたしました」
「それじゃぁみんな、また明日学校でね」
「ごきげんよう」
レイアとイーリスを残し、私は一足先にキャリッジを降りる。イーリス付きの従者が深々と頭を下げ見送ってくれた。