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14.その男、くせ者につき

 平和に毎日が過ぎ去っていく。私たちも夏服へと衣替えをした。と言っても、基本的に肌を晒すのはNGとなっているこの世界、布地が薄手の物、肌触りの良いものへと変わったぐらい。


 日本のように半そでになったり、お腹を出したり、短めのパンツやスカートをはいたり……といったことではないので、肌にまとわりつくドレスの布地が汗で張り付きとても不快だ。


 湿度もそれほど高くはなく、猛暑日と呼ばれるほどの気温になることもそうはないのだが、それでも暑い日は暑い。


「ごきげんよう。今日は少し暑いわね」


「ええ、ほんと。風があれば少しはマシなのでしょうけれど……」


 額に浮かぶ汗をレースのハンカチで拭う。


 校門でレイアと偶然一緒になり、こうして教室まで一緒に歩いている。廊下の窓は開け放たれているが、風がないので涼しさを感じられない。


「そういえば聞きました? この学校から何人か国外退去処分になった子がいるって」


 ぎくり。


 とうとうレイアの耳にも入ったか。どこからか情報が洩れ、レイア、イーリスといった格式ある家の者への耳に入るのは予想していた。


 貴族も平民も関係なくみな噂話は大好きなのだ。この娯楽の少ない時代では恰好の時間つぶしになる。


「一体何をやらかしたんでしょうね。あまりよくない風情の方たちでしたから……」


「知っているの?」


「ええ。お茶会に呼ばれたことがあったの。最近は行きたくなくて断ってばかりだったけれど」


 レイアにも彼女たちの素振りは良くないものとして認識されていたらしい。


「……ほんと、怖いね~。国外退去処分なんて」


「ひっ」


「あら、マルクス様、リュー様ごきげんよう」


 背後から聞こえてきたマルクスの声に驚き短い悲鳴を上げる。


 なんでこう、この男は人の背後を取るのだろうか。心臓に悪すぎる。


 後ろを振り向けないでいる私を他所に、レイアは優雅にドレスのスカートをつまみ、お辞儀をした。


「ごきげんよう。ねぇ、君は何か知らないのかい?」


 マルクスにそう問われ、思わず表情が固まる。ここで動揺してしまっては、私が何か関わっていると勘繰られてしまう。落ち着け。落ち着くのだ。


「ウフフ、私は何も知りませんわ。マルクス様ったら、意外と噂好きなんですね」


「ふーん。……まぁいいけど」


 そう言うと少し楽しそうに口元をゆがませて、歩いて行ってしまった。


 危なかった。何だろうか……あの、俺は知ってますよ感。いや、あいつなら知っていてもおかしくはないのかもしれない。


 そう思うと怖い……、どこまで知ってるのだろうか。


「あの二人はいつでも一緒ですわね」


「そうね」


「お付き合いをなさっているのでしょうか」


 は?! え? ちょ、レイアさん何言ってるの?


 あまりに突拍子もない事を言い出したので、驚いて口をパクパクしながらレイアを見つめる。


「あら、珍しい事ではないみたいですよ? まぁあまり世間様の目は優しくないようですから、おおっぴらになさってる人はそんなにいないようですけれど」


「そうなの?!」


 びっくりした。いわゆるびーえるってやつじゃないんですか? それ。


 なんだかドキドキする。前世では恋愛シミュレーションゲーム大好きだったが、基本的にはノーマルカップリングの物ばかりをやっていた。

 

 でも別にBLが嫌いなわけではない。

 

 ふむ……。絶対にそういう関係ではないという事は分かっているが、ちょっとした意趣返しだ。レイアの話に乗っておこう。


「そうね、そうかもしれないわね。前々からあやしいと思っていたのよ」


「あら、やっぱり? ディオネもそう思ってるなら、そうなのかしら。フフ、観察の楽しみができたわ」


 ははは、巻き沿い喰った形になったリューには申し訳ないが、君の従者の躾が良くないからこういうことになっているのだよ。


 少しだけマルクスに対する溜飲が下がった気がして私はほくそ笑んだ。


「あらあら、ディオネも好きね」


 レイアに誤解された気もするが、まぁいいだろう。


 思いのほか廊下で時間を食ってしまった。軽い足取りで私たちは教室へと急いだ。




 じっとリューのことを見つめる。


 教室内にある机は四列ずつ五席、規則正しく並んでいる。


 リューは窓際の列、前から三番目。私はその隣の列、前から四番目。リューの斜め後ろとなっている。観察がとてもしやすい絶好の位置だ。


 問題は、リューの後ろの席……つまりは私の隣の席にあたるのだが、そこにマルクスがいるという事だ。


 最近は考えながらリューを睨む……もとい、見つめることはなるべく避けていたのだが、ついつい気を抜くとリューの背中を見ながら考えふけってしまう。


 ピリッとした視線を感じる。マルクスに見られているのだろう。真横から来る剣呑な視線、まだ私のことを訝しんでいるのだろうか。


 ちらりとマルクスを見ると、ばっちり目があった。


 ふとレイアに男色家だと誤解されていることがよぎり、思い出し笑いをしてしまう。


 だめだ、耐えられない。笑ってしまう……!


 顔を背け、両手で顔を覆う。今は授業中だ。笑い声なんて上げたらエペイロス家の恥!


 フルフルと震えながら、笑いをこらえる。



 

 ようやく落ち着き指の隙間から隣を伺う。まぁ顔毎動かさないと真横なんて見えないので、隙間から伺うような真似をしなくても見ていることはバレバレなのだろうが。


 こちらに興味をなくした様子のマルクスが退屈そうに窓の外を見ていた。


 陽の光に透ける金の髪がサラサラとマルクスの挙動に合わせて揺れ動く。ああ、絵になるなと思った。うん、正直に言うと見とれてしまった。


 彼が女性にモテるのも分かるなと思うが、あくまでもこうして見ているだけならばだ。


 私の視線に気が付いたのだろう、マルクスがこちらを見ると酷薄な笑みを浮かべ、こともあろうに鼻で笑った。ぐぬぬ、絶対バカにしてる。


 悔しくて目をそらすと、前の席に座るフローラの背中が目に入る。なんだかそわそわしている。


 ちらちらと横を意識している様子だが……おやおやこれは? 恋する乙女の行動ってやつじゃあないんですか?


 にやにやしているとまたマルクスにせせら笑われる、自重自重。


 でも嬉しい。このまま順調に……――


 なんだろう、何か甘ったるい匂いが教室に充満してきた。


 異変を察知し立ち上がろうとするが、体に力が入らない。力が抜ける……。甘い匂いがますます強くなり、それと比例して頭が重くなってくる。


 かろうじて動く目だけで教室の様子を伺うと、みんな机に突っ伏してしまっていた。


 毒……ガス? いや、でもここは上級貴族の通う学校だ。警備は王城にも引けを取らないとされている。


「な、なに……が……」


 だめだ、呂律もうまく回らなくなってきた。だんだん思考能力が低下していく。


 このまま甘い匂いに誘われて、深い眠りにつきそうな感覚。でもここで寝てしまっては……。


 リューの護衛を務めているマルクスならこの異変に気が付き、きっと何か動いているんでは……。そう思ったが、もう視線さえ動かせなくなってきた。


 ああ、もう……体も頭も……動か……な……い。

 

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