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10.国外退去処分

「今から私が言う四人の方たちを国外退去処分にしていただきたいのです」


「急にどうしたんだね?」


 書斎で残った仕事をこなしていた父は、顔色一つ変えずに疑問を投げかけると、持っていたペンを置いた。


「私の大切な友人に危害を加え、さらに今後もその危険を払拭できないからです」


「ふむ……いささか横暴ではないかね? 他にやり方はないのかい?」


 国外退去処分となれば、もちろんトロイアス国へは二度と足を踏み入れることはかなわない。彼女らの家は小さいながらも領地をもっている。つまりは家族と離れ一人他所の国へ行かなければならないのだ。それでも身一つで放り出されるわけではないし、家からの援助も受けれるだろう。さすがに私も鬼ではない。それぐらいのことは許容する。


「ですので、代わりに以前私の元に来た縁談をお受けしようと思っています」


「……アンシャール伯爵との縁談か」


 去年持ち込まれたアンシャール伯爵との縁談は、まだ答えを出してはおらず先方を待たせている状態だった。



 

 この国には大きく分けて二つの派閥が存在している。


 国王派と教皇派。


 国を治めるのに相応しいのは王だと言う貴族と、教皇こそが真の統治者だと言う貴族。


 私たちエペイロス家はもちろん国王派で、さらには筆頭ともいえる権力を持っている。


 対してアンシャール伯爵は教皇派で、筆頭とまではいかないがそれなりに発言力のある有権者となっている。そのアンシャール家へ嫁ぐことができれば内から教皇派を取り込めるのではないかという打算があった。

 

 それに年々過激になっていく教皇派の勢力を少しでも抑止したいという、国王派の総意もある。

 

 それにもかかわらず答えを先送りにしていた理由は、アンシャール伯爵は御年五十を超える少女趣味の変態じじいという結婚相手としては最悪な部類に入る男だからだ。


 アンシャール伯爵はもちろん初婚ではなく、八人ほど前妻がいた。そのだれもが彼の性癖についていけず、数年で離縁しているのだ。


 誰が好き好んでこんないわく付きの男に娘を嫁がせようか。


 そして私自身もそれを望んではいなかったため、何とか当たり障りのない断る理由を探し今に至っていたのだ。


「どうしても叶えたい願いなのです」


「……それは分かったが、お前は本当にいいのか?」


「もちろんですわ」


「しかしだな……、うむ……」


 あまり納得の行ってない様子だが、元々その話を持ってきたのはお父様だ。今更しり込みされても困るというものだ。


「もう決めたことですし、お父様にお願いしたことは少々無茶なことだと自覚しておりますので、それなりの対価は必要でしょう。それに、この話はエペイロス家にとっても有益なもの……。それを理解なさってるから私にまで話を通したのでしょう?」


「……うむ。わかった、お前の望む様にしよう」


「ありがとうございます」



 

「ちょっと! 聞いていますの?!」


 怒りを露わにした少女が私に詰め寄る。あの日のことを思い出していたため少しばかり意識がおざなりになっていたようだ。


「ええ。ですから決定事項だと……。そろそろあなた方の家へ通達が行く頃でしょう。早く家に帰ってご家族とご相談なさった方が良いんではなくて? 多少の猶予は設けましたが、あまりのろのろとしているようですと……、実力行使に移らせて頂きます」


 猶予は一日設けている。本当は今すぐにでも出て行って貰いたいが、荷物をまとめたり行く先を決めたりとやることは多々あるだろう。まぁ彼女らの血縁関係者が他国でもそれなりの地位についているのは調べ済みだ。その親せきを頼れば彼女らの生活は保障されるだろう。


 フローラへのイジメは容認できるものでもないし、許せるものでもないが、殺したいほど憎いわけでもない。


 最も、フローラが望むのならばそれもやぶさかではないのだが……あの心優しい少女はそんなことは望まないだろう。


「っ……、皆様。い、行きますわよ!」


 一人が踵を返すと、他の少女たちもそれに連なるように後に続いた。これからきっと大変だろうが、それは私の知ったことではない。




「ふぅ……」


 その場に一人になった私は、大きく息を吐く。疲れた。


 そろそろブロッサムフェスティバルも終わるころだろう。早く戻ってみんなと合流しなくては。


 なんだか安心したらお腹が減ってきた。まだ何か食べるものが残っているだろうか。そんなことを考えながら足早に会場へと戻る。





 まるっきり油断していたのだろう。私を見つめる影に気が付かないまま……――

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