プレイボール!
「これ持って」
「こう振って」
甲斐甲斐しくオレンジ色のバットを握らせ、彼は誇らしげに銀色のバットを構えた。
いち、にの、さん、と振ってみせる。
ひゅぶ、という小ミサイルが飛ぶような音がする。
あれ、ミサイルって飛んでくるんだっけ。あ、まだか。
私は気をとり直して彼の真似をして、オレンジのバットを振る。
思いのほか重くて、一度振るだけで私は少しくたびれていた。
「そうそう、そんな感じ!」
出来損ないの素振りにすら、彼は嬉しそうに歯を見せて笑った。
「ボールが来たら、今みたいに振るんだ」
ここまでの私は0勝8敗で、すなわちそれはこのグループのメンバーですこぶる能力が低いということを意味していた。
彼は中の上くらいの実力で、分け隔てなく優しくて、好感が持てた。
大食いも、ビリヤードも、サッカーも、テニスも、クイズ王も、偏差値も、遅刻の回数も、経験人数も。
あれ、1番最初に死ぬのは誰だっけ。あ、この人か。
彼は金網の中に私を置き去りにしていった。
去り際にかぶせてもらったヘルメットが固くて重くて、視界が少し暗くて、めまいがする。
私は1人、ボール排出パイプと向き合う。
灯る赤いランプ。
プレイボール!
私はがむしゃらにバットを振った。
ひゅぶ、ひゅぶ、ひゅぶ。
情けなくバットが空気を切る。
指の付け根がじっとりと痛む。
目がボールを認識したところでバットを振っても、タイミングとしては遅いのだと気づいた頃。
足を踏み込んでみる。
ボールを返すとき、足ごと体重移動。
かきっ。
あれっ当たった?
ねえ今当たった?
すごい!初めて当たったよ!
見てた?見てた?
振り返った金網には、誰の姿もなかった。
急に遠くから喧騒が聞こえて、きゃはははと誰かの声がして、近くには誰もいないと気づいた。
プレイボール!
はっと振り返ると、パイプからボールがスローモーションでやってきた。
そして、下腹に直撃した。
うぐぐ、と情けない声をあげてうずくまった。
ヘルメットががらりと地に落ちる。
あれ、私って一生1人なんだっけ。こればっかりはわからないんだよな、だって私次第だから。
砂のついた手で私はバットを握り、立ち上がる。
その姿は弱くて、まったく神々しくないけど、格好をつけてバットを向けて宣戦布告。
見てろ、今にホームランだ。
戻ってこい観衆ども。
実は私にはあらゆる人間がピンクフラミンゴに見えるだとか、実は3日後に世界は滅ぶとか、そんなどうでもいいことを押し込めて私はバットを振った。