ラブストーリーは、どの世界でも突然に。
人間という生き物は、とても不思議だと思う。長くてもたった100年しか生きられないのに、鋳鉄や火薬などの文明を先に見つけ出したという理由だけでこの大陸で大きな顔をして、さも自分達が神であるかのように振る舞っているのだから。
僕たちは新たな技術を発明できなかったわけじゃない。そんな事しなくても、普通に手をかざして頭で想像すれば火を灯せるし、物質も簡単なモノなら反応させることができる。
人間がいう『魔法』という概念が僕たちにとっては腕力や脚力と同じ扱いだし、彼らの言う『科学』という概念が僕達にとってはまるでわからないものだ。
「平和だねえ・・・」
カインは空を見上げ僕にそう言った。あたり一面は草畑で草食ドラゴンの為の飼料となる牧草が自生している。
「平和になったのなんて、たったここ3
0年くらいの話じゃん。」
僕はそう言って、銀貨をクルクルと指でつまんで回す。
「はいはい、あんたたちエルフには『たった30年』でも、オレたち人間には『30年も』ってところだよ。第一に、その大戦の時にはオレは生まれてないってんだ。」
カインは半分拗ねたような声でそう言うと、草の上に寝転がった。
「もう、戦争なんてまっぴらだよ。人間が金属とか爆薬とか使ってエルフに喧嘩売ってきたのが全て悪い。」
そう、30年前の戦争では、エルフの金をいくらでも精製できる能力に目を付けた『一部の』人間が、富の為に兵器を使って喧嘩を売ってきたのが始まりだった。もちろん貨幣価値を維持するために、エルフの間でも金を作れる量と言うのには取り決めがあるが、云わば独占市場を崩したかったのだろう。
「リーシャ、悪かったよ。」
カインは上半身を起こし、僕に謝る。人間は『負けた』立場だった。エルフはドラゴンやオーク、その他の種族との連合軍で、人間は鉄を元にした兵器での戦争だった。もちろん鉄でできた兵器ごときに、ドラゴンの分厚い皮に傷をつけることはできなかったし、オークの怪力をもってすれば、人間が纏った鎧など粉々になるのも明白だった。負けた側の人間としての素直さだけは人間の良いところだ。こうやって、自分の非を客観的に見ることができている。
「いや、僕も言い方が悪かった。人間だのエルフだの、生物そのものの差別をするつもりはないんだ。」
僕の言葉にカインは安心したのか、
再び寝転がると、こう言った。
「なぁリーシャ、エルフにも男女の概念はあるんだろ?」
「そりゃあるよ。僕達エルフも人間が定義した有性生殖で子供を作るし、女が子を産む。産まれたときからエルフが側にいるのにわからないの?」
僕の皮肉にカインは笑いながら話を続けた。
「いや、リーシャって女の子だろう?一人称は『僕』だしさ。」
それは僕の勝手だ。
「あと、一つ気になる事もあって・・・」
カインは再び起きあがると、真面目な顔をして僕の方を見つめる。髪の毛に草がついているが、面白いので黙っていよう。
「エルフって、人間に恋をする事もあるのかい?」
カインはそう言うと、固唾をのんで、僕を見つめた。
「さぁ、どうだろうね?」
僕は言葉をはぐらかす。無論、今まで500年位生きてきた僕は、そのあたりの問題を知らないわけではない。
「なんだよ、それ。」
カインは奥歯にクルナート産の麦が詰まったような顔で僕を見る。
「考えても見てよ。カインの目には僕は人間で言うと若い女性に写っているかもしれない。でも、500年以上生きてるんだ。人間の寿命は何年だい?」
我ながら、意地悪な質問だ。カインは黙ったまま、俯きだした。
「僕の寿命はまだ後500年はゆうにあるだろうね。きっと僕が『エルフの女性として』脂がのる頃には、人間の男性はもうお墓の中だよ。」
沈黙。風の音と鳥達が飛び立つ羽音だけが牧草地に響き、風に乗って消えていく。
「・・・野暮な事を聞いちまったな。忘れてくれ。」
カインはどこかもの悲しげな哀愁と共に、髪に草を付けたまま再び寝転がった。
「きっと、カインもわかってるはずだよ。僕が言いたいことは。」
僕の言葉に、返事はなかった。ただ、右手をあげ、プラプラと揺らすカインには、僕の深層心理は伝わっているだろう。
人間の男は、もっとはっきり物事を伝えれば良いのに。400年前も、250年前も100年前も同じ質問をしてきて、僕は『女として』傷つきながら、男を傷つけてきたのだから。