事態はいつも急変する
「緊急報!緊急報!敵軍、アズキ回廊を進行中!」
それはある夜中のこと。隷下の通信班が通報を敵の無線を傍受。また、オダイ大尉が血相を変えて飛んできた。
「前線統合司令部より緊急連絡です!敵軍、前進を開始したとのこと!」
すぐに裏を取る必要があった。通信には暗号がかけられてあるので偽造の心配はないが、それでも複数の情報源から情報を確かめるのが最善だ。
「シュンプーの総司令部に照会をかけろ!」
「了解しました」
とはいえ通信は一瞬だ。総司令部からはこちらからの照会に諾、の返事。また続けて指令を発してきた。
『タワラ要塞司令部へ緊急電、アズキ回廊へ別送の標的地に向け24時間以内に要塞砲砲撃を実施すべし』
さらに続けて28箇所の砲撃地点の連絡があった。俺はすぐさま砲撃準備を命じた。
「オオクボ司令官とウタノスケ参謀長に緊急電を伝えろ!寝てるなら叩き起こせ!要塞会議を招集だ!」
「はっ!」
「わたしは?」
とセーラはまだ寝ぼけ顔だ。
「司令官を叩き起こして来るんだ!」
「はーい」
蜘蛛の子を散らすように要員が四方八方へ散る。要塞内はまだ夜中の眠りに就いていた。
要塞司令室には続々と幕僚達が集まってきていた。
「敵軍進軍との連絡が複数の情報源より報じられております。総司令部からも砲撃の指示が下っています」
「ふーむ。ついに動き出したか」
とウタノスケが現れた。幕僚や佐官尉官が集まる中、肝心の司令官の姿がない。
「またぞろ飲み歩いているんでしょう」
「赤ら顔で来るかもしれませんな」
などと軽口を言う者もいる。通信班からは第二報、第三報が報告されていた。
「敵軍、その数およそ20,000隻、ノブヒデ将軍のもと、回廊に点在する各惑星を火の海にしながら進行中!」
「ナルカミ砦は敵軍の猛攻を受けわずか1時間で陥落!惑星全体が砲撃によって消滅し守備隊は全滅しました!」
「前線統合司令部は敵軍を回廊の奥深くに誘い込むため、作戦名レイゼイを発動。最前線からの撤退を開始しました!」
しかし十五分経ってもオオクボ司令官は姿を現さない。皆が不安を感じ始めていた。
「どうなっているのでしょうか」
などと普段落ち着いているトリイ副参謀長も懸念を口にするほどだった。
待つこと三十分。
「大変なの!」
司令官を叩き起こしにいっていたはずのセーラが、血相を変えて戻ってきた。血相だけではない。その服が血で汚れていたのである。
「どうした!何が大変だ!」
「し、司令官が、司令官が!」
「司令官がどうした!」
「し、死んでた……!」
「何だって!」
騒然とした室内が凍りつく。まさかこんなときに限って……どの顔も驚愕に満ちていた。
「仔細はとにかく、司令官がこれないことは事実なんだな?!」
「うん、司令官、胸から血を流してて……」
とセーラが半泣きになっている。肩を叩いてやった。
「安心しろ、大丈夫だ、大丈夫」
「うん……」
「みなの衆聞いたか!」
どの顔も神妙な面持ちで頷いた。ウタノスケが告げた。
「当面はイツキ副司令官が指揮を執る。前線統合司令部からの指令があるまではその下知に従え!」
「すぐさま各方面へ司令官が死んだころを知らせろ!俺が指揮を執る!」
俺が要塞司令官の代役。とうとう中間管理職から卒業か。そう思っていた矢先だった。
「前線統合司令部より通達!オオクボ司令官の代役としてキラ大佐が着任されるとのこと!
「司令官は現在シュンプーに在中しているため、遠隔地から指揮を取るとのこと」
ため息をついた。結局のところ苦労するのは現場の俺である。遠隔地では事態の迅速な把握は難しく、意思決定のみを行うことになるだろう。それ以外の仕事は俺に降って来るという算段だ。
司令室のホログラムに一人の軍人が浮かび上がった。どうやらそれがキラ大佐らしい。
「早速だがタワラ要塞の指揮をとることになったキラだ。皆の衆、よろしく頼む」
「はっ」
と皆が頭を下げた。
「オオクボ司令間は残念だった。とにかく死因については全力を挙げて調査すること。調査委員会を発足させ、それはイツキ副司令官が当たることとする。また総司令部としてはこの戦いに一気にけりをつけるべく前線を後退させている。つまりはこのタワラ要塞に設置されている惑星型要塞砲を敵軍のど真ん中にぶちこむという算段だ」
「イツキ少佐、わしは他の要塞の司令官を兼任しているため少々忙しい。最重要課題以外については君に権限を委譲しておく」
「承知しました」
「早速だが要塞砲についてだが、いつごろ発射できそうか?」
「はい。ただいま準備を鋭意進行中です。もう数時間で発射可能になるかと。詳細はコーズケ砲兵少佐がおりますが」
「細かいことはよい。とにかく砲撃だけはくれぐれも頼んだぞ」
「はっ」
「それ以外の事柄については追って指示する。各員は24時間の守備体勢をしいておくように」
そのまま会議は散会した。
「怖かった……」
とセーラは傷心の様子。死体も見たことがなかったのだろうか。
「安心しろ。化けて出てきやしないさ」
「もうわたしも一人前の女性だよ!」
プンプンと怒り出すセーラ。しかし俺とほぼ同い年には見えない。もう少し幼く見える。
「やれやれ。とにかく惑星砲の立会いに行くか。司令官の調査委員会の案件は砲撃してから取り掛かることにしよう」
セーラの手荒い運転で惑星砲のところまで行った。コーズケ砲兵少佐が緊張の面持ちで迎える。
「イツキ副司令、まもなく砲撃準備完了であります!」
「ご苦労!」
銀河の奥深くでいくつもの光が激しく点滅している。それがアズキ回廊だった。
「準備完了いたしました!」
「よし。すぐさまキラ大佐を呼べ」
しかしホログラムが繋がらない。またもや問題発生だった。