中間管理職の朝は早い
『タワラ要塞そばの小惑星』
午前2時55分。俺は起床した。
中間管理職の朝は早い。
要塞司令官は重役出勤だが、副司令ともなればそうもいかない。隊長と兵士達をつなぐ重要なパイプ役としての行動が期待され、守備隊を把握するため、また異変が起きていないかいち早く察知するため各地を見回りに毎朝早く出勤する。
「まだ3時だよ?夜中じゃん。ふわーあ」
などとセーラは腑抜けたことをのたまっているが、俺は情け容赦なく叩き起こした。ただでさえ朝は早い軍隊だ。そこに中間管理職という要素が加わると漁に出かける漁師並みの起床時間となる。漁師と違うところは禁漁期がないのでこちらは休みもなしということだ。
「中間管理職たるもの、部下と要塞のことを隅々まで熟知しておかないと隊長に叱られるしいざというとき困る」
それがまだ20歳ながら5年間も中間管理職を務めた俺の出した結論だ。
「俺の副官をやってもらう以上慣れてもらわないと」
「えーこんなのだったらやめといた方がよかったよう」
「俺の副官は超朝型じゃないと勤まらないぞ。今日のスケジュールは?」
「えーと、ちょっと待ってね」
セーラは懐から電子手帳を取り出した。あくびをかみ殺しつつ顔を少しぷくっと膨らませた。なんとも不機嫌そうだ。
「今日は朝は10時から要塞定例会で、午後は2時から守備検討会、4時からは外部の業者との打ち合わせだよ」
「よし、それじゃ見回りに出かけるぞ」
「はーい」
セーラと俺は二人乗りの小さな宇宙船に乗り込む。タワラ旧市街の一角に俺とセーラの家が用意され、そこから毎日要塞に通勤しているのだ。
宇宙に浮かぶタワラ要塞の周りには小さな惑星群が存在し、それらの星々にまたがってタワラの町は存在している。その惑星群から要塞へと向かう宇宙道路は守備隊員や数々の業者が出入りするので、朝は通勤渋滞が頻発していた。運転手としての腕は抜群の彼女なので、渋滞していても間を縫ってすいすい進める。もっとも朝3時ともなれば走っている宇宙船自体あまりなかったが。
「こんな時間でも宇宙船を走らせてる人がいるんだね」
「要塞は365日24時間稼動していないといけないからな。クリスマスの日に敵が攻めてきてこっちはお休みですなんて笑い話にもならない。夜間駐在の兵士もいるし、夜中のパトロール隊もいる」
タワラ旧市街のある小惑星から宇宙に浮かぶ要塞の正門までおよそ1時間の行程となる。走る道中俺は周囲の地形を頭に叩き込んでいた。もし敵が攻めてきて迎撃する場合、どこが戦いに適しているのか。どこにガス状惑星やガス帯があって兵を伏せるのに丁度いいか、などである。
「勉強熱心だねえ。わたしだったら隊長みたいに重役出勤だよ」
「いいからセーラもよく見ておくんだ。地図で見るのと実際にこの目で見てみるのとではえらい違いなんだぞ」
「しっかりしてるのにずっと中間管理職なんだ?隊長にはなれないの?」
「俺もまだまだ20歳だからな。昇進にはまだ早いんだよ」
タワラ要塞の第一関門、小惑星T-211が近づいてきた。そこには要塞砲とわずかな守備隊が駐屯している。無線が入ってきた。
「お勤めお疲れ様です!」
「うん。ご苦労。何か問題は?」
「ありません。異常なしです!お通りください」
そのままするりと進んでいく。長大な要塞砲は宇宙の虚空に向けられている。兵士達の士気が緩んでいないか、守備施設に不具合はないか俺はチェックする。パトロール船はきびきび動いているし、要塞砲はピカピカに磨き上げられていた。
「問題なしだな。言うとすれば兵舎のあたりが少し汚くなっているな」
「少佐は厳しいねえ」
そこを過ぎて20分ほど船を走らせると、要塞の第一防衛線が視界に入った。遠くから見ると土星の輪のようになっているが、近づいて見てみると敵の侵入を感知するセンサーと進入防止ネットが幅数百キロにわたって無数に設置されているのがわかる。
「防衛線に途切れ目なし。チェック!」
こういうとき俺は少し試してみたくなる妙な癖があった。
「セーラ、思いっきり防衛線に進入して突っ切ってみてくれ」
「え、大丈夫?なんか撃たれたりしない?」
「大丈夫だ」
セーラの走り屋の目が光った。
「じゃあ遠慮なく!」
宇宙船が急発進する。強烈なGがかかり、俺は例によって座席にぐぐっと押し付けられた。目の前に第一防衛線が迫る。防止ネットがそこかしこに設置されている。
「まさか船をネットに引っ掛けるなんてことはないよな?」
「もちろんだよ!」
そう言いながらセーラは小さな宇宙船を手足のように操っている。船はほとんど直角に曲がってみたり、急減速してネットの直前で止まってみたり、迷路のような防衛線をくぐっていく。しばらくして俺は異変にすぐ気付いた。
「故障しているのか?」
「え?」
「セーラは運転に集中して」
「うん」
俺は腕を組んだ。船は防衛線の中間地点まで進んだ。
「これは早速報告しないといけないな」
すぐにメモを取った。船の現在地点を確認し、地図に印をつけようとすると船が大揺れに揺れ手元が狂った。
「もうちょっと静かに運転してくれないかな」
「無茶言わないで。でもこのコース楽しくない?」
と彼女にかかれば障害物だらけの防衛線もサーキットコースになるようだ。俺はとにかく地図に正確な場所をチェックしておいた。
「もうすぐ抜けるよ!」
防衛線の端までたどり着いていた。ようやくパトロール船が血相を変えて飛んできた。
「そこの船!止まれ!」
「遅いぞ!」
と俺はいきなり叱責から入ったので相手は面食らったことだろう。
「こちらイツキ副司令の船でーす」
と間の伸びた声でセーラが告げる。
「これは失礼しました!しかしなぜこんなところに……?」
「朝の定例会で報告させてもらうぞ」
俺は叫んだ。
「この基地には重大な欠点がある!」
今日も長くなりそうだった。