宇宙馬鹿一代漂流記
「追われてる?誰かもわからない?記憶もない?」
「うん、うん、うん」
セーラは三回頷いた。俺はますます困惑した。こんないたいけない女の子を追うとは、むしろ一体全体なにをしでかしたのだろうか?こう見えてとんでもない奴なのかもしれない。しかし宇宙を漂流していた俺には断るという選択肢はなかった。
「……わかった。連れて行くよ」
「本当?!やったあ!」
と無邪気に喜ぶセーラ。俺は聞きたいことが山ほどあったがひとまずは一番重要そうなものから順番に聞くことにした。
「で、追われてるのはどんな感じの奴らなんだい?」
「それがね、たまに現れるの。宇宙船がいきなり現れて、わたしの船を撃ってくるのよ」
「ええ……一体何をしたんだい君は?それも忘れた?」
「うん」
「逆に何を覚えてるの?」
「えーとね。あそこに見えてるのが第五十一地球ってことと、わたしの名前と、追われてるってことかな」
「じゃあ君はその第五十一地球の住人じゃないの?」
「それは何か違うような気がする」
「なんで?」
「さあ」
「さあって」
「そんなことより未来のことを考えようよ!だって過去のことなんて何も覚えてないもの」
なんとも要領を得ない会話であるが、そんな感じでうやむやにされてしまった。なんとなく話したくなさそうだったので、それ以上は追求しないことにした。
脱出ポッドは廃棄し、そのままセーラの宇宙船に乗り込んだ。宇宙船とはいえオンボロな代物であったが、とにかくも脱出ポッドよりはましだった。何せポッドは燃料切れで宇宙を漂うだけだったからだ。
「ところで、えーとなんだっけ、イマガワ帝国だったっけ?どこに向かえばいいのかな?」
「イマガミ帝国だ。この船には自動運転装置がついているだろう?それで設定してやれば勝手に運転してくれるよ」
「あ、ごめんね。この船にはそんな便利な装置はついてないの」
「え?」
そう言うとセーラはレバーをガチャガチャやり始めた。するとまるで生き物かのように船が細かく動き始めた。
「ロボットの操縦みたいだ。これは驚いた」
「この船、マニュアル操作なの。自動運転どころかオートマチックですらないのよ」
「そんな骨董品がまだこの世の中にあったとは……」
「で、方角を言ってもらえる?」
現在位置を調べることはできたので、そこから大体の方向をセーラに指示した。彼女は目にも留まらぬ速度でコックピットの機器を操作し、ブーストで加速しつつ船を高速回転。しばしの溜めがあった後船はすさまじい速度で飛び去る。景色がめまぐるしく変わっていく。
「運転すごいうまいじゃないか。とてもオンボロ宇宙船とは思えない。船の力を120パーセント引き出してる。人は見かけによらないんだな」
「なんだか自分でもよくわからないんだけど運転だけはうまいのよ」
この調子だと一週間程度で首府シュンプーに着きそうだ。人心地がしてきた俺だったが、しばらくすると艦内にブザー音が鳴り始めた。
「故障か?」
「燃料切れが近いのよ。この船燃費がすこぶる悪いの」
「なんだそりゃ」
しかたがないのでそばの惑星に立ち寄ることにした。時間のロスだが仕方があるまい。
『第321火星型惑星 コインフロス 給油所』
「ここでちょっと給油するよ」
「お金はあるのか?」
「ちょびっとね」
「いいよ。ここは俺が払おう」
どうせ経費で落ちるからいいや、と思ったがセーラが案外強硬であった。
「いやいや、わたしだって一文無しじゃないんだから半分は払うよ。それに連れていってって頼んだのわたしだしね」
「……そんなに言うなら好きにすればいいけどさ」
そうして船を給油所に停めて給油していたときだった。なにやら周囲が騒がしくなった。給油所のおやじなどは哀れなほど驚いている。
「どうしたんだ?」
「だ、旦那。あれを!」
「ん?」
空を見ると一つの大艦隊が空に浮かんでいた。
「見たことのない家紋……どこの国の艦隊だろうか」
そこは平然と見ていた俺だったが、急にセーラがそわそわもじもじしだした。
「どうした?お手洗いか?」
「ううん……わたし、逃げないと駄目かも……」
「それって……」
あの大艦隊がセーラを追っているとでも言うのだろうか?たった一人の女の子のために?底知れない、闇深い何かを感じた。俺は危ない橋を渡ろうとしているのかもしれない。
「おいおい」
どうすべきか。ここに独り残るとすると俺はヒッチハイクをすることになるが、それではいつイマガミ帝国にたどり着けるかわからない。しかしセーラの船に乗っていくとそれはそれは面倒なことが起きそうである。
「すぐ逃げなきゃ……イツキくんはどうするの?」
「……」
「そうだよね。あんな数の船に追われてるってなったらもう係わり合いになりたくなくなるよね」
「……」
「おやじさん。給油はこの辺にしといて。すぐ出発しないといけないの」
「……」
「じゃあね!」
「ちょっと待て!」
「え?!」
「俺の国に来るんじゃなかったのか?」
「でも……」
「なんだか面白そうじゃないか。あんな大艦隊に追われてるなんて!」
「え」
「俺は一刻も早く国に帰らないといけない。セーラの船だとすぐに着くだろう。まさに乗りかかった船だ。字のごとくだな。それに助けてもらった恩もある。一緒に俺の国まで行くぞ」
「イツキくん……」
感傷に浸っている暇はない。すぐさま船に乗り込んだ。セーラが宇宙船を始動させる。
「ちゃんとつかまっててね!」
『そこの宇宙船に告ぐ、すぐさま動力を停止せよ。さもなくば……』
「何か言ってきてるぞ?!」
「無視無視!」
「しかも撃って来たぞ?!」
「大丈夫!」
細かい機動で俺達の宇宙船は放たれる砲撃をかわしている。セーラはめまぐるしくレバーや機器類を操作している。正面から来るビーム砲についてはほんの少し位置をずらすだけで避けることができる。どんどん敵艦隊が近づいている。
「このまま突っ込むよ!」
「ええ?!おい、ちょっと?!それって無茶……」
敵艦隊の中へ突入した。敵もまさか突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。加えて同士討ちの危険があるためか、砲撃を停止した。
「目と鼻の先なのにこんなに静かなのは不気味だな」
全ての砲の照準はこちらに向けられているのに、撃ってこない。なんとも末恐ろしい光景だった。もし同士討ちも辞さないならば、この船は跡形もなく消し飛んでいたことだろう。
「さあ、ここからが本番だよ!つかまってて!」
セーラがスロットルを最大出力に上げ、全てのブーストを全開にした。船が後ろから思い切り突かれたような衝撃があり、俺は危うく吹っ飛ばされ壁に叩きつけられるところだった。
間もなく艦隊群から抜け出す。敵の一斉砲撃が始まろうとしていた。