殺人事件―開廷
「これより裁判を開始する!」
裁判長が小槌を叩く。
「大丈夫なんでしょうね」
「ご心配なく、イツキ少佐。良い結果を勝ち取りましょう。全力でサポートしますよ」
とセキグチが言う。
「これでも一応プロですから」
一応、というアサヒナの言葉に一抹の不安を覚えつつ、しかしながら俺は二人を信じて戦うほかなかった。
「検事のミズノだ。まずは検察から起訴状を読み上げさせてもらう」
と眼鏡を掛けたおっさんが立ち上がって言った。
「どうなんだ今回の相手は……」
「ミズノはなかなかのやり手です。正直言って厳しいです。順当に行けば懲役でしょうね」
「アサヒナ、またそんな不安がらせるようなこと言って!」
「あわわ。ごめんなさい。つい」
正直言って不安しかないこの裁判、どうやって無罪を勝ち取るというのか。戦争で戦艦を率いて数々の勝利を手にした俺でも今回はまったく予想がつかなかった。
「被告人、セルジューク・セーラは連合王国暦9432年1月29日午前11時24分ころ、惑星タワラの要塞司令官執務室内においてオオクボ・トシアキ大佐を刃渡り15センチの刃物で殺害した。罪名及び罰条 殺人罪 連合王国刑法第143条」
「被告人は罪状を認めますか、認めませんか?」
「認めません!」
セーラははっきりと答えた。まだセーラらしい元気さが残っているようで俺は少しほっとした。
「イツキさん、これから検察側の冒頭陳述と証人喚問が始まります。でもセーラさんは必ず無罪です。ですから、証拠や証言のどこかに矛盾が生じているはずです。それがどこなのかはわかりませんが、聞き逃さないようにしてください」
「もちろんわたし達も耳をゾウのようにして聞いていますが!」
とアサヒナが両手を耳のそばでぱっと広げて見せた。
「わかった」
「これより冒頭陳述を行う。犯行に至る経緯について。被告人は、第二次アズキ回廊の戦いにおいて惑星タワラに存在するタワラ要塞内において軍務に就いていたところ、要塞司令官執務室において被害者と面会中争いになり、本件事件を惹起した」
ミズノが朗々と弁じていく。
「被害者は連合王国要塞司令官としてタワラ要塞に軍務中、被告人を要塞司令官執務室に呼び出し、そこで本件被害に遭った」
水を打ったように静かな裁判所内に響き渡るのはミズノのだみ声だけであった。
「その後、被告人は証拠を隠滅し第一発見者として要塞司令官の殺人を告げたものである」
「そんな馬鹿な。セーラにそんなことができるはずがない!」
「まあまあ落ち着いてイツキさん。これから本番ですよ」
「本件立証を行う。まず被告人については明白なアリバイがない。要塞内の主要な人物に聞き取りを行ったところ、被告人については犯行時刻においてアリバイを立証できなかった。これは多数の証人が支持するものである」
「次に物証である。殺害現場において発見されたナイフには被告人だけの指紋が多数ついていた。また被告人の服には被害者の血液が大量に付着し、その飛散具合から見て殺害時に返り血を浴びたものに相違ないとの鑑識の報告があがっている。被害者には争った形跡がなく、眠っていたところを襲われたとみられる。非常に卑劣な犯行だ」
「また被告人には明白な動機が存在していた。それはオオクボ大佐より度重なるセクシャル・ハラスメントを受けていた。これは後の証人の証言によって明らかになる」
「何だって?!」
「まあまあイツキさん落ち着いて!」
とセキグチが俺の肩を持った。衝撃的発言である。俺はそんなことにも気付いてやれなかったのか?悔しさがこみ上げてきた。
「検察は証拠として凶器のナイフを、また事件時被告人が身に着けていた洋服を提出いたします」
「証拠として採用します」
裁判長が厳粛に告げる。俺は自分自身が情けなくなってきた。セクハラを受けていたセーラを助けてやることができなかった。相当悩んでいたに違いなかったのに!
「イツキさん。落ち着いてください。検察側の立証はまだ終わっていません。それに、検察側の言っていることが全て正しいわけではないんです」
「セーラさんを犯人に仕立て上げるために"でっちあげる"ことも可能なわけです!それがこの国の検察のやり方なんです!」
「……アサヒナ、あんまり誤解させるようなことは言わないで。今日はもう帰っていいよ」
「そんなあ!」
「検察側は証人喚問を要求します。まずはタワラ要塞守備隊のウタノスケ参謀長から」
ミズノ検事がそう告げ裁判長が許可を与えると廷内にウタノスケが入ってきた。
「私がウタノスケです」
「ウタノスケ参謀長、あなたは事件当時も要塞の参謀長をされていた。そうですね?」
「いかにも」
「そして事件が起きた時、あなたはどこで何をしていましたか?」
「私は他の課員と共に要塞司令室にいた。そこでオオクボ司令官を待っていた。何せ第二次アズキ回廊の戦いが間もなく始まろうとしていたところで、司令官の下知を受けるべく皆が司令室にいたという訳だ」
「つまりあなたには完全なアリバイがあるという訳ですね?」
「いかにも」
「そのとき被告人はどこにいましたか?」
ウタノスケは少し考え込むような顔をしていたが、すぐにきっぱりと答えた。
「見ていない。少なくとも司令室にはいなかった」
「どこ見てたんだ!?ちゃんといただろうが――」
「イツキ少佐、しーっ!裁判長の心象が悪くなりますからここはこらえてください」
セキグチがどこまでも冷静に俺を抑える。俺はこぶしを握り締め、怒りが通り過ぎるのを待った。
「とすると被告人はどこで何をしていたのでしょうか?」
「なんでも司令官に呼び出されたと聞いたが……それ以上のことは知らないですな」
「ありがとうございました。検察からの質問は以上です」
「ふむ」
裁判長が頷く。セーラにアリバイがないことを証明するだけなのになんて回りくどいやりかたなんだろうか。俺はイライラしてきた。
「弁護人側からの質問はありませんか?」
「ありまあす!」
アサヒナはすこぶる元気がある声で切り出した。若干食い気味だ。
「ウタノスケ参謀長、あなたは被告人を見ていないとおっしゃいました。それは本当ですか?もう少しよく思い出してみてください」
「と言われてもな……」
しばらくウタノスケは考えていたが、出た答えは同じだった。
「やはりそれがしが司令室に来たときにはいなかった。これは確かにそうで、誓ってもいい」
「オオクボ司令官が呼んだためですか?」
「これは私の意見だが、これは司令官の度重なるセクハラと関係があるのではないだろうか。窮鼠猫を噛む。被告人が反撃した際に思わず殺してしまったのではないだろうか。司令官にも非があると言っていいかもしれない」
「なるほど、それだと辻褄が合いますな」
と裁判長。
「……ありがとうございました。弁護人からの質問は以上です」
「……」
おいおい、と口をはさみたくなった。これじゃ裁判長の心象を悪くしただけじゃないか。セキグチはごめん、と言わんばかりに両手を合わせた。
「と、いう感じでむやみやたらに疑問を投げかけていると不利になりますので気を付けてください」
「なんだそりゃ……」
ますます不安になってきた。これで無罪を勝ち取ることはできるのだろうか?