軍律違反と殺人事件
「第24射、砲撃準備!」
「発射!」
どんどん砲撃が送り込まれている。しかし28発全部打ち込む必要性はなくなっていた。
「前線統合司令部より指令!砲撃中止、繰り返します。砲撃中止とのこと!」
「砲撃中止!」
「砲撃中止!」
あちこちで復唱される。やがてどこからともなく拍手と歓声が沸き起こり始めた。やりきったという達成感と、味方を助けたという気持ちでいっぱいだったのだ。
知らせによると、敵軍は全線で総崩れとなっていた。第二次アズキ回廊の戦いと称され、イマガミ連合国軍が勝利を収めることとなったのであるが、その裏には俺達のような影の立役者もいたのである。
戦いの後、前線は安定し戦争は小康状態を得た。イマガミ軍は西ミカワ地域を再掌握。オーダ帝国は本拠地であるエンド惑星団への後退を余儀なくされた。
「論功行賞はまだかな?」
などとセーラが楽しみにしていたが、実際に突きつけられたのは厳しい現実だった。
それはある寒い時期のことだった。タワラ要塞への出勤途中、俺とセーラの宇宙船が停船を要求された。
「イツキ少佐と、セーラ副官だな?」
「いかにも」
「我々は連合王国憲兵だ。イツキ少佐を軍律違反の疑いで、セーラ副官を殺人容疑で逮捕する」
「!」
俺達は顔を見合わせた。来るべきものがきた、という感じであった。宇宙戦艦艦長という職がさらに遠のいていく。しかし俺の軍律違反はわかるが、セーラの殺人容疑とはいったいどうしたことだろう。
「セーラについては何かの間違いだろう。そもそも、誰を殺したというんだ?」
しかしそれに対する反応はなかった。せいぜい憲兵の一人が仕方ないといった風に肩を少し竦めて見せたぐらいだった。容赦なく二人はそのまま首府シュンプーへと連行された。
俺の軍事裁判はすぐに始まった。
「被告人イツキ少佐は上長の許可なく砲撃を行った。これは明らかに軍法違反である」
ぐうの音も出なかった。まさに事実だったからだ。結果オーライの世界ではなく、軍隊は規律が全てなのだ。なので無条件降伏をすることにした。
「おっしゃるとおり私は許可なく砲撃を行いました。もうそれ以上言うべきことは何もありません。罰でもなんでも喜んで受け入れます」
だがそれが逆に良い方向の結果に繋がった。潔いとみなされ、また勝利に沸いているところでもあるし、特別に許してもいいだろうという意見が軍部の中にも出てきたのである。通信状況が悪かったということもあり、最悪の状況下において最善の行動をとったとまで褒める輩も出てきた。俺は何も言わずただ黙っていた。
「判決を言い渡す。イツキ少佐を無罪とする」
黙っていたら無罪を勝ち取ったようなものだ。逆に素人が何も言わなかったのがよかったのかもしれない。
そんなことよりセーラのほうが重要だった。まず何の罪で訴えられているのか調べなくてはならない。俺は町の売店で新聞と雑誌を買い集めた。読み進めていくと、それらしき記事にぶつかった。
『司令官殺しの罪:いかにして少女は殺人犯となったのか』
俺は新聞を破り捨ててやりたい思いだった。そこに書かれていることは無実のセーラを陥れる悪意に満ちたものだったからである。しかし俺には方策は思いつかなかった。とにかくセーラに弁護人を付けなくてはならない。首都シュンプーの中でも法曹事務所が集中しているアオイ街へと足を運んだ。つてもなかったので、適当な事務所に入っていった。アサヒナ・セキグチ法律事務所とあった。
事務所の中はこざっぱりとしていた。白を基調としたシンプルな受付で、綺麗な女性が二人伏し目がちに座っていた。建物の中に入って俺は少し躊躇した。何せこのような場所は慣れていないものだから。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
と受付の女性が話しかけてくれたので少し助かった。
「弁護をお願いしたいのだが」
「少々お待ちください。先生にお繋ぎいたします」
そういえばこういうところは予約しておかないといけないのではという思いが沸き起こる。またすぐに通してもらえるということは不人気ではないのか、藪医者ならぬ藪弁護士ではないのか、という思いを禁じえなかった。思い直して別の事務所にしようと思いここから出ようとしたが、弁護士が出てくるのがあまりにも早かったため断念せざるを得なかった。
「こんにちは!わたしが弁護士のアサヒナです」
そこにいたのはまだ子供ではないかと思われる女性だった。麿のように丸い眉がまず目につく。目元がきりっとしていて、口元も引き締まっている。そこだけ見れば正義感に溢れていそうだが、いかんせん若すぎる。
「あ、いや、申し訳ない。間違えました」
いったい何を間違えていたというのか。そもそもアオイ街に来てこの事務所に自ら足を立ち入れた時点で間違えたもあったものではない。とっさについたひどいウソであった。
「あっ、あなたは、もしかしてイツキ少佐では?!」
「……なんで知ってるんですか?」
「やっぱり!」
弁護士のアサヒナは両手を合わせ、得心がいったという風に顔を輝かせた。
「あなたの裁判、法曹界ではもちきりのうわさですよ。完全に白旗を挙げたのに無罪を勝ち取った男ってね」
「そうですか」
「さては、セーラさんの弁護をお願いしにきたのですね?」
俺はちょっと衝撃を受けた。少しばかり鋭い。俺より若い小娘と思っていたが、さすがに事務所を構えるだけあるといったところか。
「喜んで引き受けます!わたしに任せてください!今ちょうど手が空いているんですよ。セキグチも呼んできますね」
でとんとん拍子に物事を進めていく。
「大事な副官なんです。どうしても無罪を勝ち取らないといけない」
「おっしゃる通りです。えーいこの際特別サービスいたしましょう!無罪でなければ、私どもの料金はゼロで結構ですよ」
俺はタダという言葉に弱い。というより人類皆弱いのではなかろうか。気付くとアサヒナに頭を下げていた。
「どうぞよろしくお願いいたします」
「ではさっそく詳細と契約のご相談に入りましょう!」
「ところで証拠は挙がっているんですか?」
「それが直接証拠はないんですが、状況証拠だけで一発アウトなんですよ……ってこれは失敬!」
「また失礼なことを!」
今度はいかにもできる女性、という言葉が似合いそうなのが奥から出てきて言う。
「こんにちは、イツキ少佐!わたしがセキグチです。何としてもセーラさんの無罪を勝ち取りましょう」
眼鏡にショートカットの黒髪。これまたきりりとした目を持っていて、正義感だけは人一倍強そうだ。
「アサヒナは少々暴言癖がありまして……どうか許してやってください」
「勝てるかどうかは五分五分ですね」
「ってまた!」
俺は頭痛がしてきた。これで一体全体無罪を勝ち取ることができるのだろうか。