第二次アズキ回廊の戦い
「キラ大佐との通信が繋がりません!」
「敵軍、超強力電子ジャマーを使用している模様」
オダイ通信大尉からは次々と情報が舞い込んでくる。あまりに情報が多すぎて、役に立つ情報はすぐに埋もれてしまう。それをえり分けるのも彼女の役割でもあった。
「何でもいいからキラ大佐と通信が繋がるように対策するんだ!」
「ただいま情報技官が方策について模索しております」
「電話を使えばどうだ?」
「電話ですか」
彼女は古代の遺物に対する態度でその名前を言い放った。
「前線統合司令部からの命令は24時間以内に砲撃を開始すること、だった。それだけは守らなくてはならん。前線では我々の援護砲撃を待っている兵士達がいるんだ」
「承知しました」
「惑星砲についてはどうしましょうか?」
とコーズケ砲兵少佐。
「オオクボ将軍の葬儀はどうしましょうか。またその死因の調査については?」
とトリイ副参謀長。目が回りそうだった。
「惑星砲については、装填の準備までしておくこと。連絡が繋がったら即時に砲撃できるようにな」
「承知しました」
「オオクボ司令官の死因についてはトリイ副参謀長を調査副委員長とする。全権を委譲するから調査に当たってくれ。総司令部への報告もあるから二日間で最初の報告書を出すこと」
「はっ」
「わしは?」
とウタノスケ参謀長。まったく役に立たない爺さんだと俺は心の中で嘆息する。
「参謀長は遊軍ということで」
「具体的に何をすればいい?」
「それは自分で考えてください」
「冷たいのう……」
と肩を落としていたが構っている場合ではなかった。
「惑星砲出動準備!」
小惑星が地割れを起こす。大地に空いた巨大な裂け目から、規格外な口径の砲身が姿を現した。命令書にあったとおり28箇所を砲撃するため、砲兵技官が射角の調整に入る。また別の技官が装填を行っている。
「装填完了!」
「射角の最終調整に入ります!」
「敵軍、アズキ回廊を進撃中!間もなく後退する我が軍を捉え交戦に入る見込み!」
「まだキラ大佐とは繋がらないのか!電子ジャマーを早く撤去するんだ」
「偵察隊を出しておりますが依然その発生源の位置は不明です」
遠い宇宙の彼方で味方が戦っている。しかしここタワラ要塞はまったくの平穏だった。静かな戦争だった。
「射角の調整完了しました。号令のもと、10秒以内に発射できます!」
「ご苦労!」
「我が軍、アズキ回廊にて交戦開始!」
間もなく射撃の時刻になる。他の拠点からも一斉砲撃する予定で、タワラ要塞がそれに遅れることは考えられなかった。遅れれば責任問題になる。とはいえ長官の許可もなく射撃すれば軍律違反だ。結局俺が悪いということになる。
「もう手旗信号でものろしでもいいから大佐に伝えろ!射撃準備完了、まもなく射撃する!と」
しかし繋がらない。既に味方の尾っぽは敵軍に捉まれている。敵のノブヒデ将軍は苛烈な性格で知られている。味方は徹底的に破滅するだろう。
「まもなく定刻です!」
コーズケ砲兵少佐が悲鳴のような声を上げる。
「一分前です!」
自分の利をとるか、それとも軍の利を取るか、だった。たとえ自分が軍律違反で逮捕されてもこの戦いの勝利に寄与できればそれでいいのではないか。俺は独断で号令を掛けることにした。さらなる閑職が用意され、艦長に戻るという俺の夢は粉みじんに砕け散るに違いない。
「30秒前!」
「どうするの!」
とセーラも不安顔。ハンカチで俺の汗をぬぐってくれた。いつのまにか俺は汗をかいていた。それすら気付かなかった。
手を挙げる。皆が驚いて俺を見た。
「15秒前!」
射撃に10秒かかることを考えればもうあと5秒しかない。もはやキラ大佐からの連絡が間に合うとは考えられない。やるしかなかった。
「10秒前!」
「砲撃を許可する!」
コーズケ少佐が強く頷いた。
「副司令、わたしも責任を取りましょう!砲撃開始!」
「砲撃開始!」
「砲撃開始!」
各所で砲撃の令が復唱される。砲身にエネルギーが集まり始めた。高速で回転するモーター音が室内に響き渡る。
「砲撃まで5秒前!4,3,2……」
宇宙を見上げた。星々がきらめいた。衛星砲から光の筋が発射される。続いてその線に沿って轟音を上げて砲弾が送り込まれる。同時に他の味方拠点からも砲撃が始まった。遠く彼方のアズキ回廊へ向かって、戦っている自軍のために。
「着弾まで10秒前!9,8,7……」
思わず周囲から驚嘆の声が上がった。それもそのはず、宇宙の星々から光の細い線がある一点に集中し始めている。何百もの細い線が途中で交じり合い、どんどんその太さを増していく。最終的には太い一つの線となってある一点に集まった。
「着弾!」
「第二射用意!」
全部で28発撃たないといけない。
「第二射用意!」
「装填準備完了!」
「射撃10秒前!……発射!」
「着弾を確認!」
「前線統合司令部より緊急電」
オダイ中尉が飛び込んできた。
「『諸君の援護射撃に感謝する』とのこと!」
宇宙で小さな光が広範囲に渡って一気に点滅し始める。味方軍の反転攻勢が始まったのだ。第二次アズキ回廊の戦いは佳境を迎えていた。