手
僕は、神様仏様というものを信じていない。UFOや宇宙人や幽霊や妖怪、そういうオカルトも信じてはいない。都市伝説や超能力だってもちろんデタラメだと思っている。奇跡なんてない、すべては偶然だ。だから神様はいないし、神様はいないのだからオバケなんていうのもいない。見たことだってないんだから。どっちかが存在してどっちかがいない、なんていう不平等はないだろう、というのが僕のスタンスだ。
でも、人間や常識を超越したそれらは、とても魅力的に、面白いものに見える。不信心だが神社や寺は好きだし、幽霊なんていないだろうが心霊スポットめぐりは楽しくて仕方ない。妖怪伝説を追いかけるのなんて最高だ。正月は初詣、クリスマスはみんなと盛り上がるのも好きだ。僕はおそらく、ほとんどの日本人と同じような感性をもつ、普通の人間だろう。毎日は普通に楽しいし、将来結婚して子供ができたらどんな子に育てよう、なんて妄想したりもする。ただ、オカルトチックなものに対して、いわゆる普通の人より好奇心が強めなだけだ。
そんな僕のことが好きだ、と言ってくれる女の子があらわれた。いつも覗いてはちらちら書き込みをしていたオカルト好きのSNSグループに、その女の子もいたという。他にも僕と仲の良いメンバーもいたが、不思議とその女の子だけが気になった。意見や情報を交換しているうちに年齢も同じくらい、偶然にも近所に住んでいるということもわかり、いつか実際会ってみたいね、なんていうやりとりをしはじめた。
実際に顔を合わせたのは、そんなやり取りから一か月くらいたったころだった。女の子の家の近くにある、大きな池のある公園。ショートカットの似合う、小柄でよく笑う女の子だった。
夢中になってしまった。女縁がなかった、というわけではないが、オカルト好きの僕とずっと一緒にいてくれる女の子なんていなかった。
女の子のオカルトに対する考え方は、僕とよく似ていた。ただ、「信じてはいないけど、実在したら素敵」という、本当だったらいいのにな、という考えだった。そういう考えだって充分にアリだ。そういった物の考え方全部含めて好きになった。
何回か会ううちに、女の子は彼女になった。普通に街を歩いて、普通に食事をして、たまには心霊スポットに行って。なんにも予定はないんだけど、会いたい。ただ一緒にいたい。そういう時は初めて会ったあの公園で、手をつないで散歩する。なぜだかこれが一番楽しかった。安らいだ。手の甲、親指の付け根に小さなホクロが二つ並んだ、彼女の、小さくあたたかい右手を握っているだけで、僕は充分だった。
いつだったか、彼女の左側にまわり、左手をつなごうとしたら断られたことがある。理由を聞いたら、
「私の左の小指、少し外側に曲がってるでしょ?小さいころ骨折しちゃってこうなっちゃったの。ちょっと気にしてるんだ、ゴメンね」
そういうところも、僕にはいとおしく思えた。
女の子が彼女になってから数か月後、彼女が笑うことが減った。
「神様がいてくれればいいのに」
そう呟いてつらそうにすることが増えた。理由を聞いても
「大丈夫」
と返すだけだった。
「もう会えないかもしれない」
彼女のメッセージを受け取った翌日、彼女の死体が見つかった。
大きな池のある公園。そこで彼女は死んでいた。
腹部に無数の刺し傷。顔は判別が難しいほどに殴られ、変形していた。
両手首から先は切断され、なくなっていた。
「あのですね、たいへん申し上げにくいんですけれども」
事情聴取に僕の部屋を訪れた警察官から状況を説明された。夜、帰宅途中を襲われたらしい。あのメッセージを送った直後だろうか。
彼女の葬儀に行けなかった。変わり果てた彼女の前で、僕は自分が正気でいられるとは思えなかった。
彼女の死から何日も経った日、僕のことを好きだという女があらわれた。彼女と同じショートカット、同じくらいの背格好で、顔つきも心なしか彼女に似ているように見えた。透き通ったような声をした、両手に白い手袋をはめた女だ。
買い物帰りの夜の住宅街で、いきなり女は声をかけてきた。ずっと僕のことを見ていた、やっと動けるようになって、我慢できなくなって声をかけたのだという。
何を言っているんだ。僕はあなたのことは知らないし、好きだといわれても、そんな気はない。断って立ち去ろうとすると手を握られた。弱々しい力だった。振りほどいて顔を見ると、目つきだけが妙に鋭かった。
それから数日後、女は僕のアパートにやってきた。なぜここが分かった?あの時つけられたのか?そいうえばあの時、この女は僕の名前を知っていた?なぜだ?
女はチャイムを鳴らし、ドアを叩き、どこで知ったのか彼女の名前を出し、自分といた方が幸せになれる、なんで入れてくれないの、あなた好みの女になったのに、と叫ぶ。どうにもならず通報し、やってきた警察官と消えていく。そんなことを数回繰り返すと、女はあらわれなくなった。
ある日、帰宅すると、僕の部屋の鍵が壊されていた。
部屋の中にはあの女がいた。手袋をはずしたその手には光るものが握られている。
「もうちゃんと動かせるんだよ」
僕に馬乗りになり、首を絞めようと伸ばしてきた女の血だらけの右手のその親指の付け根に、小さいホクロが二つ並んでいるのが見えた。
なんで神様はいないんだろう。
この女の左手の小指は、少し外側に曲がっているにちがいない。