最終章
全てが繋がるとき、伝説は紡がれる。
-君はどうしてここにいるの?
血まみれの城。黒い欲望が渦巻く女王の部屋。外では革命成功の宴が催されている。城には誰もいなかった。たった一人の少年を除いては。少年は女王の椅子の上で輝く黒い宝石を見つめた。あどけない顔に宿る瞳はとても5歳とは思えない。少年はおもむろに宝石を手にとった。
「まだ、遊び足りないんでしょ?」
その言葉を肯定するかのように、宝石は怪しく輝く。
「遊んであげるよ。゛僕が゛」
その瞬間、少年の瞳は赤く染まった。
~Present~
「というわけで、レヴァッシュ鉱山を引き取ることにした。現地までしばらく赴くつもりだから城を頼む」
「はい、分かりました。お父様」」
この親子の一日はいつも政治の話から始まる。
「ケディ国王陛下、そろそろ時間でございます」
「すぐ向かう・・・じゃ、またな」
「お気をつけて」
にっこりと微笑む少年は誰もを魅了するほど美しい。凹凸のない白い肌。美の神が最高の技術を駆使して生み出したかのような美しい顔のライン。サファイアの瞳。さらさらの黄金の髪を程よく伸ばしている。この美少年は15とは思えない色気を放っていた。本人もそれを自覚しているから恐ろしいものである。
父親が出て行ったとき、姉のリアナが広間に駆けてきた。
「しばらくまた、うるさいお父様がいないわね!私の部屋で一緒に寝ましょ!」
王族とは思えない品の無さと、頭の悪さに少年はうんざりしていた。
「いえいえ、そういう訳にはいきませんよ?お姉様。いくら兄弟とはいえ年頃の男女。そろそろ自覚を持ちませんか?」
「あら、男女の自覚なんてとっくに持ってるわ。貴方だから言ってるんじゃない」
少年は無言で微笑み続けた。しかし決して目は笑っていない。
「わかったわよー。つれないわねー」
リアナはふて腐れて広間を出て行った。あんな人間と姉弟だと思うと少年は気分が悪かった。気分を紛らわす為に少年は自室に戻り、勉強を始める。歴史書の解読、自らが編み出した数式の証明、経済学、論理学、行政法、科学、物理・・・。全てを分かりきっているかのようにペンを走らせる。少年は、天才でもあった。しかし、この少年の最も賢いところは程よく才能を隠しているところである。少年は周りからは“そこそこ賢い子”程度にしか思われていない。ここまでの頭脳を隠し持っているには相当な慎重さがあるのだ。容姿といい、頭脳といい、少年は生れつき全てに恵まれていた。それゆえ全ての物事をすぐに終わらせてしまったり、解決してしまったりと、夢中になれるものがないのが悩みだった。しかしそんな少年に今、夢中になっているものがあるのだ。
丁寧に細工をした机の引き出しを慎重に開ける少年。中に入っているものをそっとに手に取った。
「君は、本当に頭が悪いな」
酷く冷たく、そして好奇心を含んだ声で少年は呟いた。
「どうせ聞いているのだろう?君に意思があることなんてとっくに分かっていた。その証拠にレヴァッシュ鉱山だ。調べてみたら君が先代の女王の我が儘を叶えたばかりにレヴァッシュ鉱山は枯れた。そして今、レヴァッシュ鉱山を蘇らせようとしてる。何故そこまでしてレヴァッシュ鉱山にこだわる?」
無論、宝石は返事などしない。しかし図星であるかのように輝きが一層増す。その様子を見て少年は満足そうに微笑む。
「まぁ、調度いいんだ。毎日が退屈の連続の僕にとって君はいい暇つぶしだ。すぐに解いてもおもしろくない。いつか君の正体を暴いてあげよう。・・・うまく僕を操ってレヴァッシュ鉱山が手に入るといいな」
少年は宝石の意図まで理解していた。それを解くのが面白いが故に、願いは叶えない。代わりに違う楽しみ方をする。
-くえない奴だ・・・
宝石の意思がこんなことを思っていたなんてことは流石の少年も知らない。
-頭が痛いわ・・・。
読み慣れない分厚い本をめくるリアナ。彼女は頭が悪い。足が速いところが唯一の取り柄だろうか。もっとも王宮で走る機会などないのだが。王族にかせられる学問もいつもギリギリのところでサボってきた為、本などまともに読んだことがない。しかし、今リアナが本を読んでいるのにはそれなりの理由があった。この国の王族のしきたり一覧。他でもないあの少年の為である。
リアナは姉弟でありながら、本気で少年を愛していた。近親結婚などという禁忌について調べていた。勿論、普通の姉弟での結婚など到底不可能だ。しかし二人は普通ではないのだ。
-私達なら出来るかもしれない・・・!
リアナがうっかり聞いてしまった、少年が知らない事実があった。
何ヶ月かして少年の父親、ケディ国王が国に戻ってきた。
「レヴァッシュ鉱山の引き取りとともに、北の地方の再建が決まった。わが国の領土として復興を始める」
-目的はそっちか・・・・・・。
少年は考えを巡らせた。
-ということは人物は限られてくる・・・・・・。
「ということで、お前に任せたい」
「え?」
考え事で話を聞いてなかった少年は顔をぽかんとさせた。
「聞いてないなんて珍しいな。北の地方の再建についてお前に任せる。お前は王位を継ぐ者だ。仮の王の経験もいいだろう。北の地方の最高責任者として頑張ってきてくれ」
「・・・分かりました」
少年は一言返事を残すとその場を立ち去った。
部屋に戻り、少年は宝石を手に取った。
「僕は勘違いをしていたようだ。君の目的はレヴァッシュ鉱山じゃない。本当の目的は、
黄金で大国となった幻の王国・・・・・・
カルカソンヌの復興だ。
俗称、北の国。貧しいながらも平和といわれていたが、あるときを境に急激な成長を果たし周囲の国から恐れられる一大大国になった。しかし、最期は民衆の革命で呆気なく滅びる。が、奇妙なことに革命から数日で国民全員が突然消えたことから゛呪われた国゛とも言われる。これが起こったのは約200年前。そんな昔の出来事に君は何の関係があるというんだ?」
宝石は答えない。その様子が少年に嘲笑っているかのように思えた
「気に食わないな。随分勝手じゃないか。結局はその力を一番使っているのは君自身だろう?こうして僕を北の地方に行くように仕向けて。まぁ、今だけは都合よく操られてやるよ」
そう言って少年は荷造りを始めた。勿論、一番最後に宝石を詰めることを忘れずに。
「皆さんこんにちは。今後、この地方の復興を任された者です。皆さんの願望はなるべく実現したいと思いますのでよろしくお願いします」
丁寧な挨拶の後、極上の微笑みを加える。てっきり老年の幹部が来るものだと思っていた北の地方の人々は、あまりに美しい少年に戸惑っていた。美、というのはある意味最強の武器である。初めてあった少年に、心から身を委ねてしまいたいと思わせるのだから。
少年は旧カルカソンヌ城を仮の住居兼復興本部とした。世話係は事前に北の地方で国が雇った者だ。少年の側近にはシボーンという少女がついた。真面目で落ち着きがある少女だが、少年への好意が隠しきれていない。少年はシボーンに好意など一切抱いていないのだが、その気持ちを利用することにした。
「おはようございます。朝食をお持ち致しました」
若干頬を染めて、俯きがちにしゃべるシボーン。少年はいつもにない優しい声色で語りかけた。
「あぁ、君にはいつも感謝しているよ。一番近くにいる君の意見だから一番信用できるんだ」
いつもより低く、誰もがうっとりする声。それにシボーンが反応しないはずがなかった。案の定、顔を真っ赤にさせてしまった。
「噂で聞いたんだが・・・、この地方の人々は僕の国をよく思っていないようだね?詳しく聞かせてくれないか」
「えっ、それは・・・」
少年は反応が悪いシボーンの腕を強く引っ張り、壁に押し当てた。壁と少年に挟まれるシボーン。吐息がかかるくらい少年の顔が近い。突然の状況にシボーンはこれ以上ないくらいに顔を真っ赤にする。想像通りの反応に少年はほくそ笑んだ。この手のことに少年は手慣れていた。
「ねぇ、嫌なの・・・?」
すがるような声を演出する。
「いっ、いえ!貴方になら、全てをお話します!」
シボーンはたまらなくなって叫んだ。心臓の限界だ。
「・・・そ。いい子だね」
少年は魅力的すぎる微笑みとともにシボーンの唇に軽くキスを落とした。驚きで固まるシボーン。このキスから、シボーンは少年に絶対服従するようになった。
「それで?僕の国とこの地方の人々の因縁って何なの?」
「あれは10年くらい前のことでした・・・
私達はここから遥か遠くの西の国で生まれました。その国は超巨大大国であったため、数々の民族が入り混じっていました。大まかには二つに別れていて、一つはザハト族。科学力が凄まじく、非常に支配欲が強い民族です。もう一つが我々、レニ族。優れた農耕技術を古来から受け継いでいます。遥か昔、ザハトとレニが内戦を起こしました。二つの民族は前々から折り合いが合わなかったのです。長い長い内戦は暗黒の時代でした。そして結果はレニが負けます。その日から西の国では゛支配する者゛と゛支配される者゛に分かれました。私達は負けた歴史という鎖につながれ、西の国で大変不自由な思いをしてきたのです。そのため、レニ族全員で逃亡することに決めました。なんとかレニ族全員が脱出することには成功したのですが、肝心の住む場所がありませんでした。何年もさまよい、やっと居心地がいい森を見つけました。私達は森を開拓し、ちょっとした村を作ったのです。しかし、平和も長く続きませんでした。ある日突然森に火を放たれたのです。私達は命からがら逃げ切りましたが、何人かの同胞を失いました。その中には幼い子供もいたそうです。
後日聞いた話によると火を放ったのが貴方の国だったのです。なんでも領土拡大の開拓だとか。そんな勝手な理由で燃やされた我々はそれ以来貴方の国に強い恨みを抱いてきました。でも、恨んでいても何も始まらないので新たな土地を探すことにしたのです。そして、この土地を見つけました。かつて国があったような痕跡があり、住みやすい土地です。我々が安心したとき、またあの国王がやってきました。今度は鉱山を買い取りたいとかで。それどころかこの土地を買い取って領土にし、我々を国民する!?ふざけてます。
・・・・・・・・・・・・。
私達は今度こそ誰にも干渉されずに自由に生きたいのです。」
-シボーンを落としといて正解だった。
少年は心から思った。軽くキスをした程度で絶対服従をする駒。それ以来、少年はシボーンを使って徹底的に情報を引き出した。いい情報を持ってきた時には極上の微笑みをつけるのを忘れずに。人の心を掴む心身掌握の術にも長けていた少年は人々に完全に信用され、実質的な王となった。
少年がこの土地に馴染んでからしばらくのことだった。この土地に似合わない馬車の蹄の音が響く。広場に止まった馬車を人々は何事か、と囲んだ。
「さっむ~い!!!!!!!!!!!!!!!!何なのこの場所!あんた達もよくこんな土地に住んでられるわね!」
いきなり馬車から降りてきて罵声を飛ばす女。当然ながら人々の反感を買った。
「なにぼ~っと突っ立ってんのよ!早くここの最高責任者をよんできてよ!」
強行突破しようとする女を見てシボーンは少年の元へ急いだ。
・・・・・・・・・
「失礼します!広場に貴方に会わせろ、と喚く女が来ました」
少年は頭を抱えた。まさか、と思ったときだった。
「ここにいたのね!会いたかったわ~!!!!!!!!!!!!!!!!」
リアナが広間のドアをブチ破り、いきなり少年に抱きついてきた。
「・・・お姉様、何のご用件で?」
「私達、結婚しましょ!」
「・・・は?」
遂に気が狂ったか、と少年は思ったがそうでもないようだった。なにか確証があるのか、妙に自信がありげだ。
「私ね、ここ最近国の掟をずっと調べてたの。そしたら姉弟での結婚はむりでも、養子なら非合法でこっそりできるの!」
-え?
゛養子゛その言葉が少年の頭の中でこだました。
「養子、とは誰のことですか」
「とぼけないでよ。貴方のことでしょ」
前から不思議ではあったのだ。昔に死んだと聞かされた母親。家族で自分だけが金髪のこと。似てない顔立ち・・・。目の前にいる愚か者が知っていて、自分が知らないことに少年は酷く憤りを覚えた。
「私達の思い、叶うのよ!国に帰って挙式をあげましょう!」
-こいつは何を言っている?
「私達、お似合いのカップルだものね!」
-お前と僕が?笑わせるな。
「ねぇ、願いも叶うんだし・・・。今、キスしてよ・・・」
-フザケルナ。
「帰れ」
「え?」
リアナは今までに見たことがない少年の冷たい表情にドキッとした。このとき、少年の仮面が剥がれた。
「貴様と結婚してやる義理などない。勘違いもいいところだ。僕はこれから貴様が言ったこととは別件で国に一時帰る。しばらく僕の前に現れるな。姉弟じゃないのだから今日から無礼講だ」
リアナは唇をわなわなと奮わせ、その場に崩れ落ちた。彼女を残して少年は広間を出る。ドアの傍にシボーンが不安そうな顔で立っていた。
「本当のことを確認しに行くだけだ。すぐ戻る」
優しい微笑みとともにシボーンの頭を軽く撫で、少年は母国へ向かった。
「お父様とお話したいことがありまして、戻って参りました」
少年が言うと、ケディ国王はゆっくりと顔を上げた。その顔を見て、本当に自分とは似てないと思った。
「お前の聞きたいことは分かっている。養子の件についてだろう」
「はい」
「リアナが言ったことは本当だ。あいつに聞かれたときは正直まずいと思った。あの馬鹿娘のことだ。お前に知れるのも時間の問題だと思ったよ」
隠していたことを悪びれる様子もない国王。しかし、少年は本当の家族でないことに哀しみは感じていなかった。むしろ血がつなかってなかったことに心から安心した。
「お前が養子になったのは10年以上も前のことだ・・・・・・
俺が領土拡大の為にとある地方のデカイ森に火をつけたときのことだ。俺もその場にいたのだが、半分近くが焼けきった頃、どこからともなく赤ん坊の泣き声がした。
振り向くと馬に乗った家臣のうちの一人に赤子を抱えてた者がいた。その家臣はまだ20代後半ほどの若い貴族の男だった。
「この子供は村の跡があった場所で逃げ遅れた赤子でございます。火の手も傍まで迫っており、放っておけなくて連れて参りました」
俺は赤子の顔を覗き込んだ。黄金の髪が生えはじめていて、鼻筋が通った綺麗な顔。将来、美しい顔立ちになるだろうと思った。さすがの俺も赤子を見殺しにするのには気が引けたし、引き取ると言った家臣の言うことを了承した。
一週間ほどのことだ。
議会で俺の後継ぎがいないことが問題になった。1歳のリアナがいたが、女だから国は任せられないという意見が多かった。かといって貴族の子供の中から養子を選ぶとなると、貴族間での争いが起こると予測された。その時だ。
「前の、森への遠征で拾った赤子はどうでしょうか」
誰かが言った。一瞬その場にいた全員が唖然としたが、悪くない意見だという結論になった。引き取った家臣の家は悪くない家柄だし、この国で生まれてないから貴族の争いも起きないと思われた。そして、お前は俺の養子になった。
・・・・・・・・・。
すまないが、お前の身元ははっきりしていない。どの民族なのかも」
父の話を聞き終え、少年は密かな興奮を覚えていた。何故、あの日幼い少年の前に宝石が現れたのか。自惚れる訳ではないが、自らの才能のためだと思っていた。しかし実際は違ったのだ。全ては繋がっていた。それを見越して少年は選ばれたのだ。
-なかなか面白いことをしてくれるね・・・
ポケットに眠る宝石に心で少年は語りかけた。
父との話もほどほどにして、少年は北へと戻った。カルカソンヌ城の椅子に疲れたように腰を下ろす。
「お疲れ様でした」
シボーンが不安そうな顔で少年の顔を覗き込んだ。そんなシボーンに、少年はあえて甘えるような表情を向ける。
「なぁ・・・。もし僕が、君と同じレニ族だと言ったら・・・。どうする?」
「え?」
呆気に取られているシボーンに父との会話を話した。話を聞くシボーンの目元は徐々に赤くなり、やがて大粒の涙をこぼした。
「私の父が言っていました。失った同胞の中には・・・当時の私と同じくらいの赤子も一人いたと・・・」
さすがの少年もこれには胸が熱くなった。それが、やっと会えた自分の一族との再開に対する感動だとは気付かなかった。
「その子って・・・、貴方だったのですね。あぁ、何という巡り会わせでしょう!運命ですね!」
「全く、宝石に綺麗に造られた運命だな」
「え?」
「いや、何でもない。それより、僕もレニ族の一員だと分かって決めたことがある。
復興させるべきは北の地方ではなく・・・
レニ族だ!」
勿論こんなものは建前。実際のところは父の後を継ぐ、ということが気に食わなかったのだ。
-僕は一から王になる。
そんな少年の陰謀とは裏腹にシボーンの顔は感動で紅潮していた。
そして、少年は集会を開いた。北の地方の人々を全員集めた。広場の中心に立つ高いステージ。そこに立って輝きを放つ少年。
-彼は何を語るのだろう。
少年はなかなか口を開かない。
-我々に、何をもたらすのだろう。
少年はゆっくり口を開いた。
「解放されたくないか?」
いつもと違う少年の口調。それだけでその一言がとても魅力的なものに思われた。
「誰にも干渉されずに、自由に我々だけの国を築かないか?」
誰もが密かに心に思っていたことだった。
-しかし我々に力はない・・・。
「我々には力がある」
-どこにあるんだ?
「君達の゛王゛は、誰だ?」
「「・・・貴方だ・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!」」
-そうか、あの方ならできる。あの方は全ての頂点に立つ方だから。あの方の加護があれば我々は強者になれる・・・!!!!!!!!!!!!!!!!
少年は人々の洗脳に成功していた。洗脳の技術は持っていなかったが、人々の洗脳を練習用にして洗脳術も掴んだ。
「私は、レニ族だ!!!!!!!!!!!!!!!!あの国王によって君達と同じように運命を狂わされた!!!!!!!!!!!!!!!!
さぁ、
私と共に来るものは声を上げよ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「「「ウォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」」
その場にいた全員が声を上げた。
北が、震えた。
静かな満月の夜。城のテラスにケディ王は佇んでいた。
-ねぇ、ケディ。もしも私が銃を向けたらどうする・・・?
ケディは゛あの日゛以来、ずっとその言葉に悩まされてきた。
「もう・・・、やめてくれ!!!!!!!!!!!!!!!!夢にでて来ないでくれ!!!!!!!!!!!!!!!!」
悪夢にうなされる夜がもう10年以上も続く。かつての女王の死は想像以上にケディの心に傷を残した。
「こんばんは」
突然声をかけられ、ハッとして振り向く。
そこにいたのは養子である、あの少年だった。月明かりに照らされる少年は月の使者のようだった。
「綺麗な夜に・・・考え事ですか?」
ケディはフッと息をつく。不思議と少年を見ていると心が落ち着いた。
「ちょっとした・・・、昔話だ・・・
・・・・・
・・・、そしてその女王は俺に銃を向けたんだよ」
ケディは過去にあった出来事を少年に話した。ここまで詳しく語ったのは初めてだった。何故今更少年に話したのかはわからなかった。
「そうですか・・・。かつての恋人と銃を向け合う・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんな風に?」
カチャッ・・・。
一瞬、ケディは自分がされていることが理解できなかった。実の息子のように可愛がってきた少年に銃を向けられているのだから。
少年の瞳は血のように紅い。その表情から感情を読み取ることは不可能だ。
「お前、今自分が何をしているかわかっているのか」
「ええ、恐ろしいくらいに」
こめかみに、確かに感じる金属の冷たさ。それはケディに゛あの日゛を、思い出させるのに十分すぎた。
「やっ、やめてくれ!!!!!!!!!!!!!!!!何故だ!?何をすれば許してくれる!?」
銃を向けられるのはトラウマになっていた。
「全く・・・。見苦しいですよ、お父様。いえ、偽善者」
「まさか・・・」
「今更気づいたの?遅いんだよ。僕はあなたにこれっぽっちの恩義も感じていない。この僕を育てるのにあなたでは役不足だ。あなたを尊敬したことなど一度もない」
「もう・・・、やめてくれ」
「もっといいことを教えよう。現在、この国の周囲を武装した民衆が包囲している。誰も気づいていないようだけどね。誰が裏切ったと思う?それはね、あんたが見下してた北の地方の人々だよ!レニ族だ!今度はあんたが追われる番だ!」
「やめろぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!」
ケディの顔は真っ青だった。
ケディは前から感じていることがあった。何故、この世から拷問や虐殺といった類のものがなくならないのか。それは行った者が自分がやったように誰かに復讐されるからである。行った者が役を降りても、代わりの誰かが演じ始める。ケディはいつか自分がやったように誰かにいつかやられる、と直感で感じていた。しかし、まさかこんな形でやられるとは流石に思ってもみなかった。
「あんたが死んだ後は僕がこの国を貰って北の国と併合させとくから。
だから、
安心して
逝きなよ」
鈍い、銃声が響いた。
ケディは静かに崩れた。
「大丈夫。もう一人送るから。一人にはさせないよ、お父様」
少年は口周りについた返り血をぺろりとなめた。近親を殺しているにも関わらず、少年に躊躇いはなかった。寧ろ、躊躇いたくなかった。決意を揺るがせないために。
そのとき、銃声を聞き付けてリアナがやってきた。既に冷たくなったケディをみてリアナは青ざめた。
「なっ!!!!!!!!!!!!!!!!どういうこと!?」
「あぁ、ちょうどいいところに。父さんに、ついて行ってやってくんないか?・・・義理姉さん」
鈍い銃声、もう一発。
少年はその後も巧に国を乗っとった。家臣達もしばらくは国内で混乱が生じると予想したが、驚くくらい国は綺麗にまとまった。北の地方を本拠地として、カルカソンヌは復活した。
「やるべきこともなくなって退屈だ」
少年は宝石に語りかけた。このころの少年の国は、やっと制度が整いはじめていた。真夜中の為、誰もが寝静まっている。部屋は静かな月明かりに照らされていた。
「不思議な運命を与えてくれた君に感謝しよう。しばらくは楽しめたよ。そのお礼に、一つ謎解きをしようか」
宝石は尚も怪しく輝く。少年の言葉を静かに受け止めているようだ。
「前にも言ったが、君には意思がある。その意思は誰のものなのか・・・僕はずっと考えていた。けど、君が不自然なくらいに綺麗に造った運命を考えると、一人の人物が浮かび上がってきた。
それは・・・・・・
旧カルカソンヌ王国の゛王女゛、
アイシスだ」
宝石が、かつてないくらい黒く輝いた。それどころかひとりでに震えている。
「君は間違いなく北の国の王女だ。けれど何故、200年も前の人間の意思が宝石に詰まっているんだ。僕に、教えてくれないか・・・?
最初で最後の願いだ」
危ない願い。そんなことは分かっていた。しかし、自分を不思議な運命に辿らせた宝石の正体を知りたかった。そんな彼を受け入れるように宝石は黄金の光を放った。溢れんばかりの光が少年の目をく眩ませる。少年の意識がフワッとした。
そして-
王女は、ゆっくり近くにあった砲弾に触れました。いつもなら黄金に輝く鉄。
しかし、その時に輝いた色は・・・
黒
そこにあったのは黄金ではなく、黒く輝く宝石でした。
「なに、これ・・・」
少女は今まで見たことがない反応に戸惑いました。しかし、不思議なことにさっきまで狂うように抱いていた怒りが鎮まりました。
人々も唖然としています。宝石は角度によって違う輝きを見せます。
-力が・・・欲しいか。
宝石から少女の心に意思が響きました。
少女は、素直にこの宝石にすがりたくなりました。気がつくと、ひとりでに唇から声が漏れていました。
「・・・、強くなれる、力が欲しい!」
少女は泣き叫びました。生きたい、という感情が急に生まれたのです。
-力が欲しいのなら、くれてやる!!!!!!!!!!!!!!!!
その瞬間、少女の意思が吸い込まれるように宝石に移りました。少女の本体は光と共に静かに蒸発しました。突然消えた少女に人々は驚き、周囲にざわめきが広がります。
一方、宝石の中で少女の意思はかつてない快感を味わっていました。今なら何でもできると思えるほど。
-どれ、一度あいつらを消してしまえ・・・。
少女の意思と連動して宝石から黒い光が放たれました。人々は何事かと、宝石に寄ります。
と、その時
宝石からの光でその場にいた人々全員が消滅したのです。黒い光は国中に及びました。光に呑まれた人々が次々に消えていきます。
こうして、一瞬で国中の人間が消えました。広い広い北の国に残ったのは宝石だけ。北の国は一時的に滅びました。
しかし、不思議なことにしばらくすると人が北の国に集まってきました。黄金が大量に採れるレヴァッシュ鉱山に人々は目をつけたのです。こうして、北の国は復活しました。実のところ、人を集めたのは宝石自身でした。自ら消した人間を再び集めたのです。
それからというものの、北の国は黄金で栄えました。
突然鉱山が枯れ、北の国が二度目の滅びを迎えるのはもう少し後のお話。
゛少女゛の意思に宿る記憶が少年の頭にめまぐるしく流れてきた。全てを知ったとき、少年はもう一つの真実に気づいた。
「・・・ずっと、気づいて欲しかったのだろう?君は二人いる。・・・出てきてくれないか?」
少年はじっと宝石を見つめる。しばらくして、宝石の中心から光が漏れ、やがて真っ二つに割れた。そこから゛少女゛の半透明の光の像が現れた。
「君が・・・、アイシス?」
アイシス、と呼ばれた少女はゆっくり微笑んだ。
「貴方の言うとおりです。この宝石の中で、私の意識は二つに別れていました。一つは゛憎悪゛。もう一つは゛優しさ゛。
処刑台にかけられた私は、人々に対する憎悪が強くなりすぎていました。結果、憎悪の感情が私の能力にそのまま乗り移り、ブラック・ウィッシュを生み出してしまったのです。だからブラック・ウィッシュを生み出した直後の私から゛憎悪゛という感情は抜けました。残る゛優しさ゛も、宝石の誘いに乗ってしまい宝石に乗り移りますが、゛憎悪゛に支配されてしまいました。暴走し、不幸をばらまく゛憎悪゛をとめる為に私は限られたすこしの能力を使っていました。基本、宝石の意識は゛憎悪゛に乗っ取られているのですが、たまに私がでてこれることがあります。その時に私は動いていました。ブラック・ウィッシュがやっていることにしばしば矛盾が生じていたのはこのためです」
少年はアイシスをじっと見つめた。少なくとも少年が今まで見た女性の中で最も美しかった。
「僕の言葉は聞こえていたのか?」
「ええ、意識は乗っ取られていましたけどしっかり聞いていましたよ。私を所有していて一つも願いを叶えなかったのは貴方が初めてです。だから、いつもより゛優しさ゛の私がこんなに話せているのかもしれません」
実際に目の前にはいない少女に、少年は確かな人の温もりを感じた。いや、温もりを求めた。
「僕がやったことは・・・、正しかったのか?」
これは考えてはいけない、と思いつつも少年がつい考えしまうことだった。ずっと誰かに打ち明けたかった。やっと本音を零すことができたのだ。
「・・・リセットしますか?」
「え?」
「退屈、なのでしょう?なら、今とは違う未来を知りたくないですか」
少年は最後まで聞かなくてもアイシスが言いたいことが分かった。過去に戻るか、ときいているのだ。
あの時、違う選択をしていたら本当はこうだったかもしれない。人間が陥る典型的な思考回路のパターンだ。現実では実行できないから、考えてもしょうがないこととされる。しかし、アイシスの力を使えば可能になる。少年は考えた。
-今とは違う結末の人生をやり直すのは悪くない。けど-。
「遠慮しとこう。代わりにこの現実を滅ぼしてくれ。支配者の役にはもう飽きた」
「貴方らしい・・・、答ですね」
「僕にも良心というものがある。僕みたいな奴が再び現れたら世界はめちゃくちゃになるだろう?
なら、君はどっかの遠い時代に飛んでくれ」
-今とは関係ない、まだ平和だった頃へ・・・。
「わかりました・・・」
アイシスはそう呟くと、静かに消えた。やがて宝石も消えた。
瞬間、崩れる世界。少年がいた時代を゛なかったこと゛にするために時空が動いた。歪む空間。異質な音。その世界には、少年しか残っていなかった。
-僕の意思一つで世界が滅びた・・・。まるで神じゃないか。
少年は自嘲気味に笑う。
-アイシスは、どこにいったのだろうか・・・
少年は最後に思った。
-少なくとも、今よりは平和だった頃へ・・・。
いつかは宝石の呪縛から解放されて自由になってほしい。少年はアイシスにそう思っていた。
時空の力が少年の本体にも及び始める。痛みは感じない。ただ、一度会ったきりのはずのアイシスに二度と会えないのには胸が痛んだ。それが好意なのか、それとも似たような境遇の親近感なのか。それは最後までわからなかった。
そろそろ交代の時間。゛憎悪゛が徐々に大きくなっている。
-せめて、つくまでは゛優しさ゛でいさせて・・・!
アイシスは急いで適当な時代にループした。突然、ポトっ、と草の上に投げ出される。ループは無事に成功したようだった。そのときにはほぼ゛優しさ゛は消えていた。すると、すこし離れたところから足音が聞こえてきた。音は徐々に迫って来る。その人物こそが、次の所有者だと直感で感じた。
-最後に顔だけでも・・・。
アイシスは最後の意識を振り絞る。
が
その顔を見て
アイシスは絶望した。
何の偶然だろうか。
そこにいたのは
ケディの元恋人の後の女王、
あの少女が立っていた。
よくよく周りを見てみるとそこは井戸のすぐ側。少女がブラック・ウィッシュを拾ったのも井戸のすぐ側・・・。歴史が無限ループしていることにアイシスは気づかされた。紅くなる少女の瞳を見て再び絶望した。
-だめ・・・っ
その瞬間、アイシスの意思は完全に交代した。
不幸の歴史が一から始まる。
-サァ、オマエハナニヲノゾム?-
何年か前に書いた作品、ブラック・ウィッシュでした。勢いで書いていたこともあり、多々見苦しいところもあったかと思います。
それでも全て読んでくださった方々へ最高の感謝を伝えたいと思います。
ありがとうございました。
補足ですが、「下町幻狐絵巻」を現在連載しております。ブラック・ウィッシュ程暗くなく、ワクワクするような学園?ファンタジー路線です。書いていてもとても楽しい自己満足に近い作品ですが、読んでいただけたら幸いです。