出典〜ヴェルメニア王国 童話〜
「強欲は不幸の元」
ヴェルメニア王国の小さい子供は一度は大人にこう言われる。一冊のおとぎ話と共に。
童話にしては少々エグいが、ヴェルメニア王国の子供たちはこの本から誠実さを学んでゆくのだという。
昔むかし、あるところに心優しい少女がおりました。少女は農民の娘で、とても裕福な家庭とは言えませんでしたが両親に愛情を持って育てられ、美しく成長しました。
少女には幼なじみがおりました。彼の名前はケディ。村の掟で、二人は生まれたときから結婚する運命が決まっていました。しかし、二人は愛し合っており、許婚であることを聞かされても驚きは無く寧ろ喜んだとのことです。
「ねぇ、ケディ。もし私が銃を向けたらどうする?」
少女の、ケディを信じているからこその質問です。
「君のことだから深い訳かあってのことだろう。君がどうしてもと言うなら、僕は喜んで打たれよう」
「やだ!そんなことあるわけないわ。貴方に銃を向けるなんて!」
本当に中睦まじい二人を見て、村人はいつも目を細めていたとのことです。
ある日のことです。
少女が朝、井戸まで水を汲みに行くと井戸端に黒い宝石のような物が落ちていました。拳ほどある宝石は角度によって怪しい輝きを見せました。黒、紫、藍色・・・。普段は心優しい少女に、ちょっぴり欲が芽生えました。腰に付けたホルダーに宝石を入れ、家にそのまま持ち帰ったのです。家に帰ると母親に、
「お昼までにニンジンの収穫をお願い」
と頼まれました。
この日、ケディと遊ぶ約束をしていた少女はうんざりしました。それこそ、雨が降ってしまえと思うほど。
と、そのとき。
少女の頬に大粒の雨が当たりました。空を見上げるとどす黒い雲が辺り一面に立ち込めています。雨です。偶然とは思えないほどタイミングの良い雨に少女は戸惑いました。それと同時に確かめたくなったのです。この宝石が持っているかもしれない一つの可能性を。
少女はずっと雨が降れば良いと思いました。畑仕事がめんどくさくなったのです。願うと、見事一週間大雨が降りつづけました。
とても高くて手が出せないような美しいネックレスが欲しいと願いました。すると、ケディがプレゼントしてくれました。ケディは三年間の貯金を全部使ってしまったと、照れ臭そうに頭をかきました。
願ったことは全て叶いました。少女が考えた通り、願いを叶える宝石だったのです。
次の日から少女は人が変わったように宝石の力を乱用しはじめました。青かった少女の瞳は赤くなりました。突然性格が変わった少女に戸惑い、ケディは少しずつ少女から離れていきました。しかし、少女はそんなこと気にも留めません。宝石の強い力に取り付かれていたのです。
ある日、少女はお使いを頼まれて少し離れた王都まで出かけて行きました。都には立派な建物が立ち並び、綺麗なドレスやタキシードで着飾った人がたくさん歩いています。少女は自分の身なりを見て恥ずかしくなりました。そして王都の中心にそびえ立つ王宮を見上げました。
ーあそこに・・・、行きたい。
今までで一番スケールが大きい願い。流石にそこまで現実になるとは思わず、ただ、純粋に思っただけでした。ぼんやり見上げ、諦めたようにため息をつきました。
そのときです。
「おいっ、そなた、何者だ!?」
急に声をかけられ、少女は驚いて振り向きました。そこには王に仕える直属の憲兵達がいたのです。
「先月お亡くなりになったアリアナ様にそっくりではないか!」
少女はアリアナ様が誰なのか知りません。状況に身を任せているといつの間にか憲兵達に王宮に連れられていました。
「国王陛下、都でアリアナ様にそっくりな娘を見つけ、連れてまいりました」
気がつくと少女は国王の前でした。
国王は見るからにやつれていました。頬は青白く、目元には深いシワが刻まれています。まだ50代前半ほどに見えるのに、頭は真っ白。国王は青紫色の薄い唇を開きました。
「ア、アリアナなのか!?我が娘は生き返ったのか!?」
少女は気づきました。アリアナ様とは先月亡くなった王女様だったのです。
「違います。アリアナ様とは全く関係のない村娘です」
憲兵達は説明しました。けれど、国王の目は見開かれたままです。
「・・・そなた、わしの養女にならないか」
「え?」
「正式な王女として迎え入れよう。それに相応しい権利も全て与える」
少女はこればっかりは驚きました。思わず腰に付けたホルダーに手を当てます。少女の口元が緩くつり上がりました。
ー叶った・・・。
そこから先は簡単でした。国王の言葉に一つ返事で返し、村の人や両親に何も言わずその日から王宮入りしました。一通り落ち着いたとき王女の部屋の椅子に少女は腰を下ろし、宝石を取り出しました。そして愛おしそうに眺めます。一生手放さない。この宝石は私だけのために使うのよ。そう、少女は誓いました。
ただ、少女の考え方は間違えていたのです。
所有者が宝石を利用するのではありません。宝石が所有者を利用するのです。
強すぎる力を持つその宝石が、自ら意思を持っているなど少女は考えてもみませんでした。
少女の欲望は日に日にエスカレートしていきました。
オペラを見て、美しい歌声が欲しくなり手に入れました。サロンにいた貴婦人の艶やかなブロンドヘアーをみて、それも手に入れました。望めば、全てが手に入ったのです。
しかし、一つだけ手に入らない物がありました。少女は隣国の王子に恋をしました。いくら手紙を送ろうと、いくら贈り物をしようと、王子は振り返りません。宝石に願っても何故か叶いません。
「ねぇ、貴方はなにが欲しいの?何でもあげるわ」
実のところ、王子は北の国の貴族の姫に恋をしていました。いくら冷たくしても退かない少女にうんざりしてました。
「・・・そうだな。僕の国の城をうめつくすくらいの黄金が欲しい」
王子は諦めてもらうために無茶な要求をしました。しかし、少女は答えました。
「・・・分かったわ。用意すれば良いのね?」
「ああ、楽しみに待ってるよ」
その後は想像通り。大量の黄金を手に入れるなど少女にとっては簡単なことなのです。少女は黄金を王子に送りました。王子は言葉を失います。それと同時に、奇妙なことが起こりました。
「北の国が滅んだ?」
少女は家臣に聞いたとき不思議に思いました。
ーあの大国が滅んだ・・・?何があったのかしら。
「原因は何なの?」
「北の国の特産物である黄金が、突然鉱山から蒸発したのです。原因は不明ですが」
奇妙な一致でした。少女が黄金を手に入れたと同時に鉱山が枯れる。そのとき、恐ろしい考えが浮かびました。少女はまさかと思いました。慌てて昔の新聞を探します。その中の一つに隣国の村で大規模な干ばつがおこり、その辺りの地域が全滅したという記事がありました。ちょうど、あの日でした。そう、宝石を使っての初めての願い。一週間大雨が降りつづけたときです。
少女の考えた通りでした。
宝石で手に入れる幸福は、他の誰が手に入れるはずだった幸福だったのです。少女は本当に恐ろしくなりました。自分が手に入れたように、いつか誰かに奪われるのではないか。絶対に宝石を他の人の手に渡してはならない。固く決心しました。
けれど、少女は気づいていませんでした。宝石は面白みのない単調な少女の願いを叶えることに飽きてきていたのです。
しばらくして、王子は亡くなりました。王子は北の国の貴族の姫と心中したらしいという噂を耳にしました。結局は少女が招いたことでした。少女が黄金を送ったせいで北の国は滅び、王子は死んだのです。宝石の力の本当の意味に気づくのが遅すぎたのです。
何年か経ったとき、少女は少女と呼べる年齢ではなくなりました。
国王は昨年亡くなりました。少女は国の女王になっていました。相変わらず宝石の力で思うがままでした。代わりに、他の誰もが信用できません。周りにはいる人皆が宝石を狙っているように見えるのです。孤独でした。しかし、実際のところ宝石の存在を少女以外知る人はいません。それをわかっていても宝石のことになると気が立っていました。それほど少女の中で宝石の存在は大きくなりすぎたのです。
そして
遂に
そのときはやってきました。
宝石は、ある日を境に忽然と消えました。
少女は気が狂いました。夜も眠れなくなりました。宝石が消えた日から、悪夢にうなされました。今まで少女から幸福を奪われた人が夢に出てくるのです。
日に日に宝石の力で手に入れた物を失っていきました。喉が枯れて美しい声はもう出せません。ストレスで髪は真っ白になりました。
そして追い撃ちをかけるように、少女の治める国で革命が起こりました。少女の独裁的な絶対王政に国民の不満が爆発したのです。
抜け殻のようになった少女には最早あらがう気力もありません。家臣との信頼関係をろくに築かなかった少女はすぐに家臣に見捨てられました。少女のみが、最後に城に残りました。偽りの権力で造られた城は、少女には広すぎました。革命群の騒音が遠くで聞こえます。
ーここまでかな・・・。
静かに目を閉じたとき、少女がいた大広間の扉がけたたましく開かれました。
一人の男が肩で息をしながら扉の前に立っていました。
「・・・久しぶりだな」
その声は聞き覚えがありました。ゆっくり目を開けると
そこには
かつての恋人のケディが立っていました。
「懐かしい顔ね・・・。私のパパとママは元気?」
ケディの額に青筋が浮かびました。
「・・・っ!ふざけるな!!!!!!!!!!お前が行方不明になったショックでずいぶん前におじさんとおばさんは亡くなったよ!お前が横暴な政治をしてくれるせいで国民は今にも死にそうなんだ!!!!!!!!!!」
それを聞いても少女は何も感じません。感情まで失ってしまったかのようです。
そして、おもむろに懐から銃を取り出し、ケディに向けました。
「・・・、ねえ、ケディ。もしも私が銃を向けたらどうする?」
少女は言いました。すると突然少女の目から涙が溢れました。
ーああ、私はどこで道を間違えたんだろう。
視界がぼやけます。そのせいで、ケディが隠し持っていた銃を取り出すのに気がつきませんでした。
「君は本当に変わってしまったな・・・」
ケディは悲しげに目を伏せました。
「君の言葉に深い意味はない。君がどうしてもと言うなら・・・・・・
打たれる前にこっちから殺そう。」
鈍い、銃声が響きました。少女は呆気なく椅子から崩れ落ちました。其の姿は電池が切れた機会仕掛けの人形のようです。ケディは少女の遺体を運ぼうとしました。けれど、諦めました。少女の命は泡よりも軽く、遺体は鉛よりも重いのです。
少女の顔は笑っていました。久しぶりの、心優しい少女の頃の笑顔でした。
革命は成功に終わりました。革命軍は間もなくして新政府となりました。ケディは新政府のトップに立ちます。旧王宮から財産を全て持ち出しました。その資源を元に、新しい国を創ろうとしたのです。
しかし、宝石の悪夢は終わっていませんでした。かつて王宮から忽然と消えたはずの宝石が元女王の部屋に突然表れたのです。そのことに誰も気づいていません。宝石は次の所有者(玩具)を選びます。幸か不幸かケディの5歳の息子が拾ってしまいました。彼の瞳が赤に変わったことに誰も気づきません。
成長したケディの息子が新たな国王、ケディに銃を向けるのはもう少し先のお話。
次々と所有者を変え、全てを不幸にしていくその宝石はいつしか、
ブラック・ウィッシュ
と、呼ばれるようになりました。この呪われた宝石は今も世界のどこかにありつづけているとのことです。
長い長い昔話は、今も続いているのでした。
めでたしめでたし。
私の処女作です。荒削りですが、かなり前に完結はしてあります。ぼちぼち載せていくのでよろしくお願いします。