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たてがみの美しさ

作者: 偽名

 あるところに、リオというオスのライオンがいました。

 丈夫な体に生まれたリオは、兄弟たちの中で誰よりもたくましく育ちました。ケンカをすることがあっても、決して負けることはありませんでした。

 大人になったリオは、金色に輝く立派なたてがみをその首の周りに生やしました。どんなオスもそのたてがみを羨ましそうに眺め、どんなメスもそのたてがみを一目見ると、リオのことを好きにならずにはいられませんでした。


 やがてリオは群れのリーダーになりました。

 群れのメスたちはリオの子供を産みました。リオは子供たちを愛し、可愛がりました。

 よそのオスが縄張りを荒らしにやってきたら、リオはすぐにそのオスのもとに向かい、退散させました。リオに敵うオスはどこにもいなかったので、やがてオスたちはリオの群れを乗っ取ろうとするのを諦めました。

 

 ある晴れた日のことです。リオは木陰ですやすやと眠る子供たちのおもりをしていました。

 ふと、遠くの方に、水浴びをしている一頭のシカがいることに気付きました。シカは脚を使って波を立て、頭に生えている立派な角は水をかぶり、日の光に照らされてきらきらと輝いています。

 リオはなぜかそのシカから目を離すことができませんでした。いままで何度も見てきたはずの、何の変哲もない一頭のシカが、そのときのリオにはとても特別に見えたのです。その姿は気高く、しっぽから角の先までの全てが調和しているようでした。

 そのとき、別の方角から、群れのメスたちがそのシカを狙っていることに気付きました。

 シカは一向に気付かず水浴びを楽しんでいます。メスたちはゆっくりとシカとの間を詰めていきます。

 やっとシカが気付いた時にはもう手遅れでした。一頭のメスがあっという間にシカにとびかかり、シカは殺されてしまいました。

 

 メスはシカの体を水場から引きずり出し、地面に横たえました。肉のにおいに気付いたのか、子供たちも目を覚まし、母親のもとへ元気に走っていきました。

 リオが遅れて歩いてくると、皆はおいしそうに肉を食べていました。リオは少し離れたところから、肉に口をつけることもなくその様子を眺めています。

「リオ、食べないの?」

 一頭のメスが肉をほおばりながら問いかけました。リオは黙りこくって、結局一口も食べないまま、また木陰の方に戻ってしまいました。


 それからというもの、リオは全く何も口にしなくなりました。日に日にやせ細り、筋肉はどんどん衰え、なんとか走るのが精一杯です。群れのメスたちもしだいにリオに愛想を尽かしていきました。

「あんなに立派なたてがみを持っていても、あの体じゃあいざというときに頼りにならないわ」

「全く、宝の持ち腐れだね」

 そんな声が、群れのあちらこちらから聞こえてきました。

 リオの様子を見てか、しだいに他のオスたちがリオの縄張りに近づいてくるようになりました。

 リオが何も食べなくなってからしばらくしたある朝、ついに一頭のオスがリオに襲い掛かりました。オスはリオの体のあちこちに噛みつきます。リオの細い体には反撃する力などこれっぽっちも残っておらず、ただただ走って逃げることしかできませんでした。


 群れを追い出されたリオは、背中の傷の痛みをこらえながら、とぼとぼと歩きました。もう太陽は空の真上まで昇っています。

 子供たちはどうしているだろうか。新しいオスにいじめられていないだろうか。自分がいなくても、みんな仲良くしているだろうか。

 群れのことが心配でたまらないリオは、そんなことをぐるぐるぐるぐると頭の中で考えます。しかしいくら考えたところで、リオにできることはありません。たとえ群れに戻ったとしても、やせ細った傷だらけの体では追い返されるだけです。

 リオは群れでの幸せな日々を思い返しました。駆けまわる子供たち。そしてそれをリオと一緒に眺める母ライオン。あのときのリオにとって、それはなによりもかけがえのない時間でした。

 そのとき、あの日見たシカのことが思い出されました。水玉とたわむれるシカの姿は、その不思議な魅力とともに、いまでもありありと思い浮かべることができます。それにも関わらず、リオは、もしかしたらあのシカは自分が見た幻だったんじゃないだろうかと思いました。

 

 日が沈み、夜がやってきました。

 リオは体をよろつかせながら、あてどもなく歩き続けました。リオ自身も、自分がどこに向かって歩いているのか分かっていませんでした。

 そのうちぽつぽつと雨が降りだし、あっという間に豪雨となりました。リオはどこかで雨宿りしようとしましたが、近くには一本の木も見当たりません。冷たい雨は背中の傷にしみこみ、リオの体力をどんどん奪っていきます。

 リオはもう一歩も歩くことができなくなり、とうとうその場に座り込んでしまいました。

 リオはだんだんと頭がぼーっとしてくるのを感じました。

 

 ふと気づくと、リオの周りをどこからともなく現れたハイエナの群れが囲んでいました。ハイエナたちはリオを、美味そうな肉を見るような目で見ています。

 すると、リオはまるで自分の身を差し出すかのように、その場でおなかを見せてごろりと横になりました。それを見て、一匹のメスのハイエナがリオのすぐそばまで近づいて話しかけました。

「お前、なにをしている? 私たちに食われても構わないのかい?」

「構わん。食え」

 その返事にハイエナたちはあきれてしまいました。

「お(かしら)、早く食っちまいましょう」

 ハイエナたちは喉を鳴らして、すぐにでも食べたそうにしています。

「そう焦るな。この雨だ、横取りされることもないだろう」近づいてきたハイエナは横を見やってそう答えると、またリオの方に向き直り尋ねました。「すっかり痩せこけているじゃないか。長いこと食ってないのかい?」

 リオは目を合わせることもなく、寝転がったままぼそりと答えました。

「もう食うのはやめたんだ」

 打ちつける雨の音に消え入りそうなリオのその答えは、彼女を驚かせました。

「食わなきゃ死ぬだけだろう」

「分かってるさ」

 彼女はますます不思議に思いました。

「分かっていて、なぜ食うのをやめた?」

 そう問われ、リオは考えます。

「なぜだろうなあ」震える声でそういうと、リオの目から涙が溢れてきました。「どうして、食うのをやめちまったんだろうなあ」

 彼女は何も言わず、じっとリオを見つめています。雨は激しさを増すばかりです。

 やがてリオは、わずかに残った声を振り絞って答えました。

「きっと俺は、美しくなりたかったんだろうなあ」

 リオはそう言ったきり、死んでしまいました。


 ハイエナたちはすぐにリオを食べました。毛皮を残して、食べられる肉はすべて食べてしまいました。

 食事を終えると、ハイエナたちはその場を去っていきました。


 それからしばらくして、あんなにも激しかった雨は少しずつその勢いを弱め、夜明け前には分厚い雲もまばらになっていました。

 朝を迎え、東の空の雲の隙間から、大地に日の光が差し込みました。

 一晩の雨に洗われたリオの金色のたてがみは細かな水滴をまとい、朝の日の光を浴びて、きらきらと輝いていました。

 


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