記憶
彼は戸惑っていた。
自分の生まれてきた意味が分からなかった。
「俺は…」
彼の両手は血にまみれていた。
自身の持ってる短剣からは、錆びた鉄の臭いと、べっとりと付いた大量の血の臭いが混ざり合ってる。
いつもこうだ。
毎日毎日。
彼から血の臭いが消える事はない。
それでも…
「俺は…」
自分にカイトという名を付けてくれた女性。
彼女はいつも側にいてくれる。
微笑みを絶やさず、優しく彼を包み込んでくれていた。
そんな彼女を、カイトは愛おしいとも思った。
この剣は棄てよう。
二度と使わないことを誓おう。
もう血に染まる事なく、人生を生きよう。
自分を拾ってくれた彼女と共にーー
「俺は、マリアが好きだ」
目を覚ましたのはつい今しがた。
「ーーどういう事だ?」
カイトは苦悶した。
自分の置かれている状況に、全く理解がついていかなかった。
「何故俺はこんな所にいる?」
辺りを見回しても、見慣れない風景ばかり。
空気の濃さも重さも違う。
「確かに俺は…死んだはず」
そうだ。
あの時自らの剣で胸を突き刺した。
痛みもあり、意識が遠のいていったのも覚えてる。
死というものは、こんなにも鮮明になるものなのか?
「まさか…」
ふと、ある思考が脳裏によぎる。
確かに考えにくいことだったが、あり得ないことではなかった。
ガシャンっーー
そんな考えも束の間。
目の前に異様なモノが立ちはだかった。
「な、なんだ⁉︎ これは…」
形が滑稽だった。
人間界では機械と呼ばれるもの。
しかもそれは奇妙な事に人型をしていた。
ガシャンっ。
一歩一歩、だが確実に彼へと近づいている。
何故こんな所に…
「まさかとは思うが、ここは…」
チラッと目線を逸らした隙に、その人型の機械が急に襲い掛かってきた!
「ちっ…」
今までの癖か、条件反射的に腰に手を掛けた。
するとカイトの手の中には初めての感触があった。
「なんだこれは…?」
それは銃器と呼ばれるものだった。
疑問に思うも、考えてる悠長はない。
ゴウンッ!!
人型機械は手のような部分を思いっきり振り上げーー殴り掛かってくる!
そこには刃のようなものが。
間一髪で左に避け、慣れない凶器を両手で構える。
次の攻撃がくる!
ドンッ!!
初めての扱いの割には命中した。
だか倒れない。
「…っく」
右手がビリビリと痺れる。
こんなにも衝撃があるものなのか。
多少の後退りはあったものの、お互い目線は外さない。
次の瞬間には一気に間合いを詰める!
ドンッドンッ!
二発の銃声。
「…ってぇなー」
手の痺れを抑え、倒れた人型機械を確認する。
黒い煙を立てながら、ピクリとも動かなくなった。
「なんだったんだよ…」
カイトはボソっと呟くと、手にある銃を元あった場所に収める。
既に機械の残骸と化したものを横目に、すぐ隣にある建物の中へと入っていった。
それが病院という名の建物であると知ったのは、それからまもなくのことであった。