童謡
どこかで聴いた事のある旋律。
気付くとラディの周りには何もなかった。
血溜まりに片足を突っ込む。
右手の剣は、既に背中の鞘に収める気力もない。
「この唄は…」
人の形をしたモノには目もくれず、ただひたすら音の鳴る方へと歩いた。
彼女の身体はボロボロだった。
至るところにある切り傷や刺し傷、見るも無惨な姿だ。
自分の血なのか他人の血なのか分からなくなるくらい、両手は血で汚れていた。
「童謡…?」
子供の頃に聴いたそれとは違ったが、でも確かにそれは童謡だった。
『巡る巡る旅をしてもーー
魂を洗ってもーー
仮面を剥いでもーー
人はただ…』
「…灰になるだけ」
無意識の内に声に出していた。
知らないはずなのに。
「ねぇ」
急に呼ばれたラディは、足を止めた。
ふいに顔を上げると、いつからそこにいたのだろう。
この場には不釣り合いな女性が立っていた。
目鼻立ちがはっきりとした金髪碧眼の女性。
こんな戦場跡だというのに、血痕の一つすら付いていない。
「何者ですか」
静かに、でもハッキリと。
右手にぶら下がっていた長剣を、一瞬の内に構え直す。
と、同時に相手を睨みつける。
その鋭い眼は、狙った獲物を狩る眼だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。別に貴女と戦う気はないわ。それに…」
慌てて彼女は弁解する。
「私は素手よ?貴女のような武器はないわ」
そう言ってひょい、と肩をすくめる。
「お姉さんの身体から、魔力を感じますけど?」
「あら?バレちゃった?鋭いのねぇ、貴女」
少女の言葉に彼女は素直に認めた。
「でも戦う気がないのはホントよ。だからその剣を収めてちょーだい」
「……」
いまいち腑に落ちなかったが、確かに殺気らしいものは微塵も感じられなかったので、ラディは言う通りにした。
「ありがとう。これでようやく本題に入れるわ」
「何が目的ですか?」
「そっくりそのまま貴女返すわ。こんな血の海と化した場所で、貴女一人何してたのよ?」
「それは…」
約束を果たす為。
あの人との約束。
たとえ一人になっても、身体がボロボロになっても、あの約束を果たすまでは終われなかった。
「お願いを、されたから…」
「お願い?」
彼女は眉をひそめる。
「何よ、お願いって?それはまだ果たせないわけ?」
「まだです…おそらくこの世界では、果たせるかどうかすらも怪しいです…」
「ふーん…」
まるで他人事のように相槌を打つ。
興味があるのはそこではなかったからだ。
「ねぇ」
最初の時と同じように呼ばれる。
「なんですか」
「貴女、もしかして堕天使なんじゃない?」
「⁉︎⁉︎⁉︎」
その言葉に声を失った。
明らかな動揺が走る。
「やっぱりねぇ。普通の人間でそんな怪我してたら、とっくに逝ってるわ」
彼女が言う。
「あの童謡は、堕天使に向けた天界からの皮肉よ。それを貴女は口ずさんだ」
「……」
「多分堕ちてる途中で耳にしたのね。人間としての記憶が強いみたいだけど、れっきとした堕天使ね」
「…何が言いたいんです?」
ラディの口調は穏やかではなかった。
「まぁだからって何も取って食おうって意味じゃないわ。お互いの利害一致を確認したかったのよ」
「それってどういう…」
「貴女、私と転生する気ない?」
「なっ…⁉︎」
何を言っているのか意味が分からなかった。
転生?
それでは目的が、約束が果たせない。
「私にね、いい提案があるの。聞いてみない?」
ラディの苦渋を知ったか否か、彼女は意地悪そうに微笑んだ。
しばらく考え込んでいたラディだったが、ようやく踏ん切りが付いたのか、重い腰を上げた。
「その話、聞かせて下さい」
まっすぐと見つめるその瞳には、もう迷いはなかった。
約束が果たせない世界に意味はない。
あの人との約束が果たせるなら…
「お姉さん、名前は?」
「ああ、私?私はーー」




