異端者
「やぁ、目が覚めたかな?」
そう言って顔を覗き込んできたのは、数時間前に見た顔だ。
どうやら少しの間眠っていたらしい。
「先生…」
「ああ、まだ自己紹介がまだだったね」
言いながら、彼女の視界に入る位置に腰掛ける。
「僕はこの病院の専門医師で、名をカイト。よろしくね、異端者さん?」
「…え?」
聞き覚えのない単語に、思わず疑問の声を挙げる。
「それってどういう…あれ?」
「もうそろそろ首も動くでしょ?管は外して置いたから」
何本かの管が、カイト医師の手の中にあるのが見える。
彼の言う通り、一度目に目が覚めた時とは違い、多少不便はあるものの、首はある程度自由に動く。
「あの、先生…異端者って…?」
「そのままの意味だよ。まぁ今の君には分からないだろうけど」
意味深な言い方だ。
笑顔は崩れない。
だけどそれが逆に怖かった。
「私は…本当に一年も眠っていたんですか?」
「そうだよ、ずっと意識がなかったんだ」
続けて彼は言う。
「君が空から落ちて来た時からね」
「……⁉︎」
衝撃的だった。
空から落ちて来た?
まだ夢でも見ているのではないかと、首を左右に振った。
「ははっ、夢じゃないよ。これは本当の話。そろそろ落ち着いてきただろうし、君の状況説明…聞く?」
まるで好きな子をいじめて内心楽しんでるような顔だ。
そこそこの歳はいっててもおかしくはないはずだが…
「……」
このまま知らないでは済まされないだろう。
彼女は黙って、今度は分かるように頷いた。
「それでさ、君が空から落ちて来た事には驚いたけど、何より君の身体が酷い事になってた事の方が驚いたよ」
先程からカイト医師からの話を聞いているのだが、どうも他人事のようにしか聞こえない。
記憶のせいなのか、ただ身体のいたるところがズキズキと痛むので、少なからず本当の事なのだろう。
「背中には大きな火傷、手足や腹部にある無数の刺し傷、それに肋骨も折れて…ああ、これは落ちた衝撃なのかな?」
なにやら最後の方は聞き取りずらかったが。
彼は話を進める。
「とにかく落ちて来た場所が病院の敷地内で良かったよ。場所が場所なら、君はとっくにあの世行きだったんだろうけどね」
言ってニッコリ微笑む。
それが医師の言うことか。
思わずツッコミそうになったが、すんでのところで抑え込んだ。
「まぁそういう経緯もあって、今君はここにいる。絶対安静の意味、分かったね?」
彼女はコクリと頷いた。
「うん、素直でよろしい」
カイト医師は満足気に微笑んだ。
どうやら胸の骨折以外は原因不明らしいが、そこはあまり気にしていないようだ。
「それはそうと…」
ふと彼は何かを思い出したかのように口を開いた。
「不便だよなぁ…名前がないと」
「あの、まだ思い出せなくて…何となくおぼろげには浮かんでくるんですけど、すぐ忘れちゃって…」
「ああ、いいよいいよ。無理に思い出そうとしなくて」
手をパタパタと振り、そして続ける。
「とりあえず異端者じゃ可哀想だし、仮にーー」
ビーッビーッ!と緊急サイレンが鳴る。
「あっと、ごめん。緊急だ。またすぐ戻るよ」
早口にそう言うと、カイト医師は足早に病室を後にした。
「異端者の事、聞きそびれちゃった…」
呟きは空を切り、首を元の位置へ戻す。
はぁ、と小さくため息を吐くと、今彼に聞いた話を反芻する。
まもなく陽が静かに沈むーー