目覚め
「ここは、どこ…?」
そんなお決まりな台詞を、いとも当たり前かのように呟いた。
「ここは病院だよ」
声に気付いたのか、落ち着いた声で優しく語りかける。
その声に気付くと同時に、そちらに首を向けようとしたーーが、動かない。
いや、正確には動いてくれない。
痛みも多少あるが、頭で思った指令を意思が遮ってるような。
とにかく、自分の思うようには動かせなかった。
「ああ、いいよ。無理はしないで?」
そう話しかける声は男性だ。
今はまだ見分けが付かない程の小さな頷きを返す。
「……」
目線は動くようだ。
と言っても、範囲は限られている。
まだ少し視界もボヤけているが、何となく分かる。
ーー病院。
そう先程言われた通り、ここは病院であり病室なのだろう。
真っ白な壁に、無機質な一定の音。
そして、無数の管……
目線を少し横にずらせば、端整な顔立ちの眼鏡を掛けた男性がこちらを見ている。
その顔は決して険しくはなく、むしろ穏やかな表情だ。
白衣を着ているところを見ると、この男性は医師なのだろう。
「なんで…私、こんなところに?」
「うーん、何て説明したらいいんだろうね…」
彼女の問いに、男性医師は少し困ったような笑みを浮かべた。
「僕も聞きたい事があるんだけどね…君、名前は?」
「名前…?」
そう聞かれると何故か眉間にシワが寄った。
二度三度、目線だけで空を仰ぐ。
「あれ…?」
答えられなかった。
頭に何も浮かんでこなかったのだ。
「どうして…」
「やはりね」
そう言うと、医師はふう、と小さくため息を吐いた。
「理由はどうあれ、君には絶対安静にしててもらうよ」
「…え?」
「あと面会謝絶。これは必ず守ってね。まぁ一ヶ月は起き上がる事も無理だろうけど」
「あ、あの…」
「落ち着いたら状況を説明するよ」
言って医師は部屋を出ようとする。
そちらを向けないのが歯がゆいところだ。
「何てったって君、一年も意識不明だったんだから」
「……っ⁉︎」
口を開こうにも既に遅し。
医師は病室からいなくなっていた。
まもなく、再びまぶたが重くなる。
頭の中は疑問だらけだったが、今は自然摂理に逆らえない。
部屋の電気は消え、いつしか意識と共に五感も深い眠りへと堕ちていったーー