真実
二人の女性がいた。
黒髪の少女はラディ。
そして金髪碧眼の女性は、マリアと名乗った。
二人は何やら相談をしていた。
「だからね、そうすれば二人とも一緒に転生出来るって訳よ」
「魂と、身体の転生…ですか」
「そうよ」
マリアは得意げに頷いた。
一方ラディは、未だに腑に落ちないといった様子だった。
「貴女は魂の、私は身体の転生を同時にするの。そうすれば必ず下界に行けるわ」
そんな彼女を察したのか、マリアは淡々とした口調で言う。
「貴女は堕天使だから、その身体では転生はまず無理。私は天上界にいた身だから、この魂のまま下界に行く事は出来ない」
「……」
「ね?貴女は身体を捨棄てて魂はそのまま。私は魂を棄てて身体は貴女の魂の器になるってことよ」
「で、でも…」
ラディは不安な気持ちを言葉にした。
無理もない。
急に転生だの身体を棄てるだの言われても、はいそーですかと二つ返事で承諾出来るわけがない。
「身体を棄てるってそれって…」
正直彼女は戸惑っていた。
もし仮にこの転生が失敗すれば、全てが水の泡だ。
自分が今までしてきたことが、何の意味も成さなくなる。
当然、あの約束も果たせなくなる。
「そ、それに記憶だって…」
「それは平気なはずよ」
さらりと言うマリア。
「もちろん私だって初めてのことだから、成功するかどうかは分からないけど…少なくとも死ぬ訳ではないわ。身体を棄てるのよ」
「…?」
ラディは眉をひそめた。
「つまり、貴女の魂を私の身体と一つにするの。私は魂を棄てるからそこから先の意識はなくなるけど…貴女は記憶も意識も貴女のままのはずよ」
「記憶も?」
「そう。私の記憶は貴女の魂に融合されるかもだけど、貴女の意識は残るはずだから、貴女の目的とやらも果たせるわ」
「あ…」
ようやく飲み込めた。
要はこの魂と身体の転生とは、姿は変わるが自分自身のままでいられるという事だ。
だが……
「そ、それじゃあマリアさんは?身体は残っても、魂がなくなるんじゃあマリアさんの意識は…」
「マリアでいいわ。そうね。転生後の私の意識はなくなるでしょうね」
「やっぱり…!」
「でもね、それでいいのよ」
「…え?」
言ってる意味が分からなかった。
そもそも、下界に行きたいと言っていたのは彼女の方だ。
転生を持ちかけたのも彼女。
それなのに自分の意識をなくして、一体何の意味があるというのだろうか?
「私ね、自分で言い出した手前、下界には行きたいけどやっぱり心まで汚れるのが怖いのよ」
「それって…」
「天上界にいた頃、一人の少年を助けたの。それから私の身体はどんどん汚れていったわ」
彼女は、何かが吹っ切れたかのように話し始めた。
「その子はずっと血にまみれていた。だから綺麗にしてあげたの。その代償に、私の身体が…だからもう天上界にはいられないと思った。下界に降りようと思ったわ」
「……」
淡々と話すマリアの横顔が、凄く哀しそうに見えた。
それでもラディは黙って聞いていた。
「毎日が楽しかったけど、このままじゃいけない。だから彼にさよならを告げて上から飛び降りたの。でも辿り着いたのはコ・コ♡」
言って、意地悪そうに笑ってウインクをする。
「そしたら堕天使と出会うんだもの!まさに神の思し召しかと思ったわ!」
「は、はぁ…」
「そこで思い付いたのよ。このままじゃ下界に行けないんだったら、身体の転生をしようって。貴女が魂の転生をすれば必ず下界に行けるって」
そう言うと、少々身長差のあるラディに、目線を合わせてきた。
「私の意識はなくなっても構わないわ。完全に心が、魂が汚れる前の自分のままでいられるんだもの。これ以上の事はないわ」
「……」
「貴女は?」
「え?」
「貴女は、その身体に未練はある?」
「……」
ラディは一瞬考えた。
確かに、あの人との約束さえ果たせれば、この身体が傷つこうと無くなろうとどうでも良かった。
それにいつまでもここにいても、約束は果たせそうにない。
ならばいっその事、この身体を棄ててでもあの人との約束を果たせる方へ行った方がいい。
きっとその場所があるはずだ。
「この身体に、未練はない」
きっぱりと言い放った。
そうだ。大事なのは身体ではない。
「そう、なら利害一致ね」
そう言うと、マリアはラディの胸元に手を当てた。
「言っておくけど、下界に行ったら私の意識はないわよ?当然貴女は私の身体になってる。その時記憶がどうなるか分からないけど、間違っても驚いて馬鹿な真似だけはしないでよね?」
「は、はい」
「…貴女は貴女の目的を果たしなさい」
マリアがそこまで言うと、突然目の前が白く光に包まれた。
次の瞬間ーー
身体がフワッと持ち上がったかと思うと、既にラディの意識はなくなっていた。




