(001)手の温度
私の目に留まったのは「女性の添い寝フレンドを募集しています」の文字だった。SNSの情報の海の中、控えめな文字が私の心を掴んだ。
彼女の呟きは優しかった。本の感想や、一日にあったちょっと嬉しい出来事。その日出会った猫の写真だったり、道端に咲く小さな花だったり。繋がりと呟きこそ少ないものの、細々と、けれど人柄が現れているような気がした。
この人なら、と思ったのだ。この人なら大丈夫かもしれない、と。
「……嘘でしょ」
目の前に現れた少女に私は驚いた。白い肌、黒く美しいストレートの長い髪と、落ち着いた空気を醸し出す瞳。背は私よりも高くスラリと細い。見覚えのある人物の私服に、混乱したまま「イメージ通り」と思った私は、何も言えないまま大きな目をまん丸く開くばかりだった。それを見ていた件の少女は無表情のまま「成実さん?」と私の名字を呼んでみせる。ぶわっと背に冷や汗が浮いたのを感じた。
「どうして紫苑さんが、ソフレなんか……」
そう呟くと、相対する美しい少女は変わらぬ無表情のまま、小さく考えるしぐさをして、やがて「そうね」とぽつりと呟いた。
「寂しかったから」
私は驚いていた目を細める。彼女でも、寂しいなどと思うことがあるのだろうか。この、完璧にも思える、紫苑真咲という少女でも、私のように。
真咲は私の動揺など気にする素振り一つ見せず、「やめておく?」と小さく首を傾げた。細い髪がサラリと肩から落ちていく。その繊細な動き一つ一つが綺麗に思えた。身にまとう落着きはとても同学年の女の子とは思えない。
それを見てもう一度思うのだ。「この人なら大丈夫かもしれない」と。
*
彼女が目の前に現れて、驚かなかったわけじゃない。けれど驚きより、意外だったのだ。彼女のような人が添い寝フレンド――ソフレなんかを探しているというのは。
なんとなくSNSに呟いた小さな言葉を拾い上げて、「一度お会いしませんか?」と丁寧な言葉で返してきた彼女の人となりを私は知らない。けれど、明るい人なのだろうと思っている。
同じ学校に通っていながら、私たちが過ごす空気は正反対だ。いつも人の中心にいて、花咲くような笑顔で皆を明るく照らす様を、私は彼女のクラスの前を通りかかるたび目にしていた。彼女の傍はいつも笑顔で満ちている。中心に彼女――成美晶という少女がいる場所はいつも眩しい。
まだ動揺の残る彼女に「やめておく?」と一言尋ねた。今まで一度も話したことのない同学年の人間といきなりソフレにはなれないだろう。そう思っての言葉だったけれど。
「……いい。紫苑さんが、いいなら」
いつも明るく笑っている可愛い声を僅かに固くして、成美さんはそう言った。気まずそうに、恥ずかしそうに、視線を下に向けながら。私は僅かに目を見開いてその様子を見ていた。興味があった。彼女のような明るい人が、わざわざソフレなんかを求めることに。
私は一歩だけ彼女に歩み寄って右手を差し出した。まだ居心地悪そうにしている彼女は要領を得ないように眉を顰めてこちらを見ている。私がまだ、見たことのない表情だった。
「よろしく」
そう言って手を伸ばすと、温かい手が私の手を握る。
「……手、冷たいね」
そう、ぽつりと呟いた言葉に私は苦笑した。
「成美さんは、温かいね」