SS14 「満月の歌」
「北山さんじゃないですか?」
終電を乗り過ごし、駅のホームに立ち尽くしていた私に誰かが声をかけた。
「城下君・・・・・・だよね」
故郷を出て、大学に進学したばかりの私は一人暮らしにも電車による通学にまだ不慣れだった。化粧の仕方や服の買い方を学び、サークルにも参加した。高校までは縁遠かったタイプの友人も増えた。だが、寝る暇も惜しんで慣れようと努力しているのに、都会は私を裏切ることが多い。特に「公共交通機関」は便利すぎて逆に不便だ。
明日はバイトが入っていたので私はサークルの飲み会を早めに切り上げた・・・はずだった。乗る電車を間違え下宿先の5駅前で電車は終着となり、終電もすでに出てしまっていた。城下司郎に声を掛けられたのは、こんなことならカラオケに付き合うんだったかな、と考えていた時だった。
「こんなところでどうしたんですか?」
城下は無口な男で、同じ学部ながらまだ口を利いたことはなかった。
身なりも容姿も整っていたが、目立つところはなかった。ただ、当たり前のように大学にいる男だった。彼を見ていると実家の庭にあったイチイガシの老木をなぜか思い出した。海からの風を受け流し、家を守っていた木だ。
終電に乗り遅れたというと城下はこう言った。
「それなら僕の家に来ませんか? 親父の車で送りますよ」
「この近くなの?」
「ええ、山を越えた所です」
城下は駅の裏にある小高い山を指差した。
「じゃあ、大学は地元なんだね」
「一番、近い大学なんです。北山さんは下宿ですか?」
「うん、初めて一人暮らし」
細い山道を歩きながら私達は会話した。駅の周辺は繁華街だったが、裏道に入ると急に田畑が広がり、住宅も少なくなった。山に入るとさらに寂しくなった。道は片側が川に面し、ガードレールがなかった。電灯は消えかかっていたが、満月の光が道を明るく照らしていた。
気味が悪いほど大きな月だった。
「・・・・・・月なんか見るの久しぶりな気がする」
「そうですか」
「うん」
こっちに来てから慌ただしかったしな。
・・・・・・色々と大切なことを忘れていた気がする。
「それは他に見るべきものがあったという事ですよ」
そうかな、と私は呟いた。そうですよ、と城下は言った。
その時、私は暗い山道を男と二人だけで歩いていることに気付いた。だが、不思議と怖くはなかった。月明かりに照らされて、全てが当然のように思われた。
城下は私の手を取り、歌を口ずさんだ。
地元に伝わる祭の歌だそうだ。簡単な歌だったので、私も歌った
途中、街灯も何もない短いトンネルを通ったが、何も怖くはなかった。
私達、結婚するんだろうな、何故かそんな考えが頭に浮かんだ。