第八十三話 二日目 複雑な心境
昼食を終えた俺は、自室でだらだらと過ごしていた。
インナーにTシャツ、上にジャージを着たままでベッドに寝転がっている。
「暇だ」
SWでは暇があってもリリィがいるし、片手間に釣りも出来るし、何かしら思いつけばすぐに行動に起こせる。
しかし現実では何かする場合の労力が大きい。外に出る覚悟はまだないし。かと言って、サクヤとの約束を反故にするつもりもないが。
現実ですることは、現在三つある。
一つ目はサクヤとの約束を守ること。これは明後日の話なので今は考えなくていいだろう。気を割くと緊張してしまうし。
二つ目は最低限の身だしなみを整えること。クローゼットに入っている俺の服はサイズが大きく、今の俺には合わない。そのせいでジャージを着ているというわけだ。
気は進まないが服を購入しないといけないし、髪も切らないといけない。この姿で行ったらさすがのサクヤもドン引きするだろう。
三つ目はエニグマ、SWについて調べることだ。
一つ目は明後日、二つ目は明日でいいだろう。となると三つ目の調査は今日すべきか。
身体が重い感じがする。ランニングのせいでもあるだろうが、SWから戻ってきて気怠い感じは抜けていない。これは今回に限ったことではなく、最近ログアウトすると起きる現象だった。
三森先生は問題ない、と言っていたけど少し気になりはする。
考えてもしょうがないことだよな……。
俺は意識を切り替えて、部屋に備え付けているCVを起動させようと、壁に近づいた。
CVは、はめ込み型と据え置き型、それと携帯型が主だ。前者は壁、床、天井などに取り付けられており、定められた範囲内から操作が可能になる。システム操作に重きを置いた場合は大体がこの形式だ。投影範囲の固定等の理由があるらしい。
そして据え置き型は投影範囲を自由に変えられるため、宣伝や何らかの情報を表示する際に使われる。看板、映像、受験の案内板までに至り、汎用性に富んでいる。アウトプットが主な用途であり、簡易操作しか出来ない分、安価で入手が可能だ。
そして携帯型。俺が所持しているCVモバイルもこの一つだ。形態は様々でブレスレット型、プレート型、ネックレス型などがある。一昔前の携帯端末の機能に加え、立体映像、つまりホログラム投影機能、立体操作が搭載されている。
このタイプのデメリットは集音と聴音である。投影は立体でも音はそうはいかない。耳に寄せて通話も出来るがそれではCVの意味がないので、付属品のイヤホンを使用し、映像を投影しながら通話をするのが基本的なスタイルだ。
俺は面倒なのでイヤホンは使わない。
通話する相手がいないけどね!
自虐的思考はこのくらいにして、調査を始めることにする。調査、というような仰々しいものでもないが。
部屋に備え付けられているCVを使おうかとも思ったが、やっぱりモバイルの方を使うことにした。
CVモバイルは左手首に装着している。細い腕時計に見えなくもない。円盤部分はカメラのレンズのようになっていて、ベルト部分は少し厚みがあるが感触は柔らかい。
レンズに手のひらをかざすと、起動しますかという画面が眼前に現れる。
了承すること数秒で起動し、青緑色のデスクトップが広がった。同時にコンパクトなキーボードも手前に現れる。
「……腕が疲れるな、これ」
普段あまり使わないので気づかなかったが、左手を上げている体勢だと不便だ。しかもブレスレット型は片腕を使えなくなるので、どうしても片手で操作することになってしまう。そのため様々なタイプの中で不人気らしい。
無料で貰ったものなので贅沢は言えないが。
俺はCVモバイルを外して、ベッド横の棚に置いた。レンズ部分を回転させ位置を調整すると、そのまま仰向け状態になる。
「これなら楽だな」
寝ながら出来るって最高だな!
操作の際に多少腕を上げないといけないが、キーボードの位置は丁度いい塩梅だ。
マウスはないが、タッチパネルがキーボード手前側にある。
ネットに繋ぐと、大規模検索サイトのトップページに飛んだ。
なるほど、内藤さんの言っていた通り『SW』というタブがある。ここまで大規模とは思わなかった。
引きこもりの時は検索サイトをほとんど使わなかったからな。一部別の検索サイトを利用することはあったがそちらは微妙にマイナーだった。
クリックし、SWページを見てみると中々に詳細が書かれていた。
ゲーム内容、アップデート、メンテナンス、イベント、お知らせなど基本的な情報は載っているようだ。中にはインタビュー、プレイヤーピックアップなどの項目もある。
『SW有名プレイヤーに質問をしてみよう! ロッテンベルグを拠点にしている
【戦獅子】シュナイゼルさん、ゼイナスを拠点にしている――』
……シュナイゼルって有名人だったんだ。そう言えばかなりプレイ歴は長いと言っていたような。しかし戦獅子って、戦獅子って! ふ、二つ名までついているなんて。
俺は吹き出しそうになりながらも読み進めた。
他にも何人かプレイヤーの名前が載っているが、知らない人ばかりだ。
うーん、ほとんどロッテンベルグから出ていないからな。もっと外に出ないと、とは思うんだが。どうも引きこもりがちになってしまう。
色々なインタビューがあるみたいで、俺は何となく画面をスクロールしてみた。
『リアルさを追求したシステムにプレイヤーは賛辞の声!』
『高スキル帯プレイヤーに聞く、効率的なスキル上げの方法とは?』
『リアリスティックシステム導入に際してのプレイヤーの反応は!?』
『新進気鋭のプレイヤー特集! 今話題の【残光の妖精王】と呼ばれつつある、リハ』
画面をそっと閉じた。
何も見なかった。そう思うことにした。エゴサーチなんて絶対しない。
シュナイゼル、笑ってごめんね……。
俺は額に滲んだ汗を拭うと、『セカンダリィ・ワールド』を検索することにした。
・HIT 約38700件
思ったより少ない。目を通すと、企業ページ以外でHITしているサイトは別の意味合いのものだとわかった。掲示板も同様だ。
一つ一つ調べるときりがないので条件指定検索をしてみた。完全に一致する条件で検索してみたらかなりHIT数が減った。最後尾から表示して見ても、やはりSW関連の個人サイト、掲示板などの企業以外のページには情報がない。
言論統制をしているというのは本当だったらしい。
『SW』でも検索してみたが結果は同じだった。
違和感は徐々に大きくなる。肯定的な意見しかなかったからだ。
俺は実際にプレイしてみて不満があった。違和感もあった。改善した方がいい点も浮かんだ。だが、その意見を他人が見る場が存在しない。どこの業界も競争や評判は重要で、気になる部分なはずだ。そこを排除することは果たして消費者から見て不服ではないのだろうか。
いや、確かに不満はあるのだろう。だが企業側は飛び火しないようにしている。
噂一つで売り上げが著しく下がることもあるのだから、この体制は間違ってはいないのかもしれない。特に、情報化社会では真贋に関わらず多種多様な情報が飛び交うのだから。
悪意を持った噂ほど厄介なものはない。個人間でもそれを感じるのだから、規模の拡大した企業ではより顕著なのではないだろうか。
俺は次に『エニグマ・コーポレーション』を調べてみた。
無駄な情報も、無駄な演出もない小奇麗なページが表示されていた。
隅々までチェックするつもりはない。とりあえず企業情報に目を通す。
資本金が十四桁だとか、沿革だとか、米国に本社があるとかは、まあ置いておいて。俺の目を引いたのはこの一文だった。
『総合医療解析循環機器クレイドルを開発』
『次世代スーパーコンピュータ、リンク・システムを開発』
『リンク・システムを基盤とした仮想現実世界の実現。セカンダリィ・ワールドの開発』
その下部には開発人の名前が複数、載っている。その中で同一人物が存在していた。
開発主任、内藤清吾。
彼が開発の主柱となっていた、ということだろう。
だが、それならば何故だ? どうして内藤さんはあんなことを?
疑念は脳内でぐるぐると回る。しかし回答を得られず、もやもやとした感情を生むだけだった。
気を取り直し適当に調べると、SWのプレイ料金などのページに辿り着く。
そこには500万という額と、未成年者に対する注意事項などがつらつらと書かれており、支払方法に関しても明記されてあった。一括、分割、割引などの文面が並んでいる。
おい、どういうことだ。俺は一括一択だったぞ!?
しかも本人の年齢、両親の年収、本人の将来性なども考慮され、金額は多少前後することもあるということだった。額が額なので保険加入なども必須らしい。俺は入っていないはずだ。
それはそうか。払えない時は俺の場合は刑務所行きなのだから。条件が違う。
しかしプレイ時間に関しての制限はないようだ。年齢制限はあるようだが、基本的には十五歳以上であれば誰でもプレイ可能らしい。教育的に大丈夫なのだろうか。
いくつか条件があるらしいが長ったらしいので読み飛ばした。
ん? ということはニースやにゃむむは十五歳以上なのか? 十三歳くらいかと思っていたのに……。
『救済プログラム』も検索してみたが、別の意味合いばかりでSWのことではなかった。やはりというべきか、エニグマのHPでも該当のページはなかった。公表しているわけではないらしい。
しかし会社概要に『特殊更生保護施設』という文面はあった。これが引きこもりやニートを更生させるという名目を意味にしているのだろうか。
これ以上は情報を得られそうにない。時間をかければ違うだろうが、そこまでの気力は浮かばなかった。
別のことを調べよう。
明後日、サクヤと会うことを考えて近場を調べるくらいはしておいた方がいいだろうし、どんな服を買えばいいのかも調べないと。
気が重いような、楽しみなような複雑な心境だった。