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第八十一話 一日目 現実への招待

 シュナイゼルと別れて、リリィと共に町を出た。


 シュナイゼルはエムにしばらく隠れるとのことだった。都市の方は大丈夫なのか気になりはするがミッシェルさんに報告する気はない。告げ口するみたいで気が進まなかったからだ。


 仮に事態が切迫すれば話は別だが、今のところ戦争宣言したリージョンはない。


 港町エムから北西へ向かうと、農村が幾つかある。その内の一つに聡子さんと旧知の仲の農家さんがあった。


 木造の一般的な家屋が点々と建っており、畑に囲まれている。周囲は草原と小さな森がある。開けた景色で開放的だった。


「ほいたら、頑張りますわ」

「ええ、お願いします」


 俺はサノダメさんに手を振り農村を離れた。


 キッドに乗り、ゆったりと草原を進んでいく。


「ほとんど任せきりでよかったの?」


 リリィが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「ああ、卸料金の相場も俺にはわからないし、聡子さんの知り合いなら問題ないと思うからな」

「確かに、自分で販売した方が手間もかかるしね」


 少し悩んだが、俺は農家のサノダメさんに交易を任せることにした。ロイヤリティーは利益の二割。かなり破格の取引だと思う。俺は球根を渡しただけだし、正直に言うと悪い気もするが、サノダメさんは好条件を提示し、勧めてくれた。


 聡子さんを思わせる、素朴な容姿をしている男性だった。


 契約条件は下記の通りだ。



 ・卸売取引契約書

  甲 リハツ

  乙 サノダメ

  リハツ(以下、「甲」という)とサノダメ(以下、「乙」という)は、オニオン栽培において下記の通り卸売取引契約を締結する。


 ・卸売取引条項

  第1条(譲渡素材)

   甲は乙にクラウンロークオニオンの球根三つを譲渡する。また、当該譲渡において金銭を要求しない。

  第2条(栽培手法)

   甲は乙の栽培手法に対して関知しない。ただし栽培数が著しく減少している場合には認めるものとする。

  第3条(卸売額)

   甲は乙に卸売額に関して変更を求めることが出来る。但し、現状の流通を考慮した上で指定しなければならない。

  第4条(卸売手法)

   甲は乙の卸売手法に対して関知しない。ただし販売数が著しく減少している場合には認めるものとする、

  第5条(球根譲渡)

   乙は栽培時に入手したクラウンロークオニオンの球根を甲の許可なく譲渡出来ない。これは販売も含む。

  第6条(権利者への還元)

   乙は甲から譲渡されたクラウンロークオニオンの球根三つから栽培し、得た利益の20%(100ゼンカ未満の端数を切り捨て)を乗じた金額を、ロイヤリティーとして甲に支払うものとする。

  第7条(契約期間)

   契約期間は三か月毎に更新するものとする。ただし、乙が一方的に契約を解約する場合、一か月前までに申し出るものとする。違反した場合、違約金として10,000,000ゼンカを支払うものとする。所持金で賄えない場合は借用とみなす。

  第8条(契約終了における対応)

   乙は契約終了と同時に、甲へクラウンロークオニオンの球根三つから栽培した全てのオニオンと球根、副次的に得た利益を甲へと返還する義務が生じる。ただし販売におけるロイヤリティー以外の収益は乙の所持金とみなす。


  この契約を証するため、甲乙共に事項確認の上、互いの同意画面にて承認を行うものとする。



 そして最後に年月が記載してある。なんとも仰々しいがわかりやすくはあるだろう。


 目算だが、最低でも一つ5、60kゼンカほどで売れるだろうとのことだった。


 球根は三つ、数量重視で作れば一つにつき、高スキル者ならば十個ほどオニオンが出来る。その内、二、三割の確率で球根が入手出来るらしい。


 品質は落ちるが、クラウンロークオニオンであることは変わらず、まずは数を確保し、余裕が出来れば品質重視で栽培するとのことだった。そうなればまた高値がつけられるだろう。数は少ないので、俺の収支はあまり変わらないかもしれないが。


 つまり倍々で増えるわけだ。ただ農家によって人手には限界があるから、一定数に到達したら増加を止めなければならない。


 数が増えれば単価も下がるが、しばらくは変わらないだろう。


 サノダメさんの話では、恐らく一か月は相場は変化しないだろうとのこと。変動具合にもよるが、一か月で40mゼンカ、一年で300mゼンカほどになると言われた。つまり一年で300万円だ。


 返済まで二年と半年程度だから750万くらい?

 俺の取り分は二割だから150万か。


 市場は目まぐるしく変わるから一概には言えないが。


 余談だが、サノダメさんの厚意で、キッドの干し草を作ってくれることになった。なんと無料だ。大して手間はかからないからということだった。都市にはあまり輸入されないから、ありがたい。


「とりあえず、さっさと帰るか。ぼやぼやしてると夜になりそうだし」

「そうね。こっち側はPKエリアがないから大丈夫だけど、夜中に移動するのはちょっとね……」


 リリィの同意を得られたところで、俺はキッドに加速を促す。すると一気に速度が上がった。キッドの最大速度は63キロだ。この速さならロッテンベルグまで六時間程度で着くだろう。


 俺は爽快感を抱きつつ帰路に就いた。


   ▼


 翌日の朝。メンテ開始、三時間前。


 『小鳥亭』の一室で目を覚ました俺とリリィは、階下の食堂に来ていた。


 ゼンカもそれなりに貯まっているのに未だに安宿を利用している。住めば都とも言うが、正にその通りで、移住する理由も大して浮かばなかったので留まっている。節約にもなるしな。


 一階には丸テーブルが適当に置かれている。店員らしき女性と男性が注文を受けたり、料理を持って行くために、各テーブルの間を行ったり来たりしている。


 朝8時だというのに人はそれなりに多い。


 多種多様な髪色、体格、装備のプレイヤーが談笑したり、一人で黙々と食事をしたりしている。ファンタジーの様相を呈しているが、最早見慣れた光景だった。


 入口右側にカウンターがあり、そこで宿泊受付と会計が出来る。ここは食事は後払い、宿代は先払いの店だ。


 俺は空いている席に座り、店員が来るのを待った。


「ご飯食べたらどうするの? メンテまで少し時間があるけど」

「微妙に時間が空くよなぁ。よし、だらだらしよう!」

「決断まで早すぎるでしょ! あたしも賛成だけど。でも、そろそろ髪は切った方がいいんじゃない?」


 ログイン時からかなり髪が伸びている。ゲームの中ではあるが、時間経過によって髪の長さも変わるわけだ。個人的にはかなり不便で不要なシステムだと思う。


 前髪をつまんで引っ張ると鼻頭辺りまで伸びた。僅かに癖があるため自然に分け目が出来ていたが、ここまで伸びていたとは。


 SWでは散髪、染色のために美容師に頼まなくてはならない。


 俺には、美容師の知り合いがいないため店に行くという選択肢しかない。浴場に行くのも億劫なのに、美容院はさらに行きづらい。


 どうしよう。諦めよう。


「括ればいいじゃない!」

「だから決断早いってば! 括っても邪魔でしょ」

「だって美容師ってあれだろ? こっちは話したくないのに『学生さんですかぁ?』とか『普段なにされてるんですかぁ?』とか空気読まずに言ってくるじゃないか。しかも結構答えたくない部分をピンポイントで聞いて来るんだぞ、あいつら。何なの? なんでそんなに語彙が貧困なの? それとも俺と話す気がないのに仕事だから仕方なく話しているっていう心持ちで会話に臨んでるの? 失礼じゃない? だから俺は行くのをやめた」


 ここまでの話はまだ俺が純然たる中学生だった時のことだ。


 では、引きこもりの時はどうしていたかというと、邪魔になって来たら自分で坊主にしてました。どうせ外に出ないし、と思っていたが、今考えると中々潔い行動だったのではないだろうか。


 現在の俺には坊主にする勇気はない。必要以上に目立つからだ。


「こっちなら、髪を伸ばしても色んな人がいるから違和感はないかもだけど、現実では切った方がいいわよ……」

「現実の話はしないで!」


 俺は両耳を手で塞ぎ、現実逃避した。


 ここでずっと暮らしたい……っ!


「完全に、ネトゲ中毒ね……」


 呆れた、とばかりにこれみよがしな溜息を漏らすリリィだったが、俺の心に響くことはなかった。


 ウエイターさんが注文を聞きに来たので『ハニートースト』と『リジアコーヒー』、『ストロベリーショート【プチガトー】』を頼んだ。蜂蜜の甘みと食パンのサクサクした食感が絶妙で低スキルでも作れるらしい。かなり美味いし、朝食の定番だ。


 ストロベリーショートはイチゴ好きなリリィのために注文した。俺も好きだけど。


 ちなみにプチガトーはケーキ一切れ、一人前のことだ。ピースケーキ、カットケーキとも言うらしい。


「せっかくの休日だし、出かけるなり予定入れるなりした方がいいんじゃない? せめて髪は切りなさい。野暮ったいわよ」

「……くっ、このお節介さんめ」

「どうでもいいなら言わないわよ。感謝してよね」


 『嫌いな人にはこんなこと言わないんだからね! あたしがこれだけ言ってあげてるんだから感謝してよね!』と言いたいらしい。違う気もする。顔を真っ赤にしたりもしていない。むしろちょっと面倒臭そうにしている。


 シュナイゼルといい、リリィといい、わざわざ口に出すということはそれだけ俺が心配ということなのかもしれない。頼りないということでもあるのか。


 二人の気持ちは嬉しい。しかしそれはそれ、これはこれ。


 煙に巻こうと思っていたところ、誰かからメールが届いた。


 UIを開き、差出人を確認するとどうやらサクヤのようだ。


「メールかコール?」

「メールだ。ちょっと悪い」


 リリィに一言断り文面に目を通す。


 そこに書かれていた内容は、未曾有の事態を知らせるものだった。



 AM8:11

 FROM:サクヤ

 『突然すまない。今日からメンテだが予定は決まっているだろうか? 私は決まっていにゃい。

 有人がいないとか引きこもりだからとか理由は色々だが、つまり暇だ。そこでどうだろう、オフで会わないkか? 私はデブ精だ。リハツもそうだろうが、たまには気分転換もいいのではないだろうか。いや、むしろそうすべきだ。そうしてくれ。

 私は暇だ。一週間暇だ。リハツの都合のいい日時があれば教えて欲しい。私は暇だ。それでは。追伸、リハツからの連絡は、リアルの携帯端末とSWのアドレスをリンクしてあるから、そのままメールなり電話なりしてくれれば届く。リハツも出来ればそうして欲しい。では』


 誤字脱字やら文法が滅茶苦茶だ。サクヤらしくない。


 これはもしかして、緊張していたんだろうか。


 そう言えば、以前リアルでどこに住んでいるのかという話になった時、全員が東京在住だと知り驚いたのを思い出した。


「誰から?」

「あー、いや、えーと、サ、サクヤ」

「そう? なんて?」

「た、大したことじゃない」

「ふーーーん?」


 怪訝そうにしながらも、リリィはそれ以上追及してこなかった。


 なぜかしどろもどろになっていた俺は、内心で安堵してしまう。


 いやいや、なんで動揺してるんだ? 堂々としていればいいじゃないか。隠すようなことでもないだろう、と思うのに俺は説明を渋った。


 これはいわゆるあれか、オフ会とかいう都市伝説が実際にあったという証明か。


 ネトゲでは女キャラだったり、姫キャラなのに実際に会うとおっさんだとか、センター容姿試験の足きりレベルの顔面偏差値だったとか逸話は数知れない。


 しかしSWでは実際の容姿が投影されているわけで。つまり、そういうことはあり得ないわけで。


 サクヤ、サクヤか。


 感情が乏しく見えるが、顔立ちは整っている。いわば綺麗系という奴だ。スタイルもいいし、美人に相当するだろう。俺の中では、サクヤは見た目は大和撫子、中身は武士というイメージだ。


 性格もいい。ちょっと天然のところもあるけど、付き合いもいいし気の置けない仲になっていると思う。


 待て、俺が人の容姿を評価するなんておこがましい。


 と、とにかく現実のCVモバイルとSWのアドレスをリンクさせておくか。時間もないしな。了承するかどうかはもうちょっと考えよう。だってリアルで会うのはさすがに怖いし。


 色々考え過ぎだな。もっと軽い気持ちで受け止めた方がいいかもしれない。


 ……それに、俺にそういうことがあるとは思えない。


 明らかに動揺していた俺に向けて、リリィはジト目を送っていた。


 俺は誤魔化すように口笛を吹く。掠れて音になっていなかった。


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