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第七十九話 さあ帰ろう

 俺達は居間で全員寛いでいた。


 俺とリリィ、聡子さんはテーブルにつき、談笑しているところだった。

 他のみんなはソファーや椅子、床に座り思い思いに時間を過ごしている。


 ただメイだけは台所で忙しそうにしていた。アレのためだ。


「でも、本当にいいのか? せっかく出来たオニオンを全部貰っても」

「ええんよ。ウチは作ることが目的じゃったけぇ。それに……目標も達成出来たわけやから、もう引退しようと思うけぇね」

「やっぱりやめちゃうの?」

「ほやねぇ。元々そのつもりやったけぇ」


 引きとめる理由はなかった。聡子さんはもう十分頑張ったし、思いも報われたのだから。しかし寂しいという思いはあった。当然だ。一か月以上一緒に居たのだから。


 だが言葉にはしない。してはいけないとわかっていたから。


「ほうじゃった。これも渡さんとね」


 トレード画面には『クラウンロークオニオン』の球根が三つ入っている。


「これは?」

「農耕しとるとたまに球根やら種やら苗やらが手に入るんよ。ウチはもうやらんけぇ。他の農家さんに頼んで栽培して貰えば儲かるんやないかねぇ」

「でも、これは聡子さんが頑張った証じゃ……それに多分かなり高額で取引されるだろ?」

「ええんよ。ウチ、本当はリハつんとリリィちゃんに会わんかったらもうやめとったけぇ。一か月も続ける気はなかったんよ。やけぇ、これはリハつん達のもん。好きに使って貰ってええけぇね。お金はもういらんし、もっと大事なもん貰ったけぇ」

「で、でも」

「リハツ」


 尚も言葉を繋げようとした時、リリィが首を横に振る姿が目に入った。


 そうだよな。ここまで言われて断る方が失礼だ。せっかくの聡子さんの厚意を無駄にしない方がいいだろう。


 俺は僅かに迷いながらも受け取った。


「ありがとう。大事にするよ」

「ふふ、リハつん。大事にするんはええんやけど、きちんと役立ててな。リハつんの役に立つ方がウチも嬉しいけぇ」

「ありがとう、聡子さん。本当に助かるよ」

「うんうん。あれやったら腕のいい農家さん紹介するけぇ。栽培頼んでから、ロイヤリティー受け取る方法もあるやろうねぇ。契約が追加されたみたいやし丁度ええわぁ。独占みたいやけど、開発者の特権やけぇ、商人はみんな最低限しとるよ。これからはもっと拘束力が強くなるやろうけどねぇ」

「そうか、そういう方法もあるんだな」


 借金返済の目途がまったくついてなかったし、かなり助かるな。


 定期収入が見込めるわけだし、どれくらいになるかはまだわからないけど、高価格で取引されるだろう。時間が経てば多少は市場に出回るだろうから、値段は下がるのは当然だが。


「球根があれば栽培出来るのか?」

「ある程度のスキル値は必要やけど、きちんと出来るよぉ。新種の場合は難しいけどねぇ」


 生産職において、新たな素材、商品の開発には相当なスキル値が必要らしい。それがどの程度なのかは生産品によって変わる。そしてあるかどうかもわからない生産品に関してはかなりの高スキル値が必要だとか、なんとか。


「そう言えば、聡子さんってスキルいくつなんだ?」

「ウチ? 播種、耕作、収穫、農耕スキルの平均が……150くらいかねぇ」

「150!?」


 神はここにいた!?


 120以上は廃人レベル、140以上は神レベル。それを凌駕した150、だと!?


「なはは、ウチはずっと農耕しとるからねぇ。いつの間にか上がったんよねぇ」

「そ、そうなのか」

「す、すごい人だったのね、聡子さんって」


 俺とリリィが驚嘆していると、いつの間にかサクヤが隣に立っていた。


「歓談中すまない。こちらの席にかけても構わないだろうか?」

「うん、ええよぉ。座り、座りぃ」


 にこにこ顔の聡子さんを見て、サクヤはほっと安堵した様子で椅子に座った。


「今回の一連のこと、発端は私のわがままによるものだ。リハツやリリィ、そして聡子氏には迷惑をかけてしまった。申し訳ない」

「迷惑なんてかかっとらんよぉ? リハつんとリリィちゃんから大体の事情は聞いとるけど、友達のために何かしたいっちゅう気持ちに対して謝らん方がええ。ありがとう、って言ったらええんやないかねぇ」

「聡子さんの言う通りだな。謝られても困るし……いや、俺も連絡せずに勝手にここまで来たわけだし、迷惑かけたからな、悪かった。それと来てくれてありがとうな」

「……そう、か。ああ、そうだな。ありがとう、みんな」


 僅かに重苦しい空気が漂ったが、聡子さんの言葉で途端に変わった。


 おおらかで明るい人だ。いなくなると思うと寂しい。


「みんなぁ、出来たわよぉ!」


 メイの声に、全員が一斉に視線を向ける。


 そう、ここまで俺達が頑張ったのはこのためだったのだ。



 ラーメンである。



 メイはテーブルに丼を乗せて行った。香りには豚骨の独特な臭みはあまりない。湯気が立ち込め、食欲をそそる濃厚な香りが鼻腔をくすぐった。


 チャーシュー、背油、メンマにネギたっぷり。オニオンのスライスが乗せられている。玉葱のおかげで、一瞬、味噌ラーメンを彷彿とさせたが豚骨醤油ベースに合うんだろうか。


 ちぢれ麺はスープに程よく絡み合っているように見えた。


「き、来たか!?」


 サクヤがガタッと椅子を蹴り立ち上がった。


「ささ、みんな召し上がれぇ♪」

「おいしそうですねっ!」

「たまにはラーメンもいいわねぇ」

「…………うん」

「良い匂いです」

「まずはサクヤから食べろよ」


 全員が丼を手に取るが、まずはサクヤに一口目を食べて貰おうと、食を促した。


「で、では、すまんが先に頂こう」


 サクヤは震える手で箸を握り麺をすくった。そんなに食べたかったのか……。


 ズルズルと麺を啜り、レンゲでスープをすくい、喉を鳴らした。

 その手はやがて早くなり、はふはふっ、と言いながら咀嚼する。


 俺達も食べようと目で合図し、ラーメンに手を伸ばした時、気づいた。



 サクヤが泣いてる!?



「……うまし」


 つーっと一筋の涙を流し、感慨に耽っているサクヤだった。


 俺とリリィは嬉しいやら、あまりの反応に困るやらで苦笑いを浮かべた。


 そしてサクヤを除く全員が、ほぼ同時に一口目を頬張る。


 次いで出た言葉はもう言うまでもないだろう。


   ▼


 食事を終え、俺達は聡子さんの家で一晩を明かした。


 夜遅くまで語り明かしたりはしなかった。いつもの時間に就寝したのは、きっと別れを重く受け止めたくないという思いが俺達にあったからだろう。


 翌朝、俺達は帰り支度をし、家を出た。


 畑は既に聡子さんのものではない。

 聡子さんが運営に売り渡したからだ。


 通常、家屋、土地はプレイヤー間の売買が基本だが、初期の土地代はシステムに払う仕組みになっている。一度払えば後は権利が得られ、税金もかからない。


 土地代と家屋代を含めた代金を基本とし、プレイヤー間で売買をするという簡単な仕組みだ。


 しかし、聡子さんはエリア変更の際に、土地を売ることもなかった。PKエリアになってからでは他プレイヤーが買ってくれるわけがない。その救済措置として運営が初期の土地購入代をある程度、返金してくれるらしい。


 モゴモの小太郎と大二郎は俺が連れている。聡子さんは知り合いの農家さんに渡すか迷っていたので、俺が農家さんの元へ届けると立候補した。


 どっちにしてもオニオンの球根を渡さないといけないし一度は訪れないといけないからな。


 農家さんには聡子さんが連絡してくれた。聡子さんの知り合いなら信頼出来るだろう。


 サクヤ達は、聡子さんと軽い別れの挨拶を終えると離れた場所で待ってくれていた。


 馬に跨った俺達を前に、聡子さんは柔和な笑みを浮かべていた。


「気を付けて帰りぃね。ここら辺、まだPKおるかもしれんけぇ」

「ああ、わかってるよ」

「うん、聡子さん元気でね」

「なはは、ウチは元気が取り柄じゃけぇね。色々あると思うけど、頑張りぃ。リハつんとリリィちゃんやったらきっと上手くいくけぇ」

「……それじゃ、行くよ」

「うん、そうじゃね。気を付けてねぇ」

「バイバイ! 聡子さん!」


 俺達はサクヤ達と共に聡子さんの家を離れた。


 色々あった。キッドやリリィとの擦れ違い、そして関係の修復。お互いの気持ちを理解出来たのは聡子さんのおかげだ。


 聡子さんは俺達に色々教えてくれた。かけがえのないことを伝えてくれた。


 朗らかで寛容で優しくいつも笑顔の女性だ。弱気なところも出来るだけ見せまいと、健気に旦那さんの気持ちを汲んで、一人ずっと頑張っていた。


 どれだけ孤独だっただろう。辛かっただろう。しかしそれをほとんど見せずにいた。


 俺は絶対にこの出会いを忘れない。もう会うことはないかもしれない。けど、だからといって聡子さんとの思い出が薄らぐわけではない。


 振り向くと、聡子さんは大きく手を振っていた。俺達も振り返す。


 見なくなるまで何度もそれを繰り返し、やがて俺達は振り向くことをやめた。


「寂しくなるな……」

「うん……ううっ、ぐすっ……ざびじい」


 まったくこの泣き虫妖精は。聡子さんの前では我慢していたのに、今は堰を切ったように泣き始めている。


 俺は泣かない。泣きたくても泣かない。


 前を向き、聡子さんに対して誇れるように生きようと決めたから。


 リリィはえぐえぐと泣き続けていたが、やがて少し落ち着いたらしく、俯いていた。


 別れに悲しみを持ち続けることを聡子さんは望まないだろう。いつも笑顔のあの人はきっと、俺達が涙する姿なんて見たくないはずだ。


「なあ、なんでリハつんなんだろうな」

「……何がよ」

「おまえは『ちゃん』付けだったろ? なのになんで俺だけリハつんなんだ?」

「呼びやすかったからでしょ」

「リリリンとかでも良くないか?」

「言いにくいでしょ!」


 リリィの若干弱いツッコミに俺は小さく笑った。


「そうか、そうだな。うん」

「……バカなこと言わないでよ、もう」


 リリィはそう言いながらも少し嬉しそうにしていた。


 無駄な気遣いだったかな。


 俺達はサクヤ達と共にゆっくりと平原を進んだ。一か月前とは違い、牧歌的でどこか落ち着く景色に思えた。


 さあ帰ろう。俺達の住む街へ。


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