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第七十八話 一途な思いの果て

「現実感を欲しがっていた?」


 簡易的なテントとたき火がある平野で俺達は話を続けていた。


 俺の問いにレベッカは首肯する。


「ええ、そうだと思うわぁ。そうねぇ。五年も続けばどうしても飽きが来るものだしぃ。アップデート前の弱い痛覚も、稼働当初はなかったのよぉ。けれど途中でアップデートされたのよねぇ。私がプレイし始めたくらいの時かしら?」


 俺は僅かな痛覚は現実と混同しないための処置かと思っていたが、違った?


 定期健診、ログアウト、ログイン時の検査があるのだから、なくても問題はないのかもしれないが。


「それ、反発はなかったのか?」

「あったわよぉ。けれど一部だったわねぇ。もっと現実感を、スリルを求めていたっていうのもあるのかしら。それが合わない人達は別サーバーに行くか、職人を始めたわねぇ。だけどそれは小さな変化だったわぁ。大して問題ない、って感じだったし」

「……今回のアップデートでかなり変わったぞ。痛みは強くなったし、俺は気を失った」

「うーん、そうねぇ。けどそういうのを望んでいる戦闘職の人は少なくないかもしれないわぁ。刺激が薄れれば必然的に惰性に変わるわけだしぃ。コンテンツ消費型であればどうしても飽きが来る。初めて間もない人達はそうじゃないだろうけど、長く続けてる人は多分、今回のアップデートを問題視しないんじゃないかしら」

「そんな、ウソだろ……」

「痛みの増幅と疲労。これくらいなら多分受け入れると思うわぁ。それに他にもアップデートが来たしぃ。ただあまりに反発が多いとさすがに修正入ると思うけどぉ」


 つまり、逆説的に言えば、反対意見が少なければ継続されるということだ。


「みんなも同意見なのか?」

「私はぁ、うーん、多少弊害があった方が燃えると思うかしらねぇ」

「私は、少し納得はいかんが……そういう仕様ならば仕方がないだろう」

「わ、私は、あんまり好きじゃないです……元々怖いし、でも、み、みんなとだったら大丈夫かもですっ!」

「僕は……大丈夫、だと思います」

「あたしはぁ、あんまり戦闘職しないしぃ、ただこういうのもありかと思うわよぉ♪」

「…………イヤ」

「そ、そうか……意見も様々なんだな」


 ゲームだから、と考えているからか、俺とみんなとは意見に大きな違いがあるように思えた。価値観に齟齬がある、のか?


 仮にここが現実的な場所だと考えれば、なにかをする場合は必ずリスクはある。スポーツなら疲労は当たり前だし、痛みを伴う場合も少なくない。実生活でもそうだろう。


 たかがゲーム、されどゲーム。


 そう言っていたのは局長の内藤だった。彼は当然この仕様変更を知っているはずだ。つまり彼は今、この世界に起きていることを許容しているということでもある。


 もう一つの世界。もう一つの人生。もう一つの……現実?


 そう。俺は倒れる寸前で確かにこう考えていた。新しく現実を創るつもりなのか、と。内藤自身も言っていたはずだ。もう一つの現実である、と。


 ストレスがなくなれば、刺激がなくなれば人間はどうなるだろうか。仮にこの世界で、これからの人生の大半を過ごせば、価値観も変わり、もしかしたら肉体的な退化さえも促してしまうかもしれない。


 例えクレイドルがあっても、実生活をしているわけではないのだからあり得る。もしかして、それを危惧した、のか?


 いや、どうも荒唐無稽な気がする。そこまで考えてのことじゃないのかもしれない。


 ここまで俺は幾度となくSWに対して疑念を浮かべていた。違和感があった。だというのに、知ろうともせず漫然と仮想現実で生き続けていた。


 たった四か月と少し。それで俺の価値観は大きく変わった。引きこもりから脱し、前向きになれた。それは好転と言える。


 だがこの世界が正しい道程を辿っていると言えるか?


 最初に違和感を覚えたのはグランドクエストの時だ。異様に強いボス。あれはまだ修正が入っていないという考えがあったが、最初だとしてもあまりに強かった。まるで高難易度にすることが当然だとでも言われているかのようだった。


 村の井戸のキーアイテム、都市戦の扉、都市戦におけるMOBの援軍……そこに何か意図、悪意のようなものを感じた。


 それにこの世界に秩序があると言えるのか? 悪意あるプレイヤーがまともなプレイヤーを虐げ、足を引っ張り、邪魔をし、そして我が物顔で恩恵を得る。


 都市戦ではどうだった? 協力を仰いでも助けてくれる人は多くなかった。

 もし、都市が守れなければどうなった? 数か月、数年築き上げた店、商品などの財産を失った人もいたかもしれない。ここは仮想現実。だが人それぞれ、労力も時間もかけて得たものばかりだ。


 PKではどうだった? 聡子さんは襲われ、仕方ないと言っていた。傭兵を雇い、裏切られ、防壁を作り、一人頑張っていた。それが無に帰す可能性もあったのだ。


 明らかに道徳的な人間が損をしているシステムだ。

 それはネトゲでもあることなのかもしれない。


 だがここはSWだ。五年も続き、アップデートを頻繁に繰り返している。なのに、それが横行しているのはなぜだ?


 PKなどの蹂躙するようなシステムを前面に押し出している? 悪意を持つ人間が得をする世界であると謳っている? それが自由度であると言っているのか?


 俺はSWの広告自体あまり知らない。ネットで見たことはあるが、決してPKなどの非道な行動を奨励する内容ではなかったはずだ。


 レベッカの言う通り別サーバーに移動すればこういう事態はないのかもしれない。とすればファンタジーサーバーだけなのか?


 今回のアップデートで痛覚の向上、疲労。それに加え、明らかにPKに不利な条件の数々が追加された。まるでこれまでの状況を覆すかのように。


 なにか意図があるのではないか。決してプレイヤーの意見が多かったからなどいう理由で変更したのではないように感じた。この五年ですぐに変更すべき点なのに。


 そういう運営だと考えるべきか? もしかしたら考え過ぎなのかもしれない。

 だが、どうしても気になった。作為的、恣意的なこのアップデートの内容、そして俺が今まで覚えた違和感の数々の正体が。


 知る必要があるのかもしれない。この世界がどうして生まれ、どうやって営まれていくのか。プレイヤーや外側の人間はどう感じているのか。SWはどういうものなのか。


 そして、俺はなぜここにいるのか。


 突然連れてこられ、プレイを強要され、仮想世界で生きることを余儀なくされた。今はこの生活も悪くないと思う。けど、それはただ与えられたものの中で生きているだけなんじゃないか?


 俺の人生。第二の人生。それはただ与えられ、強制されるものでいいのか。


 俺の意思はどこにあるんだ。場当たり的に、感情的に行動し、借金を返すという、とりあえずの目標のために生きて、それは第二の人生なのだろうか。


 そもそもなぜ、俺が十八歳になってすぐではなかった? エニグマに連れて行かれた日は、俺の誕生日から数か月経っていた。なぜあのタイミングだったんだ?


 家族は知っていたはずだ。でなければもっと驚いていただろう。だが、みんな冷静だった。直接知らされていたのか、それともそれは常識的なことと流布されていたのか。


 ネットではそういう情報はなかった。言論統制されているのだから当然だろうが。


 言論統制……これは本当に攻略の情報を制限するために行われているのか?


 思い返してみれば色々引っかかる点はある。


 そもそも本当に法改正が行われたのかも確認していない。思い込んでいた。さすがにそこまで嘘は言わないだろうが、一度確かめた方がいいかもしれない。


 ふと俺にとって関わりが強い言葉を思い出した。



 『救済プログラム』



 考えてみればおかしい。なぜ『更生』ではなく『救済』なんだ?


 この言葉に何か意味があるのか、それとも特に意味なくつけられたのか。


「リハツ? どうかしたの?」

「え? あ、いやなんでもない」


 気づけばリリィが俺の顔を覗き込んでいた。


 みんなと一緒に居るというのに思考に耽っていた。今は、よそう。


「それで、どうするのだ? 一応防壁を破壊された場所から誰も入らないように見張ってはいたが、この状態でずっといるわけにもいかん」


 サクヤの言う通り、俺達に出来ることは少ない。


 もう聡子さんは帰って来ないのかもしれない。嫌気がさしたのかもしれない。人間、誰だってそんな気持ちになることはある。明確な理由がなくとも途中で諦めることだって少なくない。聡子さんに至っては明確で十分すぎる理由があるのだ。


 責めるつもりも権利もない。


 ただ、聡子さんの過去を思うと感傷的になってしまうだけだ。

 けれど、だけどやっぱり俺は諦められない。


 最後まで諦めたくなかった。


 だから、


「みんな、本当に悪いんだけど、夜まで付き合ってくれないか?」


 そう言った。


 みんなは快く了承してくれた。


   ▼


 夕方になった。時間的にあと三時間程度しか余裕はないだろう。


 収穫するとなったらギリギリの時間だ。


 雪が降っていた。昨日からずっとだ。白が彩る情景は寂寞感を演出している。抒情的で、俺の胸を締め付ける。


「もうすく、夜、だな」


 俺の声は掠れていた。落胆の色が濃いのは自分でも気づいていた。


 さすがにもう間に合わないだろう。収穫する数はかなり多い。スキル使用と収穫の時間を考えれば、全部は収穫出来ない。


 もし聡子さんが収穫をする気なら、もう少し早く帰って来ているはずだ。


 こういうこともある。望んでいる展開ばかりが訪れるはずがない。


 俺は憮然と口を開いた。



「もう――」



「リハつん! リリィちゃんおるんか!?」


 聞こえた。聞こえた、聡子さんの声だ!


「聡子さんよ!」

「聡子さん! こっちだ!」


 家の方向へ叫んだ。夕焼けが色濃くなり、黒に染まりかけている中、遠くに見えた姿に俺は笑みを浮かべた。


 大きく手を振って走って来ている。やがて俺達の場所まで来ると、顔をくしゃっと歪めた。


「ごめん、ごめんねぇ! すぐに終わる定期検査やと思ってたんやけど、精密検査もあってねぇ、年やしきちんと調べないといけん言われて、一週間かかって……ん? 防壁が、こ、壊れとる! なん!? どうしたん、何があったん!? あ、お友達かね!? こんなところで野宿させて悪かったねぇ。入り! 家入り!」

「さ、聡子さん、それより早く収穫しないと! 時間がないわ!」

「ほ、ほやけどもう時間もないけぇ」

「少しでも収穫しよう! みんなも手伝ってくれるから!」


 俺の声にみんなが頷き了承してくれた。事前に説明していたので円滑に進むだろう。


 俺とリリィは聡子さんの腕を引き、畑の中へと入った。


「さっ、早く!」

「……ほやね、わかったわ!」


 聡子さんは一瞬弱気な顔をしたが笑顔を見せてくれた。


 聡子さんが収穫前のスキルを使い、俺達はそれに続いて収穫していった。


   ▼


 全員で収穫したが、すべては無理だった。およそ半分集めると、残りは消失してしまう。


 俺達はカゴの前に立ち、顔を見合わせる。


「それじゃ仕分けしようかねぇ」


 聡子さんは半ば諦めつつも小さな希望を抱いている様子だった。


 俺達は緊張した面持ちのまま、オニオンを振り分けていく。


 半分ほど仕分けたところで、品質は80以下ばかりだった。


 またダメなのか。


 せめて最後くらい、聡子さんの想いを叶えてくれ!


 全てを仕分け終えた。



 結果は――



「最高で品質88やねぇ。うん、今までで一番高い品質やね。良く出来たほうかねぇ」


 聡子さんは無理やり笑顔を作っていた。


 最後までダメだった。


 しょうがないと思う反面、やりきれない気持ちが浮かんだ。


 白い吐息が空へ浮かび消散する。


「みんなありがとねぇ。本当に助かったわぁ。よかったら家でゆっくりしぃ」


 聡子さんの落胆は計り知れないはずだ。だというのに笑顔を浮かべて、俺達に気を遣わせないようにしている。


 強い人だ、と思うと共にやるせなくなってくる。


 どうしようもないこともある。敵わない願いなんて幾らでもある。わかっていながら抗い、足掻いて目的を達成出来ない人もいる。むしろ挫折する人の方が多いだろう。


 聡子さんはカゴを抱えて家へと戻って行った。


 その背中は悲哀さを滲ませていた。


 俺達はかける言葉も浮かばず、漫然と聡子さんについて行った。



 その時、視界に何かがちらつく。



 おもむろに俺は走り出した。理由はわからない。しかしそうすべきだと思ったのだ。


 行きついた先は、作物が消えたと思っていた場所だ。


「リハツ? どうしたの?」

「いや、今なにか見えたような……」


 地面には雪が積もっている。白い絨毯に小さな違和感があった。隆起している部分が見え小さく煌めいている。そこから何かが現れた。


 オニオンだ。


「さ、聡子さん!」


 俺の叫びにみんなが集まる。


「なん? どしたん?」

「こ、これ、オニオンじゃないか?」

「……ほやね、収穫し忘れたんかねぇ」


 それは多分ない。俺は注意深く確認したし、確かに消えた瞬間を見た。


「とにかく収穫して見よう」

「わ、わかったわぁ」


 聡子さんが品質重視のスキルを使い、俺達は収穫する。


 実ったのは十個だけだった。



 ・クラウンロークオニオン

  …低気温の環境で逞しく育ち、収穫時期を超えても熟成し終えなかったオニオン。オニオンの王様であり、栽培は高スキル者でなければ難しい。一度育てば、後はどんな環境でも育つほど強い生命力がある。様々な料理に使える素材。

 【品質118】【レア度10】【重量400グラム】



 これは、雪のせいか? そのおかげで低気温になり、そして俺達は半分収穫出来なかった。正に不幸中の幸いだったのか。


 俺は震える手でオニオンを掲げて叫んだ。


「品質118!? 来た! 出来たああっ!」

「やった、やったわよ! 聡子さん、出来たのよ!」


 俺とリリィが喜び合っている中、サクヤ達は一歩引いて状況を見守っていた。喜色を滲ませた表情に彼女達の心情は映し出されていた。


 聡子さんは呆然としたまま、オニオンを見つめている。


「さ、聡子さん?」


 俺はおずおずと声をかける。


 どうしたんだろうか? 喜ぶと思ったのに。


 しかし聡子さんの様子に気づくと言葉を飲み込んだ。


「……そうかぁ、出来たんやねぇ」


 聡子さんは涙を流し柔らかい笑みを浮かべた。


「よかったねぇ……うん、うん……よかったねぇ、あんたぁ、出来たよぉ、玉葱出来た。みんなが手伝ってくれて一杯出来たんよぉ。ずっと言ってたもんねぇ、ええ玉葱作りたいって。叶ったねぇ。よかったねぇ。これで安心出来るねぇ」


 俺とリリィは聡子さんを見つめることしか出来なかった。


 嬉しいはずなのに、笑顔を浮かべることはなく、顔を顰めて、ただ涙を流さないように耐えることしか出来なかった。


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