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第七十七話 致命的なズレ

 戦いを終え、待機させていた部下に預けてあった馬を使い、俺は帰路に就いた。


 商業都市トエト・アトリス北東部。スラム街中心部におけるPKギルド『クルエル』の本部に俺は戻っていた。ギルド本部は三階建てで周囲は見張りをつけている。なぜならこのスラム街は都市内でありながらPKエリアだからだ。


「竜吾さん」


 名を呼ぶ声に、俺は振り向いた。


 竜吾というのは本名ではない。だが本当の名前よりしっくりくる。だからか名前を呼ばれるのは結構気に入っている。ただ相手による部分もあった。今回は最悪だ。


「またあんたか」


 カーリア・アーリア。商人ギルドロッテンベルグ支部のギルマスだ。


 はっきり言えばいけ好かない女だ。ただPKギルドは商人ギルドから陰ながら支援を受けて活動している。でなければ、大手を振ってPKなんて出来はしない。街に入れないPKはそれなりにいるし、なによりPKだとわかった時点で毛嫌いされる。顔も割れているし、活動に弊害が出る。


 必然的に俺達PKは固まって行動することを余儀なくされる。パトロンがいなければまともに活動も出来ない。


 情けない話だが、今回のアップデートで更に俺達の地位は危ぶまれるだろう。

 厄介ではあるが障害がある方が愉しめる。犯罪扱いじゃなければ問題はない。


「アップデートの時間には間に合わなかったけどな……とりあえず、あんたの言う通りにしてやったぜ。満足か?」

「ええ、満足ですわ。おかげで色々わかりました」

「……わかんねえな。何を企んでる? なんで事前にアップデートの時間がわかったんだ? おかげで色々助かったけどよ」

「さあ、どうでしょう?」


 質問には答えない癖に、命令はしてくる。依頼という体裁を保ってはいるが、事実上の命令だ。


 こいつは知り過ぎている。きっと運営側に関わる人間に違いない。でなければここまで情報を得られないだろう。目的は未だにわからないが。


 だが、俺としては誰かを殺せれば問題ない。特にリハツ。あいつを見つけられたのは今回の最大の収穫と言える。


 あれだけしぶとく、強く、そして青臭い奴はいない。格好の獲物だ。


「それはそれとして、どうです? あの二人は」

「面倒臭がりの方は素質はある。PKに向いてると思うぜ。なんせ倫理観が欠けてやがるからな。それに能力も高い。ただ金髪の方は無能だ」

「……そうですか」

「だが、あいつは劣等感が異常に強い。もしかしたら化けるかもな」

「ふふ、そうなることを祈っております」


 ひらひらとした服装を風にたなびかせ、肢体が時折露出する。スタイルはいいんだろうが、どうも女としての魅力がない。なんというか嘘くさいのだ。


「さて、それでは私はこれで……色々準備をしませんと」

「あんた知ってたのか、今回のアップデートの内容を」

「……どうでしょう。ただ一つ言えることは」


 カーリアはもったいぶるように間隔を置いて、妖艶な笑みを向けて来た。


「これから世界は荒れるでしょうね」


 その言葉を聞き、俺は確信を抱いた。


 この女は俺の知らない場所で生きているのだと。



   ▼▽▼▽



「――っ!」


 瞼を開けると戸板が見えた。日差しが室内を照らしている。朝? いや、昼か?

 ベッドに寝ていると気づいた俺は、慌てて上半身を起こす。


「おはよ、身体は大丈夫?」


 正面に飛んでいたのはリリィだった。安堵したような顔をしている。


 俺は確か、意識を失って……。


「リ、リリィ。俺はどうしたんだ? 竜吾は? 聡子さんは帰って来たか!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。一気に聞かれても答えられないでしょ」

「あ、ああ悪い」


 家の中にいるということは、問題は解決したってことだ。多分だけど。


 落ち着け、と自分に言い聞かせると俺はリリィの言葉を待った。


「あんたは疲労が溜まってたみたい。リアリスティックシステムのせいでしょうね」

「そういえば、なんかアップデートが来て……身体が突然重くなった」

「うん。以前より強めの痛覚のリンクと疲労が生じるようになったみたい。アップデート情報に詳細が載ってるわ」


 UIを開き軽く目を通してみた。どうやら夜半時にシステムからアップデート通知のメールが来ていたようだ。竜吾達と戦っていたせいで気づかなかった。


「なんで局所的アップデートじゃなくて全体アップデートが突然行われたんだ? 今までこんなことはなかったのに」

「数か月から一年に一度、全体アップデートが行われたことはあったわ。リハツが来てからは初めてだけど」


 だとしたらたまたまこのタイミングだったということなのだろうか。

 しかしこのアップデート内容。ゲームを逸脱し過ぎている。


「仮想現実、ゲームで今回のアップデートは行きすぎじゃないか?」

「どう、でしょうね。あたしもそうだとは思うけど、長年プレイしているプレイヤーからしたらあまり驚くことでもないかもしれないわ」

「どういうことだ?」

「レベッカ辺りに聞けば分かるんじゃないかしら」


 驚くことじゃない?

 どう考えてもおかしいのに。


 それとも俺がおかしいのか?


 だってここは非現実なのだ。現実に近づけているが、ゲームとして、仮想現実としての境界線がある。


 特に痛覚や疲労は現実において多大なストレスの一因だ。それがない上に、リアルで自由度の高いゲームだからこそみんなプレイしているんじゃないのか?


 リリィは俺の意見に賛同している様子だった。これ以上追及しても納得する答えは得られないか。


「竜吾はもういなくなった。報復に来る様子はないわね。夜になってみないとわからないけど。それと聡子さんはまだ帰ってないわ……」

「そう、か」


 時刻は12時だった。収穫可能な期限まで数時間しかない。

 やはりダメなのか。もう帰って来ないのか。


「と、とにかく外に出ましょう。この家にはみんな入れないから、野宿したみたいだし」

「そうだったな、悪いことをしたな……」

「うん、それに応援に来てくれたし感謝しないとね」


 俺はベッドから降りると装備を外した。完全武装のままだった。気を失っていたわけだから当然だが。


「あれ? 俺以外誰も入れなかったのなら、誰が運んでくれたんだ?」

「自動的に移動したわよ。ホームポイントにしてたでしょ? 多分、気を失って一定時間が経ったから、移動させられたのかも。リアリスティックシステム適応前はそういうことはなかったからわかんないけど」

「……そうか」


 戦闘不能扱いになっていたのかもしれない。一応ステを確認してみたが、デスペナはなかった。ということは一応は戦闘不能と差別化されているらしい。


 俺達は階下に降り、外へと出た。


 目の前に畑が見える。防壁沿いに回り込むと、竜吾達が破壊した防壁部分に辿り着く。その前に、サクヤ達の姿があった。


「リハツ! 起きたか!」


 サクヤ、ニース、レベッカ、ミナル、小鞠、メイが俺の元へ駆け寄って来た。


「ああ、心配かけたみたいだな」

「気にするな。疲れて当然だ。むしろあれだけの敵を相手に戦ったのだ。賞賛に値するぞ」

「ですねっ! さすがリハツさんですっ!」


 ニースがいつものように瞳をキラキラとさせながら俺を見上げた。

 この目は苦手だ。なんか居心地が悪くなる。


「でも、リハツさん。危なかったわよねぇ。まさかPKと戦ってるなんて思わなかったわぁ。お説教しようかと思ってたんだけどぉ、興が削がれちゃったわよぉ」


 興って、ちょっと楽しみにしてるじゃないか、レベッカさん。


 俺は不穏な空気を感じとって、話題を変えようと必死で頭を働かせた。


「み、みんな、なんでここに来てくれたんだ?」


 俺は連絡していない。聡子さんの家の位置は教えていたが、それだけだ。PKが来るとは俺も予想していなかったし。


「…………そ」

「それは、リハツちゃんが心配だったからに決まってるじゃなぁい。みんなずっと言ってたわよぉ、いつ帰って来るのかってねぇ♪ って言いたかったのよね?」

「…………うん」

「それで、じゃあみんなで行こうってことになったんです」


 メイに翻訳されて満足そうに頷く小鞠だった。

 ミナルは相変わらず丁寧な口調だ。最初に比べて落ち着いた雰囲気を醸し出している。元々こういう性格なのかもな。


「タイミングがよかったな。私達もまさかこんなことになっているとは思わなかったから、驚いたぞ」

「いいなんてもんじゃない。完璧なタイミングだったぞ。狙ってたんじゃないだろうな?」

「ま、まさかっ! 偶然ですよっ!?」

「そうよぉ。わざわざみんな馬を買ってまで来たんだからぁ、感謝してもいいんじゃないかしらぁ?」

「そ、そうだったな。ごめん。えと、だな……みんな、ありがとう。本当に助かった。それに、来てくれて嬉しいよ」

「詳しい事情はリリィちゃんに聞いたわぁ。ただ、サクヤちゃんはちょっと納得出来てないみたいだけどぉ」


 見ると、サクヤは僅かに眉を寄せていた。


「リハツ、私はおまえの気持ちはとても嬉しい。この上なく嬉しい。だが、やはり、ここまで苦労をさせてしまっては素直に喜べない……出来れば言って欲しかった。そうすれば、私も一緒に旅をしただろうに」

「……すまん」

「いや、謝ることではない。ただ、つ、次からは誘ってくれ。うん。それだけだ」


 そっぽを向いたサクヤだったが、耳が赤い。


 これは、照れてるのか?


「サクヤさんもそんな顔するんですねっ!」

「や、やめてくれ。見るな!」


 サクヤは顔を両手で覆い、うずくまってしまった。

 その様子を見て、レベッカ達は楽しそうに笑う。


 俺はなんとなく居心地が悪くなって、苦笑を浮かべるしかなかった。


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