第七十三話 ゲームスタート
アイテムの使用は禁止されている。つまり回復アイテム、耐久回復アイテム、そして重要なグロウ・フライも使用出来ない。
視界が確保出来ない状態では、半ば勘で動くしかない場面も出てくる。
対峙する相手は屈強そうな男と、スキル値が高そうなヒーラーだ。
厄介なのは一撃もくらってはならないということだ。ヒーラーの攻撃力は低い。普通の戦いなら無視してもいいが、ルール上そういうわけにもいかない。
だが、二人相手なら問題ない。俺は二十体近くのMOBと戦った経験もあるし、都市戦以降も四体以上相手に戦うようにしていた。鈍らせないようにするためだ。
「開始したら、倒した後も合間を入れずに戦いは続行だ。わかったな?」
「……ああ」
今更大した追加内容じゃない。
こいつらが聡子さんの畑に近くづくことさえ不快だ。
さっさと倒してやる。
「へっ、それじゃ始めるぜ。開始だ!」
「行くぞ! リリィ」
「うん!」
俺達は気勢を吐き、敵に迫った。
男は『ディヴァイン・シールド』を発動、俺も同様のスキルを使用した。
相手はタンクだが槍。ウォーリアーか勇者、もしくは上級職か? クルセイダーではなさそうだ。騎乗職であり、『ガウル』という恐竜のような鳥獣が必要だからだ。
ならば機動力は低いはず。
俺はタンクに向けて苦無を投擲する。それを弾いたタンクの隙を狙い『十三夜ノ型 茂林』を放った。S字の軌道を残し、斬撃がタンクを襲う。
タンクは避ける仕草もなく、俺の攻撃を受ける。しかし、次の瞬間、槍をすくい上げた。
俺は下からの攻撃を、二刀を交差させ受けると上方に飛ぶ。そして空中で『エアライド』を使用し、剣を召喚。それを踏み台にして再びタンクに向けて飛ぶ、直前に足の力を緩めた。
ヒーラーのマジックボールが眼前を掠める。
リリィはタンクに『ライトニングボルト』を放ち、微力ながらダメージを与えた。
「ぜあっ!」
男の咆哮が響く。同時に槍の柄頭が俺の頭を潰そうと迫る。
俺は空中だ。避ける隙間がない。
当たると思った瞬間に『サイクロンエッジ』を発動。空中で回転しながら両の手を伸ばす。
長剣に弾かれ、槍の軌道が僅かに逸れる。だが、完全には避けきれず俺の頬を掠った。ダメージは248。大した数字ではないが、一撃をくらってしまった。
「一発目ぇっ! オラ! やれ!」
竜吾の号令で防壁に攻撃が加えられる。
家の所有者である聡子さんに居住を認められている俺には防壁のHPが見えるようになっている。
・防壁HP 74,321/120,000
俺が外に出るまで防壁はダメージを負っているし、先ほどの一撃で更に減ったはずだ。俺が防壁前に来るまでのダメージをおおよその攻撃回数で割ると、あと十発程度受ければ破壊されると想定出来る。猶予はあまりない。
俺は歯噛みし、タンクに向き直った。
こいつは強い。攻撃のタイミング、攻撃の変化、スキルのタイミング、フェイント、俺の行動に対応する能力、どれをとってもかなりの腕利きだ。
MOBと違い、規則性がない。癖はあるだろうが、それを見分けるまで時間がかかる。計算は困難だ。勘と状況に応じて得られた情報を武器にするしかない。
見通しが甘かったようだ。かなりやりづらい。
「おいおいどうした。時間かかってんなぁ? さっさとしねえとババアの畑踏み荒らすぜ?」
こいつは何も知らない。聡子さんの想いも苦労も。
おまえが、その口で軽々しく踏みにじるな!
「竜吾! おまえは絶対に殺してやる!」
「はは、待ってるぜぇ」
俺は怒りのままにタンクを見据えた。
「リハツ、落ち着いて! 口車に乗ったらダメよ! 目の前に集中して!」
「ああ!」
リリィの言葉に少しだけ、心のざわつきが治まる。
動揺するな。怒りをコントロールしろ。竜吾の思惑通りにいかせてたまるか。
俺は男に疾走する。所作を微塵も見逃さないように集中力を高めた。
『リハツは岩窟にトライアンギュレイトを放った』『岩窟に219のダメージ』『岩窟に121のダメージ』『岩窟に39のダメージ』『岩窟に320のダメージ』
『岩窟はリハツにダブルスラストを放った』『リハツは受け流した』『リハツは回避した』
攻撃にキレがある。だが見える。視界が悪くても避けられる。二体一なのだ。だったら不利な点は視界の悪さだけ。
克服しろ。この状況を糧として、成長しろ。目に頼り過ぎるな。他にも情報はある。貪欲に情報を得れば勝てる。
リリィの『プロテクション』が俺にかかる。
ヒーラーのマジックボールが迫ってくる。俺はそれを姿勢を低くすることで躱す。地面が顔に近づくと両手をついて側転、後方宙返りをし、苦無を投げた。それを受け、男の動きが鈍くなる。
同じ戦法だ。だが俺はそのまま着地しようとする。
男は俺の着地の瞬間を狙い槍を伸ばす。だが、それを読んでいた俺は槍が伸びる前に『ウィークネス』を発動。自動的に男へ迫る俺の短剣と身体。
男が驚愕に目を見開くが、時は既に遅い。
俺は心臓部分に短剣を突き刺し、その隙を逃さずにクイック・イクイップで装備を変更し『強撃』を発動。間髪入れずに男の胸部を斬り上げる。次いで『上弦ノ型 首夏』全力の振り下し、『エア・レイ』でヒーラーの方向へ吹き飛ばした。
「リリィ!」
「うん!」
リリィが『妖精の囁き』を放つ。狭い範囲状態異常のスキルだ。一定確率で混乱する。タンクとヒーラーが運よく混乱したらしい。
混乱するとヘイトが一時的にリセットされる。つまりタンクを無視することが出来る。
ヒーラーに『クリス・クリス』の三連撃が突き刺さる。
『リハツはマコ・リーメルンにクリス・クリスを放った』『マコに649のダメージ』『マコに801のダメージ』『マコにクリティカル1592のダメージ』
まだ生きている。俺は装備を瞬時に変更、ダブルバイトを放ちヒーラーを葬った。
次いでタンクだ。
リリィの『高度連携』が発動したと見るや否や俺はタンクに『トライアンギュレイト』を放った。四連撃が男に迫る。
『リハツは岩窟にトライアンギュレイトを放った』『岩窟に501のダメージ』『岩窟に189の追加ダメージ』『岩窟に389のダメージ』『岩窟に171の追加ダメージ』『岩窟にクリティカル901のダメージ』『岩窟に204の追加ダメージ』『岩窟にクリティカル1209のダメージ』『岩窟に237の追加ダメージ』
リリィの『高度連携』で全ての攻撃に200程度の追加ダメージがある。これはかなり大きい。
「このっ!」
タンクが正気に戻った。
反撃を予想していた俺は槍の挙動を注視する。足を振り払われたが、瞬間的に軽く跳躍し、空中で後方に回転し『エアレイド』で二段ジャンプをする。
そのまま男に向け突っ込むと三連撃の『Z斬り』、スキルキャンセルし短剣の『スラッシュ』の斜め斬り上げに繋げ左手の装備を外す。間髪入れず左手を男に伸ばし掴むと『ソウルドレイン』を発動する。
ソウルドレインは名前の通り、SPを回復するスキルだ。連続で戦闘する場合は重宝する。この事態を想定していたわけではなかったが、事前にサブジョブをソウルブレイカーに代えておいて助かった。
「くそが!」
男が怒りの形相を浮かべる。
俺は構わず、ソウルドレインで男のSPを20程奪った瞬間、その場から離れると同時に苦無を放る。
男の頭部に苦無が刺さると、粒子を残し消散した。
「ははは、やるじゃねえか。さすがリハツだ。だけどよぉ、俺を含めてまだ99人残ってるぜ? ま、こいつらは雑魚だから入れてねえけど」
「は、はは、そうっすよねぇ」
「……くっ」
「わ、わかってるよぉ」
以前聡子さんを襲った三人組は肩身が狭そうに観戦している。ギルド内にも上下関係があるようだ。
わかってる。これはまだ序章だ。まだ始まったばかり。
正面を睨み付けると、またPK二人が俺達に迫ってきた。
▼
魔術の炎が地面を焼く。近づくとダメージをくらうのは必至だ。
離れなければ!
瞬間的に距離をとった俺を襲うのは影の刃だ。軌道が不規則で避けにくいが、何度か見たスキル。
俺は、地面から出現した凶刃を、苦無を投擲しながら側転して回避する。
これで打ち止めだ。もう苦無はない。
「ちぃっ!」
俺が相手をしているアタッカーは闇黒に魅入られし者だ。名の通り、闇を操り、そして自らが同化する職業であり、天候や気候、状況に左右される、特殊な職業である。
現在は夜。奴にとって好条件だ。
ソーサラーの『ファイアー・ストーム』が尚も俺に迫る。
回避の天敵である広範囲魔術だ。
俺のプレイスタイルではどうしても不得意な攻撃がある。それは広範囲スキルだ。
俺が知っている限りでは、最大範囲は大体10メートル近くに及ぶ。円、四角、三角、波状、直線、横線、ドーナツ型、周囲など範囲は様々で直感で避けられるものではない。事前に相手がスキルを放つであろうタイミングを予見することが必須だ。
範囲、全体攻撃においては前兆がある。『ファイアー・ストーム』ならば識火が一瞬生まれ、そこを基点として円状の範囲攻撃がくる。範囲を一斉に焦がすわけではなく、中心から外縁に向けて燃え上がる。
『咆哮』などは使用者の動向が変わる。仁王立ちになり、雄たけびを上げるような所作を見せるのだ。すぐに気づき離れれば回避が出来なくもない。
例えば『ウィークネス』のような自動追尾型のスキルはどうか。
結論から言えば避けられる。ただし、触れる寸前で、瞬間的な速度を出し躱さなければならないため、回避は困難な部類に入るだろう。
なぜわかったか。それはPKの中でそうやって避けるプレイヤーがいたからだ。
俺は迫る炎火を避けるため、地面を蹴った。
温度が上がる。
転がり受け身をとったが、足が焦げていた。
また、くらってしまった。
「おいおい、壊れちまうぞ!」
後方から破壊音が聞こえた。
・防壁HP 34,971/120,000
くそっ! もう五回ほどくらってしまった。
PKの数は半分ほどになっている。一時間近く戦っているはずだ。
集中力が削がれて来た。頭が時折、働いていない。
「リハツ! 負けないで!」
リリィの叫びに、俺の心は再び力を得る。
そう、こんな奴らに負けてたまるか!
リリィの『テリ・キュア』が俺を癒す。そのおかげで俺のHPは全快する。
この戦闘でわかったことがある。それはリリィの長所だ。
都市戦では周囲が見えていなかったが、今は不思議と見えている。そのおかげでわかったのは、リリィは長期戦に向いているということだ。
MP、SPは時間と共に回復する。座る方が回復は早いが、PTメンバーが戦闘中であれば出来ない。戦闘中は自動的に少し回復するだけだだ。
つまり、俺が戦っている間、リリィの支援は継続出来る。
もちろん、断続的にはなるが、俺のプレイスタイルならば、それで十分な支援だ。
リリィは役立たずではない。俺の戦い方と合致した個性を持っている。長所を持っているのだ。瞬間的な火力や回復はないが、長い目で見れば非常に有用な能力を持っている。
特に連携系のスキル。俺は都市戦を境に手数を増やすという方向にプレイスタイルを変えた。つまり、連携での追加効果があればあるほど俺の攻撃力もあがる。瞬間的な火力は低いが、元々俺は長期戦を前提としているのだ。ならばリリィ以上に俺を助けてくれる存在はいないのではないか。
リリィは悔しげに顔を顰めている。
今は、まともに話せない。
この戦いが終わったら教えよう。おまえは決して足手まといではない、と。
「ちょこまかと!」
俺の動きに業を煮やしたアタッカーが黒く染めた右手を俺へと向ける。
俺はそれを短刀の腹で押しのけ、密着する距離まで一歩踏み出す。
心臓を『強撃』で突き刺す。クリティカルダメージによってアタッカーは霧散した。
残るはソーサラーだけだ。
俺は悠然と敵に向かって疾走した。