第七十二話 101
数にして百程のプレイヤーが防壁を攻撃している。
都市戦以降、ロッテンベルグでも防壁を建てるという方向性を示した。
都市内にMOBが侵入したことがなかったことと、防壁を建てると邪魔になり進攻を阻害するという理由から作成していなかったが、それよりも都市戦を乗り越えることを優先しようということで、都市戦開始が伝わると同時に防壁を作成する方針になった。
家と違って、防壁はプレイヤーにも攻撃出来る。耐久度があり、それがなくなると破壊されてしまう。
全員に視線を流す。調べると全員がPKだ。PKはステを非公開にすればわからない。だがここにいる全員が誇示するように公開していた。殺した人数までは出ない。
PKはプレイヤーを殺した、或いはカオス値が上がっている時点でPKKされる可能性がある。だから大概非公開にしている。非公開にしているということは後ろ暗いことがあると判断されることもあるわけだ。
システムがPKだと認識する条件は、敵意と行動である。プレイヤーを攻撃しようとする行為と心理が合わされば相手を殺さずともカオス値が上がる。PKをすると更に上がる。
カオス値が1以上あるプレイヤーはPKKされてしまう。この世界のPKとは、カオス値の有無を表す場合もあるということだ。
カオス値が一定数あると赤いオーラが出て、目立つようになる。そうなると大抵の街にシステム的に入れなくなる。そして当然ながらパーティーを組むのも商品を買ったりサービスを受けるのも難しくなる。PKと組みたいと思うのはPKくらいだからだ。
カオス値を下げる条件は一定時間が経過すること、PKKすること、クエストなどで高い評価値を貰うことの三つだ。
ただしカオス値が1以上あるプレイヤーは評価が出来ない。時間の条件以外はカオス値の高さで無効になるか決まる。一定以上あれば時間でしか下がらない。そのためPK同士で一方的に殺し、カオス値を調整することは出来ない。
ここにいる人間は全員、PKであることは明白。
つまりすべてこの世界における悪人だ。
「何をしてる!」
俺は胸中で全員が敵と断じると、竜吾に向けて叫んだ。
「防壁壊してるに決まってんだろ?」
「それは見ればわかる! なぜそんなことをしてるのか聞いてるんだ!」
「ああ、なるほど。悪い悪い、主語がなかったからよぉ。リハツ、意図を伝えたいならきちんと話さねぇとダメだろぉ? わかりにくいったらねぇ」
へらへらと笑いあからさまな挑発をする竜吾に、俺は奥歯を噛みしめ耐えた。
「なぁに、簡単なことよ。俺の仲間がよぉ、ババアを殺そうとしたら返り討ちにあったってんでその報復に来たってわけだ。俺ぁ仲間思いだからよ?」
竜吾が一瞥したのは聡子さんを襲っていた三人組だった。なんとも情けない顔をして、卑屈そうな表情を浮かべている。
聡子さんの畑をどうするつもりだ? まさか作物を荒らすつもりか?
そんなの許せるはずがない。
聡子さんがどれだけ時間をかけていると思っている。どれだけ耐えたか、苦労したか、悲しい思いをしたか、それでも健気に頑張っているか。
こいつは知らない。知っても鼻で笑うんだろう。
憤りが身体を蝕む。それに抗うことなく、俺は竜吾を睨んだ。
「貴様……!」
「おお、怖い怖い。チビりそうだぜ。あ、仮想現実だからそりゃねえか、かははっ! ……はぁ、飽きたわ。で、こいつらPKKされたのを黙ってやがってな、来るのが遅れちまった。俺達『クルエル』はPKギルドなんだが、ルールがあってな。舐めた真似されたら徹底的に潰すって決まってんだ。つまり、おまえのせいでここにいるってわけだな」
「気にしちゃダメよリハツ。悪人が自分の悪行を正当化する時に使う常套句なんだから。悪事を働く奴が悪いに決まってるわ!」
「……ああ、わかってる」
俺は抜刀しつつ、周囲を警戒する。話しながらいつ襲い掛かってくるかわからない。
「おいおい、まさかこの人数相手に戦うつもりかぁ? 都市戦で自信持ったってか? かはは、ただのMOBと経験豊富なスキル値が高いPK、どっちが強いか知ってっか? あ?」
敵の装備を確認する。竜吾ほどではないが、恐らくはほとんどのPKが俺よりスキル値が上だ。タンク、アタッカー、バッファー、ヒーラー、それぞれバランスよく集めて来たようだ。
三人組以外は熟練と言っていい。
「遠距離系も連れて来てるんだぜ。さすがのリハツでも、一度に全員相手に出来ねえよな?」
「……卑怯者が!」
「おいおい、仕様で認められてるんだぜ? だったら卑怯じゃねえんだろ?」
こいつ、粘着質だ。ラトンで言った俺の言葉をそのまま返して来た。
どうする? 特攻覚悟で数を減らすか? いや一人でも残したら時間はかかるが防壁は壊される。そうなったらどうなる? 畑を荒らされるか、適当に収穫され奪われる。オニオン自体は低品質でもそれなりに高く売れるのだから。
奴らの目的は報復。だったら収穫する必要もないと考えているかもしれない。
俺のホームポイントは聡子さんの家になっている。命を投げ打って全員を殺せば畑は守れるかもしれない。だがそうなるとキッドが奪われる可能性がある。騎乗ペット、牛や馬はPKで奪われてしまうのだから。
今の俺はキッドを大事な仲間だと思っている。渡すわけにはいかない。
視界も悪い。暗い。グロウ・フライはいくつか持っているが、百人を相手にする時間を考えると、数が足りない。効果時間は然程長くないからだ。
俺は臨戦態勢で竜吾の動向を見守るしか出来ない。
しかしふと気が付くと思わず問いかけてしまう。
「おまえ、妖精はどうした?」
「あ? 見りゃわかんだろ?」
竜吾の装備は変わっていた。和風の鎧に刀。これは侍の装備だ。
つまり、こいつは、まさか。
「もうフェアリーテイマー辞めたんだよ。妖精が邪魔だったからなぁ?」
「おまえぇっ!」
衝動に従い竜吾に襲い掛かる。が、俺の行動を予見してのか、竜吾は瞬時に刀を抜き、俺の攻撃を防いだ。鍔迫り合いに発展するまでもなく竜吾は刀を引き、俺のバランスを崩す。
「ほらよ!」
竜吾は一歩踏み出し、肩を俺の横隔膜に突き出す。俺は後方に飛びのきながら、刀身を竜吾の肩に向けて掲げる。しかし竜吾は当身の寸前に振り下した刀をそのまま回転させ、首の後ろに持って行っていた。
なんてしなやかな動きだ。素人では出来ない。まさか剣術に心得があるのか?
肩の前で俺と竜吾の剣が交錯し弾きあう。
そのまま回転し竜吾の一閃が眼前に振り下される。だが、すでに後方へ跳躍していた俺の前髪を擦っただけで終わる。
俺は、少し離れた場所に降り立つと再び構えた。
「おいおい、なに怒ってんだ? おかしいぜおまえ」
「なんだと!」
「考えてみろよ。俺がPKした、防壁を壊した、それで怒るならまだわかるぜ? けどよぉ、なんでフェアリーテイマーやめただけでキレられなきゃなんねえんだ? おまえ、俺以外のフェアリーテイマーが転職してもそうやってキレるつもりか?」
「……おまえの、使い魔に対する態度が気に入らない」
「それこそゲームだって理由で充分だろ。なんだ? ペットも使い魔も人間みたいに、現実の動物みたいに扱わねえとダメなのか? おいおい、勘弁してくれ。俺みたいにゲームとして見てる奴のほうが大多数なんだぜ? おまえの方がおかしいんだよ」
竜吾の言う通りだ。
俺もキッドをそうやって見ていた。リリィだけ特別扱いしていたのは、過去があったからだ。助けて貰ったと俺が考えているだけに過ぎない。
俺も同じ。だが気づけた。そんな風に扱ってはならないと。
だが、そうやって普通にゲームとして考えているプレイヤーの方が多いだろうし、それが当然なんだろう。その気持ちはわかる。俺もそうだったのだから。
だからと言って、仕方ないと言えるほど、俺はリリィに対して軽い気持ちを抱いてはいない。
「気持ち悪いぜ、おまえ」
「ああ、そうか。それでいい。俺がどう思われようと、もうどうでもいい。だけどな、使い魔を適当に扱う奴は許せない。おまえがなんと言おうとそれは変えるつもりはない!」
「……そうかよ。かはは、俺はおまえみたいに突き抜けた馬鹿は嫌いじゃねえぜ」
「俺はおまえが嫌いだ」
「だろうさ。で、どうする? 殺し合うか? この状況で」
両手を広げる竜吾に俺は軽く舌打ちをした。
多勢に無勢だ。どう考えても分が悪い。仮に全員倒すことが可能でも、防壁を守ることまでは手が回らない。どうすればいい……。
「そこで提案だ。ちょっとしたゲームをしねぇか?」
「ゲーム……?」
「ああ、ルールは簡単。俺達の中から二人選出してお前と戦う。勝ったらまた二人、っていう勝ち抜きだ。全員倒せたら俺が戦ってやるよ。アイテムの使用は禁止だ。その時点でそいつらは負け。ホームポイントはそこの家に設定してあるか?」
「……ああ」
「だったら何度でも挑戦を受けてやる。ただし、おまえが一撃くらうごとに防壁を攻撃する。どうだ?」
こいつ何を考えている?
明らかに俺達にとって有利な条件だ。一斉に襲われるよりは格段に勝利の可能性が高くなる。なにか裏があるのか?
まさか俺の所持品やら所持金を奪うつもりなのか? 骨の髄まで絞りつくす、そういう意図ならばわからないでもない。
ここにいる全員を倒せば、奴らはホームポイントに帰還する。周辺の街、村からここまでは馬でも一日近くかかるのだ。だったら退けられれば、収穫までは持つだろう。
「ちょっと! それなら一対一にしなさいよ! 卑怯じゃない!」
言葉に噛みつくリリィだったが、竜吾は歯牙にもかけていない。
「うるせえ羽虫だな。そいつが言ったんだろ、妖精は役立たずじゃない、まっとうに扱えって。だから人間扱いしてやるって言ってんだ。今だけなぁ?」
「そ、そんなの屁理屈よ!」
尚も食い下がるリリィを、俺は手で制止する。
「その条件でいい」
「おまえならそう言うと思ったぜ」
裏があろうがなかろうが俺達に選択の余地はない。
ならば乗ってやろう。手のひらの上で踊ってやろう。
しかし後悔するのは竜吾、おまえだ。
「リリィ、頼りにしてる」
「……わかってる。絶対勝つわよ」
「ああ、負けるはずがない」
その言葉が出たのは慢心のせいではない。信頼だ。
俺とリリィを中心にして、PK達が円を描くように離れた。
「最初はこいつらだ」
竜吾の言葉に従い、タンクとヒーラーが中心に入ってくる。
俺とリリィは心に誓った。聡子さんが帰ってくるまで絶対に倒れない、と。