第七十話 好転と悪化のアシンメトリー
俺が来て最初の収穫の日。
畑から掻き出した大量の玉葱がカゴの中に入っている。どれぐらいあるんだろうか。2、300個くらいあるように見える。畑の規模にしては数量は少ない。
SWにおける農耕の収穫は誰でも出来る。ただ抜く前に農耕師がスキルを使うことで、多少収穫物に変化がある。主に品質重視、特性重視、数量重視、成功重視にわかれる。
品質、数量はそのままで特性は料理の効能に大きく影響する。例えば、【瑞々しい】【水精霊の好物】などであれば、料理に【寒さ耐性】【水属性耐性】などがつくことになる。
そして成功重視。これはどんな作物でもクズ、つまり未成熟の作物が出来るようになっているので、その確率を減らすというスキルだ。それぞれ名前があるが語るときりがないので割愛する。
作物の収穫はスキルを使った後、一日は持つ。そのため素人でも収穫が可能だ。
現実と違い作物についた土は自然に落ち、払う必要はない。根、不要な葉なども零れ落ちて消失する。収穫からすぐに素材になるというわけだ。
収穫時には専用のカゴに入れる。かなりの量になるため、袋に入れるには不便だから、専用アイテムが出来たらしい。
聡子さんも俺も品質を重要視しているので、当然ながら品質重視のスキルを使っている。その分数量は少なくなっているというわけだ。
俺とリリィ、そして聡子さんはカゴの前に立ち、一息入れていた。
「なんとか収穫終わったな」
「ほやねぇ。クズはあんまなかったわぁ。見た感じそれなりに品質ありそうやねぇ」
「ここからどうするの?」
「一個一個品質確認してカゴ毎にわける感じやねぇ。いつもは40以下、60以下、80以下、99以下でわけちょる。さすがに100以上は早々出来んけぇ」
「了解。じゃあわけていこうか」
「ほやね。リリィちゃんも手伝ってくれるかねぇ。作物の移動は誰でも出来る思うけぇ」
「あたし!? や、やるわ!」
リリィは飛び跳ねて、手をハイハイとあげた。
手伝いを頼まれてこんなに喜ぶなんてな。
俺達はそれぞれカゴの振り分けを始めた。
そして、三十分ほど経過すると、作業は終わった。
「……こんなもんかねぇ」
聡子さんの落胆が目に見えてわかる。
結果は、40以下が23個、60以下が121個、80以下が59個、99以下が22個、100以上が……0だ。
一番高い品質は83だった。それが出来たのは一つだけ。
「ふぅ、やっぱり難しいねぇ」
「……俺達も手伝うから、もう少し頑張ってくれるか?」
「あ、あたしも手伝うわよ!」
「ほやね……ふふ、リハつんとリリィちゃんはええ子やねぇ」
聡子さんの心は折れかかっている。
なにかを止めるのは別に悪いことじゃないと俺は思う。逃避も生きている中で必要な場合もある。自分を正当化しているのかもしれないけど……聡子さんはずっと頑張ってきた。だったらせめて最後は納得して欲しい。
収穫はあと三回。一か月の間でなければ、聡子さんの気力は持たないかもしれない。
俺は顔を顰め、生まれて初めて神に祈った。
これだけ健気に頑張ったんだ。その人の願いを叶えて欲しい、と。
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その日の夜、聡子さんの家、二階にある客室で俺とリリィはくつろいでいた。
ベッドに寝転がる俺達。リリィは窓の外を見つめ、満月をぼーっと見つめている。
俺はというと、メールをチェックし、返信していた。
「みんなからメール来てる?」
「ん? ああ。ただサクヤには俺がここにいる理由は言ってないけどな」
「……喜ぶだろうけど、自分を責めそうだしね、あの人」
「ああ、他のみんなにも黙って貰ってる。単純に遠出してるって伝えてくれるように言ってある。リリィが旅をしたがっていたのは事実だしな」
「まあ、そうね」
「悪いな。この件が終わったら遠出しよう」
「ううん、いいの。あたし、ここ好きよ。なんだか安心するし。聡子さんもいい人だし」
「そう、だな。出来れば、願いが叶って欲しいけど」
「ええ、あんなに頑張ってる人が報われないのはイヤだわ」
清掃も行き届いており、住み心地もいい。それは聡子さんが家を大事にしているという証でもあった。
旦那さんが亡くなり、息子とも会う機会が減った。そんな彼女の心境は俺には想像しか出来ない。
いつか、自分に自信が持てたら、借金を返したら帰ろう。母さんに父さんに……妹に笑顔で会えるその日まで、俺は諦めずに進み続けよう。
ふとリリィの横顔を見た。青白く光る華奢な身体はとても儚く見えた。
▼
俺が聡子さんの家に来てから、二週間と数日が経った。
二度目の収穫も、結果は芳しくなかったが、俺達に諦めの色はない。だが、聡子さんは気落ちしている様子だった。
休憩時間になり、俺は周囲の草原を走っていた。正確にはキッドが走っていた。
本当に高品質のオニオンが出来るのか、そんな不安な気持ちを忘れるように俺達は疾走する。
「よし、いいぞ!」
手綱を動かし、キッドは俺の思い通りに従う。
景色が流れる。風を追い越す。頬を撫ぜる感覚が心地いい。
「速いわね!」
肩にしがみついたリリィが弾んだ声を出す。
「ああ!」
「ヒヒンッ!」
キッドは生き生きとしている。どんどん加速する。
どれぐらい走っただろうか。三十分で三十キロ近くは進んだかもしれない。
親愛度は現在50。これ以上は中々上がらないようだが、キッドは俺の命令をほぼ完全に聞いてくれるようになった。聡子さんのおかげだな。
「どうどう、そろそろ戻らないと」
ゆっくりと速度を落とし、キッドを撫でながら言う。
するとキッドは不満そうに鼻を鳴らす。まだ走り足りないらしい。
「休憩時間が終わりなんだ。聡子さんを待たすと悪いだろ?」
「ヒヒッ……?」
「おう。我慢してくれ」
「……ヒヒッ」
「ありがとな。また明日も連れて来るから」
「ヒヒッ!」
どうやら納得してくれたようだ。
よしよし、と頭を撫でるとキッドは気持ちよさそうにいなないた。
こいつぅ。可愛い奴め。
干し草を与え、きちんとキッドを見るようになってから、俺達の関係は著しく変わった。今なら信頼関係が築けつつあると自信を持って言える。
うりうり、ヒヒンとイチャイチャしてると、リリィが嘆息しながら俺達を見ていた。
「……あんた、モンスターテイマーになった方がいいんじゃないの?」
「冗談だろ。俺は一生フェアリーテイマーでいるつもりだ」
「い、一生?」
なぜか驚愕し、俺の方から飛び去ってしまうリリィ。
「だめか?」
「あ、いや、う、うん。そ、それって……あ、いいや。あんたがそんなこと言うわけないもんね」
「なんのことだ?」
「……戻りましょ。なんか虚しくなっちゃった」
「あ、ああ」
リリィは驚き、ふて腐れ、諦めたように再び肩の上に乗る。
よくわからん。しかしわからないままにしてはダメだと言うことは学んだ。
聞かなければわからないこともある。やはり話した方がいいのでは。
「言っとくけど、しつこく聞いたら怒るから」
「……お、おう」
聞いてはダメだったらしい。
心って難しいね!
俺は釈然としないながらも気を取り直し、家に戻った。
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三週間目。また収穫が終わった。
結果は同じだった。
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三週間を境に、聡子さんの様子が変わってきた。
明らかに気力がなくなっている。
作業中に溜息を何度も漏らし、心ここに非ずといった感じだった。
俺とリリィは作業をしながら、聡子さんの背中を見つめていた。
「大丈夫、かしら……?」
「三十七年間、その内三年間はずっと一人で頑張って来たから……限界、なのかもな」
「もしかしたら、あたし達が来たから、なのかな」
「そうかも、しれないな」
俺達が来たことで緊張の糸が途切れてしまったのではないだろうか。
自分の境遇を見直し、そして突然虚しくなったのかもしれない。それとも、出会う前から決めていたのだろうか。
しかし過去はなくならない。
だったら俺達が聡子さんのために出来ることは手伝うことだけだ。
応援しても、励ましても、無責任な人間の言葉でしかない。俺達に聡子さんの苦労がわかるはずもないし、わかった気になって、言葉を投げかけるのは一番やってはならないことだ。
「来週、出来なかったら本当に止めちゃうのかな」
「わからない。けど、そうだとしても引きとめられないよな」
「そうね、もう休んでもいいと思う、けど」
「出来れば……」
旦那さんの遺言を全うさせてあげたい。その思いはおこがましいのかもしれない。けれど、心からそう思っていた。
「うん……」
リリィも同じ気持ちだ。
ロッテンベルグを出立し、三週間と数日。その間、フレとは連絡をとっているが、最近はいつ帰って来るのかと心配している。
俺達も帰る場所がある。聡子さんの傍に居続けることは出来ない。
だが、出来ることはあるはずだ。せめて、聡子さんがもう終わりにしようと言うまで、付き合うくらいは出来る。
「続けよう、ここに植え付けするのかわからないけど」
「そう、ね。聡子さんがやめようと言うまでやりましょう」
あと五日で他の畑に植えたオニオンを収穫する。今耕している畑に植え付けるかどうかはわからない。けれど聡子さんも作業はしている。一か月経っても、まだ諦めないかもしれない。
例え無駄になっても、やることに意義があるのだ。
だったら俺達も作業を続けよう。それが聡子さんにしてあげられる唯一のことなのだから。