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第六十六話 人と妖精の食い違い

 キッドの背に乗り、聡子さんの後に続いた。


 山岳の周囲は樹木が点在しており、地面には草が生えていた。


 俺達だけの時は荒涼だと思えた情景も、聡子さんがいることで牧歌的に思える。小さな背中は頼りなさと同時に、俺に妙な安心感を抱かせた。


 肩に乗ったままのリリィが口を開く。


「ねえ、あんたさっきよく躊躇しなかったわね」

「ん? PKKのことか?」


 PKK、プレイヤーキラーキル、またはプレイヤーキラーキラーのことだ。言葉通り、プレイヤーを攻撃した人間を倒すことを意味している。


「うん。今まで魔物相手だったでしょ? 人間相手だと戸惑うかなって」

「そう言えば、そうかもな。多分、竜吾との対戦で多少耐性がついたってのもあるけど……敵だからじゃないか?」

「……敵?」

「魔物も敵、PKも敵。恐怖は少しはあるけど、倒すべき相手なら躊躇する必要はないだろ。それに……悪意のある人間に好かれたいとは思わないから」


 俺が人を怖がるのは嫌われたくない、変に思われたくない……裏切られたくない、という思いがある。だから人との関わりが怖かったし、今もまだ完全に吹っ切れてはいない。


 しかし自分に敵意を向ける相手なら別だ。

 俺にとってはどうでもいい存在なのだから。


 それに人型のMOBとの戦闘経験もある。その理由もあってか迷いは一切なかった。竜吾ほど俺に敵意を向けてもいなかったし。


「そんな、もんなのかな」

「そんなもんだと思うぞ」


 リリィは訝しげにしているが、それ以上、追及はして来なかった。


 誰しも悪意はある。完全な善人なんて本当に一握りだろう。けれど善人であろうとすることは出来る。引きこもりをしていた時は人なんてクソだ、なんて思っていた。だが、リリィと出会い、友人に囲まれたことで思い出したのだ。


 人はそんなに悪いものではない。


 だからと言って、全員がそうだとは限らない。

 それらを考慮し、良い人もいれば悪い人もいる、という単純な帰結に至った。


「あんたら仲ええんやねぇ」


 聡子さんがにこにこしながら俺達を見ていた。


「そう、ですかね?」

「そ、そんなことないわよ!?」

「なはは、息もぴったりやねぇ。うん、ええことやね。最近、街であんた達みたいなん見かけるんやけど、あんまり仲よくしちょらんみたいなほ」


 竜吾や今まで見かけたフェアリーテイマー達を見ると、確かに俺達みたいな関係性は築けていない気がする。


 妖精に萌えている奴はいたけど。あれはあれでいいんだろうか。


 俺達が会話をしていると突然キッドがいななき、足を止めた。


 俺は嘆息し、またか、と諦観を覚え、一度下馬した。


「もう、ほんとこいつじゃなくてもっと命令聞く奴にしないか?」


 リリィは何度も俺を止めたが、さすがに支障が出過ぎている。怒りを通り越して呆れ始めていた。ここまでよく我慢した方だと思う。


「……で、でも」

「なあ、なんでそんなに止めるんだ? 確かにこいつは品質が高い。最上の中でも最高品質だ。有能なんだろう。けど、それを考慮してもこの状態は厳しいだろ……」


 キッドは俺をチラッと見てから、興味なさそうに視線を逸らす。


「あ、あたしは……ごめん」

「何に謝ってるのかわからないと許しようがない。怒ってるわけじゃないんだ。ただ、わからないんだ。リリィが何を考えているのか」


 空気が重くなった。俺はそれに気づくと、聡子さんに視線を移した。


 まずい。ほぼ初対面の人間を内輪もめに巻き込むなんて。


 雰囲気を変えるためになにか違う話を振ろうと思った時、聡子さんがキッドに近づいた。


「あ、あのそいつ性格悪くて。ゲームだし噛んだりはしないと思いますけど、近づかない方が」


 俺の警告に従わず、聡子さんはキッドに手を伸ばす。


 キッドは小さく一鳴きして顔を逸らそうとしたが、ぴたりと動きを止めた。


 聡子さんはキッドの頬を撫で始める。


 あの、わがままなキッドがされるがままになってる!?


 所有権は俺にしかないわけだし、親愛度が影響するのはわかる。だが他のプレイヤーはどうだ? 


 本来ネトゲの騎乗ペットは所有するプレイヤーしか触れないし干渉出来ないものが多い。中には騎乗したまま戦闘が出来たりするゲームもあるが、SWではそれはない。


 ということは、単純に他人にはそういう反応をするのか?


「この子はええ子やね。よう相手を見ちょる」

「……ゲームの仕様じゃないんですか? その、聡子さんには警戒していないような」

「他の、もっと臆病な動物にはウチも警戒されたりするけぇ、それはないんじゃないかねぇ。馬は憶病やけど賢いけぇ、相手を見て態度を決めるもんよ。嫉妬もあるんやろうねぇ。リハつんとリリィちゃんは仲がええけぇ」

「……け、けど、ここはゲームですよ?」

「そやねぇ。ほやけど、仮想現実ちゅうんは現実に近づけて作っちょるんやろぉ? ほやったらこの子も現実の馬に近づけとるんやない? ウチの小太郎も最初こんな感じやったわぁ」


 モゴモ、小太郎は聡子さんが止まったと見ると、命令するでもなく待機している。調教したということなんだろうか。


「しつけがなってない、ってことなんでしょうか。俺に威厳がないから……」

「いやいや、そんな堅苦しく考える必要ないんよ。認めたったらええ。馬もそれぞれ、最初から従順な性格もおれば、気性が荒いんもおる。ほやけど、みんな同じなんよ。道具やって、思われとったらあんまりいい気せんけぇ。それでもなつくおおらかな馬もおるけど、それは信頼関係ちゅうもんやないねぇ」

「道具……」


 キッドを手に入れてから俺はこいつにどう接して来ただろうか。



 ――馬が手に入った。移動が楽になったな。じゃあさっさと親愛度を上げよう、便利だし。


 とりあえず安物の餌でいいだろう。なんだこいつ食わないぞ。じゃあもう少し高いのを。また食べない。贅沢な奴だ。こいつは俺にとって役に立たない。むしろ足手まといだ。


 なんで親愛度が上がらない? 命令を聞かない? 俺の所有物なのに。不便だ。こいつは売ってしまおう。高く売れるしな。自分にとって都合のいい馬に代えよう。


 ゲームなんだから。プログラムなんだから。物のように扱ってもいいだろう? どうせみんなそうしている。シュナイゼルだって売ったと言っていたしな。


 こいつはいらない。俺には必要ない。そう思っていた。



 でもそれは、どういう意味を表すのか。俺は気づきかけていた。


「リハつんの考えちょることは間違っとらんよねぇ。ほやけど、リリィちゃんの考えも聞いたげた方がええんやない?」

「リリィの?」

「リリィちゃんも言いにくいんかもしれん。ほやけど言わなわからんこともあるんよ。言える時に言わんと後悔するけぇ」


 リリィは俯いていたが、やがて顔を上げた。


 泣いていた。


「お、おい、なんで泣いてるんだ!? おまえ、どうしたんだよ」

「ごべん……」


 俺は酷く動揺して、わたわたと慌てることしか出来ない。


 聡子さんは俺達の動向を見守るように、モゴモと……小太郎と共に少し離れた場所へ行った。


 涙を流す理由がわかれば慰めることも出来るかもしれない。しかし、リリィが何を考えているのかわからない俺には、かける言葉がなかった。


「……あ、あたし……ううん……あたしはリハツの、役に立ってないから」

「そ、そんなことはないって言ったはずだぞ」


 リリィはぶんぶんと首を横に振る。


「リハツがそう言ってくれても……あ、あたしは口を出すだけで、大して役に立ってない。都市戦の時も、リハツの足手まといだったし。あれからスキル値が上がってどんどんその気持ちが大きくなって……覚えてる? キッドが来てから、リハツは何度も売ろうって言ったよね? あたしは……あたしも、役に立たないと捨てられちゃうのかな、って。フェアリーテイマーじゃなくなっちゃうのかなって」


 俺はリリィを守ることしか考えてなかった。守られる方の気持ちを考えたことなんて一度もなかった。


「そ、そんなことするわけないだろ! キッドとリリィは別で」

「一緒よ。あたしもキッドもプログラム、ただのデータ。あたしは言葉が喋れて、人間に近い容姿なだけ。それしか違わない……竜吾は妖精をどうしてた? 道具みたいに、ただのアイテムみたいに、ゲームのシステムとして扱ってたわ。役に立たないって見下してた。それはゲームなんだから、正しいと思う。けど、あたしは……イヤだった。キッドも他の妖精もあたしと同じ。同じ立場なんだから」

「リ、リリィは俺を助けてくれたから」

「もしも助けなかったら、竜吾みたいにしてたの?」


 俺はそれ以上、何も言葉が浮かばずに、ただリリィの言葉に耳を傾けることしか出来なかった。


「わがままだってわかってる。けど、怖かった。リハツはそんなことしない。そう思うのに、キッドを見てたら……あたしもそうなるんじゃないかって。だから……リハツには簡単に売って欲しくなかったの。それで負担をかけちゃって……ごめん」


 リリィにとってはキッドは自分の仲間だったのか。


 だから同情し、同一視し、シンパシーを抱いて擁護した。


 リリィはこちら側の存在で、俺は現実に生きている。俺とリリィは別の存在なのだ。


 リリィが現実に存在することはない。擬似的に存在出来ても、それは本当の意味で現実に生きているということではない。


 彼女からすれば自分の仲間、プレイヤーの味方をするAIを見捨てるという行為は、自分の存在を脅かし、軽んじているという印象を植え付けることだった。


 おまえは特別だと言いながら、自分の仲間を、同種を、同じ世界の存在を道具のように扱われればどう思う。いつか自分もこうなるんじゃないか。この人は自分にとって都合がいい存在でなければ同じようにする。そう思うんじゃないか?


 例え信頼していても、行動が伴っていなければ説得力がない。


 馬は道具だ。なぜなら現実でも競走馬やら馬車やら道具のように扱っているじゃないか。そう断じてもおかしくはないかもしれない。だが馬を飼育している人達はそのように扱っているわけじゃないはずだ。少なくとも愛情は注いでいる。その種類は俺達の知るものではないとしても。


 他のプレイヤーは考えもしないだろう。むしろプレイヤーとして、プレイヤー以外を軽視する姿勢は正しいし、感情移入する方が珍しい。


 だが、俺がそれをしてはならなかった。


 俺が、プレイヤー側のNPCをAIを、味方であるはずのキッドを道具のように扱ってはならなかった。

 もしも対等に扱い、きちんと世話をして、それでもどうしても合わない、負担になるということであれば言い訳も出来ただろう。しかし、俺にそれが出来ていただろうか。


 俺はキッドを仲間だと認めてはいなかった。頻繁に買い換える武器防具と変わらない、そう思っていたのだから。


「俺は……」


 なんと言えばいい。これからは心を入れ替える? キッドをまともに扱う? リリィを捨てる気なんて毛頭ない? それとも俺の考えは間違ってないと開き直る?


 どれも間違っている。そう思えてならなかった。


「ごめん……足手まといだって言ってるくせに、わがまま言ってもっと迷惑かけちゃだめよね。もう、止めないから」


 いつも見せる悲しげな笑顔だ。そして俺が見たくない顔だ。

 まただ。またこんな顔をさせてしまった。


「俺は、リリィを見捨てない。一緒に居て欲しいと思ってる」

「うん、わかってる。もう不安にならないから。ごめん」


 リリィとの付き合いは短い。それでもわかることはあった。


 俺を気遣う時に見せる表情は覚えている。今、リリィはその表情を浮かべていた。


「行こう? もう大丈夫だから」

「……あ、ああ」


 情けない。大切な友人を安心させることも出来ないなんて。


 先へ行っていた聡子さんのところまで行くと、にかっと笑みを向けて来た。


「人と人の繋がりちゅうのは難しいもんよねぇ。リハつんとリリィちゃんでは立場違うけぇ。同じ人間でも色々あるんに、人種も、種族も違えば考え方も十人十色やけぇ」

「そう、ですね」

「ほやけど、歩み寄ることは出来るんよねぇ。本音で話しちょれば色々わかることもあるわぁ。あんたらはお互い大切に思っちょるんが傍から見ててもわかるけぇ、後はもっと話せばええんやないかねぇ」


 そんなことはわかっている。わかっていても出来ないこともある。


 聡子さんの言葉は正論だと思う。しかし今、会ったばかりの人間にあれこれ口出しされたくはない。


 八つ当たりだ。心にかかった霧を払拭したくて、俺は怒りを聡子さんに向けている。


「簡単に言わないでください」

「すまんねぇ、歳とるとお節介焼きたくなるみたいやけぇ。老婆心や思って許してくれんかね。ただ……大事な相手っちゅうんはいつまでもおるわけやないけぇ」


 一体どういうことかと聞こうとしたが、俺は寸前で口をつぐんだ。


 聡子さんの表情が声を失うほどに悲しそうだったからだ。


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