第六十五話 プレイヤーキラー
追われているプレイヤーがいる。遠目で牛車が見えた。モゴモを連れているから狙われたのか?
馬上だと戦えないため、キッドはその場に置いて行く。少し気がかりだが、勝手にどこか行くことはないから安心だ。
リリィは俺の肩から離れ、羽を動かした。並走し、PK達へと疾走する。
「助けるのよね!?」
「放っておけないだろ!」
「わかってたけどね!」
喜色を滲ませ、リリィは弾んだ声を返して来た。
目の前で困っている人間がいたら助けるか? 俺は助けなかった。怖かったし、責任をとりたくなかったし、巻き込まれたくなかった。何より、俺には力がなかった。
だが、今は違う。一度、ニースを助けた、その経験が俺に自信を与えてくれた。
迷う必要なんてなにもなかった。
斜面を登ると追われているのは中年の女性だとわかった。もっさりとした服装だ。田舎というイメージを全て併せたような格好をしている。
女性は必死で逃げてはいるが、脚力に差があるらしく、ぐんぐんと距離を詰められている。
PKらしき男二人と女一人。そいつらは愉しみながら女性に迫っていた。逃げている姿を嘲笑っている。
俺は歯噛みし、全力で女性の元へ向かう。
俺から見て、女性のいる位置までは200メートルはある。坂道を上っているため速度がやや遅い。
「や、やめぇや!」
女性の訛った声音が山岳に響いた。しかしそれに応えるPKではない。
「やめるわけねえじゃん!」
「おらおら、さっさと死ねやぁ」
「可愛い男の子とかの方が燃えるんだけどなぁ、仕方ないかぁ」
残り100メートル。
俺は折り返し地点に到達した。女性たちは丁度俺の真上辺りまで下りて来ている。
もうすでにPK達は女性の後方間近まで迫っていた。
残り90メートル。
「一撃目もーらい!」
白刃が女性を襲う。避ける仕草さえ見せずに、女性は背中を斬りつけられた。
「いったいわ! あんたら、こんなことして恥ずかしくないんか!」
「仕様だもんねぇ。現実じゃやらないよぉ? でもゲームならやりたいようにやってもいいじゃん? ほいっと!」
エストックの切っ先が女性のふくらはぎに突き刺さる。部位ダメージはない。そのため転ぶことはなかったが、女性は顔を顰めた。
残り50メートル。まだ遠い!
「もういっちょ!」
今度が、槍が女性の左腕部を抉った。
同時に俺はヒヤッとした感覚を抱く。
「くのぉ! やめぇっちゅうとんじゃぁ!」
「くひひっ、訛ってる。ババア訛ってるぅ」
三撃目だ。初心者ならとっくに死んでいる。だがそろそろ危険だろう。女性の表情がみるみる内に青ざめていく。
あと一撃が限界か。
残り20メートル。
つづら折りになっている山道。俺の丁度、真上を女性達は走っていた。
「おい、誰か来てるぞ! 仲間かもしれねぇ、さっさとやっちまおうぜ!」
「おうよ! そろそろ終わりっしょ! ラスト貰い!」
最後の瞬間を愉しむように、男はゆるりと腕を持ち上げる。
「リリィ!」
「うん!」
『リリィはごった煮にライトニング・ボルトを放った』『ごった煮に199のダメージ』
「ちっ! そんなの効かねえよ!」
男は俺達を無視して女性を先に殺すつもりだ。
俺は地面を蹴り、男に向けて跳躍。高さはおよそ5メートル。届くわけがない。
失速する寸前、インテリジェンスソードを足元に召喚し足場を作る。空中でもう一度跳躍した。だが脚力を鍛えても五メートルの高さを飛ぶなんて出来るはずがない。せいぜいが四メートル。
手を伸ばすが、一メートル近く離れていた。
凶刃が女性に迫る。
彼女の顔を見て、脳裏によぎった光景があった。
悲しそうな母さんの顔だ。
エアライドもクールタイム中で使えない。
ならば。
「させるかあぁ!」
俺は空中で抜刀し『ウィークネス』を発動した。
瞬間、俺の身体は先頭にいた男に向けて猛進する。
『リハツはごった煮にウィークネスを放った』『ごった煮にクリティカル891のダメージ』
俺は疾風と共に女性達のすぐそばに降り立った。
閃いた当初、俺はウィークネスの特性を理解していなかった。弱点をつくという部分はテキストで知ったが、それ自体は確率だという結論に至った。恐らくは練度で確率があがるのだろうと考えている。
しかしそれだけでは自分で弱点を狙ったほうが効率がいい。アナライズを使用すれば敵の弱点は表示されるのだから。しかし、捨てスキルかもと思い始めた時気づいた。
ウィークネスは自動的に軌道が変わる。それはすなわちホーミングするということだ。それを利用し、俺は空中で加速した。エアライドに次ぎ、都市戦以降に考え、試行錯誤した結果生まれた手札第二弾というわけだ。
男の胸には短剣が刺さっている。
瞬時にクイック・イクイップでスキルキャンセルすると同時にエア・レイを放った。長剣の直線状範囲攻撃だ。
真っ直ぐに突き出された長剣の刀身が男の腹部に埋もれる。数瞬後、衝撃波が生まれ男と後方のPK達を吹き飛ばした。
「くっそぉ! なんだよあいつ!」
表情を歪ませて俺を睥睨する男達を見下ろし、俺は肩口に振り返った。
「大丈夫ですか? 回復アイテムあります?」
「い、いやもうないんよ。そ、それより、あ、あんたなんなん?」
「えーと、ただの引きこもりですよ」
言って後悔する。
もっとマシなセリフあっただろ!?
気まずくなって正面に視線を戻した俺を見て、リリィはくすくすと笑っていた。
「なんだよ」
「べっつにぃ? 格好つけようと思って失敗した、なんて思ってないけど?」
「ぐっ! お、おまえ後で覚えてろよ!」
「はいはい、一生覚えててあげるわ。ほら、そんなことよりあいつら」
吹き飛ばされていたPK達は体勢を立て直し、構えていた。
来るか?
俺は姿勢を低くし身構える。
「お、おい、あいつやばそうだぞ。俺達じゃ厳しいって」
「うっせぇ! ここで逃げ帰ったら怒られちゃうだろうが!」
「あーあ、ボクこういうの嫌いなんだよねぇ。やられちゃう空気だし」
小柄で小物そうな男が、見た目はごついのに繊細な男を制止し、自分をボクと言うボーイッシュな女の子が気が乗らなそうにこっちを見ていた。
「じゃ、じゃあ、ど、どうすんだよ。PKKされちまうって」
「おい、待て。PKKされてもデメリットあんまりねぇだろ?」
「……えー、マジで言ってるのぉ? ボクもうやる気なくなっちゃった。勝てないってあれ。絶対負けるって。強そうな空気びんびんに感じるってば」
「い、行くのか」
「行くぜ!」
「行きたくないなぁ」
うおおお、っと気勢を発しながら特攻して来た。
俺は女性から歩いて離れ、『ディヴァイン・シールド』でPK全員のヘイトを上げる。
次いでリリィの『高度連携』。これは俺の攻撃に合わせてリリィが追加攻撃を自動的にするスキルだ。
「おりゃっ!」
小男の短剣を紙一重で躱し、逆手に持った短剣を首下に沿える。そのまま引き斬ると、小男は戦闘不能になった。
これは思った以上に弱い。
「よくもライライラを!」
凄い名前だなというツッコミを胸中でしながら、大男の長剣を短剣の刀身で受け流し、『トライアンギュレイド』の四連撃を、首、胸、両手に打ち込む。
そして大男は霧散した。
一歩一歩進み小柄の女の子の目の前までたどり着く。
「で、どうする?」
「……逃げてもいい?」
「どうぞ?」
「あ、じゃ、はい。失礼します!」
ボクっ娘は敬礼して去ったと思ったら振り返った。
「え、えと、お、覚えてろよ!」
なんて見事な捨て台詞だろうか。実際に聞くと、むかっ腹はまったく立たず、感動さえ覚えた。
特別恨みがあるわけじゃないから、逃がしても問題ないだろう。また襲ってくる可能性はあるが、ボクっ娘だけで襲撃はしないだろうし。
「兄さん、ありがとねぇ、助かったわぁ」
ぽんぽんと背中を叩かれ振り向くと女性がにこっと笑っていた。
近くで見ると母とまったく似ていない。雰囲気も違う。なのに、なぜ一瞬、重ねてしまったんだろうか。
過去を思い出すと腹の奥底がぎゅうっと閉まるような感じがする。
今は考えたくない。
「いえ、その、大変でしたね」
「よくあることやけぇ、慣れちょるよ。ほやけど、ああいうのはなくなって欲しいもんやねぇ」
「頻繁にあるんですか?」
「ほやねぇ。ウチは農業しちょるんやけど、収穫したら街に売りに行かんといけんけぇ、PKっちゅうの? されるん多いんよねぇ。ちょっとたいぎぃんっちゃ」
「た、たいぎぃ?」
「ん? ああ、面倒、みたいな意味やねぇ。おばちゃん訛っちょるみたいで、すまんねぇ」
「い、いえ」
こういうタイプの人には初めて会った。
本当にこういう喋り方するんだな。いや、そんな感想は失礼だとは思うんだけど。
俺達が会話をしていると、モゴモがゆっさゆっさと荷台を引きずりながら現れた。
「おお、小太郎。ええ子やねぇ」
モゴモの頬をぺしぺしっと叩き撫でていた。
女性に対する態度を見ればなついているのがわかる。キッドとは大違いだ。
「名前言うん忘れとったわぁ。ウチは聡子っちゅうんよ。漢字の聡いに子供の子って書くん」
「あ、俺はリハツ。こっちはリリィです」
「ど、どうも」
なんだ? リリィが委縮しているような。
苦手なのかな、こういう人が。優しそうだしおおらかだと思うけど。
「あんたらどこ行くんね? トエト・アトリスなん?」
「ええ。そのつもりですが。その、オニオンを探しに」
「オニオン? ああ、玉葱やね。それやったらウチで栽培しちょるわ。助けてくれたお礼に譲るけぇ、家に来ぃや。こっから数時間かかるけぇ、えらいやろうけど」
「え、偉い?」
「えらいっちゅうんは、疲れるちゅう意味よ。なはは、毎度すまんねぇ」
「あ、なるほど。でも、そのいいんですか? オニオンは高いって聞きましたが」
「ええんよ。どうせ半分近くは奪われるけぇ。ほんならあんたみたいな好青年に使われた方が玉葱も喜ぶわぁ」
「ちょっとリハツ……品質、品質が重要なんでしょ!」
「……あ」
聡子さんのペースに巻き込まれて、イエスマンになっていた。そうだ、重要なのは品質だった。
「あ、えと品質が100以上のってありますか?」
「100? んー、そりゃ厳しいかもしれんねぇ。色々聞いちょるんやけど、100以上はまだ栽培されとらんようじゃけぇ」
「そうですか……」
「ほやけど80程度ならあるわぁ。自分ら方向から見て、ロッテンベルグから来たんやろぉ? 多分そっちに売っとらんけぇ、マシやと思うわぁ」
先に、メイに品質がどのくらいが平均なのか聞いておけばよかったな。
一応、あとでメールしておこう。
「じゃ、じゃあ、お願いします!」
「ほいほい、ほやったら行こうや。ちょい戻らんといけんけぇたいぎぃかもしれんけど」
「あ、大丈夫です」
聡子さんは牛車の横に並び、ゆっくりと歩き始めた。
山道を下りる方向だ。俺達からすれば少し戻ることになる。
「ねえ、よかったの? トエト・アトリス行かなくて」
「とりあえず聡子さんのオニオンを貰ってからでもいいかなって。素材は腐らないし。それにせっかくの厚意だしな」
「そう、ね。その方がいいかも」
リリィは俺の言葉に納得したのか、定位置の肩に座る。
山道を下ると、麓にはキッドが俺達を不満そうにしながら待っていた。