第六十四話 SWへの小さな疑念
酒場での食事を終え、俺達は宿の一室を借りた。
ロッテンベルグの『小鳥亭』にずっと住んでいたため、感覚が違う。造りは殆ど一緒なんだけど。
俺は装備を外すと、いつものようにベッドに転がった。
「え、えと明日はキッドが言うこと聞くといいわね」
「ああ、そうだな」
リリィは明らかに気を利かせて話している。
竜吾と対戦してから今まで数十分くらいしか経っていないというのもあるだろう。俺はもう気持ちは落ち着いているけど、リリィは必要以上に気にしているようだ。
醜態を晒してしまった。そのせいだ。
「……あの駄馬! 明日は絶対言うこと聞かせるからな!」
俺は大げさに声を張った。
演技は俺には向いていないようだ。それでもリリィは嬉しそうに表情を一転させた。
「う、うん! そうね、きっと明日は大丈夫よ!」
「ああ、明日は大丈夫だ。きっと」
「うん……」
「今日はもう寝るか。移動で疲れたしな」
「そうね、そうしましょうか」
まだぎこちない笑顔を浮かべあう。明日になれば元に戻るだろう。
瞼を閉じようとした時、メールアイコンが出ていることに気づいた。
開くと、どうやらフレ達かららしい。
AM12:53
FROM:レベッカ・タブリス
『先ほどメールを拝見いたしました。サクヤちゃんがそんなことになっているとは露知らず、私は鉄を叩いては火にかけて、店番をしては万引きをしないかワクワクしながら、お客様を見張っておりました。なぜ声をかけてくれなかったのか、私は悲しくて仕方がありません。店がある? そんなの関係ねぇのです。また余計な気を回したのですね。しかし、愚痴愚痴言っても後の祭りでしょう。もうすでにかなり離れているでしょうから。道中気を付けて。帰ったら説教だコラボケカス!』
PM04:11
FROM:ニース・ホワイト
『メール見ましたっ! なんか大変なことになってますね(=゜ω゜=;) ログアウトしてて気づかなくて……ごめんなさいっ。・゜・(*ノД`*)・゜・。 私も一緒に行きたいんですが、今どこらへんですか!? あ、でも馬さんに乗ってますよね……よかったら途中で経過をメールしてくださいねっ! あと! PKエリアを通らないとトエス・アトリスには行けないみたいなんで気を付けてくださいっ! 帰り待ってます! またパーティー組みましょうっ( ・´ー・`)』
PM05:21
FROM:ミナル・ガイゼン
『サクヤが大変みたいですね。心配です。こちらで気にしておくので、リハツは気兼ねせずにトエト・アトリスに向かって下さい。でもちょっと寂しいです』
PM06:43
FROM:シュナイゼル
『おう、見たぜ。まさか今の時期にトエト・アトリスに行くとはな。もしかして知らないかもしれねえから教えとくが、PKギルドが活発になってる。最近じゃ、牛、馬狩りが流行ってるらしい。おまえの馬はかなり高価だから狙われないように気をつけろよ。奴らは、都市から離れた場所に潜んでる。騎士団ギルドが来れないようなところでPKしてるんだ。個人はまずいない。集団で襲ってくるからな。まあ、おまえなら大丈夫だと思うけど、一応伝えとく。んじゃ、また連絡してくれ』
PM07:05
FROM:小鞠
『リハツ、今ロッテンベルグにいないの!? そんなぁ、寂しいよぉ。せっかく今週はスキル上げしようと時間割いたのにぃ! うーん、でもサクヤさんのためだもんね、仕方ないかぁ。じゃあ、こっちはレベッカさん達誘ってみようかなぁ。うう、ちょっと勇気がいるなぁ。早く帰って来てねぇ、待ってるヨ☆』
「…………ツッコミどころ満載だな」
「ん? どしたの?」
「メール来てたから見てたんだが、うん。色々、すごい」
「そ、そう」
それぞれの文体が気になるのはあるが、注目すべき点はシュナイゼルのメールだ。
PKギルドが活発になってる、という文面だ。
PKか。竜吾との戦いの後、一瞬だけPKしようという考えがちらついた。しかしあれは報復からくる感情だ。享楽的なものではない。
PKをする人間は一体どういう考えで行っているんだろうか。俺には出来そうにない。
今更帰る気はない。一応ラトンにホームポイントを設定しておけばいいだろう。
SWには銀行も預り所もない。だから旅をするのは危険と隣り合わせだ。
そのため俺は宿を引き払った後、アイテムボックスに入れていたものはすべて所持している。素材ばかりで大したものは入ってなかったけどな。
伝説の竜石はフェリヴァンティンの強化に使ったし、装備は購入時に下取りして貰っている。物をとっておく習慣がなかったのは幸いだった。
ふと思った。
利便性を考えてのこと、という理由にしてはPKが有利じゃないか?
PKをすれば、相手の所持金と所持品の一部をランダムで奪える。デメリットはカオス値があがるというだけ。いわば悪人度だ。しかしカオス値が相当上がらなければ、実害はない。
ネトゲだとPKをした方が有利だというゲームもあるだろう。仕様なのだから、それ自体は非難されるものじゃない。賛同も出来ないが。
グラクエ、都市戦、そしてPK。これらの中で感じとれたのは、SWは未熟であるということだ。決して完成されたゲームじゃない。常にアップデートを繰り返しているのはそのためだろう。
PKがいるから傭兵ギルドのように護衛を生業にしているプレイヤーがいる。それは一つの事業として成り立っているわけだ。
敢えて、PKを残しているのかもしれないが、被害は大きいんじゃないだろうか。PKしたもの勝ち、という図式が成り立てば、おのずと皆、悪に手を染める。それはある意味自由だが、ある意味で不自由とも言える。
俺が考え事をしていると、リリィが眠そうに目を擦っている光景が目に入った。
考えても仕方のないこと、か。
「そろそろ寝よう。俺はメール返してから寝るから」
「うん、おやすみリハツ」
「ああ、おやすみリリィ」
一応、PKには気を付けた方がよさそうだ。
そう思いながら俺はメールに返信し、眠りについた。
▼
ラトンの宿を出て数時間。
ベルグ平原を超えると、緑は消えた。『ガナ荒原』に入るとごつごつとした岩場が点在している。その無機物には生命の息吹を感じない。
ここも雪が降ったらしく僅かに積もっている。息は白く、移動と共に後方へと流れて行った。
キッドは比較的言うことを聞いてくれている。
なぜか親愛度は1に戻った。理由はよくわからないけど。
「たまに思うんだけどさ」
「うん? どうしたの?」
「ゲームって忘れる時があるんだ。それで、現実と区別がつかなくなるんじゃないかって不安になる時がある」
ここまで俺は色々な経験をしてきた。その中で感じたのは現実感が強いということ。UIを見ないようにすれば仮想世界だと気づく機会は多くないだろう。
ネトゲ廃人はゲームの世界にのめり込み、実際、リアルを捨ててプレイしている人間もいる。俺はその心情がよくわからなかったが、今なら少しわかる気がする。
SWはゲームを基盤に現実を作ろうとしている。しかし、現実よりの部分も多々ある。五感の制限、ゲーム的なシステム。それらを除外すれば、もしかしたら本当に第二の世界が作れるんじゃないだろうか。弊害は無数にあるとは思うけど、近づけることは出来そうな気がする。
「ま、そういう風に思わないように色々システムを組み込んでいるんでしょうね。痛覚を完全になくさないとか。現実に戻った時、SWみたいに振る舞ったら犯罪だし」
「それでも混同する人間がいるんじゃないのか?」
「いるかもしれない。だからログアウト、ログインする人間は検査をしているってわけね。精神的な問題を抱えている場合は監視がつくみたい」
「……そうか」
何かの違和感を覚える。
しかしその正体がわからず、俺は意識を戻した。
蹄の叩く音と風音だけが周囲を埋め尽くしていた。
誰もいない。トエト・アトリスとロッテンベルグ間は流通が盛んだったはず。こうも人がいないものか。
「なんか変だな」
「メールにあったPKギルドのせいなんじゃない?」
リリィは軽い口調で言う。朝方リリィとPKギルドが活発になっているという話はしておいた。
あり得る話だ。PKされてしまえばホームポイントに戻されてしまうし、なにより所持品や所持金を奪われる。危険を承知で移動するには保険が必要になる。傭兵を雇うにもお金はかかる。
懐に余裕がある商人ならばPKが活発になっていなくても自衛をして来ただろうが、個人経営で余裕がない商人、転売屋には致命的な問題だろう。
不気味だ。こっちに来てからそこかしこに人はいた。だがここは寂れている。
俺は不穏な空気を肌で感じながらも、漫然と進んだ。
▼
『ガナ荒原』から『シンドリア山岳』へと入る。すでに昼を過ぎている。ここからなら日が落ちるまでに間に合うかもしれない。
シンドリア山岳は標高は低いが幅が広大だ。長く連なる山々。森以外の自然を見る機会は少なかったためか、圧倒されてしまった。
周囲を見回すと、木々が増えていた。生い茂ってはいないが、荒原に比べると清涼感はあった。やっぱり樹木がないとダメだな。景観が損なわれてしまう気がする。完全な主観だけど。
山道はつづら折りになっており、麓からでも中腹くらいまでは見えた。遮蔽物がないため、視界は広い。
「昨日に比べて速度が出ているから、今日中につくかもね」
「そうだな。キッドが命令を聞いてくれてるから。昨日はかなり抵抗したのに」
「……馬は感情に敏感だからかも」
「ん? どういう意味だ?」
「なんでもない。それより、さっさと行きましょ!」
「あ、ああ」
リリィの真意がわからず、俺はキッドに先を促した。
ヒヒッといなないたと思ったらキッドは振り返り、蔑視を俺に向けた。
そして止まった。
「久々に来たな!? おい、待ってたぞ! おい!?」
「なんでテンション上げてんのよ……」
「わかんないかな、この、いつもイライラさせられていても、途端になくなるとなんかもやもやする感じが!」
「乙女か! じゃなくて、ちょっと待って。様子がおかしいわ」
「ん? なんだ――」
キッドは正面を見据え、なにかを凝視していた。
三つ、いや四つの影が見えた。
その瞬間、俺はキッドから飛び降り、叫んだ。
「PKだ!」