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第六十三話 敵

 SWではPVPを対戦と呼ぶ。プレイヤー同士、一対一の戦いのことだ。

 ルールは簡単だ。


●対戦開始条件

 ・周囲にいるプレイヤーの数が五十以下である。この場合指定エリア内でなくとも可能。

 ・居住エリア内であれば指定の場所でも可能。

 ・対戦を申し込まれたプレイヤーが了承すること。

 ・ブラックリストに入っている場合は対戦が出来ない。


●対戦ルール

 ・対戦は一体一で行う。

 ・対戦に負けたプレイヤーは負け点1、勝利すれば勝ち点1。

 ・対戦で勝利しても負けても点数以外のメリットデメリットはない。

 ・対戦中は他プレイヤーは近づけない上に助力は出来ない。

 ・対戦中はチャットが出来ない。ただしフェアリーテイマーであれば、使い魔とのチャットは出来る。

 ・対戦中はアイテムが使用出来ない。

 ・時間制限はない。

 ・ギブアップすれば負けとなる。同時に点数も加算、減算される。

 ・対戦開始と同時に抜刀、戦闘系スキルの使用が可能になり、終了と共に強制的に不可になる。

 ・指定場所以外での対戦の場合、他プレイヤーから苦情があった場合は対戦を中断させられる。

 ・以上を規範とし、プレイヤー同士であれば、誰とでも対戦は可能。



 これだけだ。メリットはないと言ってもいい。

 だが、俺には譲れないものがある。だったら戦うしかない。


 『対戦開始まで5秒』


 システムメッセージが浮かび上がる。

 正面にはにやけた竜吾が余裕綽々といった態度で立っている。


「お人形遊びの準備は出来まちゅたかー?」

「……言ってろ」


 こいつの言動も態度も一々癪に障る。

 それをわざとやっているというのはわかっている。


 だがそんなこと知るか。


 絶対に勝つ。


 『対戦開始まで1秒』

 『対戦を開始しました』


 音声とメッセージと共に、俺と竜吾は同時に駆け、抜刀した。


 相手も二刀流で両手共に短剣だ。だが武器だけなら俺の方が良質なはずだ。


 俺は開幕『ディヴァイン・シールド』で竜吾の妖精と竜吾のヘイトを上げる。対戦ではヘイトが上がると強制的にその相手しか攻撃出来なくなる。ただし一定時間でヘイトは下がるので注意が必要だ。


「おらよ!」


 『竜吾はリハツにジ・ハードを放った』『リハツは回避した』『リハツは回避した』『リハツは回避した』『リハツは回避した』『リハツは回避した』『リハツは受け流した』


「くっ!」


 いきなりの六連撃に面食らってしまう。恐らく、80程度の短剣スキルだろう。俺はまだ覚えていない。


「うっは! マジで避けやがった!」


 短剣で攻撃するには一部のスキル以外ではかなり近づかなければならない。必然的に竜吾も、俺が手の届く場所にいた。


 俺は回避の流れで、回転しながら斬り上げ、竜吾に向けて『強撃』を放つ。長剣は間違いなく竜吾に当たる軌道を昇った。


「ちっ!」


 後方に跳躍するが間に合わず、竜吾の胸を切っ先が抉る。

 ダメージは91。少ないがスキルと防具の差を考えれば仕方がない。いつものことだ。


「リハツ!」


 リリィのプロテクションが俺に届く。防御力があがれば、回避に余裕が持てる。当たってもいいと当たってはダメでは心持ちが違う。


 だが、それは集中力を削ぐことでもある。


 気を引き締めろ。これは負けられない戦いだ。


 視界の隅に何かが見えた。その瞬間、反射的に俺は後方へ飛びのく。


 地面に着弾したのは『ウインド・ブレード』だ。風の衝撃波が土ぼこりを舞い上げる。


 竜吾の妖精が放ったのだとわかり、俺は一瞬だけ意識を持って行かれた。


 次の瞬間、竜吾が俺に向け疾走していることに気づく。


 僅かに反応が遅れたように見せかけた。

 竜吾の短剣が俺に届く瞬間、俺は真上に跳躍する。


「バカが!」


 逃げ場がない。ならばクイック・イクイップで攻撃をキャンセルし、スキルを発動すれば直撃するだろう。


 そのままの流れで竜吾は対応した。短剣を短刀に変え、攻撃の硬直を帳消しにし『トライアンギュレイト』を使用した。


 俺に迫る四連撃。


 俺は宙で、きりもみしながら体勢を変える。上下逆さまになると、足をグッと折った。


 空中で避けるには身体を捻り、重心を移動させるくらいしかない……わけではない。


「なっ!?」


 竜吾の驚愕に、俺は妙な優越感を覚えた。


 空中に出現したインテリジェンスソードを蹴り、身体の軌道を変える。


 俺は地面に向けて飛んだ。そのまま着地し、転がりながら勢いを殺すと、再び構える。


「てめぇ……ソウルブリンガーのスキルをそんな風に使うなんて、卑怯じゃねえか!」

「戦いに卑怯もクソもないだろ。しかも仕様だ」

「……へ、へへ、そうだな。仕様だ」


 竜吾は顔を歪めていた。

 俺は瞬時に、ログを一瞥する。


 『リハツはエアレイドを使用した』


 ソウルブリンガーのスキル、エアレイド。これはソウルブリンガー特殊専用武器である剣に乗ることが出来るスキルだ。通常は騎乗にしか使わない。


 都市戦での戦いを経験に気づいたことがあった。回避優先の戦い方には限界がある。人間は地面でしか戦えない。もし囲まれたら、空中のMOBが増えたら、どうなるか。


 都市戦ではそれでもなんとか上手くいった。しかしあれは、エンシェントウルフ以外のMOBのスキル値帯が比較的低かったからだ。だからフェアリュニオンの使用時の範囲攻撃で半分近くのMOBを倒せた。


 残ったMOBもエンシェントウルフ以外は然程強くはなかったはずだ。当時のダメージを見ればわかる。


 もしもこれから強敵と戦う時が来たら? 俺はそう考えた。


 またリリィを守れないかもしれない。俺に必要なのは、より多くの手札、攻撃と回避の手段だった。


 そこで考えたのがエアレイドを使い、空中でもう一度跳躍するという戦法だった。いわば二段ジャンプだ。


 エアレイドは一度足を離してしまうと、召喚した剣が消えてしまう。だが、一度は踏めるのだ。そして召喚した剣は足元に現れる。


 ならば空中で軌道を変えることも出来るのではと考えた。

 そしてそれは上手くいった。まあ、密かに練習していたからだけど。


「続けようか」

「……気に入らねえな、その余裕ありますってツラがよぉ」

「ない。必死だ。あんたを殺すためにな」

「く、くくっ、いいね。いいじゃねえの。おまえはこっち側の人間なのかもな」

「こっち側? 何を」


 竜吾は俺の言葉に答えることなく剣をしまう。すると画面が出現した。


 『竜吾がギブアップしました』


 俺は驚愕と共に、竜吾に視線を送る。


 すでに俺に背を向け立ち去ろうとしている姿が見えた。


「お、おい! 待てよ! 決着つけないのか!?」

「やめだやめ、勝てる気がしねぇんだ」


 こんな中途半端で止めるだって? 俺の気が済むわけがない。


 リリィを馬鹿にした、卑下した奴を倒す。その欲求は俺の中で渦巻いて拡大している。


「待て! 勝負しろ!」

「しねぇよ。もう戦い方は見たし。おまえが妖精と融合出来ないってのは知ってるからよぉ。それも確認したかったってぇわけだ。あれだけ挑発しても使わないんだから、噂は本当ってわけだ。それとも俺をPKするか?」


 PKは仕様で認められている。しかしその行為自体は好意的に見られてはいない。俺も出来ればしたくないとは思っている。


 だが、そうしなければこいつを屈服させられないのならば。


 選択肢はない。


「リハツ、もう止めて!」


 いつの間にか、リリィは肩に乗り、俺の首にしがみついていた。


「……リリィ」

「止めてよ……そんな顔似合わない。あんたはバカやって、人のために一所懸命になってる方がお似合い。仇とる、みたいな考えは似合わないんだから!」


 リリィの言葉を聞いても怒りは残ったままだ。


 大事な人を馬鹿にされて怒らない人間なんていない。


「使い魔に説教される主人たぁ笑えるなぁ、おい」

「なんだと!?」

「おお、怖い怖い。そんなに俺を殺したいんならトエト・アトリスまで来な。そしたら相手してやらねぇでもねぇ。『クルエル』の竜吾って言ったらわかるぜ」


 そう言い放ち、竜吾は立ち去って行った。


 クルエル? ギルド名か?


 俺はその言葉を胸に刻んだ。今後決して忘れることはないだろう。


 しかし、俺は奴の背中を睨み付けるだけで、何も言えなかった。


 それともまた挑発に乗るのか?



 後を追い、PKエリアに入った瞬間、奴を――。



「リハツ……」


 リリィは泣きそうな顔をして俺を見上げた。


 俺は自分の考えていたことが間違いだと気づいた。


 リリィは俺が竜吾を殺すことを望んでいなかった。だと言うのに俺は自分の怒りを受け止められず、外へと吐き出してしまった。


 俺がリリィにこんな顔をさせてしまったのか。感情に身を任せた結果がこれか。


「……ごめん」

「謝らないでよ、あんたのせいじゃ、ないんだから」


 悲しませてしまったことには変わりない。


 俺は幼い。図体がでかくなっても中身が伴っていないことは自覚していた。精神的に成長しなくてはならない。でなければリリィにまた心配をかけてしまいかねない。


 だが、それでもあの男を許すつもりはなかった。


 耐えるべき時、許すべき時はある。しかしそれは自分が巻き込まれたくないから事なかれ主義を通すということじゃない。抗わなければならない時もある。


 自分の大事ななにかを傷つける人間はいる。そういう相手が現れたら、戦うしかない。



 あいつは俺の敵だ。



 湧き上がる敵愾心。それを感じたのは久しぶりのことだった。


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