表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/105

第六十二話 譲れないものがあるのならば

 夕刻に差し掛かると、マップを開く。


「三分の一くらいは進んだ、か」


 このままのペースだと三日かかる。走った場合とそんなに変わらない。

 しかし、もう諦めた俺は小村への道を確認した。


 夜通し走るのは危険だろう。


 俺の最大の武器は目だ。回避が出来なければ戦闘能力はかなり落ちる。視界を確保するためには、遮蔽物がないこと、十分な明るさがあることが必須になる。街中なら街燈があればかなり戦いやすいが、フィールドではそうはいかない。


「今日はこのくらいで小村に寄ろうか」

「そうね。野営はちょっとね……」


 マップ上では、もうすぐPKエリアに入りそうだし、非PKエリア内の村で宿をとった方がいいだろう。数分で小村『ラトン』に着く。さっさと移動してしまおう。キッドの背中は乗り心地が良いとは言えない。


 しばらく走ると『ラトン』が見えた。


「ち、小さいな。メリア村よりは広いけど」

「こんなもんじゃない? ずっとロッテンベルグにいたから落差で小さく見えるだけよ、きっと」

「そ、そうか」


 ラトンは小村という名前そのものだと思えた。


 しかしメリア村に比べると人が多い。全員、プレイヤーだ。NPCはナビとクエスト関連くらいしか存在しない。


 薄板で覆われた家々。村の周囲には低い柵が立てられている。


 入口から見えるのはせいぜい二十件くらいの家屋だった。プレイヤーは百人くらいだろうか。活気があると言えば、あるのかもしれない。


 俺はラトンの中へと足を踏み入れた。


 店らしきものは散見する。繁盛しているんだろうか。


 ラトンは当然ながら居住エリア内に存在している。ここに住まう人間がいるということでもあった。


「ロッテンベルグまで近いのに移住しないのか?」

「そうねぇ、人ごみが嫌いとか、閑静な村だからこそ望んで住むって人はいるんじゃない? ほら都会から田舎に引っ越す人がいるみたいに」

「例えが微妙じゃないか?」

「うっさいわよ!」


 リリィの囀りを無視して、通りを進んだ。


 見たところ、初級中級者くらいが多そうだ。装備で大体わかる。


 木造の家屋はボロ屋まではいかないにしても、やや貧相だった。口に出すことはしないが、ロッテンベルグと比べると質が落ちているように思えた。


 酒場、道具屋、小さな神殿、宿屋が数軒ある。一応、神殿があるということはここでジョブチェンジも出来るみたいだ。

 ロッテンベルグでも転職する際には神殿に一度行かなければならない。結構手間だが、いつでも自由にジョブチェンジ出来ると、それはそれで弊害があるから仕方がないのかもしれない。


「先に飯にするか。この感じなら宿場も空いてるだろ」

「そうね。お腹空いたし」


 頷くリリィを確認すると、近くの酒場へ向かう。


 入口にキッドを待機させた。こいつ居住エリアだと大人しいんだ。システム的な強制力があるせいだろうが、なんというかもやもやする。


 俺は嘆息しながら両開きの扉を入る。


 右側の内壁には掲示板があった。そこにいくつか羊皮紙が張り付けられている。パーティー募集板だ。街中で呼びかけるか、掲示板を見て連絡するかが主なパーティー編成の方法になっている。検索機能がないため手間がかかるのは仕方ないことだろう。


 次いで丸テーブルが幾つか目に入った。すべて埋まっていて、それぞれ歓談中らしい。エールを飲んでいるプレイヤーもいる。酔わないらしいけどな。


 カウンターはいくつか空いているようだ。


 俺はリリィを連れカウンターの丸椅子に座った。

 立てかけられているメニューを開く。酒場だからかバリエーションは多くない。


「ご注文は?」


 マスターらしき人物が声をかけてきた。ぶっきらぼうだが親しみがある感じだ。


「……ベルグ地鶏のフライドチキンと、リリィはなにが食べたい?」


 リリィは肩からメニューを覗き込み、何度か首をかしげた。


「んーとね、ベーコンキッシュかな」

「じゃあそれで」

「あいよ。ここは先払いだよ」

「じゃあ、先に」


 会計を先に済ませるとマスターは厨房へ向かった。彼が作るみたいだ。

 店内にはウエイトレス、ウエイターが一人ずつ。それで十分回るのだろう。


「初対面でも普通に話せるようになってるわね。表情が硬いけど」

「成長する男、それが俺だからな!」

「前言撤回するわ」

「厳しいね、おまえ」

「優しいでしょ」


 中身のない会話を続けていると、隣に男性が座った。


 飲食店とか隣に座られると、少し緊張してしまう。今はマシになったが、引きこもり当初なら店に入ること自体出来なかっただろう。


 なんとはなしに横をちらっと見ると、妖精を連れていた。フェアリーテイマーらしい。


 リリィとは違い、スカイブルーの毛色だ。ショートカットで快活なイメージを受けるが、表情は暗く見えた。


「ん? あんたも、フェアリーテイマーか?」


 男は俺の視線に気づくと気さくに話しかけて来た。


 年齢は二十代前半だろうか。自然な笑顔を浮かべている彼は、人懐っこそうに見えた。

 細身で俺よりやや背が高い程度。中世を彷彿とさせる衣服の上に軽鎧をつけている。


 見たところ初級者だろうか。低スキル帯の装備だ。


「え、ええ、まあ」

「あはは、敬語はいらねぇよ。お互い旅人じゃねえの。隣に座ったのも何かの縁かもしれねぇよ。しかも同職たぁ奇縁と言ってもいいぜ。俺ぁそういうのが好きで旅してるんだぜ」

「そ、そうなのか」


 なんとも軽快な喋りだ。人見知りを一切している様子はない。


 たまにいるんだ。こういう自然に人と会話できる人間が。いわば、あれだ。


 こいつ、現実だとリア充だ!


 俺は敵意と憎悪と嫉妬と敬意と憤怒と謙譲を込めて、彼を見つめた。


「おっと、悪ぃな。紹介が遅れちまった。俺ぁ竜吾だ、よろしくな」


 どうする? 本名を名乗るか?


 今はステを非公開にしている。フレ以外のプレイヤーには名前もわからない。


 フェアリーテイマーをしているということは俺を知っている可能性が高い気がする。


 しかし顔を見ても俺だと気づいていない。ロッテンベルグにはいなかったということなのか、それともあの時、都市戦や打ち上げに参加していなかったということなのか。


 俺の名前は一度サーバー全域に流れた。それに都市戦でも多少目立ってしまった。もしも竜吾がロッテンベルグにいたのなら耳に入っているかもしれない。


 知れば、あれこれ聞かれるだろう。


「……戸塚だ。こっちはリリィ」


 ウソは言ってないよ?


「へぇ、戸塚か。苗字なんだな。たまにいるよな、間違えて入力しちまった感じか?」

「ま、まあそんな感じだな」

「そっか。いい加減、名前変更位させてほしいもんだよな。おっとちょっと待ってくれな」


 竜吾はウエイトレスを呼ぶとエールを注文した。すぐに出されたジョッキを見て、満足そうに喉を鳴らす。


 待っている間、リリィを見ると、竜吾の妖精を凝視していた。なんとも複雑そうな表情をしている。いつもはもっと饒舌なのに、今は静かだな。


 対して竜吾の妖精は寡黙に竜吾の横で浮遊したままだ。口を開くことなく、虚空を見つめている。


「ぷはぁ! やっぱこれだよなぁ。おっと、んでだ、あんたもフェアリーテイマーしてるってんなら知ってると思うんだけどよ、リハツって名前、聞いたことあるか?」


 俺です。すみません。


「あ、あるような、ないような」

「マジか? 結構有名だぜ。まあ、いいか。んで、そいつの噂を小耳に挟んでよ。どうやらフェアリーテイマーをジョブクリエイトした奴らしいんだ。しかもロッテンベルグの都市戦でかなり活躍したらしいぜ」

「へ、へぇ、そうなのか」


 現実だったら冷や汗がだらだら出ていただろう。


 しかしここは仮想現実。SW万歳!


「どうも特殊なスキルを使ったらしいぜ。しかもあり得ない動きでMOBの攻撃を回避したとか。巷じゃチートだとか一部で騒がれてるみてぇだが、閃きみたいなもんじゃねぇかと俺は思ってる。何か特定条件で発動するとか」


 鋭いとは思ったが、出会って数分でここまで話していいのかは疑問だった。


 回避は違うけど。


「今はその考察中ってわけだ。あんまり気乗りしねぇけど」

「どうしてだ?」

「あ? そんなの決まってんだろ。モンスターテイマーなら好きな時に呼び出せるけど、妖精は常に一緒にいんだろ。邪魔なんだよ」

「……邪魔?」


 ピシッと心に亀裂が走った。


 リリィは悲しげに目を伏せるだけで、何も言う気はないようだった。


「ってかなんでナビを元にしてんだよ、これ。一々口出してくるしよぉ。面倒くせぇから、俺が許可するまで話すなって命令してんだよ。まったく、リハツって奴、何を考えてこんなの作ったんだ?」

「ナビと一緒にいたかったからだろ」

「これと、か? あははははっ! はっ、はは、はぁ、受けるわそれ。ないない。なんだよそれ。ああ、あれか人形趣味みたいな奴か? うわ、引くわぁ。絶対リアルでフィギュア集めて興奮してるだろ。もしナビが役に立つから一緒に居たいってんなら、あり得ねえ。そりゃねぇわ。使い魔なんていても大して役に立たねぇだろ。せいぜい後方からちまちま支援するくらいだからな、むしろ足手まといじゃねえの?」


 気づけば俺は拳を握りしめていた。


「足手まといじゃない。俺は何度も助けられてる」

「そりゃ戸塚が弱ぇからだろ。中級以上になってみ? どんどんこいつらお荷物になってくからよぉ。俺ぁフィジが平均90程度だけどよ、特殊スキルがあるってわかってなかったら絶対転職してねぇわ」


 ケラケラと笑う竜吾。嘲笑されても、竜吾の妖精は表情を一切変えない。


 リリィは沈痛な面持ちでいた。


 なぜ何も言わない。いつも通りに言い返せばいいのに。


 ……もしかして、リリィは引け目を感じているのか? 俺がフェアリーテイマーになったのは仕方なくだとでも思っているのか?


 冗談じゃない。


 俺は、俺が望んだからリリィと一緒に居るんだ。


 他の妖精を馬鹿にすることは、リリィを馬鹿にされたと同じこと。


 はらわたが煮えくり返りそうだった。


「お、おい」


 俺の声音は異常に低かった。震えていた。怒りのためか、それとも恐れをなしているのか。


 情けない。けど、引く気もなかった。


「あ? なんだよ」

「よ、妖精を、リリィを馬鹿にするな!」


 怒声を放つと同時に立ち上がる。丸椅子は後方に倒れ込み、店内の喧噪は一瞬で止んだ。


「なに怒ってんだ? もしかして、おまえ、そいつと一緒にいたくてフェアリーテイマーやってる口か? ああ、それなら悪かったな。本音出ちまったわ」

「お、おまえ、それで謝ってるつもりか?」

「いいや? 煽ってるんだぜ? リハツさん、よぉ」

「お、おまえ!」


 こいつ知っててわざと知らない振りをしたのか!


 俺は竜吾を睨み付けた。しかし奴はどこ吹く風と飄々とした態度のままだ。


「情報聞けると思ったんだけどよぉ、話す気はねぇみたいだし、もういいわ。おまえ、もういらね」


 しっし、と手を振る竜吾に、俺の怒りは限界に達した。


「た、立てよ」

「あ?」

「そんなに、言うなら、み、見せてやるよ。俺の戦い方を」

「リ、リハツ! 私はいいから、大丈夫だから、ほっとこう? ね?」


 リリィは俺を見上げ必死で笑顔を浮かべていた。


 我慢したはずだ。卑下されても、それでも大丈夫だと自分に言い聞かせていたはずだ。彼女ならそうした。そうしたから今、目に涙を浮かべ、それでも問題ないと俺を説得しようとしている。


 そんなリリィを見て、この最低な奴を許せると思うわけがない。


「へぇ、好戦的だな。しっかし、声が震えてるぜ? 争いに向いてねぇな。MOB相手なら出来るのになぁ。ああ、だからNPCの妖精なんて相棒にしてるのか、じゃねぇと声が震えちゃいまちゅーってか?」

「お、表に出ろ。PVPだ」

「対戦ね、いいぜ」

「ま、待ってリハツ! こいつ挑発して戦わせようとしてるだけよ! あんたの戦い方見るために煽ってるんだって!」


 俺はリリィの制止を振り切り、竜吾と共に外へと出た。


「知ってる。だから、だけど許せない。リリィを馬鹿にする奴はみんな許さない」

「リハツ……」


 人に敵意を向けられるのはいつぶりだ。


 引きこもりの時、妹に罵倒された時か? それとも父に殴られた時? いや、あれはそもそも俺は相手にしてなかった。俺の中では彼らは路傍の石と変わらなかった。


 けど、今は俺の大事な妖精……大事な人のために戦おうとしている。


 負けられない。負けてたまるものか。


 譲れないものがあるなら、戦うしかない。怖くても情けなくても対峙して、死力を尽くし、後悔させてやる。


 大通りに人は少なくなっていた。だが俺達のただならぬ様子に、対戦が始まると思ったのか足を止めて見物し始めた。


「あれ、リハツか?」

「ロッテンベルグの都市戦で活躍したって奴か?」

「ああ、多分な。相手は見たことないな。同じフェアリーテイマーみたいだけど」

「俺もだ。ん? いや、あるような」

「どっちだよ」


 そんな野次馬の会話も徐々に俺の耳に届かなくなる。


 気づけば日は沈みかけていた。


 視界はまだ確保出来ている。グロウ・フライを飛ばす必要もない。一応、所持してはいるが。


 竜吾は装備を変えた。俺よりも良い防具だ。初級者を装い、油断させる算段だったのは途中から気づいていたが、こうもあからさまだと腹に据えかねる。


 俺は竜吾から距離を取った。



 『竜吾から対戦を申し込まれました。受けますか?』



 にやにやと笑う竜吾。その横で青い妖精は漫然と浮遊している。


 彼女はどういう思いで竜吾といるんだろうか。

 もしも俺が負けたら、竜吾はフェアリーテイマーに価値がないと思って転職するかもしれない。そうすれば彼女を解放出来るだろう。


 だけど、ごめん。


 俺は、リリィを貶めた奴を許せない。


 だから全力で戦う。


「さっさと押せよ。ノロマ」


 竜吾の挑発は俺に届かなかった。

 卑下されても、さして気にならない。それくらい俺は変わった。


「リリィ、行くぞ」

「……うん」


 俺の決意を聞き、リリィは顔を隠しながら頷くと、空へと羽ばたいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ