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第六十一話 戦略的諦め

 出発を決めて二時間。キッドに乗った俺は未だ、ロッテンベルグを離れていない。


 遠出用に食料、回復アイテム、耐久回復用アイテムなどを補充してから、一時間近く、足止めをくらっていた。


 理由は明々白々だった。


「リハツさん、どこ行くんですか?」

「あ、あのお姉さまはどこにいるんですか!?」

「はぁはぁ、リリィたんマジ天使。で、どこなの? リリィたんどこにいるんだよ!?」

「街中で泣いてた人だぁ、変人変人!」

「リハツさんだ! よかったらパーティー組みませんか!? 酒場で募集したり、呼びかけても誰も来なくて、え? 無理? ううっ、私なんて、一人孤独にソロ専で生きろってことなんですね……ちらっ」

「変な人だぁ! 黒い馬に乗った変態だぁっ! キラファサの人だぁ!」

「どど、ど、どうでしょうか僕の妖精。か、かか、可愛いでしょう、ぐふっ」

「あ、ひ、姫はぁ、別にどうでもいいんだけどぉ、あ、あなたがどうしてもって言うならパーティー組んであげても……あ、ちょ、ちょっと」

「おい! 姫ちゃんがパーティー組んでやるって言ってんだろ……え? 姫ちゃん、ウソだろまさか……お、俺、あんだけ貢いだのに!」

「リハっちゃんやないの! 元気なん? うんうん、元気が一番やね、おばちゃん今から調理スキル上げるつもりなんよ。え? 先を急いでるん? まあまあ、ええやないの、おばちゃんの話に付き合おうても構へんやろ。ほんでな――」

「あれ、あれ! あのキラ! シャキ! ブワァッ! ってやつ見せてくださいよ!」

「チートしてるって本当なんです? え? 違う? なあんだそうなのかぁ」


 原因はこれだ。


 今日に限って道行く人に声をかけられてしまったのだ。


 通せんぼをされ、軽く話して先を急ぐ、そして遭遇、また話す。それを繰り返した。


 いつもはこんなに声をかけられないのに!


 おかしい。都市戦から一か月ちょっとで、少しは落ち着いたと思ったのに。


 キラ、ファサ、シャキ、ブワという言葉はフェアリアンになった時のことを言っているらしい。考察目的でフェアリーテイマーを始めたというプレイヤーもいるようだ。


 ……都市戦を思い出すのはやめよう。色々と悶絶したくなる。


「疲れた。出発前なのに、もう疲れた」

「も、もうすぐ門だから、がんばりましょう」

「心が折れそう。色んな意味で」

「ブフッ!」


 この駄馬、今笑いやがったな? 立場をわかってる? 俺が本気になればいつでも売れるんだよ? 明日からじゃなくて今日から本気出せるんだよ!?


 しかし、俺は成長した。我慢することを覚えたのだ。


 都市戦復興で得た経験は俺を強くした。そう、こんな馬に感情的になってもしょうがない。


「ヒヒッ」

「い、今笑ったよ、こいつ俺を笑ったよね!?」

「落ち着きなさいよ。馬がそんなことするわけないでしょ」

「いいや、間違いない。わざわざ振り返って、蔑むような目をした後に、見せつけるように笑った」

「被害妄想でしょ……いいから、さっさと行くわよ。今は、ロッテンベルグから離れたい気分だし」

「ぐっ! そ、そうだな」


 そうそう、落ち着け。


 俺は深呼吸して、門まで移動した。


 人だかりを抜けて、フィールドに出ると、開放感が俺を満たしてくれた。入口付近では初心者らしきプレイヤーがイエロースライムを相手にしている姿が見えた。


 微笑ましくそれを見つめると、俺は清々しい気分になる。


 初心忘るべからずとも言う。あの時の気持ちを思い出すと、妙に悟った心境になった。あの頃から比べて、多少は変われたんだよな。


 始めてからようやく、違う街へ行くのだ。馬にイラつくなんて幼稚なことはやめよう。


 俺はロッテンベルグ周辺、『ベルグ平原』を下る決意を固めた。


「よしっ! 出発するぞ!」

「おー!」


 リリィの反応を確認すると、俺はキッドを走らせようと、鐙をキッドの腹に優しく押し当てた。



 無反応だ。



「おい、動けよ」


 今度は少し強めに横腹を蹴ったが動かない。

 何度も続ける。しかし、命令を聞く気がないのが顔と仕草で丸わかりだった。


「リリィ?」

「耐えて」

「ぐぬぅっ!」

「歩き出したら惰性で進むから、それまで我慢して」

「わ、わがっだ」

「歯を食いしばりながら言わないでよ……」


 諦めることはやめたはずだ。


 そう、俺は変わったのだ。だったらこの程度で諦めるわけにはいかない。


 不屈の精神で何度も、何度も蹴った。あんまり強く蹴ると親愛度が下がるらしいので力加減しながら蹴った。


 ――一分経過。


 動かない。


 ――三分経過。


 動かない。


 ――五分経過。


 キッドがつまらなそうにいなないた。


 俺は屈した。


「リリィ、売ろう? こいつやっぱり売ろう?」

「も、もう少しよ。た、多分。親愛度が低いから反応が悪いんだと思う、けど」

「昼にドラグーンキャロット上げたばかりなのに、これか。そうか、俺がここまで甲斐甲斐しく世話をしてやっても、そういう態度なんだな! この、ダメ馬め! アホ面下げてのほほんと暮らしやがって! も、もう我慢ならん! 桜鍋にしてやるからな!」


 青筋を立てている俺の眼前に画面が浮かぶ。



 『キッドの親愛度が1下がった』



「こんちくしょおおぉっ!」


 俺は手綱を握りしめ、肩を震わせた。絶叫しても、俺の心は晴れることはなかった。


「あ、でも進みだしたわよ」


 リリィの言う通り、キッドはゆっくりと歩き始めた。

 だが、俺の胸中には達成感も安堵感も一切ない。


「一か月かけてようやく1上げた親愛度を犠牲にして命令聞くとか、いじめかな? ん? どれくらいゼンカ使ったと思う?」

「と、とにかく、トエト・アトリスに向かおう? ね? 遠いしさ。ほ、ほらそんな顔しないで、元気出してよ」

「…………ふぁい」


 俺は涙目になりながらリリィに首肯を返した。


 そうだよな。せっかくリリィが出かけるのを楽しみにしていたのに、俺がこんなんじゃ気を遣わせてしまう。


 遠出だ。出来れば道中も楽しみたいし。


 よし! 気を取り直して行くか!


「あ、止まったわね」


 動き始めた情景が制止していた。そしてキッドは俺に振り返り、また一鳴き。


 俺はキッドに柔和な笑みを返しながら、諦観を覚えた。


 うん。もう、好きにして。


   ▼


 進んでは止まり、進んでは止まり、進んでは――。


「お、怒ったらダメよ、親愛度がマイナスになるから」

「わ、わわ、わかってる。お、お、俺は冷静だ」

「その顔で言われても説得力ないけど」


 肩に座ったリリィのため息が聞こえた。


 今、俺はどんな表情をしているのか自覚がない。


 だが、少しは進んでいる。走った方が速いんじゃないかと思ったが、たまにキッドが全速力で走っているため、そう変わりはなさそうだ。


 性格に気分屋って記載して欲しい。じゃじゃ馬よりはそっちの方が的確な気がする。


 移動し始めて、三時間くらいだろうか。食事を済ませながら移動しているが、マップを見る限りでは大して進んでいないような気がする。


 速度で換算すると、おおよそ三日位かかりそうだ。


「このまま行くより走った方がいいんじゃ」

「キッドに乗ったままの方が少しは速いんじゃない?」

「速度より、俺の心理的な問題があるんだよ」

「……先を考えれば今は我慢した方がいいと思うけど」


 リリィの言うこともわかる。だから乗っているのだ。


 もう諦めよう。これは今までのような後ろ向きな諦めではない。戦略的諦めだ。


 そうやって自分を説得させながら、ちまちまと進み続けた。


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