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第六十話  偉大な食材、それはタマネギ

「つまり、ラーメンが食べたくてしょうがなくて、心が死んでいたと。現実に戻るのも億劫だったから食べなかったと、そういうわけか?」


 サクヤの説明を受けて、俺は呆れ口調で言う。

 俺の言葉にサクヤは小さく頷いた。


「そんなになるまで我慢するなよ。面倒でも食べに行けばいいじゃないか」


 おかげで今も大通りを歩いているプレイヤーに怪訝そうに見られているじゃないか。


 ……いや、これは俺のせいか。


 どちらにしても、外に出るのが怖い俺が言うのもなんだけどな。


 SWなら慣れて来たし構わないけど、現実で外出はまだ出来ていない。俺の中では完全に別物だからだ。リリィもいないし……。


 それにログアウトすれば、簡単な検診を受けなければならない。時間も費やすだろうし、面倒だと思うのも無理はないだろう。


「出来れば、外に、出たくない、のだ」


 メリアの村でクロノ達に、私も引きこもりだ、と言っていたな。

 あの時、俺をかばうために言ったのかとも思ったが、あれは本音だったのか?


「それに、ギルド関係やらで、最近、忙しい。だから、ログアウトする、暇が……というかしたくないのだ……な。なぜだ、なぜ現実にしか、ラーメンがないのだ」

「SWにラーメンってないのか?」


 サクヤは呆然自失としているため、リリィに尋ねた。


「さあ? そこら辺は調理に詳しい人に聞いたら? メイとか」

「……後で聞くか」


 今はサクヤの話を聞くべきだ。

 理由は残念だが、かなり憔悴している。放って置くことは出来ない。


「だ、大丈夫だ……わ、私は、まだやれ、る」

「サクヤ、やれない! やれてないぞ!?」


 サクヤは椅子から立ち上がろうとしたが、ふらつき地面に手をついた。

 俺が手を貸しなんとか立ち上がらせる。


「す、すまない」

「気にするな……今日はログアウトしろよ、我慢は身体に毒だ。面倒だろうし、色々あるだろうけど、少しは休め。そしてラーメン食え」

「うむ……その方がよさそうだ……」


 そして俺達は注目の的になったまま、冒険者ギルドに戻った。

 

   ▼


 ギルドに戻るとサクヤは早々とログアウトした。


 ラーメン食べたい、と子供のような言葉を残して去った、そんなサクヤの背中は小さく見えた。


「どうしてあんなことになったんだ……?」


 受付にいるアキラに声をかける。


 客の数は少ない。以前に比べて客入りが悪いような気がするが、大丈夫なんだろうか。


 俺の心配をよそにアキラは眉根を寄せながら答えた。


「ギルドの仕事が忙しいからなぁ。ギルマスはヘタレだってわかったし、第二支部のギルマスはちょっかいかけてくるしで大変だしよぉ。サクヤがサブマスやってるからなんとかなってる感じなんだよ。それに、おまえと遊びたいってのもあるんじゃねえか? あいつ最近はあんまりログアウトしてなかったし。単純に引きこもりたいだけかもしれねえけど」


 となると、俺の責任でもあるわけだ。

 責任、なんて考えるとサクヤはイヤがるだろうけど。


「SWにラーメンがねえっていつも嘆いてたしよぉ」

「なんでないんだ? 色んな料理があるのに」

「知らねえんだ。詳しい奴に聞いてくれ。悪ぃ、そろそろ人が増えてきたから……」

「あ、ごめん。帰るよ」

「ああ、まあ、あれだ、あたい達が出来ることはねえだろうし、気に病むな。おまえのせいじゃねえんだからな」


 アキラはニッと笑った。不安が払拭されるような表情だ。


「じゃ、また」

「ああ、またなぁ」


 俺は活気が出てきたギルドを後にして、建物の裏に回った。


 キッドは俺の顔を見て、面倒臭そうに顔をブルブル振って迎えてくれる。なんてご主人様思いの馬なんだろうか。くっ!


「どうするの? 港町エムに行く感じじゃないわよね」

「そう、だな……ごめん、ちょっとメイに話を聞きたいんだけど」

「はぁ、言うと思った。いいわよ。あたしもサクヤのことが気になるし」

「悪いな。合間が出来たら行こう」

「ん、期待しないで待ってる」


 こういう時、リリィはあんまり強く言わないんだよな。

 悪いとは思うけど、サクヤを放ってもおけないし、とりあえず状況を把握するくらいはいいだろう。


 そんな言い訳を並べ立てながら、俺はメイに連絡をとった。


   ▼


 『パンドラ料亭』の扉を開けると、ドアベルが情緒溢れる音を鳴らし、入店を告げた。


「おじゃま、します」


 そろりと中へ足を踏み入れると、がらんとしている。開店前だから誰もいないのは当然のことだった。


 パンドラは午前十一時から午後二時。午後六時から午後十一時までが開店時間だ。祝日以外の木曜が休みで他の日はオープンしている。


「あらぁ、待ってたわよぉ♪」


 見た目は屈強、中身は女、そして実際はオカマのメイ・リンが、厨房から顔を出した。


 外見で先入観を持つのはよくないことだとわかっているけど、やっぱりまだ慣れない。いい人だとは思うんだ。思うんだけど、どうしようもない部分ってあるよな?


「悪いな、突然押しかけて、忙しいんじゃないのか?」

「いいのよぉ♪ リハツちゃんの頼みなら、い・つ・で・も歓迎よぉ♪」


 い・つ・で・も、の部分で、指を動かしている。

 俺は気づかない振りをして話を続けた。


「そ、それで、話をしてくれるんだよな?」

「調理は奥が深いのよぉ。けど単純でもあるのぉ。だから実際に見せて説明した方がわかりやすかと思ったのぉ。リハツちゃんは生産職していないでしょう?」


 そう。俺は戦闘職しかしていない。


 お金が溜まったらやろうかなと思っていたんだが、色々忙しくてする暇がなかった。というのもあったが、新しいことを始めるのって結構エネルギーがいるものだ。


 SWはクリック一つで作業が出来るネトゲではないからな。言い訳だけど。


「ささ、こっちにおいでぇ」


 手招きをされると、行ってはならない気分になる。


 しかし、俺は勇気を出し、メイのいる厨房へと入った。


 中は俺の想像していたより広かった。中央にシンク、ワークトップがあり、上部からは鍋、フライパンなどの調理器具が吊り下げられている。壁際にはかまどと調理器具。金属製の物もあるが、基本的には石材か木材みたいだ。


 しかし、数人で使うには広すぎるような。


「他にコックはいるのか?」

「あたしだけねぇ」

「一人でここ使ってるのか? 広いような」

「んー、確かにちょっと広いけどねぇ。お皿洗いとかは、エリーちゃんが手伝ってくれるし、人手はなんとか足りてる感じかしらぁ」


 エリー、ってのはウエイトレスの女性だろうか。


「誰か雇えば?」

「雇ってもすぐに辞めちゃうのよねぇ、困ったものだわぁ」


 溜息一つ漏らすメイ。口ぶりから本当に困っている感じだ。


 なんで辞めるかはなんとなく想像がつくような気がする。

 オカマの店主、キレたら怖い店主。この二つで十分辞職の条件を満たしている。口には出さないけど。


 いい人なんだよ。うん、いい人なんだ。ただちょっと個性が強すぎるだけなんだ。


「まっ、それはそれとして、百聞は一見にしかずって言うし、作ってるところを見せてあげるわぁ」

「ああ、悪いな、手間かけさせて」

「ふふ、いいのよぉ。さてさて、まずは住宅設置用のアイテムボックスからアイテムを取り出しまぁす」


 メイは部屋の隅にあった大きな箱の中からいくつかの素材を取り出した。


「アイテムボックスか……便利だよなぁ」

「そうねぇ、ちょっと高いけれどぉ、家を建てるならあった方がいいわよぉ」


 今は『小鳥亭』に宿泊しているので家具類は買えない。一応備えつけの小さなアイテムボックスは部屋ごとにある。今のところそれでどうにかなってはいるけど。今後を考えると整理整頓が必須だ。


「家を建てる前に借金返しなさいよ」


 リリィは肩に乗ったままぼそりと呟く。


「わ、わかってるよ」


 ゲームに没頭しすぎて、たまに忘れてしまうが俺は借金を返すためにここにいるのだ。今の収支ペースだと返済は難しい。都市戦の報酬を得ても、返済まで到達出来る額には程遠い。それに、キッドの餌代やら、俺の食事代、装備代、宿泊代、風呂代、その他諸々を考えると……。


 気分が沈むのでこれ以上考えるのはやめよう。


 メイはワークトップにまな板を置いて、その上に素材を並べた。


「右から、リップルキャロット、オニオン、ジネギ、オオニワの卵、クロコの肉、あとは調味料ねぇ」


 食材はどれも現実で見るようなものだ。ただし、切っていない。肉だけは一塊って感じだ。丸ごと用意されているのは、単純に切る工程を見せてくれるということなんだろうか。


 調味料は木製の入れ物の中にある。こっちはそのままだな。胡椒、塩、醤油っぽい見た目だ。


「はい、それじゃ見ててねぇ」

「ああ、頼むよ」


 手にはいつの間にか包丁が握られている。


 メイは慣れた手つきで皮を剥き、食材を調理していった。普通に料理をしているように見える。


 だが、これは。早すぎる?


 手が見えない。いつの間にか食材は綺麗に切られていた。


 メイはまな板の食材を横に置いていたボールに入れた。そして、それを持って、コンロの前へ。


 メイの手にあった包丁は瞬時に消える。なるほど、戦闘職の武器装備と同じ要領か。クイック・イクイップも出来るんだろうか。


 次いで、かまど横に置いてあった米びつの蓋を開け、ご飯をボールに盛った。


 ん? ごはんって一度冷やさなくていいんだったか? 炊き立てだと水分が多くて、パラパラにならないような。


 上部に吊り下げられた中華鍋を手に取るメイ。火にかけ、すぐに油を引くと卵を投入した。お玉で混ぜながら、卵が半熟の状態になった時、ご飯を入れる。


 オニオン、キャロット、肉、ジネギの順に入れる、途中調味料を投入し、十数秒で皿に盛った。


「はい、出来たわよぉ」


 ん? なんか食材の質量に比べると、量が異常に減っているような……。


「こ、これでいいのか? 時間的に火が通ってるとは思えないんだが」

「まっ、食べてみてぇ」


 レンゲを出されたので受け取った。


 丸い皿に盛られた、これまた半円型のチャーハン。湯気が存分に溢れ、鼻腔をくすぐる香りは間違いなく俺の知っているチャーハンだった。


 俺はゆっくりと山の上部をすくう。


 パラパラだ。米の表面は僅かに焦げがついている。だが、色合いは均等だ。絶妙な火加減と鍋の技術がなければこうはならない。


 地味ながら、胃袋を刺激する見目と香り。俺は半ば無意識に口腔を開いた。


 口内に入りこんだ米達を咀嚼する。


 頬張る。


 噛む。


 味わう。


 その結果、俺の頭に浮かんだ言葉は一つだった。


「うっま!」

「あらぁ、嬉しいわぁ♪」


 バクバクと口に放り込む。


 最初に来るのは胡椒の風味。次いで僅かな塩の辛さ。この時点で食欲は限界間近に達する。柔らかすぎず、硬すぎない、完璧と形容してもおかしくない食感と共に、俺を襲うのは狂おしい程の味の連鎖だ。


「はふっ、はふっ!」

「お、おいしそうに食べるわね」

「リリィちゃんも食べたいのぉ?」

「ま、まあ食べたくないわけでもないわけでもあるような気がしないでもないわね!」

「んぐっ! し、仕方ないな」


 俺はメイが出してくれた小皿にチャーハンを少し入れた。リリィにとってはかなり量が多いが、この食いしん坊妖精なら大丈夫だろう。


「い、いいの!? あ……じゃ、じゃあ頂こうかな」


 絡み合い、溶け合い、そして完成されたチャーハンは至高の一品だと言っても過言ではなかった。


 俺の中ではチャーハンは主役ではない。ラーメンと共に、或いは何かおかずあってのものだった。必要だが、単体では物足りない。ご飯ほどではないが、おかずが欲しいなと思うものだった。


「んっ、んぐっ!」

「はむっ、んっ! お、おいしっ! なにこれ!」


 だが、これは違う。


 主役級チャーハンがここに誕生している。


 貪欲にチャーハンだけを求める俺がいた。もっと、もっと食べたい。


 しかしそんな至福の時も終わりを迎えてしまう。

 皿の上にはなにもなかった。米粒一つ残っていない。


「ご馳走様でした」

「んっ、ご、ご馳走さま! おいしかったわ」


 俺と同時に掌を合わせるリリィ。おい、食べるの早すぎるだろ、おまえ。


 満足したはずなのに、余韻が凄まじい。そしてまた食べたいという欲求が浮かび上がる。


 これがチャーハン。甘く見ていた。


 深い。なんて深い料理なんだ。


「お粗末様ぁ♪ 美味しそうに食べてくれて嬉しいわぁ。でもこれ全然完成品じゃないのよねぇ」

「これで!?」


 おいおい、これでまだ完成じゃないだと?

 そんなの旨味の暴力じゃないか。


「料理人って言うのは停滞したらダメっていう意味もあるけど、本当に完成品じゃないのよぉ。なんせ、一部の食材はあまり良い物じゃなかったし」

「でも美味しかったぞ?」

「そうねぇ、自分で言うのもなんだけどぉ、あたしのスキル値が高いからでしょうねぇ。あと『至高の一品』っていうスキルを使ったし。数量が一つになる代わりに美味しくなる、つまり品質が少し上がるスキルのことねぇ。ちなみにウチのカレーはこれを使ってるわぁ。そのせいで高いのよねぇ。手間もかかるし」


 なるほど。そう言えば、カレーは少し高いなと思っていたな。今は多少、懐に余裕があるから別に気にならない値段だけど。


「へぇ、そんなのあるのか」

「そうよぉ。生産職どれでも言えるけどぉ、スキル値が上がると、数量が増える、生産速度が上がる、品質が上がるわぁ。あとは料理によっては必要最低スキル値とかあるわねぇ。さっきのは、オニオン以外は【品質100】以上なのよねぇ」

「玉葱みたいな奴か」

「ええ、オニオンはSWでは物凄く高いのよねぇ。生産するのが難しいからか、数量が少ないのよぉ。未だに品質が低いのに高価って感じなわけぇ。っていうのが一つ」

「ん? 一つ?」

「あらぁ、ここに来た理由忘れちゃったのぉ? ラーメンのこと知りたいんでしょう?」

「あ、ああ、そうだった!」


 チャーハンの衝撃が凄すぎて忘れてた。ごめんサクヤ。


「忘れちゃだめじゃなぁい。それでさっきの話だけど、オニオンは必ずしも必要じゃないわぁ。けれどオニオンがないと旨味が足りなくて、味に深みがなくなるのよねぇ。だから結構重宝されたりしてるってわけぇ。品質が低くても、高価なままなのはそのためねぇ。実際はオニオンなしでスープを作ることもあるしぃ。でも、あたしは昔作ろうとして失敗しちゃったのよねぇ。それに一番の問題があってねぇ」


 メイは珍しく、難しい顔をしていた。


「SWで難しい料理は、食材をたくさん使うものなのよぉ。材料を少なくしても作れるけど、そうするとあんまりおいしくないのよねぇ。逆に多ければいいってものでもないけれどぉ。それに、材料が多くても、出来る量が増えるわけじゃないのぉ。どれだけスキル値をあげても、せいぜいが10程度でしょうねぇ」

「採算がとれないのか?」

「そうなるわねぇ。ウチのカレーも採算度外視で提供しているのよぉ。ただ今の形になるまでかなり時間がかかったのよねぇ。なんせ調理は、レシピを基本にして自分でアレンジ出来たりもするしぃ、完全にオリジナルで作ることも出来るわぁ。出回っているレシピはご家庭用みたいな内容ねぇ。みんな自分で作ったものは教えたくないわけだしぃ。それに食材って、一つは一つとしか使えないのよねぇ」

「ん? どういうことだ?」

「見せてあげるわぁ」


 メイはアイテムボックスからキャロットを取り出し、皮を剥いた。

 そして手に持ったまま五メートルほど移動し、俺に手のひらを見せて来た。。


「あれ? キャロットは?」

「ないわよぉ。そこにあるわぁ」


 まな板の上にキャロットが乗っていた。皮を剥いたはずなのに、元に戻っている。その上、メイの手元から移動していた。


「これが一つまるごと使わないといけない理由ねぇ。ネトゲ同様に、一つを一つとしてしか使用出来ないのぉ。だから半分にして保存とかも出来ないのよねぇ。皮を剥いたら、まな板の上に、切ったらボールや椀の中にっていう感じにしないと元の状態に戻っちゃうのぉ。それに時間制限もあるしねぇ。そして数が多ければ多い程、材料費がかかるのに、完成した料理の数量は少ない。普通、ラーメンって寸胴とかで作るじゃない? じゃないと採算取れないからなのよねぇ」

「材料費がかかり過ぎる、手間がかかり過ぎる、オニオンが高い上に品質が低い、ってのがラーメンのない理由か?」

「そんなとこねぇ。オニオンの部分はあたしの持論だけどぉ。うーん、でもサクヤちゃんがそんなにラーメン食べたいならあたしが作ってもいいんだけどねぇ。満足してくれるかしらぁ、あの子。相当ラーメン好きな人なら多分、だめなんじゃないかしらねぇ。確か、豚骨醤油が好きなのよねぇ?」

「確かそんなことを言っていたような……」


 名前はアレだが、こってりとしたものを好んでいるとか、パーティーを組んだ時に聞いた覚えがある。


「んー、オニオン以外はあてがあるわねぇ」


 もしもSWにラーメンがあれば、サクヤはあんな状態にはならなかっただろう。そして、多分だが、それなりに高くてもサクヤなら喜んで払うような気がする。


 となると、問題はオニオンか。


「上質なオニオンがあれば、サクヤが満足できるラーメンを作れるのか?」

「そうねぇ、自信はあるわぁ。以前作った時は、あと一歩って感じだったしぃ」

「そっか……じゃあ、オニオンを作ってる農家とか知ってるか?」

「うーん、ここらへんならトエト・アトリス周辺にある農家さんかしらねぇ。ロッテンベルグ周辺だとオニオン農家さんはいないわぁ」


 俺の言葉に、リリィは目を輝かせていた。


「行くの!? 外行くの!? トエト・アトリスの行くの!?」

「あ、ああ、そうしてみようか、と。実際に見てみないとわからないし、情報も仕入れることが出来るかもしれないからな。なんだ港町エムじゃなくてもよかったのか」

「外に出れるならどこでもいい! むしろトエト・アトリスなら都会じゃない!」


 舞うように飛び回る妖精を見て、俺は相好を崩した。

 これなら丁度いいな。リリィの希望も俺の希望も叶う。


「行っても情報はないかもしれないわよぉ? 結局市場に出回ってないってことだしぃ、ロッテンベルグに輸入されてないってことは、ないってことでもあるわけだからぁ」


 確かに。トエト・アトリスからロッテンベルグへは多くの商品が流通している。

 もしも、どこかで栽培されているなら出回っているはずだ。


 しかし、可能性は0じゃないとも思う。


 オニオンは希少だということだった。なら、もし高品質のオニオンが出回っても、俺達の手元まで届かないかもしれない。


 どっちにしても知ることは必要だ。息抜きもしたいしな。


「やれるだけやってみるよ。ネット社会の現実でさえ、正しい情報はなかったり、出回っていない情報もあるはずだ。SWだったら余計にそうなんじゃないか?」

「そうねぇ、情報屋がいるくらいだし、それはあるわねぇ。わかったわ、じゃあ、食材を持って来てくれたらラーメンを作るって約束する」

「ありがとう、頼むよ。多分、サクヤなら多少高くても払うと思うから」

「ふふ、友人割引するわぁ」

「いつも悪いな……じゃ、いつ戻るかわからないけど」

「ちょっと待ってぇ、渡したいものがあるのよぉ」

「渡したいもの?」


 メイは厨房へ行くと、すぐに戻ってきた。

 するとトレード画面が開く。メイが提示したアイテムは地図のようだった。


「なんだ、これ?」

「ロッテンベルグからトエト・アトリスまでの地図よぉ。昔、自分で商品を探していた時に作成したものよぉ。余ってたからあげるわぁ」

「いくら位なんだ?」

「タダでいいわよぉ、この地図自体は安いから」

「んー、そう、だな。じゃあ、頻繁に食べに来るってことで」

「ふふ、律儀ねぇ。それでお願いするわ♪」


 俺はメイから地図を受け取ると、インベントリーを開いた。


 ・地図【作成者:メイ・リン】

  …羊皮紙に書かれた地図。開拓士が執筆したもの。使用すると、現在所持している地図の、白紙部分だけが上書きされる。販売可能。【レア度2】


「使用してもいいのか?」

「ええ、いいわよぉ♪」


 地図を使用すると、キュインッという効果音が聞こえた。


 もう終わったのかと思い、マップ画面を開く。都市エリアから広域エリアに変更すると、確かに南のトエト・アトリスまでの道筋が追加されていた。


 途中村が幾つかあるみたいだ。小村みたいだが、宿くらいはあるかもしれない。平原から荒野、そしてやや山岳地帯を経てトエト・アトリスに辿り着くらしい。


「ありがとな、助かるよ」

「いいのよぉアイテムボックスの肥やしになってた分だしぃ」

「そう言ってくれると助かる。それじゃ、出発するよ」

「ええ、気を付けてねぇ♪」


 俺はメイに別れを告げ、パンドラを出た。


 勢いで決定してしまったが、無計画すぎるな。出発前に多少情報を収集した方がよさそうだ。


「トエト・アトリスまでどれくらいかかるんだ?」

「うーん、確か徒歩五日くらいだったような」

「曖昧だな」

「ロッテンベルグ周辺のことくらいしか知らないんだもん。普通はトエト・アトリスに行くまでにナビがいなくなるから」

「そ、そうか」


 俺の勝手でナビであるリリィを使い魔にしてしまった。彼女は了承してくれたが、今も同じ思いなんだろうか。


 色々苦労をかけている。気持ちが変わってないといいけど。


 俺はリリィをじっと見つめて、考え事をしてしまう。


「なに? どしたの?」

「あ、いや、なんでもない」

「そう?」


 リリィに気持ちを訪ねる気にはならなかった。


 きっと楽しいと言ってくれるだろう。けど、それが気を遣っているのか、本心なのかわかるとは思えなかったからだ。もやもやするのがわかっているのなら、リリィに心配されない方がいい。


「誰か誘う?」

「そう、だな。でも、徒歩で五日ってことはキッドが……駄馬が命令を聞いたとしても、一日以上かかる。それに馬持ちとなると、シュナイゼルとエッジ、アッシュくらいしかいないだろうし、あの三人は忙しいだろうからな」

「わざわざ言い換えなくても……そうね、二人乗りだと結局一人しか誘えないわけだしあたし達だけでいいんじゃない? 一応連絡は取っておいた方がいいと思うけど」


 トエト・アトリスは遠い。さすがに長期間付き合って貰うのは難しいだろう。


 ニース、レベッカ、サクヤ、ミナル、たまに子鞠と組む際には、いつも三人以上で一緒にいる。二人きりってのは、最近はない。


 友達の中から一人選ぶみたいでいい気分はしない。リリィは俺の相棒で使い魔だから、問題はないんだが。


 やっぱり俺達だけで出かけた方がよさそうだ。それに全員たまにログアウトしたり、SWで仕事があったりで数日離れるのは難しいだろう。


 そう思い、俺はフレ全員に、しばらくロッテンベルグを離れる旨をメールで送った。

 

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