第五十八話 わがままキッド
夜も更けた頃、俺は『小鳥亭』の、半ば自室になりかけている部屋にいた。
シュナイゼル達と『パンドラ料亭』で食事を終えて、戻って来たところだ。
普段はニース達と一緒であることが多く、男友達と時間を共有することがあまりなかった。だからか少し疲れたし、かなり楽しかった。
色々な話をした。
シュナイゼルは社会人で働いているらしい。ただある程度自由が利く職業みたいだ。彼がいない時はミッシェルさんが代わりを務めているとか。
エッジは完全に廃人らしい。元はSW開発職員でかなりの高給取りだったとか。それ以上はなんとなく聞かなかったが、あまり現実に戻ることはないようだ。
アッシュは学生だと言っていた。プライベートの話はしたくないようだった。俺も話の流れがなければ、好き好んで話したりはしなかっただろう。ちなみに、くん付け、は彼がイヤがったので呼び捨てにするようにした。
俺は引きこもりだったということは言わなかった。しかし働いても学校にも行ってないと言うと、エッジと一緒かという流れになった。考えてみれば、長い時間SWにいる人が多い。俺みたいな人間はここでは珍しくないということだ。
「楽しかった?」
リリィは枕の横で寝転がり、頬杖をついていた。母性溢れる笑みを向けられて、若干むっとしてしまう。
「楽しかったよ」
「そ。よかったわね。同性の友達が増えて」
「ああ、そう思う……でも、ギルドか」
「気にしてるの?」
三人からそれぞれのギルドに勧誘されたのだ。
シュナイゼルとエッジは強く勧めてはこなかったが、アッシュはかなり押してきた。聞くに、攻略ギルドの層が薄くなっているとか。俺が入っても厚くなるとは思えないが。
三人の誘いは嬉しかったが、断った。
「少し、な」
「コミュニティに入るのがイヤなの?」
「どう、だろうな。イヤまではいかないけど、気が進まない。それに、今みたいに自由奔放な状況が好きなんだ。ギルドに入ったらギルドの活動が中心になるし、そうなるとニース達とも遊べなくなるかもだし」
それにリリィに負担をかけてしまうかもしれない。
根無し草の方が自分で選択出来る。今の俺は、誰かに頼ることを良しとしない考えを持ち始めていた。
俺が行動したからこそ、結果、人間関係が上手くいったのだ。何もしなければ、今の関係性は築けなかっただろう。
そう思えるくらいには自信が持てている。
「まっ、それはあり得るわね。口ぶりからして、結構働かされそうな感じだったし。グラクエと都市戦の件で株が上がったから、仕方ないことだけど」
「かもな。ただ、必要以上に注目されるのは、勘弁して欲しいところだけど」
ロッテンベルグで、俺の名前は広まってしまったらしい。おかげでたまに声をかけられたり、注目されたりしてしまう。
都市戦、グラクエ。この二点が要因だ。というかこれしかない。
少しやりづらくはあった。ロッテンベルグを出た方がいいのか、と思ったこともあった。だが、ここで築いた関係を切りたくはない。だから、俺はこの街を拠点にし続けるつもりだ。
もちろん、スキルも多少上がっているから、たまに遠征するだろうが。
「で? そろそろ、行くのよね? 港町エム!」
ここ一か月、都市戦の後始末やら、サクヤの手伝いやらで時間がなかった。そのため、スキル上げ目的でロッテンベルグから出ても近くの狩場で済ませていた。
当然ながらダンジョンも行っていない。近くの『爛れた者共の樹林』のレイドボスだったら、人数を集めれば、もう少しで倒せそうなくらいには強くなっていると思う。
地図も白紙が多い。ほとんど界隈で済ませているからな。
港町エムまでは徒歩で三日ほどだ。馬なら半日ほどで着く。
だが、俺はかなり気乗りしなかった。
「あいつに乗るんだろ?」
キッドは樹林には連れて行かなかったんだよな。色々問題があり過ぎて。
馬は騎乗スキルが高ければ二人乗りが出来る。
俺はシュナイゼルの馬の前に乗せて貰った。元々持っていたみたいで、都市戦の報酬だった馬は売ってしまったらしい。
なんか、後ろから抱きかかえられているみたいで、ちょっと恥ずかしかったけど。
「キッド? 馬に乗らないとかなり時間かかるし、しょうがないんじゃない?」
「……んー、とりあえず保留で」
「うっ、そ、そう、じゃあ、仕方ないわね……」
あ、すごいがっかりした。
そんな顔されたら、俺が鬼みたいじゃないか。
いつもリリィには世話になっている。だけど俺は彼女になにかしてあげたことがあっただろうか。
それでもリリィは大して文句も言わず付き合ってくれている。
そんな彼女に甘えているんじゃないのか?
リリィは気落ちした顔を見せまいと、無理やり笑顔を浮かべているようだった。
口は悪いし、短気だし、説教するし、ぺしぺし叩いてくるけど、リリィは優しい。
そんな彼女に報いたい、そう思った。
「わかったわかった。明日、冒険者ギルドに寄って、サクヤからの依頼を達成してから港町エムに行こう。それでどうだ?」
「え!? い、いいの?」
打って変わって、自然な笑みが浮かぶ。まるで花が咲いたようだ。
「ああ、たまには違う場所に行かないと、息がつまるもんな」
「やった! ありがと、リハツ!」
喜びのあまり、室内で飛び回るリリィ。
俺は、こんなに喜んでくれるなら、もっと早く出かけるべきだったな、と反省した。
無意識の内に、俺も笑顔になってしまう。なんだか気恥ずかしいので顔を逸らして、話題を変えた。
「明日、メンテは?」
「ないない! ないから!」
「そうか。じゃあ八時三十分くらいに起きてから準備して出発だ」
「はーい!」
リリィはにこにこしながら、枕元に着地した。そしてそのまま丸まる。
「おやすみ、リリィ」
「おやすみ、リハツ」
そうして、いつも通りの言葉を言い合い、俺達は眠りについた。
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『小鳥亭』の裏には馬小屋がある。そこは三十頭ほどが入れる広さだ。『小鳥亭』の部屋数と同数で、現在は半分が埋まっている。
様々な毛色、体格、容姿の馬が並ぶ中、俺は一番奥へと行った。
そこにいたのは青毛で、他の馬とは違った風格がある馬。俺の馬、キッドだ。
青毛と言われているが、実際は黒だ。
騎乗用の馬具は俺の所持品に入っている。
俺とキッドは視線を絡ませた。
俺達の間にあるのは親愛ではない。むしろ互いに毛嫌いしている。
つまり、いがみ合いだ。
「睨み合ってもどうにもならないわよ?」
「わかってるって」
キッドは「あ? なに見てんだ?」とばかりに睨みを利かせている。
くっ、この、俺はおまえの主人なんだぞ!
苛立ちながら、近づこうとした時、キッドはブルルッ、と鼻息を鳴らしそっぽを向いた。
完全な拒絶である。
「こ、こいつ」
「ほらほらイラつかないの。親愛度が低いんだから仕方ないじゃない。食事上げてみたら?」
「しょ、食事って、こ、こここ、こいつは、こ、ここ」
「お、落ち着きなさいよ」
俺は冷静に袋から『ドラグーンキャロット』を取り出した。手が震えた。
フレーバーテキストに目を通そうと思ったのは、このバカ馬の不遜さを再度確認するためだ。
・ドラグーンキャロット【最上】
…ドラグーンキャニオンの中腹付近でとれる野菜。過酷な環境でしか育たず、栽培するのは非常に困難。数も限られており、希少性は高い。高級感溢れる深みのある味わいで、二度煮ても味が変わらないとさえ言われている。【品質103】【レア度7】購入価格120、000ゼンカ
俺はドラグーンキャロットを握りながら、肩を震わせた。
「高いんだよ! なんだよ120kゼンカって! 現金で1200円もするのかよ! イエロースライムジェル何個分だよ!」
「どうどう、落ち着いて! もうイエロースライムは狩らなくていいんだから! 昔を思い出さないで!」
「その上、態度悪いし、なんなの? もう売っちゃう? 売っちゃおうか? 売れるよな? こいつ」
「う、売れるだろうけど、これだけレアな馬は中々手に入らないわよ」
「……いくらくらいで売れると思う?」
「え? えーと、多分、100mくらい?」
その額、現金にして百万円である。
「売ろう!」
即決だった。むしろそうしなかったのが不思議だ。
「ま、まちなさいって、馬自体、安くても買ったら10mくらいするのよ!? 後のこと考えたら、優秀な馬を持っておいた方がいいの! SWは移動が大変なんだから!」
「いいじゃないか、もう別の馬にしよう、な? な!?」
「なんでちょっと涙目なのよ……おススメはしないわ。確かに育てるのは難しいけど、最安価な馬に比べると成長度が格段に違うし。最終的な移動速度もかなり違うんだから」
「そ、それがわかってるからこんなに態度でかいんですかね、こいつは!」
キッと睨み付けるが、キッドは鼻で笑うだけだ。
あらあら、ウチのキッドちゃんったら、一食ドラグーンキャロット二本食べちゃいますのよ。一日なんと720、000ゼンカも必要ですの。更に、そんな贅沢な食生活を提供しても、一か月で親愛度が1しか上がりませんの。おほほほほほっ。
「きいいいぃぃ! 馬刺しにしてやる!」
「リハツが高飛車な奥様がヒステリー起こしたみたいになっちゃってる!?」
俺は地団駄を踏み、怒りを発散させようとしたが、無理だった。
キッドは俺を無視して眠り始めたからだ。
「この、駄馬がああっ!」
「お、落ち着いてってば!」
「くっ、くそ! もういい、ほら、食べろよ。こうなったらやけだ。破産してでも腹いっぱい食わせてやる。債務者舐めるなよ!」
俺はやけくそ気味にキッドにドラグーンキャロットを差し出した。
居丈高な駄馬は「さっさと出せばいいんだよ、ボケ」とばかりに、キャロットを咥えると、俺に盛大な鼻息をお見舞いしてきた。
「リリィ?」
「耐えて」
「ぐぬっ!」
それからキッドの食事が終えるまで待ち、二十分近くかけてようやく馬具を装着させた。
こいつ、鞍とかつけようとすると暴れるんだよ。
出発前なのに疲れてしまったが、リリィのためだと思い、なんとか冒険者ギルドに向かった。
「あ、あれ都市戦の?」
「ああ、リハツだろ? なんか顔怖ぇな、おい」
俺を見ているプレイヤー達がたまにいたが、俺は優雅に先を急いだ。
乗り心地は異常に悪かった。