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第五十七話 フレンド

 ステータスは『キャラクターステータス』をご覧ください。

 ログイン初日から三か月ほど。都市戦から一か月あまりが過ぎていた。


 今日は三度目の定期健診を終えてから数日後だ。


「あーー、いーー、うーー」


 リリィがベッドに寝転がりながら呻き声を上げていた。

 気怠そうに、だらしなく口をあんぐりと開けて、意味の通らない言葉を吐き出している。


 なんて情けない! これが元ナビの姿だろうか。

 君ね、そんなんで説明出来るの? 助言出来るの? 手助け出来るの?


「えーー、おーー、かーー」


 なんて情けない! あいうえお順に間延びした言葉を吐く姿は、怠惰そのものであった。


 まあ、これは俺なんだが。


 リリィと同様にベッドに横たわり、天井を見上げながら口を開いていた。

 満身創痍だった。正直、まともに頭が働いていない。


 部屋の中では装備を外している。そのため、現在は薄着だ。さすがに鎧を着たまま寝たりは出来ないからな、心情的に。


 ぼーっとしていると不意に首がなにかの感触がした。ふと見ると、リリィがすぐ傍に座り、俺の首をつねっている。そのまま引っ張っていたが、やがて飽きたのか今度はつつき始めた。


「なにしてるんですかね、リリィさん?」

「……また痩せたわね」

「そうだなぁ。三か月で10キロ以上痩せたし」

「すごい効果ね、これは。正に女性の味方だわ」

「もしかして体型が気になるお年頃とかじゃないだろうな?」

「ぶっ飛ばすわよ?」

「すませんした」


 俺の謝罪に満足したのか、リリィは定位置の枕元に戻ると、またごろんと寝転がった。


「はーー、久々にゆっくり出来るな」

「都市戦復興の手伝いで忙しかったもんね……」


 都市戦の被害は抑えられたとはいえ、多少はあった。復興費は個人の負担に加え、騎士団ギルドが多少補償しているらしい。


 俺は都市部隊のリーダーだったわけだし、手伝わないわけにはいかなかったというわけだ。大工連中は大忙しで、繁盛しているみたいだった。今では治まっているが。


 店舗や家持ちの人は大変だっただろうが、比較的みんな前向きだった。家屋を建てる人は都市戦での被害を覚悟している人が多かったせいだろうか。ただ、今まで都市内にMOBが入り込むことがなかったという前提があるので、ご立腹な人もいたが。


 結局、俺とシュナイゼルが謝ることになってしまった。


 その後にシュナイゼルに謝られた。事前に説明を欠いたことを反省しているようだったし、シュナイゼルの事後対応を見ていると何も言えなかった。


 なんというか、騎士団ギルドって大変なんだな……。


 どちらにしても俺が了承したのだ。別段、不満はなかった。


「上に立つ者の辛さがわかったんじゃない?」

「そうだな、ずっと謝ってずっと走ってた気がする」

「お疲れ様。ってことで、だらだらしましょうか」


 再び、あー、と覇気のない声音を室内に響かせるリリィ。


 だめだ、この妖精。俺と同じだ。


 でも、たまにはいいよな。


「今日はだらだら……ん?」


 電子的な音声と共に、眼前にいつもの画面が浮かんだ。


 『シュナイゼルからコールがあります。繋ぎますか?』


「シュナイゼルコールだ」

「シュナイゼルからコールだ、でしょ。スキル名みたいに言わないでよ」

「イヤな予感がするんだが」

「あたしもよ。よし、無視しましょう!」

「そういうわけにもいかないだろ……」


 一段落したと言っても、都市戦復興作業が残っている可能性はある。さすがに無視するのはシュナイゼルに悪い。


 俺は一拍置いてから、WISを繋いだ。


   ▼


 シュナイゼルから連絡を受けた翌日。


 『爛れた者共の樹林』奥深くに俺は立っていた。レイドボスまで十数分で着くであろう場所。そこは入口付近のただの樹林とは違い、厳粛な雰囲気が漂っていた。


 土を新雪が覆い、空からはしんしんとパウダースノーが舞い落ちている。抒情的な心持ちになりそうな情景だった。


 その静寂を巨人族達の雄たけびが切り裂く。


『グオオッ!』


 『巨人族の熟練兵』の大斧が俺に迫っていた。


 俺は、寸前に半歩右方に移動。ぎらついた斧の刀身に、俺の覇気のない顔が映った。


 俺の口腔から白煙が吐き出される。細かいエフェクトだな、と頭の片隅で考えた。


 そのまま地面に到達した無骨な鉄塊を踏み台にし、巨人族へと跳躍しようとしたが、反射的に左方に長剣を掲げる。


 頭上から落下してきた別の巨人族の大剣が、俺の脳天をかち割ろうと殺気を放っていた。その軌道は直線から、俺の長剣を基点として途中で曲がる。地面に吸い込まれた大剣は、大斧の上に覆いかぶさった。


 次の瞬間、俺はその場でのけ反った。前髪を暖簾のように押しのけた矢じりが見える。大矢だ。


 背中を反りながら、大矢を掴む。後方に向けた慣性力を手に伝え、そのまま回転し、ハンマー投げの要領で大矢を投げ返す。投擲スキルの『投擲返し』だ。


 MOBが放った速度よりも断然遅い。だが、大矢を放った『巨人族の弓術師』は硬直状態で避ける術がない。


 俺は巨人族が射られる場面を確認することなく『巨人族の熟練兵』の眼前に跳躍する。


 身体は羽のように軽い。都市戦以降、前に比べてよく見えるようになって来た。いや、違うな。どう行動すればいいか瞬時に判断出来るようになった、という感じだろうか。


 空中で長剣スキル『サイクロン・エッジ』を発動。四連撃が巨人族の顔面を斬り刻む。


 『リハツは巨人族の熟練兵にサイクロン・エッジを放った』『巨人族の熟練兵に8のダメージ』『巨人族の熟練兵に13のダメージ』『巨人族の熟練兵に18のダメージ』『巨人族の熟練兵に7のダメージ』

 『リハツの幻影剣が発動した』『巨人族の熟練兵に2のダメージ』


 ……ダメージは気にしない。


 空中に留まっている俺に向けて『巨人族の下級兵』が大剣を斬り上げる。


 だが、それを読んでいた俺は上半身を捻り、僅かな勢いを下半身に伝え、側宙しながら、長剣で受け流す。


 三体一。相手はスキル100帯の丁度いい強さのMOBだ。

 まだお客さんは満足していない様子だ。このまま続けることにしよう。


   ▼


 ――最後の一体を沈めると、俺は大きく息を吐く。


 三十分近くかかってしまった。むしろ、低ダメージで倒せたことを喜ぶべきだろうか。


 都市戦から一か月の間、復興で時間を費やしてはいたが、ちょくちょくスキル上げはしていた。最近はちょっとだらけてたけど。


 大きな変更点はサブジョブを忍者からソウルブリンガーに変えたこと。


 忍者は忍術、格闘、そしてDEX、AGIの向上が望めるジョブだ。回避優先だった俺にとっては正しい選択だったと言える。


 ただ、二刀流、短刀、投擲はフェアリーテイマーも所持しているスキルだった。だから忍者は必須というわけでもなかったわけだ。


 そしてソウルブリンガーには二つの特殊な能力がある。


 一つは特殊武器の装備が出来ること。これは様々な効果があるらしいがおおまかにしかわかっていない。フェアリーテイマーと同様、ジョブクリエイトされて時間が経っていないため、情報が少ないからだ。


 現在、覚えているのはエアライドと幻影剣だけ。エアライドは浮遊する特殊武器に乗れるスキルだ。持続時間はあまりない上に速度は大して早くないため汎用性は薄い。


 二つ目は、武器の召喚が出来るということ。俺のプレイスタイルだとどうしても手数が少なくなる。回避を優先しがちなので、ソウルブリンガーの幻影剣は魅力だった。


 幻影剣は自動的に武器が召喚されMOBを攻撃してくれるスキルだ。今は一撃だけだが、スキル値が上がれば攻撃回数も上がるらしい。


 他にもいくつか理由があるが、検証の域を出ないので割愛する。


 現在は武器を短剣、短刀、長剣の三種類装備している。二刀流のままで行くなら二種類に絞るべきだろう。スキル値も上がりにくい。


 方向性はこれでいいのかと思うことはあるけど、自分のしたいようにするのが一番いいだろうという結論に至っている。なにより楽しいし、余計なことは考えないようにしている。


 ふと、自分が物思いに耽っていることに気づいた。


 俺は振り向き、口火を切る。


「あ、悪い。その、こんな感じなんだが」


 俺の視線の先には、シュナイゼル、エッジさん、アッシュくん。それと不服そうにしているリリィがいた。


 目を丸くしたシュナイゼルだったが、やがて我に返ったのか慌てて口を開いた。


「あ、ああ。聞いてはいたが大したもんだな」

「そ、そうかな」

「実際に見てもよくわからねえな。んだ、これ?」


 エッジは首を傾げている。大柄の男が、愛嬌のある仕草をしている光景が少しおかしかった。


「避けてる、のかな?」


 自分でもよくわかってないから、言葉に自信が持てない。


「簡単に言うね。普通は無理だと思うよ?」


 アッシュくんは肩を竦めている。


 全員が俺を訝しげに見ている。違うな。疑問を持っているが、その回答が得られないためにもやもやしている、みたいな顔か?


 俺達は全員防寒具を着ている。俺は基本装備にマフラーにマント。他の面々も同じようにコートを着たりしている。


 SWには四季がある。現実の気温や天候を参照しているらしい。ただし、場所によって傾向は変わるとか。


 現在は十一月下旬に差し掛かった辺りだ。今月に入って急激に冷え込んだ。


 だが、SWでは常に適温を保たれる。システム的に気温が下がろうが俺達の体感温度は変わらない。厚着をしているのは『天候や気温などの環境によって装備を変えないとバッドステータスが付与されるから』という理由からだ。


 極寒の地であれば防寒具、或いは体温が上がるアイテムを用いないと行動速度低下、HP徐々に減少などのバステがかかるというわけだ。


「そう言われても困るんだけど……」

「おいおい、リハツが困ってるだろ。俺達から頼んだことなんだ、詰問するために集まったわけじゃないだろ」

「そりゃそうだ。アッシュ、謝れ」


 シュナイゼルにエッジさんが賛同したようだった。少し演技臭く、何度も頷いた。


「は? な、なんで僕が謝らなくちゃなんないんだよ!」

「……流れ的にじゃねえか?」


 エッジさんの言葉にアッシュくんは心底イヤそうに顔を顰めた。


「別に謝らなくてもいいんで……それより、一応満足して貰えました?」

「んー、そうだな。一つ聞きたいんだが、おまえさっき矢とか大剣とか見ずに避けたよな? どうやってんだ?」

「計算ですかね……」

「計算? ああ、悪い、普通に話してくれ。敬語を使われるような人間じゃねえからな」

「あ、ああ、わかったよ、エッジ」


 なんかこういうやり取り何度もしているような。


 ネトゲは対人だ。だから言葉遣いはきちんとした方がいいと思っているんだが、SWにはフランクな人が多いんだよな。むしろ敬語をイヤがる傾向が強い気がする。


「で? 計算ってどういうことなんだ?」

「えーと、MOBの攻撃の間隔とか、スキルのクールタイムとか、立ち位置とかを計算している感じ、だと思う。あとは、音とか、勘かな」

「……つまり、あれか。視覚以外から得られる情報から行動を決めてるってことか?」

「そういうことになる、かな?」

「あの、変身みたいのもまだよくわかってないんだったか?」

「ああ、今は使えないみたいなんだ、使い魔同調スキルが関わってるみたいなんだけど……」


 俺の言葉を聞くと、三人は難しい顔になった。


 都市戦から一か月の間、俺は試行錯誤したが、フェアリュニオンが使用可能になることはなかった。使い魔同調スキルが急激に上がった理由も究明出来なかったし、なぜリリィが生き返ったのかもわからなかった。


 使い魔は戦闘不能になった場合、三分経つと自動的に蘇生される。しかしあの時は数秒しか間隔がなかったはずだ。


 聞かれることが多かったので、俺は包み隠さず話している。一か月経ったからか、今はほとんど聞かれない。


 都市戦以降、巷ではフェアリーテイマーが増えているとかなんとか。街中でも妖精を連れたプレイヤーをちらほら見かけた。


 リリィは遠目に見ていたが、やがてゆっくりと俺の近くまで来て、肩に乗る。


「お人好し」

「なんだよ、突然」

「都市戦での戦い方を見せてくれ、って頼まれて二つ返事で受ける人間は、お人好しとしか言いようがないわ」

「別に隠すようなことじゃないだろ?」

「確かに敢えて隠す必要ないかもだけど、敢えて教える必要もないじゃない。あんたが自分で編み出した戦い方なのに」

「それに、都市戦復興作業が終わってから、俺達だらけてたじゃないか。身体動かす良い機会じゃないか?」

「……そ、そんなこともあったわね。でもそれとこれとは話が別!」


 俺の首をつねったり叩いたりしているリリィだったが、やがて飽きたのか、もたれかかって来た。


「もしかして、ちょっと怒ってるか?」

「悪い?」

「悪くはないけどな」

「はぁ……リハツの性格からしてしょうがない、なんて思ってる自分がいるのも納得いかないわ」

「意味がわからないぞ」

「うっさい! あたしもわかんないのよ!」


 なんという理不尽。そんなぷりぷり怒っちゃだめでしょ、妖精さん。


 俺達が会話をしている最中、三人は何かを話している様子だった。

 そして数分経つと、シュナイゼルが両手を上げる。


「オーケー、わかった。俺達には無理だってことがな」

「あ、ああ、そっか」

「まあ、なんだ、おまえは隠す気がないみたいだから問題なさそうだな。ネトゲだとどうしても利益を独占する奴は出て来るし、むしろそれは正しい。自分の実績なんだからな。だが、そういうのをつけ狙う連中ってのはどこでもいるもんだ。群がったり、WIS飛ばしたり、噂流して貶めたりな。そういうのを危惧してたってのもあったんだが、大丈夫そうだな」

「もしかして心配してくれたのか?」

「ああ。俺とおまえはフレだし、俺はおまえを買ってる。これからも付き合いはしていきたいと勝手に思ってるわけだ。それに……商人ギルドと企業ギルドの非協力的な姿勢も俺の責任だ。あいつらは自分達の利益優先で、都市戦ではおまえの手伝いをしなかったらしいし、最低限のフォローをしておこうかと思ってな」


 そう、商人ギルドと企業ギルドは俺達に都市戦をすべて任せて、自分達の商品やらを搬出しようとしたり、自分達の所有建築に被害が及ばないように、身を挺して俺のいるところへ誘導していたらしい。


 なんというか、商魂凄まじいというか、呆れると同時に感嘆した。


「そうか……なんか、気を遣わせて悪かったな」

「そんなことはねえよ。俺がお前を巻き込んだんだ。これくらい気を回すのは当然だろう。なにより友人を気にするのは当然のことだからな」


 突然、友人と言われて俺は戸惑った。


 嬉しいという気持ちが強い。なんせ俺のフレンドリスト載っているプレイヤーは、ミナルとメイ……以外は女性ばかりだったからだ。


 数人だけどな。友人は数じゃないと思っているから気にしたことはないけど。


「あ、ありがとう」

「こちらこそだ。好奇心があったのは間違いないから、純粋な気持ちだったとは言いにくいんだが。悪かったな、時間をとらせて」

「いや、別に構わない。丁度暇だったしな」


 だらだらはしてたけどな!


「そうか、そう言って貰えると助かる。んで、だ」


 ちらっと後ろを振り向くシュナイゼル。それを合図にエッジとアッシュくんが一歩前に出た。


「俺達もフレ登録いいか?」

「ぼ、僕は別にしなくてもいいんだけどさ」

「男のツンデレは需要ないからやめとけ」

「ツ、ツンデレじゃない! はぁ、もうわかったよ。フレ登録してくれる?」


 まさかギルマス二人にお願いされるとは思わなかった。


 少しだけ自分でいいのか、なんて考えがよぎったが、二人の気恥ずかしそうな様子を見ていると、そんな思いは消えていった。


「ああ、是非お願いするよ」


 そして、俺達はその日からフレンドになった。


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