第五十六話 暗躍者達の思惑
俺達は、街が喜びで賑わっている最中、路地裏にある一軒のしなびた喫茶店にいた。
「で? どんな気分だ、『漆黒のオレ』くんよぉ」
俺は幼馴染をからかうように言う。
「タダノリ! その名前で呼ぶなって言っただろ! 俺はクロノだ!」
こいつは厨二病から高二病の移行した段階で、SWを始めた。当時は「この名前かっけぇだろ!」とか本気で言っていたので、大丈夫かこいつ、と俺は思っていたが、クロノは早い段階で自分の痛さに気づいたらしい。
厨二病患者でもセンスがあればもっとマシな名前をつけただろうに、こいつにそういう才能はなかったらしい。だからいち早く自分の滑稽さに気づけたのかもしれない。
『漆黒の』から『黒の』という部分をもじって、『クロノ』とつけたのだ。作り直すことは出来ないし、ネーム変更は未だにSWでは認められていないので、ステを非公開にして、違う名前を名乗っているというわけだ。
本名は普通の名前なんだけどな。
ちなみにタダノリは俺の本名だ。キャラは別名で作成したので、クロノとは違った意味で非公開にしている。こいつ、何度言っても本名で呼びやがるんだ。
俺達は店の奥にある、目立たない席についていた。他に客はいない。いるのは店主らしき男だけだ。だからこそこそ話す必要もない。
いつも通りに、感情的な視線を俺に向けるクロノが正面に座っている。わかりやすい奴だ。
「っるせえよ!」
「俺は、おまえがどうしてもって頼むから、演技までして門を閉めずに戦闘不能になったんだぞ。感謝の言葉はねえのかよ」
演技だとは気付いていない感じだった。リハツは、信用していないと言いながらも、心の底では人を信用してしまう性格らしい。なんともお人好しなことだ。
それに駆け引きは苦手そうだったしな。だから上手くいったのだろう。
「……結局、上手くいかなかっただろ」
「そこまで責任とれねえよ。元々、俺はリハツに恨みはないんだからな。そもそも、なんで貶める真似すんだ?」
「おまえには関係ないだろ」
聞いてはみたが、やはり答える気はないらしい。
だが、俺は知ってる。
こいつはリハツが羨ましくて、妬ましいのだ。
初対面の時、リハツを見下していた。クロノは間違いなくリハツを格下だと思っただろう。なのに、あいつは女を侍らせて、周りにちやほやされていた。その上、パシリにしていたミナルまでとられた。
ミナルは学校でも俺達から距離をとっている。おかげで一人の時間が多いみたいだが、本人は気にしなくなっているようだ。多分、リハツ達の影響だな。
クロノはちょっかいをかけては受け流されている。最近は諦めたようだ。裏で「別にあいつなんてどうでもいいんだよ」とか負け惜しみを言っている。なんとも情けない奴だな、こいつは。
都市戦では不満を持っていそうなプレイヤーを集めて裏工作したのに、ことごとく裏目に出た。
リハツは俺達の妨害やMOBの襲撃、プレイヤー達の反発にもめげずに、都市戦で活躍したわけだ。大した奴だと思う。
それが更にクロノの嫉妬心に火を点けている。
今日の目論みは失敗したが、間違いなく諦めていないだろう。
ガキだ。自己顕示欲を満たしたい、思い通りにしたい、ちやほさされたい。それだけしか考えてない。
そんな面倒臭い奴だが、幼馴染なため、見捨てることも出来ない。
正直、俺はリハツを認めていた。だが、情はない。もしもリハツに何かあっても心は痛まないだろう。俺はそういう、適当で薄情な性格だ。
「あいつマジむかつくわ! デブでブサイクの癖に調子乗ってんじゃねえよ!」
「大分、痩せてるけどな」
それにブサイクじゃないと思う。痩せたら、結構整った顔立ちだと思った。そんなことを言えばまた面倒くさいことになるだろうから言わないが。
「で? どうすんだ? おまえ、滅茶苦茶BLに入れられてただろ、ロッテンベルグで活動し難くね?」
「……っるせえな」
こいつはガキの癖にバカだ。だが、自分の状況がわからないほどバカじゃない。
俺はバンダナの位置を調整しつつ、クロノの言葉を待った。考えなしだとは思うが、一応、意見があるならば聞こうと思ったからだ。
………………。
…………ないな。こいつ何も考えてねえ。
俺は嘆息しつつ、天井を見上げた。
あー、だるい。
「あらあら、お二人で浮かない顔をしていますわね」
肩口に振り返ると、無駄に露出度が高い服を着た女が立っていた。
カーリアだ。商人ギルドのマスターをしているらしい。
「隣、よろしくて?」
「……好きにしろよ」
クロノは苛立ったまま無言だったので、俺が返答してやった。
カーリアは仰々しい所作で、安物の椅子に座る。
「それで、次はどうなさいますの?」
「……次、ねぇ」
俺はクロノに視線を移す。
「まっ、こんな感じだ」
「それでしたらロッテンベルグを出てはいかがでしょう?」
「厄介払いか? あんたの所業を知っているのは俺達だけだしな?」
「これは異なことを。その程度のことで、わたくしの地位が揺らぐとでも?」
そう言い、妖艶な笑みを浮かべる。
面倒くさい。まともに相手にしたくはないタイプだ。
クロノはカーリアの提案に飛びついたが、俺は気が乗らなかった。明らかに裏があったからだ。
他意に気づかなかった張本人は未だに、足りない頭を働かせているようだった。
商人ギルドの権力は計り知れない。なんせ、システムの制限があるとはいえ経済を牛耳っている組織だ。俺でもそれくらいはわかった。
「……なぜ、俺達に手を貸した? あんたはリハツの手伝いをすべて無視したな? 企業ギルドも手を貸さなかったのはあんたの仕業か?」
都市戦が始まる頃、クロノが俺に話した計画は簡単なものだった。
まず、クロノが自隊チャットでリハツを煽る。
次に、俺がクロノの尻拭いをするためという口実で、リハツに協力する。この時点ではまだ足を引っ張ろうという程度の考えだった。所詮クロノが考え付くような計画だ。杜撰に決まっている。
そして門を閉めるという方法に気づいたクロノは、最終的に門を閉めないように仕向けようと画策した。そしてクロノはリハツに不満を持っている奴を集める。リハツに不平不満をぶつけて、他のプレイヤーにも猜疑心を植え付けるためのサクラだ。
俺はリハツと共に門を半分だけ閉め、都市にMOBが迫っていることを知った。
その辺りで、カーリアから俺に連絡が来た。知らない名前で警戒していたが、俺達に協力するという旨だった。俺はクロノに連絡し、奴は二つ返事で了承した。
クロノを加え、グルチャで話し、移動しながら作戦を練り直す。
商人ギルドの協力の元、南東の門前に集まるプレイヤーにギルド員を潜入させる。
思ったより、すぐにリハツがプレイヤー達を班分けし始めたが、固まっていたギルド員達は運よく俺の班になった。別の班になっても途中抜けする算段だったので問題はなかった。俺とクロノはリハツの評価を下げて、門が閉められないように出来ればいいという考えだったからだ。
この時点ではクロノは全く間に合っていなかった。カーリアがいなければ頓挫していただろう。
カーリアが手配した商人ギルド員を連れて、南西に走った俺と子鞠だったが、途中でギルド員達が抜ける。俺がそれに気づく演技をしたのは門についてからだ。我ながら真に迫っていたと思う。
その後、フィールドからMOBがなだれ込んで来た。この事態は、想定はしていたが可能性は低いと思っていた。その方が、よりリハツの評価は下がると思っていたが、さすがに博打をする気はなかった。だから適当にはぐらかして、門を閉めないように仕向けるつもりだった。
当然、MOB達に俺と子鞠は殺されてしまう。MOBのPOP場所が分散していたという理由もあるが、カーリアが手を回していたのではないかと俺は思っている。あまりにタイミングが良すぎたからだ。
裏で糸を引いているのはわかっている。その一端を俺は見た。だが、カーリアは底を見せるつもりはないようだ。
言わずもがな、クロノの目論みは全て徒労に終わり、なんの結果も見出さなかったわけだ。それはカーリアも一緒だと思っていたが、目の前にいる女の態度はそれを感じさせない。
「いいえ、あちらは元々そのようにするつもりだったのですわ。SWにおいてコンプライアンスを重要視する企業はあまりいませんものね。それに今まで問題がなかったのですし、プレイヤーに任せる方針だったのでしょう。恐らく、都市戦中は肝が冷えたでしょうけど、ふふ」
「あんたらはどうなんだ?」
「商人ギルドも最初からリハツさんに手を貸すつもりはありませんでしたわ」
「……どういうことだ?」
「どうでしたか、忘れてしまいましたわ。それより、いかがですか? わたくしは、南にある商業都市トエト・アトリスでしたら顔が広いですわよ」
「顔が広いって言われてもな。別にやりたいことも」
「そうだ! そうか、そうだ! おい、カーリア、紹介して欲しいところがある!」
クロノが突然、立ち上がり興奮したように言った。
あー、だめだなこりゃ。
こいつが妙案が浮かんだって顔をした時は九割九分九厘、悪手だ。
「わたくしも手広くしてはおりますが、誰でもというわけにはいきませんの。先にどなたに紹介すればいいのか教えて下さる?」
「お、俺は――」
その言葉は俺が思った通りのものだった。
俺は諦めの心境のままに溜息を漏らす。
「それでしたら構いませんわ。ふふふ、連絡しておきましょう」
満足そうにしているカーリア。
こいつ、まさか最初からそのつもりだったのか? なにを考えてる?
思案する俺の隣で、クロノはなぜかやる気を漲らせている。
もう、このバカを見捨ててやろうかと思ったが、こんな奴でも腐れ縁がある。さすがに即決出来ない。
わかってる。どうせ俺はこいつを手伝う。そうして十年以上も一緒に居るんだから。