第五十四話 妖精王▲
死んだのか。それが俺の感想だった。
視界全面を白色が我が物顔で陣取っている。しかし、それはゆっくりと薄れ、ロッテンベルグの情景を浮き彫りにした。
飛んでいる。
俺の見ている映像は鳥瞰だった。地面まで10メートル近く離れ、俺は浮いていた。
視界の端になにかが揺らぐ。それはプラチナブロンドの髪だった。一房の銀糸が微風にたなびいている。己の髪であると気づくには数瞬を要した。
軽防具装備だったはずが、ひらひらとした衣服に変わっている。急所だけを覆うように、金属で出来た鎧が取り付けられていた。
両の手には何も握られていない。短刀はどこにいったんだ?
背中には半透明の羽が六枚生えていた。ゆったりと動いているのに、俺の身体を地面に落下させることはない。
俺がいた地点は小さなクレーターを作っていた。その周囲にいたはずのMOBは5メートルほど離れた場所にいる。地面に倒れ、起き上がろうとしているが上手くいっていないらしい。
数が減っていた。後半戦いに参加したMOBがいない。
倒したのか? 俺が?
手のひらを見つめると、ほのかに光を放っていた。手だけではない、全身から溢れる光とその粒子が周囲を漂っている。
「どうなってるんだ?」
『わ、わかんない』
リリィの声が頭の中に響いた。
「リ、リリィ生きていたのか!?」
『う、うーん、死んじゃったと思ったんだけど。でも身体がないのよね。あるけど、あたしのじゃない? これ、もしかしてあんたの視点なのかも』
「……合体的な?」
『……融合的な?』
「と、とにかくステを確認してみよう。今なら、MOBは動けないみたいだ」
『そ、そうね』
UIを開き、ステ画面に切り替えた。
名前
・リハツ
種族
・フェアリアン
ジョブ
・妖精の守護者
装備
・右手 なし
・サブ武器右手 なし
・左手 なし
・サブ武器左手 なし
・頭 妖精の紡ぎし髪飾り【全属性】【品質100】
・体 妖精の紡ぎし羽衣【全属性】【品質100】
・腕 妖精の紡ぎしブレスレット【全属性】【品質100】
・脚 妖精の紡ぎし下衣【全属性】【品質100】
・足 妖精の紡ぎし靴【全属性】【品質100】
・アクセサリー 妖精に認められし者の首飾り【全属性】【品質100】
ステータス
・HP 3599 →20000 ・MP 48 →2000
・FP 1000
能力値
・STR 68 →139 ・VIT 55 →110
・MND 14 →100 ・INT 10 →100
・DEX 45 →90 ・AGI 69 →138
フェアリアンAスキル
・妖精王の短剣 練度なし
・妖精王の妖刀 練度なし
・妖精王の息吹 練度なし
・妖精王の加護 練度なし
・妖精王の憤怒 練度なし
・妖瞳 練度なし
「…………なにこれ?」
『さ、さあ』
「色々おかしなことになってるんだけど!? スキル値は大して増えてないのに、ステが異常なんだけど!? フェアリアンってなに!? 人間やめちゃってるんだけど!? 装備がなんか変わってるし、髪は伸びるし、なんなんだこれ!?」
『し、知らないわよっ! と、とにかく、またMOBが来るわよ、戦わないと!』
「そ、そうだな」
戦うと言っても、武器は装備していないし、スキルもわからない。試しに、所持している武器を装備して見ようとしてみたが、出来なかった。
「な、なんだあれ」
「浮いてる」
「へ、変身?」
「綺麗……」
「うおおおお、かっけぇっ!」
プレイヤー達がざわめきだす。
しかし俺に彼らを気にする余裕はなかった。
「ど、どうやって移動するんだ?」
『あたしと同じ感じなら、行きたい場所に行く、みたいなイメージかな』
「し、思考操作か」
『そうね。いつも通りにすればいいんじゃない? あ、く、来るわよ!』
リリィの言葉を合図に、MOB達が一斉に俺を襲う。
地面にいる魔物は跳躍し、空を飛ぶ魔物は俺に向けて飛翔する。
だが、俺は動かない。動けない。
身体の動かし方がわからない。
思考操作だよな、飛びたい? 移動したい? あっちにこっちに、あ、わけがわからなくなってきた。
下から、左右から迫る凶刃。
当たる、と思った瞬間、俺の身体が上昇した。
「うおっ!?」
今、俺はなにも考えていなかった。なのに移動出来た。
どういうことだ?
『あ、羽はあたしが担当みたい、えへっ』
「リリィさぁん!? 肝が冷えたぞ!」
『ごめんごめん、方向がわかんないから、指示お願いね』
「お、おう。わかった……下方二メートル!」
俺が叫ぶと、身体が下降した。俺がいた場所をレイスの魔術が通って行く。
『あ、あぶないわね、今の感じでお願い』
「おう! 左方3メートル、次に下方8メートル滑降、地面すれすれを維持、2メートル進んで上昇!」
『え? あ、えと、お、おっけー!』
回避はいかに対応を早く出来るかが重要だ。事前にリリィに指示し、補助するように俺が身体を動かせば、なんとかなる、はず。
今の内に強化スキルを使おうと、『風雲陣』を自分にかけようとしたが、発動しない。まさかフェアリアン状態だと使えない?
いつも使用しているスキルが使えないのは心許ないが仕方がない。
フェアリアン用のスキルを活用するしかないが、どのスキルがどんな効果があるのかわからない。普段は、閃いた時、新たなスキルを覚えた時は慣れるまで何度か音声操作をするようにしている。
恥ずかしいからしたくないんだが、他に選択肢はない。
「よ、妖精王の短剣!」
『リハツは妖精王の短剣を召喚した』『右手に妖精王の短剣が装備された』
豪華な装飾を施された短剣が右手の中に出現する。
煌びやかで俺の身体同様に光を放っている。
「な、なんか出た!」
『一々、驚かないで、ちゃっちゃとそれで斬ってよ!』
「了解!」
俺は近場にいたグリフォンに短剣を振り下ろす。だが、グリフォンはすぐさま俺から距離をとり軌道から逃れてしまった。
空中だと戦い方がまだわからない。
そう思った時、短剣が眩く発光した。と、刀身から衝撃波が飛び出し、グリフォンに直撃する。
『リハツはグリフォンを攻撃した』『グリフォンは1292のダメージ』
ダメがすごいことになってる。MOBの攻撃力には劣るが、俺からすれば高火力だ。
しかも遠距離攻撃だ。これは、かなり助かる。
「右方3メートル、その後、上昇!」
MOB達を掻い潜り俺は飛び回った。
次いで『妖精王の妖刀』を召喚。左手に持ち、二刀流の構え。『妖精王の息吹』で継続回復、『妖精王の加護』で全ステータス増加。
それらを連続して行い、空中で『妖精王の憤怒』を放った。
上半身と膝が自動的に曲がり、両脇を締める。ぐぐっ、と力を込め、雄たけびと共に、俺の身体はのけ反った。解放された力は爆炎となって周囲を焦がす。燃え盛る炎が周囲を巻き込んだ。
『リハツは妖精王の憤怒を放った』『リノーアスネイルに6101のダメージ、地に住まう者の残滓に8998のダメージ、キングアイアイに9199のダメージ、エンシェントウルフに1891のダメージ、正しき偽物に5699のダメージ、トラップボックス8883のダメージ、ネイチャーグリフォンに10231のダメージ、フォビアレイス9331のダメージ、フログオフィサーに7799のダメージ』
MOBは吹き飛ばされて、建物にめり込む。
プレイヤー達は無事らしい。驚いてはいるが、ダメージはないはずだ。
余裕だ。これなら簡単に倒せる。
俺達は硬直したままのMOBに向けて猛進する。
『リハツはリノーアスネイルを攻撃した』『リノーアスネイルに1409のダメージ』
『リハツはキングアイアイを攻撃した』『キングアイアイに2001のダメージ』
『フログオフィサーはリハツに舌打ちを放った』『リハツは回避した』
『リハツはエンシェントウルフに攻撃した』『エンシェントウルフに771のダメージ』
『キングアイアイはリハツにドロップキックを放った』『リハツは回避した』
『リハツは正しき偽物に攻撃した』『正しき偽物は回避した』
『地に住まう者の残滓はリハツに影縫いを放った』『リハツは回避した』
『エンシェントウルフは轟雷岩壊靠を放った』『リハツは回避した』
『正しき偽物はリハツに鏡合わせを放った』『リハツは回避した』
『リハツはトラップボックスを攻撃した』『トラップボックスにクリティカル、5033のダメージ』
『リハツはエンシェントウルフを攻撃した』『エンシェントウルフは回避した』
『キングアイアイはリハツにドロップキックを放った』『リハツは回避した』
『リハツはネイチャーグリフォンを攻撃した』『ネイチャーグリフォンに1010のダメージ』
『エンシェントウルフはリハツを攻撃した』『リハツは回避した』
『正しき偽物はリハツを攻撃した』『リハツは受け流した』
『リハツはリノーアスネイルを攻撃した』『リノーアスネイルに1409のダメージ』
『地に住まう者の残滓はむせび泣いた』『しかしリハツには効かなかった』
『リハツはフォビアレイスを攻撃した』『フォビアレイスに2041のダメージ』
『キングアイアイはリハツにドロップキックを放った』『リハツは回避した』
『エンシェントウルフはリハツに旋風輪踏脚を放った』『リハツは回避した』『リハツは回避した』『リハツは回避した』
『リハツはフログオフィサーを攻撃した』『フログオフィサーに1989のダメージ』
『ネイチャーグリフォンはリハツにはばたきを放った』『リハツは回避した』
『リハツはキングアイアイを攻撃した』『キングアイアイに2195のダメージ』
『正しき偽物はリハツを攻撃した』『リハツは回避した』
『フォビアレイスはリハツにフォトンを放った』『リハツは受け流した』
『リハツはエンシェントウルフを攻撃した』『エンシェントウルフに1000のダメージ』
『フログオフィサーはリハツを攻撃した』『リハツは回避した』
『リハツは正しき偽物を攻撃した』『正しき偽物にクリティカル4106のダメージ』
『エンシェントウルフはリハツを攻撃した』『リハツは回避した』
『地に住まう者の残滓はリハツに抱きついた』『リハツは受け流した』
『リハツはトラップボックスを攻撃した』『トラップボックスは受け流した』『トラップボックスに426のダメージ』
『リハツはネイチャーグリフォンを攻撃した』『ネイチャーグリフォンに2090のダメージ』
『ネイチャーグリフォンはリハツに攻撃した』『リハツは回避した』
『リハツはエンシェントウルフを攻撃した』『エンシェントウルフにクリティカル、2999のダメージ』
『エンシェントウルフはリハツに裏剛掌打を放った』『リハツは受け流した』『リハツは受け流した』
『リハツはリノーアスネイルを攻撃した』『リノーアスネイルに1409のダメージ』『リハツはリノーアスネイルを倒した』
『フログオフィサーはリハツに水泡連蓮を放った』『リハツは回避した』『リハツは回避した』『リハツは回避した』
『リハツは地に住まう者の残滓を攻撃した』『地に住まう者の残滓に1890のダメージ』『リハツは地に住まう者の残滓を倒した』
『リハツはフォビアレイスを攻撃した』『フォビアレイスに1553のダメージ』
『フォビアレイスはリハツにグラビトンブレスを放った』『リハツは回避した』
『リハツはフログオフィサーを攻撃した』『フログオフィサーに1235のダメージ』
『リハツはキングアイアイを攻撃した』『リハツはキングアイアイを倒した』
『リハツはエンシェントウルフを攻撃した』『エンシェントウルフに999のダメージ』
『エンシェントウルフはリハツを攻撃した』『リハツは回避した』
『リハツは正しき偽物を攻撃した』『正しき偽物にクリティカル4982のダメージ』『リハツは正しき偽物を倒した』
『リハツはトラップボックスを攻撃した』『トラップボックスに1930のダメージ』『リハツはトラップボックスを倒した』
『ネイチャーグリフォンはリハツに怒りの猛攻を放った』『リハツは回避した』
『フォビアレイスはリハツに呪詛の手を放った』『リハツは回避した』
『リハツはネイチャーグリフォンを攻撃した』『ネイチャーグリフォンに2011のダメージ』『リハツはネイチャーグリフォンを倒した』
『リハツはフォビアレイスを攻撃した』『フォビアレイスに1499のダメージ』『リハツはフォビアレイスを倒した』
『フログオフィサーはリハツを攻撃した』『リハツは回避した』
『リハツはフログオフィサーを攻撃した』『フログオフィサーに1747のダメージ』『リハツはフログオフィサーを倒した』
フログオフィサーを葬ったと同時に俺は地面に着地した。勢いのまま、地面を滑り、砂埃をまき散らす。
振り向くと、エンシェントウルフが怒りの形相で俺を睨んでいた。
「よう、最初の続きやるか」
今の俺なら肉薄することもなくに勝てるだろう。
悠然とウルフを睥睨する俺だったが、ふと画面の一部が点滅していることに気づいた。
FPが減っている。残り100を切っていた。時間が経過するごとに1ずつ減っている。一秒に3ずつ減少しているようだった。
『ね、ねえ、これってもしかして、時間制限的な? そう言えば、スキル使う時も減ってたような』
「嘘だろ……」
リリィは俺と同じ視点で、UIも見られるようだ。
だが、重要なのはそこではない。FPの存在を忘れていたということだ。
これだけの力だ、永続するとは思わなかったが、失念していた。これはまずい。時間にして30秒ほどしか猶予がない。
早く決着をつけないと、ここまで積み重ねたものは無意味になる。
「よう」とか、ちょっと格好つけちゃっただろ!
ウルフは他の敵に比べると強敵だ。時間が足りるだろうか。
ここまで約四分程度フェアリアンモードで戦ったが、それでもウルフに大したダメージは与えられていない。
使っていないスキルがある。妖瞳だ。
一か八か使用するか、それとも攻撃を継続するか。
俺が迷っている間もウルフは俺に向かい一歩ずつ進む。
ウルフまで五歩程度の距離になった。
俺は、半ば投げやり気味に叫ぶ。
「よ、妖瞳!」
『リハツは妖瞳を使用した』『リハツの視力が著しく上がった』
…………意味ねえ!
嘘だろ、捨てスキルかよ!
FPを25も消費してしまった。
こうなったら、元の姿に戻って、また時間稼ぎをするしかない。
「リハツさん、やっちゃえっ!」
「そんな奴ぶっとばせぇぇっ!」
「あと一体! あと一体!」
簡単に言うね!?
プレイヤー達の応援は、俺に力を与えてはくれない。
むしろ、焦りを与えて来た。
FPが0になる。
すると、俺の身体から光が生まれ、ピシピシとヒビが入った。次の瞬間、俺は元の姿に戻り、リリィと引き離されてしまう。
『リハツの使い魔同調スキルが51.0下がった』
『リハツはフェアリュニオンが使用不可になった』
スキル値が下がった。それだけならまだよかった。
「ぐっ、身体が、動かない」
「リ、リハツ!? まさかスキルの反動みたいなものじゃ!?」
「そ、そうかも」
俺は思考操作でフェアリュニオンの説明に目を通す。
・フェアリュニオン
…フェアリーテイマーのスキル。使い魔である妖精と融合し、相当な力を得る。発動時には攻撃力2500、硬直付与の周囲攻撃。FPはフェアリアンポイントのことで、妖精の力を数値化。スキルを使用するか、時間が進むごとに減少し、0になると元の姿に戻り、100秒の硬直。一度使用すると、再び使用可能になるまで使えない。
「硬直時間が100秒!?」
「さ、さすがに無理ね」
「……だな」
ウルフは俺の目の前に立っていた。邂逅時と同じ立ち位置だ。だが、あの時とは違い、俺は動けない。
リリィは俺の肩に着地し、定位置に座った。ぎゅっと首に捕まっている。
「リリィは離れてろよ」
「イヤよ」
「離れてろって!」
「絶対イヤ! 離れないから!」
「……お、おまえ……勝手にしろ」
これで終わりなのか。ここまで乗り越えて来たのに。
最後まで諦めたくない。
確実に身体が動かないとしても。
諦めるという選択はしなくなかった。
「くっ、動け、動けよ!」
「リハツ……」
足掻く。システムで決まっているとしても。
もう諦めるなんてことはしたくない。
そう決めたんだ。
ウルフが拳を引いた。
俺は必死にもがき続けた。だが無情にも身体が言う事を聞かない。
プレイヤー達の悲鳴が聞こえる。
俺は罪悪感を抱きながら、目を閉じることしか出来なかった。