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第五十一話 天界からの風景

 死んじゃった。


 私は天界に降り立っていた。ヒーラーは防御力がないから、タンクさんがいなくなるとすぐに戦闘不能になってしまうんだよね。


「ニースちゃん」

「あ、レベッカさん」


 いつものようにごつごつした鎧ではなく、露出が激しい格好をしているレベッカさんが隣に立っていた。優しくていつも気を遣ってくれる人。大人って感じがして、私が憧れている人。大好き。


「ごめんねぇ、私が耐えきれなかったからニースちゃんも死んじゃってぇ」

「い、いえっ! あれは仕方がないですよ、敵が一杯来ましたし……そ、それに私も回復が間に合わなかったですからっ!」

「ううん、それこそ仕方ないわぁ。ニースちゃん頑張ってくれたもんねぇ」

「いえっ! えへへっ、そうですかっ?」

「ふふ、そうよぉ。とにかく、立ち話もなんだし、移動しましょうか」

「はいっ!」


 どこか目的の場所があるのかレベッカさんはどこかへ向かって行った。


 私はレベッカさんの背中について行く。


 天界は名前通りに雲の地面で、空に浮いているみたい。とても広いけど、地面の端は雲が途切れている。もしかして落ちちゃうのかな? ちょっと怖い。


 空は暗い。もう夜だもんね。でも満点の星空と満月のおかげで、結構明るかった。


 戦闘不能になってしまった人達が沢山いる。皆、色々な表情で話したり、一人で俯いたりしていた。途中で死んじゃうと悔しいよね。


 天界には大きな石造りの神殿みたいな建物が複数あった。遠目でも、内部には人がごった返しているのが見えた。


 あれは、レストランかな? ウエイトレスみたいな人が食事を運んでいる。


「天界は初めてぇ?」

「は、はいっ! 都市戦はいつも参加してなかったので」

「あらそぉ、お姉さんは二回目よぉ。死んだのも二回目なのよねぇ」

「そうなんですかっ! 経験者ですねっ」

「ふふ、そうよぉ。死ぬのも経験者ぁ。それで、あそこは休憩と食事、あと観戦が出来る施設なのよぉ。お腹も空いたわよねぇ?」

「はいっ! いいですねっ、食事っ!」

「そうねぇ、お姉さんちょっと疲れちゃったし、丁度いいわぁ。小腹も空いたしぃ。行きましょう」


 会話をしながら、休憩所に到着。


 看板とかはないみたい。誰が経営してるんだろう?


 中に入ると、縦長のテーブルが敷き詰められていた。一つにつき十人くらい座れそう。テーブルの上には食事が並んでいて、プレイヤーの人達は談笑しているみたいだった。


 テーブル中央に、ホログラムが浮かんでる。誰かが戦っている映像みたい。


 地上の様子を観戦してるのかな?


「いらっしゃいませ。空いている席にどうぞ」

「あ、どうもっ!」


 スタイルの良いウエイトレスさんに案内されて、奥へ。席はほとんど埋まっていて、完全に空いているところはないみたい。仕方ないので端に二人座っている席に、私達はついた。


 二グループ端と端に座っている構図になって、ちょっと気まずいけどあちらは気にしていないみたい。


「ここ、人が多いですね。千人近くいませんかっ?」

「一施設、二千人収容出来るらしいわよぉ。ロッテンベルグの天界は五万人くらいなら入れるかしらぁ。都市ごとに別の天界が用意されているみたいだしねぇ」

「そ、そんなにっ!? ウエイトレスさん大変そうですね……」

「経営しているのはNPCだしねぇ。無料だから、あえてさっさと戦闘不能になって観戦してるって人もいるみたいよ。居心地良いから」

「そ、そうなんですか……なんか、ちょっと」

「まあねぇ、地上で頑張ってる人達を見てると、あんまりいい気分はしないわよねぇ。かと言って、私達も気を張り続ける必要もないと思うわぁ。あ、すみませぇん。カッカカレーを特盛で」


 レベッカさんは通り過ぎようとしていたウエイトレスさんを呼び止めた。


「かしこまりました。そちらのお客様はお決まりですか?」


 私はメニューを見て、すぐに決めた。


「ブルアトマトベースのシャカパスタでお願いしますっ」

「かしこまりました。以上でよろしいですか?」

「はいっ」

「お願いねぇ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 綺麗なお辞儀をして、ウエイトレスさんは厨房へ戻った。

 うーん、確かにNPCっぽい。リリィさんは人間っぽいのになぁ。


「シャカパスタにはまってるの?」

「ええっ、おいしいんですよ!」

「そう、私はお腹に溜まるものが好きなのよねぇ……あら、忘れてたわ。ちょっとフレリスト開くわね。天界に来てるなら表示されるから。誰かいるかも」

「は、はいっ」

「あら、ミナルくんがいるみたいねぇ。呼びましょうか」

「もちろんですっ」


 レベッカさんが連絡を取ると、すぐにミナルさんはやって来ました。


 ミナルさんは私とそんなに身長が違わないせいか、たまに可愛い人だなと思ってしまう。何かあった時はいつも私と一緒におろおろしている気がする。かと思ったら突然冷静になる場面もあったり。なんだろう、多分根はしっかりしている人なんじゃないかな。


 落ち着いた色合いのローブを着ている。髪がちょっと伸びたからか、中性的から女性っぽくなってる気もする。困るだろうから言わないけど。


「こ、こんばんは」

「こっちよぉ」

「ミナルさんっ」

「あ、どうも、ありがとうございます」


 ミナルさんはぺこぺこしつつ、私の隣に座った。


「お待たせいたしました。ブルアトマトベースのシャカパスタとカッカカレーの特盛です」

「あ、どうもっ! 早いですねっ!」

「ありがとねぇ」

「お客様は、ご注文がお決まりですか?」


 ミナルさんはまだ席についたばかりで困るんじゃないかと思ったけど、すぐに答えた。


「あ、えと、じゃあフロートオレンジを」


 そうそう、ミナルさんは結構決断力がある。こういう場で迷っているところを見たことがない。意思は決まっているけど、言い難そうにしている時はある。


「かしこまりました」


 ウエイトレスさんを見送って、レベッカさんが口火を切った。


「ミナルくんも死んじゃったのねぇ」

「ええ……結局パーティーは全滅しちゃって」

「あらそぉ。サクヤちゃんは別パーティーだから無事でしょうけどねぇ」

「サクヤさんはリーダーですから、多分大丈夫ですよねっ。ぱくっ」

「みたいねぇ。そうそう、んぐ、んぐっ、リハツさんはどんな感じなのかしら。気になってたのよねぇ、なんだか大変なことになっていたみたいだし」

「そうですね……リハツが都市部隊のリーダーに任命されたって聞いた時は驚きました」

「ですねっ! あの、これで見れるんでしょうかっ?」


 私はシャカパスタをスプーンの上でくるくる回しながら言った。

 テーブル中央には、ロッテンベルグ周辺のマップが表示されているディスプレイが埋め込まれていた。


「そうよぉ、んぐもぐっ……んっ、ちょっと見てみましょうか」


 レベッカさんがロッテンベルグ北西部分を触った。すると、宙に街中が映し出された。門周辺の建物は無事みたい。門が閉まっているのはリハツさんが指示したのかな。


「なるほどねぇ、門を閉じたわけかぁ」

「閉じるんですねっ、これ」

「閉じないと思ってました。ううん、閉じようって考えがなかったかも」

「そうねぇ……まあ、そこはリハツさんだからこその発案って感じかしらぁ。ここら辺にリハツさんはいないわねぇ。プレイヤーが隠れてる姿は見えるけど」

「ということは都市内にMOBが入り込んだらしいというのは本当だったんですね……」

「みたい。ちょっと探してみましょう」


 レベッカさんは次々と転換させて、リハツさんを探した。


 破壊された建物、跳梁跋扈とした都市内。その情景に、思わず私達は顔を顰める。いつも人々で溢れていた場所が、こんな状況になるなんて。


「ったくよぉ、なんだよこれ。俺達がMOBと戦ってる間に、都市が滅茶苦茶じゃねえか」


 隣から会話が聞こえた。

 同じテーブルに座っていた人達の声だ。


 見たことのない装備をしているということは、上級プレイヤーの人達かも。


 不服そうな顔をして、中央の映像を見ている。そこには都市の凄惨な光景が映っていた。


「都市部隊は生きてんのか?」

「都市戦情報見た感じだと、まだ半数近く残ってるな」

「はっ、どうせ逃げ惑ってるんだろうさ。初心者共になにか出来るとは思えねえ」

「まあ、まだマシだろ。戦い挑んで瞬殺されるよりはな。賢明な判断なんじゃね?」

「都市部隊リーダーはリハツ、って奴か。まあ、役立たずなりに、足手まといにならないようにしてるわけか。でも、役立たずなのは変わりねえ。都市内にMOBが入り込んでる状態じゃ、前線から助けが来るのが遅れれば敗北必至だろ」

「違いない。フィールドの部隊が救援に到着するまで逃げまどってりゃいいだろ」


 がはは、と笑う二人の男性。


 ひどい、言いたい放題だ。


 リハツさん達だって頑張ってるに決まってる。むしろ、一人でも戦うような人だ。それを知らないで、こんな風に言うなんて。


 私は下唇を噛んで、恥辱に耐えた。


「それより見ろよ、やっぱ傭兵ギルドの精鋭はレベルが違うわ。スキル回しとか身のこなしとか参考になるよな」

「噂じゃ、一人で『カナMOB』とか『フレMOB』とかを倒したとかなんとか」


 『フレMOB』が『あなたが触れてはならぬ存在』で『カナMOB』は『あなたが敵う相手ではない』のこと。上位には『あなたにとって神の如き存在』があるらしい。


 そしてそこから『あなたにとって強敵』『あなたより僅かに上回っている相手』『あなたと同程度の相手』『あなたより僅かに下回っている相手』『あなたにとって楽勝な相手』『あなたの敵ではない相手』の順に弱くなる。


 相対的なので、スキル値が上がれば当然表示も変わるみたい。


 ちなみに強さ順に略語を並べると『神MOB』『フレMOB』『カナMOB』『強MOB』『上MOB』『同MOB』『下MOB』『楽MOB』『ナイMOB』と言われている。時としてMOBの部分を略したり、レベル、レベと変えたりもする。


「ああ、知ってる。らしいな。傭兵ギルドは廃人だらけだからな」

「だな……ん? なんだこれ」

「あ? なんだよ」

「都市を適当に見てたら、これ……なんだ、なんなんだ、どうなってんだこれ」

「うるせえな……あ? なんだ、これ」


 会話に耳を傾けてしまっていた時、レベッカさんが私の目の前で手を振る。


「二、ニースちゃん、み、見つけたわ、リハツさんを!」


 いつもみたいに余裕がある様子じゃなかった。レベッカさんはニコニコして、動揺なんて滅多にしない。しているように見えて、実はそうではないことはあるけれど。


 でも、今は間違いなく興奮している様子だった。


「え? あ、は、はいっ……こ、これって」

「え、ええ。戦ってるわ……」

「す、すごい……」


 リハツさんが戦っていた。都市の中央、噴水周辺で。


 二十近くのMOBが囲っている。すべてがリハツさんを狙い、攻撃をしていた。


 見えない。リハツさんは一瞬も止まることなく動き回り、流れるように回避していた。


 舞のようだと思った。淀みなく、寸分の狂いなく、まるですべてを見透かしているかのように、身体を動かしている。


 一度も当たっていない。しかも途中で攻撃を挟んでもいる。


 なにより驚いたのは、攻撃を完全に躱すだけじゃなく、武器で受け流しているところだ。あんな方法で、戦うなんて。


「SWとは思えないわ。まるで映画、ううん、別世界を見ているみたい」

「信じられない、です。こんな、ことが可能なんて」

「リ、リハツさん一人で……あ、リリィさんが見えました。支援してるみたいです」

「二人で戦ってるのね。もしかしたらずっと。だから都市部隊のプレイヤーは半数近くが生きているし、都市もあまり破壊されてない。一人で維持しているんだわ」


 私は咄嗟に都市戦情報に目を通した。



 ●都市戦 勃発中

 ・魔物討伐数 15933/22000

 ・魔物討伐割合 72.4%

 ・魔将討伐数 94/108

 ・プレイヤー戦闘不能数 24921/43129

 ・プレイヤー戦闘不能割合 57.8%

 ・プレイヤー棄権数 1444/43129

 ・都市破壊率 9.1%

 ・都市内プレイヤー戦闘不能数 1532/2892



 時刻は十九時六分。


 どれくらい戦っているんだろう。私はリハツさんの行動を知らない。


 いつもそうだ。いつも自分が前に出て、誰かを救おうとしている。いつも全力、一生懸命で誰かのために戦っている。


 この数か月でわかったのは、あの人は自分のためじゃなく他人のために頑張ろうとする人だということだった。けれど、それをわかる人はとても少ない。


 私はなんだか、悲しいのか嬉しいのかわからない感情がこみ上げて来て、泣きそうだった。


「リハツ、って奴か? なんだこの動き。す、すげえ」

「どう、なってんだ。これ人間、だよな? NPCじゃねえよな?」

「ちゃんとしたプレイヤーだって!」

「……チートか?」

「あり得ねえだろ。SWでチートが使えるわけがない。そんなことしたら即刻アカBANだ」

「じゃあ、なんだよ! あ、あれじゃね? こいつ実は高スキル帯のプレイヤーとか。そういや、リハツって奴の職業くらいしか知らねえわ」

「あー、なるほどな。上級か廃人レベルならあり得なくないか」


 違う。彼は私達とスキル値はほとんど変わらない。

 私は叫びそうだった。リハツさんを知らないのに、わかった風に話す二人がどうしようもなく許せなくなっていた。


「なんだ、驚いて損したわ。廃人様ならあり得るな。じゃあ大したことねえじゃんこいつ」


 もう、我慢の限界! と震える足を無理やり動かして立ち上がろうとした。


「あり得るわけがねえだろ、ボケが」


 隣席の二人の会話に割って入ったのは、大柄の男性だった。


 一言で表すならムキムキ? なんだか怖そうな人だ。重そうな鎧を着て、大剣を二本背中に差している。もしかして大剣で二刀流? そんなこと出来るのかな。


 思い出した。確かエッジさん。傭兵ギルドのマスターだ。広場で見た。


「あーあー、まぁた、余計なことしちゃうんだねぇ」


 エッジさんの後ろで嘆息している、素朴そうな男性は二宮さん、だったかな。開拓ギルドのマスターだ。


 二人も死んじゃったみたい。


「あ? てめ、誰だよ」

「お、おい、やめとけ、傭兵ギルドのマスターだぞ、その人」

「……は? マスターがなんでこんなとこに……ぶはっ! あははっ、くっ……し、死んだのかよ。天下の傭兵ギルドのマスターが? マジか!」

「おい、やめとけって。す、すんません」

「……てめぇ、名前は覚えたぞ。プロフは非公開にしておくべきだったな。もしもプレイヤーをPKしたり、傭兵ギルドに加入しようとした時には覚えていろ。なんなら、PVPで勝負をしてやってもいい。決闘するか? あ?」

「……な、なんだよ」

「も、もう行くぞ! 敵に回しちゃなんねえ人くらいわかれ、バカ! す、すんませんした」


 捨て台詞を残して二人組は去って行った。


「軟弱者が、決闘を挑まれたら受けて立つくらいの気概を見せやがれ」

「強面の上に、強者のエッジくんに言われたら誰でも逃げるよねぇ」

「ふんっ! つまらん」


 荒々しく私達のテーブルに座るエッジさんと二宮さん。


 外見で判断したくはないけど、ちょっと苦手かも。


 関わらない方がいいんだろうなと思い、食事をすぐに終えて、リハツさんの様子を見守っていたら、レベッカさんが席を立った。


「ねぇ、ちょっといいかしらぁ?」

「あ? なんだおまえ」

「レベッカ・タブリスよぉ。さっき、あなた廃人でもあり得ない、みたいなこと言ったじゃない? どういうことか教えて貰えないかしらぁ?」

「あ? なんで話さなきゃならねえんだ?」

「私はリハツさんのフレで普段パーティーを組んでるわぁ。こっちの二人もね」

「二、ニース・ホワイトですっ」

「……ミ、ミナル・ガイゼン……です」


 エッジさんはちらっと私達を見て、すぐにレベッカさんに視線を移した。


「友人か……だったら、話してやらんでもない。あくまで俺の主観だけどな」

「ありがたいわぁ、実は私も色々調べてみたんだけどぉ、どうもリハツさんのプレイスタイルは常識から逸脱しているみたいなのよねぇ」

「ふん、そう思う方がまともだ。あいつらみたいに思考停止しているわけじゃあねえみてぇだな」

「まあねぇ、じゃあ、ご一緒させてもらうわねぇ」

「構わねえ」

「あ、僕もいいですよぉ」


 そうして私達は隣に座ることにした。


 エッジさん達は中央にいたので、左右の席を考え、私達がいた端の席に移動して貰った。思ったより、いい人なのかもしれない。


「じゃあ、話すか」


 そう言って、エッジさんは説明を始めた。

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