第四十九話 退路を捨てたのならば
ロッテンベルグは徒歩で端から端まで三、四時間かかる。だいたい十五キロ程度だろうか。その距離を全員がついて来れる最大の速度で走る。都市戦中は都市内も戦闘エリアになるため、スキルも使えるし、速力も上がる。
通常時は、街中で脚力に任せて走ると邪魔だからか、速力を制限されている。
MOBの援軍の存在が確認されて、一時間が経過。
急いだおかげで、北西に到着したのは十八時十五分だった。
「すぐ閉めましょう!」
間髪入れずに、四十人程度のプレイヤー達に助力を求める。
ここまで人数は減っていない。途中抜けがないのは助かった。
MOBが近い。
だが、すでにフィールドで戦っている隊のプレイヤーが間に合ったらしく戦っている姿が見えた。
まだもう少し距離はある、だが余裕もない。
「あ、あのお姉さまは」
「い、行きますよ! せーの!」
M軍団筆頭の女の子を無視して、力を込める。
徐々に閉まり、六、七分近くかけてようやく閉まった。
「ありがとうございました、助かりました!」
「あ、あの」
「と、とにかくこれで時間が稼げると思います! ちょっと他の班に連絡するので、お待ちを」
俺は女の子の言葉を聞かなかったことにして連絡をとった。
もう、隊チャットでいいよな。個別にWIS飛ばすのも手間だし。
『こちら北西班。メイ、タダノリ、小鞠、状況はどうだ?』
『こちら、北東班♪ もうそろそろ閉められるわぁ♪ MOBも遠いし大丈夫そうよぉ』
『順調みたいでよかった。南西班はどうだ?』
『こっちは、ちと芳しくねぇな』
『なにかあったのか?』
『門に着いたと思ったら、途中抜けする奴らがいやがった。十人ほどしか残ってねえ』
タダノリが演技をしているようには思えなかった。俺はこいつを完全に信用していない。だが、少なくとも今は協力的だと感じていた。
『わかった、こっちから人を行かせる!』
『いや、あと五、六分で閉まりそうだ。こっちだけで大丈夫だと思うぜ。ただちょっとMOBが近……おいおいおいおいぃっ! うそだろっ!?』
『どうした? タダノリ!?』
『MOBが来やがった、やべ、うお…………』
『おい、タダノリ! こ、小鞠! どうなってる』
『…………あ』
『あ? どうしたんだ?』
『…………むり』
『おい、小鞠!?』
それ以降返信はなかった。
音声を聞いて、手伝ってくれたプレイヤー達は不安そうにしている。
状況から見て、間違いない。敵が侵入した。
タダノリは初心者の中でも多少は経験があるはずだ。それがほぼ一瞬でやられた。ということは敵がそれなりに強いのは確定だ。
プレイヤー達を連れて行くか? いや、今向かっても無駄死にするだけだ。
「み、みんなは隠れてて下さい。恐らく、MOBが都市内に侵入しました」
ざわつき始める中、俺は地を蹴る。
『リハツは風雲陣を使用した』『リハツの脚力が一時的に上昇する』
これで速力は多少マシになるはずだ。
早急に現状を把握しなくては。シュナイゼル達に報告するだけでも、対応策が増える。
どうする? もう、連絡しておくか?
俺の推測の域を出ない。だが、可能性は高い。
迷っている暇はなさそうだ。
俺は、シュナイゼルに連絡をとることにした。
『おう、どうした? こっちはなんとか間に合った……っと、悪い、サクヤから報告だ。なんだ? ……あ? おいおい、マジで言ってんのか!? そ、そうかすまん。そのまま戦線を維持してくれ。ああ……リハツ、都市にMOBが侵入した!』
『あ、ああ、それで連絡したんだ。確実じゃなかったけど、やっぱりあってたか』
『くそっ、こっちもギリギリだ! 後方部隊じゃ歯が立たないMOBらしい。前線に掛け合ってみるが、もう人員を割く余裕はねえだろう。すまねえ、前線も中間も高スキル帯のMOBが通ったことに気づけなかった。こっちも手が回ってねえんだ』
『……状況はわかった。シュナイゼルは目の前のことに集中してくれ。最悪、一体程度なら都市内の全プレイヤーが殺されるにはかなり時間がかかるはず。それまでに現存の魔物を倒してくれ。南東の門もいつまでもつかわからない。そっちを優先して欲しい』
『ああ、わかってる……死ぬなよ』
『どう、だろうな。頑張るよ』
WISを切ると、全力で地を蹴った。
風が頬を撫ぜる、左右の建物が残像を残しつつ後方へと流れていく。
「どうするの!?」
「やるしかないだろ! 都市に残ってる中で俺が一番マシなんだから! アキラさんもいるはずだし、手伝って貰おう」
「で、でも、相当強いんでしょ!? どうにもならないかも」
「だからこそ逃げても意味がないだろ。やれることはすべてやる!」
ウィンディ通りを半分過ぎたところで、コール音が鳴った。サクヤだ。
『すまない、リハツ。状況は聞いているようだな』
「ああ、まずい展開だな」
『うむ……こちらで足止めしようにもすぐに戦闘不能になってしまってな。無駄死にになると思い、離れるように指示をした。申し訳ない』
「気にするなって。サクヤのせいじゃない」
『そう言って貰えると助かる』
「アキラさんは残ってるか? 出来れば助けて欲しんだけど」
『アキラはすでに戦闘不能だ。MOBの増援と戦っていてな』
「そ、そうか……わかった」
『これ以上敵を入れないように尽力する。すまん……なんとか生き延びてくれ』
「ああ、それじゃ」
『武運を祈る』
WISを終える。
アキラさんはもういない。こうなれば俺達だけでどうにかするしかなさそうだ。
商人ギルドの連中は手伝いもする気はなかった。企業ギルドは沈黙している。
前線は限界。中間も余裕がない。後方には戦力が足りない。
手札は残っていなかった。
あとは、もうこの身一つ。
時刻は十八時三十五分。夜も更けて来た。
現状を把握するため、都市戦情報画面を開く。
●都市戦 勃発中
・魔物討伐数 13981/22000
・魔物討伐割合 63.5%
・魔将討伐数 78/108
・プレイヤー戦闘不能数 12318/43129
・プレイヤー戦闘不能割合 28.5%
・プレイヤー棄権数 1432/43129
・都市破壊率 0%
・都市内プレイヤー戦闘不能数 1330/2892
中々厳しい。
一対一で勝てるほどの戦力ならばかなり余裕があると見えるが、ここはMMORPGの世界だ。一体に対して一パーティー、いやそれ以上必要なMOBもいるだろう。
そう考えると、かなりギリギリの戦いだとわかる。残り16、5%の敵を倒せるかどうか、そして都市内のプレイヤーが生き残れるか、都市を破壊されないようにいられるかが鍵になる。
都市内には1400人程度残っている。逃げ回ればなんとかなるかもしれないが、そんな単純でもないような気がする。
それに、足止めをしなければ都市が破壊されてしまうだろう。MOBを放置する選択肢は危険度が高すぎる。
しかし、俺にどうにか出来るのか?
俺が迷いを振り切れずにいると、ロッテンベルグ中央噴水が見えた。
「おい、待てよ!」
俺は声に振り向く。
路地裏から出てきた集団が、俺に敵意のこもった視線を向けている。
先頭にいる人物には見覚えがあった。金髪だ。タダノリはクロノとか言っていたが。
以前、会った時とは違う装備をしているが髪の色は変わっていない。
「な、なんだ?」
「なんだじゃねえよ! んだよ、この状況! おまえ、都市部隊のリーダーなんだろ、なにしてたんだよ! 責任とれよ!」
「そうだそうだ!」
「それは……」
「おまえが無能だからこんなことになってるんだろ! 偉そうに命令してた癖に、このザマかよ! ふざけんな!」
「そうだそうだ!」
クロノの後方に控えている十数人は全面的に賛同している。
わざわざ俺に文句を言うために集まったのか?
「ちょ、ちょっとあんたらなんなのよ!」
リリィは厳めしく表情を変えて、クロノに噛みつく。
「あ? なんだ、こいつ。おまえに用はねえんだよ! それより、おまえ! どうにかしろよ! 楽しんでプレイしてるプレイヤー巻き込んでんじゃねえよ!」
「あ、あんたら、いい加減に」
「リリィ」
俺はリリィの言葉をやんわりと手で制止させた。
「なによ!? また、自分が悪いとか言うんじゃないでしょうね!?」
「言わない。リリィに怒られたくないからな」
「な、なによ、それ……」
複雑そうな顔をして、リリィはしおらしく肩に座った。どうやら毒気を抜かれてしまったらしい。
俺はそんな彼女の様子を見て苦笑すると、クロノに向き直る。
「悪いけど時間がないんだ」
「あああ!? 責任取れっつって言ってんだろ! 放棄すんのか!?」
「……するわけない。今から取りに行くんだよ!」
「あ? 何言って」
「あんた達は逃げろ、俺は行く」
俺はそれだけ言い放ち、中央噴水へ向けて走った。
「おい、待て!」
ロッテンベルグの中央、そこにはプレイヤー達がなにかから逃げるように散らばっていた。
その背中を何者かが斬りつけている。
攻撃されたプレイヤーはその場に倒れ、すぐに消失した。
人型の狼。狼男だ。ワーウルフと呼ばれる種族だった。遠目でもわかる。中型のMOBの中でもやや大型の部類に入る体躯。身長は二メートル近くあり、人間と同じような下衣を履いている。毛皮に覆い隠された筋肉が隆起していた。
すぐにアナライズで調べる。
・エンシェントウルフ
…『あなたが決して触れてはならぬ存在』『都市戦魔物部隊三等上級魔将』『弱点なし』『視覚、聴覚、嗅覚感知型、アクティブ』
巨人族の更に上。100スキル帯か? いや、それ以上かもしれない。
しかも魔将だ。
ヘルプで確認しておいた情報を思い出すと、周囲の敵とリンクし、且つ通常のMOBよりも強敵らしい。
勝てるわけがない。回避も難しいかもしれない。
また一人プレイヤーが殺された。
何人も、一撃で屠られている。優雅に歩くウルフが手を振るだけで、命の灯は消える。
あの所作は、巨人族やゴーレムの攻撃速度に比べ、著しく速い。
俺は、あれを避けるのか? 避けるつもりなのか?
勝てる要素が浮かばない。回避をし、時間を稼ぐことも難しいだろう。だが、俺は逃げるつもりはない。
しかし、後ろ向きな俺は何度も俺を止める。
殺される。
殺される。
絶対に殺されてしまう。逃げろ。
敵う訳がない。
ゴーレムや巨人族とはレベルが違う。
それがどうした!
「やめろおぉっ!」
『リハツはエンシェントウルフにプロヴォークを放った』