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第四十八話 アングリーアグリー

『シュナイゼルからコールがあります。繋ぎますか?』


 俺はすぐに繋いだ。


「ど、どうかしたのか?」

『広域マップを開いてくれ!』


 切迫した声音に、慌ててマップを開くと、戦闘エリアが四方に出現していた。


「……やっぱりこうなったか」

『あんたのおかげで気づけた。今、全隊の中から選出したプレイヤーを現地に向かわせてる』

「そう、か……」


 都市戦情報に目を通すとMOBの数が相当増えているのがわかる。


「どんな感じで移動させてるんだ?」

『各隊の大中隊を一隊から二隊、各場所に送ってる。ただ……結構ギリギリだ。時間的にも人員的にも』


 全体に人員を割かなければ都市にMOBが入り込む。

 だったらシュナイゼルの判断は間違ってはいない。


 だが、それではジリ貧になるだろう。そして負けるのはプレイヤー側だ。


「シュナイゼル、命令を変更出来るか?」

『変更? どんな風に変えればいいんだ?』

「……多分、今の方針だと、MOBに比べてプレイヤーの数が足らずに、敵が網を抜けてしまうと思う。だから、南東には送らずに、北東、南西に分散させてくれるか?」

『それは構わねえが、そうすると南東ががら空きになるぜ?』

「門を閉める。最初に南東を閉めて、他のも閉めていけば多少は時間が稼げるだろうし、状況に応じて、北東、南西の隊から援軍を送ってくれたらいい。ただ、どれくらい持つかわからないし、博打だけどな」

『門を閉める、か……いつも開いてたから、発想がなかったな。はぁ、情けねえ。防衛の基本、いや常識じゃねえか』

「五年で培った常識もあるんだろ。それに常に開いてる扉を閉めるって案外思いつかないのかもな。防火扉みたいな緊急用の扉ってさ、非常時なのに閉めようとする人間なんてほとんどいないよな? あんな感じだと思うぞ。今は、ほぼ自動になったけどな。あれはまだ閉めるものだって知られているけど、こっちは閉めた光景さえ誰も見たことないんじゃないか?」

『そうだな。閉める必要もなかった……いや、こんな話をしてる場合じゃないな、すまん、気を遣わせたな。おまえの言う通りに指示をする。で、大丈夫なんだよな?』

「……多分」

『た、頼もしい言葉だな。こっちも多分間に合う。綱渡りだな、まったく……』

「しょうがないさ。とにかく、こっちはこっちでなんとかする」

『ああ、頼むぜ。じゃあな』


 会話を終えると、俺はリリィに生暖かい視線を送った。


「やっちまった」

「やっちまったわね」

「んもう! どうして、こう調子に乗っちゃうの、俺! 人いないじゃん、ここ南西じゃん! 移動だけで時間かかるじゃん!」

「そうね。猶予はせいぜい一時間くらい? 全力で走って閉めれば、間に合うかもね」

「人集めの時間がない! って、こんなこと言ってる暇もないじゃないか! 走るぞ、みんな!」

「ま、またかよ、おい」

「…………がんばる」

「あらぁん、また熱い汗掻いちゃうのぉ♪」


 タダノリと小鞠、そしてメイを率いて俺は走った。


 大通りを抜けると時間がかかる、そのため路地を通り、真っ直ぐ南東へ向かった。


 とにかく人数が足りない。こうなったらまた呼びかけるしかない。


『き、緊急連絡です! 四方から都市に向けてMOBが来ています。今から南東の門を閉じますので、協力してください!』

『まあた始まったよ、無視無視』


 予想通りの反応だ。こんなことで俺の心はもう折れない。


『MOBが都市に入ったら敗北が濃厚です! 敗北したら都市の六割が破壊されて、みんな困るんですよ!』

『知らねえって!』

『そうそう、初心者に手伝わせるってマジなんなの?』

『姫はぁ、飽きちゃったぁ、ログアウトしようかなぁ』

『姫ちゃんが飽きてるだろ! どうにかしろよ!』

『僕はそろそろ塾があるんで』

『自由度が高いって聞いたのに、なんなの、全然自由じゃないじゃん!』


 彼らの気持ちはわかる。だからこそ押し付けることは出来ない。


 俺には彼らの心に訴えることしか出来ないのだ。


 南東までの距離は残り半分。だが、集まってくれそうな気配はない。


 諦めずに呼びかけるが、面倒そうに答えるか、罵声が返ってくるだけだった。


 どうする? おばちゃんズみたいな親切な人達が現れるとは限らない。彼らの心を動かすような言葉は俺には浮かばない。


 そんな時、肩に乗っているリリィの身体がぷるぷる震えていることに気づいた。


「リリィ? どうした?」

『ああああああああああああああああぁぁぁぁっ、もおおおおおおおおおっ、うっざああああああいいいぃっ! むかつくむかつく! さっきから好き勝手にぐだぐだ文句しか言ってないし、なんなのっ!? わかってんの!? 都市戦負けたら都市がほぼ壊滅! 困るのはプレイヤー全員なの! なに? そうなったら移動すればいいって? そうやって全部の都市潰す気? なんなの? バカしかいないのここは? ああああっ、もう、腹立つ! 口出すくらいなら手を貸せぇっ! ゲームでも仮想世界でも生きてるのは生身の人間なのよっ!?』

『……はあ? マジなにこいつ、なんでそんなの言われなきゃな――』

『知るかあああああああっ! 手を貸す気もないなら、ロッテンベルグの商品買うな! 施設も使うな! みんなが積み重ねて築きあげたもの全部使うな! 一人山奥でひっそり暮らせ! コミュニティの中で生きたいなら最低限の手伝いくらいしなさいよっ! 権利主張するなら、義務を果たせ! どこかに所属して、何かに関わるなら義務は発生するの! 何にも関わりたくないなら、何もしないなら、自分のことしか考えないなら、一人でどっかいってソロ専でもやって、全部自給自足しろぉ! 普段自由にしてるんだから、こういう時くらい手を貸せぇっ、バカあああっ!』

『あ、あのリリィさん?』


 俺は怯えつつ声をかけた。


 ぐるっと顔を向けたリリィを見て、言葉を失う。


 怖いよ、この娘。


『うっさああいっ! なによ!?』

『あ、いえ、なんでもないっす。すません』

『で、でも俺達も金払ってるんだぞ!』

『そ、そうよ! お客様なのよ!』

『金を払えばなにをしてもいいと思ってる客は客じゃないぃっ! 客は神様とか勘違いしてるバカはどっか行けっ! 一人孤独に生きろっ! 商品を買うのもサービスを受けるのも、なにかを売ってもらうのも、商品を提供してくれる人がいるからでしょうがっ! お金よりも、物の方が価値があるのよ! あんたらがいくら金払おうが、SWがなければプレイできないでしょうがっ! 都市がなければ商品もないでしょうが! 人がいなければパーティーも組めないでしょうがっ! 与えられるのが当たり前と思うなあああっ! 環境を守らないと、物も人もなくなるに決まってるでしょうがああああっ! いいのね? いいのよね!? 五年前みたいに、寂れた村しかなくなってもいいのよね!? それでもあんたらは今みたいに義務だ、権利だ、自由だって主張するのよね!? 自由ってのは、それを築いた人達がいて成り立つものなのよ! 今、頑張って、戦ってる人達がいるから、あんたら楽しめてるんでしょうが! ぐだぐだ言う前に感謝して、手伝うくらいしろ、バカああああっ!』


 感情のままに並べ立てられた言葉だった。


 俺はなにも言えずに、リリィを見ていた。


 単純にプレイヤー達の言動に腹が立っただけなのかもしれない。しかし、リリィの感情をむき出しにした言葉は、俺の心の琴線に触れた。


『……う、うぜえよ』

『ああああっ!?』

『……すみません』

『で、でもさ、そんなこと言われても初心者に出来ることってないんじゃ』

『出来ること探せって言ってんの! 今、このバカで情けないリーダーが、人を募ってるでしょっ! 少しは手伝ってやろうって思う人はいないわけ!? そんなに薄情なわけ!?』

『あ、あの、手伝います』

『ひ、姫も手伝おうかな……なんて』

『……わかったわよ、手伝う』

『よし! 手伝うっていう人は南東門に集まりなさい! 以上!』


 交信を終えると、キッと睨まれてしまった。


「何、足止めてんのよ、さっさと走る!」

「ひゃいっ!」


 あまりの出来事に俺達は自然に足を止めていたらしい。


 リリィに言われて慌てて、足を動かした。


「…………はい!」

「こえぇ、なにこの妖精、マジ怖えぇんだけど。フェアリーテイマーだけはないな、これは」

「リリィちゃん素敵よぉ♪ 私もキレちゃう寸前だったから、助かったわぁ♪」


 ふんっとそっぽを向くリリィ。


「ありがとな。それと悪かった……」

「あんたのためじゃない、あたしがムカついたの! それに、あんたが情けないことは知ってるから謝らなくていい! あんたなりに頑張ったんでしょ」

「あ、ああ」

「だったら胸張りなさいよ」

「わかった」

「よし!」


 リリィは大きく頷くと満足そうにしていた。


 もう何も言うことはない。わかっているから。いつも助けられていることを。


 俺がすべきことは、リリィの行動や気持ちに報いることなのだから。

 

   ▼


 南東門に着いた俺達の前に、現れた情景は思いもよらないものだった。


 百人以上いる。いや、二百近くいる?


 千差万別の容姿のプレイヤー達は俺達を見つけると、勢いよく迫ってきた。


 まさか、さっきの流れを聞いて、不平不満をぶつけるために集まったのか?

 もしそうなら、俺がリリィを守らないと。


 俺はリリィを隠そうと一歩前に出た。


「あ、あの! さっきの方はどなたですか!?」

「お、お姉さまはいずこに!?」

「もっと叱って欲しいんです!」

「はぁはぁ、最高なプレイだった」


 頬を赤らめて興奮した様子のプレイヤー達が我先にと主張してくる。


 あ、これ、だめな奴だ。


 まともなプレイヤーは後方に位置して、こちらを気まずそうに見ている。


 俺達に迫る集団の先頭にはM軍団が陣取っていた。


 SWにまともな人っていないの?


「リハツ……言わないでよ、こいつらに知られたら……さ、さすがに」

「お、おう」


 リリィの心情は感じとれた。


 もしばれたら、きっとリリィにしつこく付きまとい、自分達はフェアリーテイマーになって妖精達をお姉さまやらご主人様やら呼び始めるに違いない。


 それだけは避けなければ。SWが誤解されてしまう!


「し、知らないんだな、これが」

「嘘! 名前言ってたじゃないですか!」

「そうだ、WISだ! そうすれば、またお姉さまの声が聞こえる!」

「ロ、ログアウトしてたりするんじゃないかな?」


 残念ながらリリィにWISは送れない。隊チャットに参加は出来るが、それだけだ。


 リリィはAIで自律しているため、情報を知る必要がある。そのためパーティーのようなグループ用のチャットは出来るし、当然、俺ともWISが出来る。だが、他のプレイヤーとWISは出来ない。プレイヤーじゃないからな。


 使い魔化した弊害として、俺の近くに瞬間移動することも出来なくなっている。特に困るようなことはないから問題はないが。


「と、とにかく、時間がないので、手伝ってくれる方は門を閉めましょう!」


 多分集まってくれたであろうプレイヤーに声をかけると、ぞろぞろと門前に移動を始めた。きびきび動いて欲しいところだが、差し迫った状況をまだ理解していないのだろう。


 ふと、フィールドに視線を移す。


 MOBが見えた。


「来てます! MOBが来てます! 急いで!」


 俺の言葉に、外に顔を覗かせるプレイヤー達。MOBに気づくと、慌てて扉を押す位置に移動してくれた。


 百人以上いるため全員で押すことは出来ない。


「いきますよ! せーの!」


 四十人くらいで門を押すと、おばちゃんズと押していた時より早く閉まる。おばちゃんズは三十人くらいだったから、やはり人数によって閉まる速度が変わるらしい。


 六分程度で閉まった。


「ありがとうございます! あと三つもお願いします。人数は三等分……えーと、ここからこっちは俺に、ここからここまではメ、メイに、あの人です。ここからここまではタダノリと小鞠、あの二人です。それぞれ着いて行ってください」


 人数を数える時間がもったいないので、おおまかに人数分けした。距離を考慮して、俺が率いる北西班は少し人数多めだ。


「メイは北東、タダノリと小鞠は南西、俺は北西に行く。頼むぞ」

「あらぁ、いいわよぉ♪ さあ、みなさんついて来てねぇ、頑張ったらパンドラのごはん割引してあげる♪」

「なんとなく想像してたけど、面倒だな……あー、こっちについて来てくれぇ」

「…………が」

「あ、ああ……俺が言うわ」


 タダノリと小鞠の微妙なやり取りを最後にそれぞれ移動を始めた。


 手伝いをしてくれるプレイヤーもまだ付き合ってくれるようだ。


「はぁはぁ、あ、あのリリィ様は」

「お姉さまはどこなのですか!?」


 あ、やっべぇ、M共が俺の班になってしまった。


 ガタガタ震えるリリィ。

 これはなんとしても情報を漏らさないようにしないとな。


「じゃあ、ついて来てください! 時間がないので走りますよ!」


 俺はスキル帯を考慮し、なんとかついて来れるだろう速度を維持しつつ、北西門へと向かった。


 時刻は十七時三十五分だった。

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