第四十七話 ギリギリのライン
時刻は十六時五十分。都市戦開始から五時間五十分が経過していた。
私はサクヤ。サクヤ・カムクラだ。ラーメンが好きだが、最近食べていない。忙しくて外に出ていないからだ。定期健診の時は行くようにしているが、それだけでは物足らないようになってきた。むしろ、外に出るのが億劫だ。
さて、私の現状は置いておくとして、私達後方部隊は上手く立ち回っていた。
一時、都市の方で棄権者数が増加していたが、現在は停滞している。なにが起こったのかは把握していないが、リハツが上手くやったらしい。
「サクにゃ! 部隊が後方に下がってきたにゃ!」
「わかった。上がるように通達しよう」
後方部隊のプレイヤー数は20000を超える。統率をとるのが難しく、部隊訓練などしていない私達にとっては報告や連絡が重要になってくる。もちろん、それに隊の人間が従うことが前提だ。そこを考えると後方部隊のプレイヤー達はよくやってくれている。
「後方部隊、戦線を上げろ! パーティー毎に行動し、担当エリアから出ないように注意だ! MOBを持ち過ぎるな!」
『了解!』
気持ちのいい返答が複数返ってくる。
訓練はされていない。しかし都市戦に対しての気概は持ち合わせている。
私の指示を受け、部隊は前進した。ロッテンベルグ周囲にMOBはいない。ここですべて受け止めている。
このまま行けば、勝てる。そう確信した。
『サクヤ!』
アキラからのWISだ。緊迫した声音だった。
「むっ!? アキラか、どうした?」
「来た! 来たんだって! マジで来た!」
「落ち着け! 何が来たんだ!」
『MOBだ! サクヤの言う通りに哨戒してたら、MOBが現れた! 北東、南東、南西、全方位にMOBがPOPしてたって報告が来たんだよ!』
「……な、に? POP『した』ではなく『してた』だと?」
『す、すまねえ! 見張りを継続してなかった。き、気を抜いてたんだ!』
「なぜそんなことに!」
『しょ、しょうがねえよ。俺達は軍隊じゃない。ずっと待機なんてつまらないってなる奴も多いから、息抜きをする時間も必要だったんだよ! それに遠視だと見つけるのが難しかったんだ。MOB達は身を隠してた! 棄権したプレイヤーが何人も殺られてるところを遠視で目撃したって報告もある! まだなぜかエリア外で待機してるけど、動きそうな感じだ! マップを確認してくれ!』
私はすぐさまマップ画面を開いた。
北西部分にしかなかった戦闘エリアが、北東、南西、南東にまで表示されている。
いつの間に。くっ、戦闘に集中しすぎて気づかなかった。
反射的に都市戦情報も開いた。こちらは問題なさそうだが。
「いつから表示されている!?」
『わからねえよ! もう十五分経っちまってるってことしかわからねえ! 早いとここっちに戦力送らねえとやべえよ!』
まずい、まずい。
「くっ! 大中隊長! 右翼中翼左翼共に一隊を北東、南西、南東に向かわせろ! 併せて広域マップを確認するように通達だ! 敵の増援が来るぞ!」
『わ、わかりました!』
他のリーダーは気づいているのか?
いや、気づいていたらすでに報告が来ているはずだ。ならば、やはり気づいていない?
『リーダーチャット』に繋ぐか? 待て。それでは混乱するかもしれない。
私は瞬時にシュナイゼルにWISを飛ばした。
『どうした!?』
「シュナイゼル、緊急事態だ! 四方から、MOBが現れた、広域マップを開いてくれ!」
『あ!? なんだよそれ……おいおいおい、嘘だろ、どうなってんだ、これ!? くそっ! 魔物討伐数の母数は変わってねえじゃねえか!』
「まだ戦闘エリアが出現しただけだ! 奴らは侵入して来ていないから表示されてないんだ!」
都市戦情報は頻繁に見ていた。だが、広域マップは戦闘中は邪魔にしかならないため滅多に開かない。
戦闘エリアを確認するのは、せいぜい都市戦開始時くらいだ。それ以降は視覚的に判断することになる。なぜなら北西にしかMOBがPOPしないというのがプレイヤーの常識だったからだ。
連綿と続く戦闘の中では、都市戦情報さえほとんど見ないプレイヤーも多いくらいだ。または局所的な部分マップで戦線は確認出来る。
つまり、都市周辺のマップまで確認しない。
相当数いるプレイヤーの中には都市戦中に確認していた者もいたかもしれない。だが、報告はなかった。たまたまなのか、それとも元々いなかったのか。
都市戦開始から六時間近く経っているというのも気づかなかった要因だろう。みんな疲弊している。だからこそアキラに任せた見張り部隊も集中力を欠いていたのだ。
しかしそれでも配置していなければもっと発見が遅れただろう。
つまり不幸が連続し、人知れず徐々に追い込まれていたところ、リハツの提案でなんとか首の皮一枚で助かったというわけだ。
『マジかよ、くそ! おいミッシェル! 前線のアッシュとエッジに連絡しろ! 前線部隊、は右翼の大中隊一隊を北東に、左翼の大中隊一隊を南西に、中翼の大中隊一隊を南東に向かわせろ! 中間部隊は大中隊二体を送れ! 南東へは都市を通って向かえば早ぇ! 脚力が高い奴を先頭にしろ! 俺は状況確認を続ける!』
シュナイゼルは苛立ちつつ叫んだ。
この状況、やはり彼も想像していなかった事態らしい。
「そうか! 南東へ向かう隊は都市内を抜けろ! その方が速いぞ!」
私はシュナイゼルの言葉を聞き、自分の指示が的確でないことを悟った。
『すでに、都市城壁周辺から周り込んでいます!』
「くっ! わかった、そのまま移動を続けてくれ!」
『りょ、了解です!』
しまった。混乱させてしまったかもしれない。大隊長が気にせず、指示通りにしてくれればいいが。
まずい状況だ。私も平静を失っている。落ち着かなくては。緊張や焦りは隊全員に伝播してしまう。
『マップを見とけば……ちっ、部分マップしか開いてなかった。抜かったぜ。おまえはよく気づいたな』
「……いや、私は気づかなかった。リハツに言われて、見張りを配置してただけだ。もしかしたら、別方向からMOBが来るかもしれないから、都市の城壁に配置して哨戒をさせて欲しいとな」
『なるほどな……へっ、その程度のことにも気を割けないくらい、思い込んじまってたみたいだな。頼りないレイドマスターだな、俺は』
「……おまえがリハツを擁立したからこそだろう。もし、見張りがいなければ、もっと気づくのが遅かったかもしれない」
『そう言って貰えると、助かるぜ……っと。ここはもういい、周辺部隊はもう少し広がれ! しかし、間に合うか?』
「厳しいだろうな……」
前線部隊の配置地点は都市から六キロ。ロッテンベルグの直径は十五キロ程度。北東、南西のMOBがPOPした地点までは、目測で二十キロほど。
不幸中の幸いは、北西地点と同じように、都市から十キロ離れている地点にPOPしているだろうということ。戦闘エリアは北西と同じ位置だからだ。
MOBが動き出すのを十分後としても、プレイヤーに比べると移動速度は遅い。先ほどまでの動向を鑑みれば、恐らく都市に辿り着くまで一時間十分程度か。
一時間以上あれば、上級プレイヤー達なら十分辿り着ける。だが、MOBが移動するのを考慮してのことなので、エンカウントするのは都市にかなり近づいた時だろう。
せいぜいが都市から二キロ地点。北東、南西に関してはこんな感じだと推測出来る。
南東は距離が離れているが、都市側から出れば、エンカウント時に都市を背後に戦うことが出来る。
問題、なさそうだな。
「大丈夫、だとは思うが、リハツにも連絡しておいた方がいいだろう」
『そうだな……。ん? おい、おい、なんだ、これ、マジかよ』
「どうした?」
『都市戦情報を見てみろ!』
「情報? さっきまでは」
私は再度、都市戦情報画面を開いた。
●都市戦 勃発中
・魔物討伐数 7098/16492
・魔物討伐割合 32.2%
・魔将討伐数 45/108
・プレイヤー戦闘不能数 5434/43129
・プレイヤー戦闘不能割合 12.6%
・プレイヤー棄権数 1336/43129
・都市破壊率 0%
・都市内プレイヤー戦闘不能数 1201/2892
「一気に6000体以上増えているぞ!?」
『増援がそれくらい来るってことだ! 各方向、それぞれ2000以上のMOBがPOPしやがった!』
「冗談ではない、それではプレイヤーが足りないではないか!」
各部隊を四等分すると、前線は1600人辺り、中間は3200人辺り、後方は520人辺りだろうか。この中で戦闘不能になっているのが、4000人程度か?
一人当たりで考えれば余裕がありそうだが、MOBには大型、魔将など高スキル帯のプレイヤーでも複数人で戦わなければ勝てない敵がいる。
数が足りない。
「どうする?」
『どうもこうも……とりあえず都市内の状況を確認する』
「初心者達に出来ることがあるのか?」
『わからねえ。けど、リハツなら考えがあるかもしれねえ。事実、俺達がMOBの存在にいち早く気づけたのは、あいつのおかげだからな』
「わかった、とにかく私達に出来ることはした。あとは、各隊が間に合い、なんとか対応してくれることを祈るしかないな……」
『ああ……一旦切るぜ。リハツとはWISで話す。他のリーダーと冷静に話せる自信がねえ』
「わかった」
シュナイゼルとの会話を終えると、私は都市にいる友人に思いを馳せた。
彼はきっと、漫然と時を過ごしてはいないだろう。
自分を情けないと思う。それでも、リハツならもしかしたら、そう考えてしまう。
都市にMOBが侵入すれば、初心者達は殺されてしまう。都市内にプレイヤーがいなくなれば敗北だ。
かと言って、フィールドに出ている私達が都市に戻れば、戦線も下がる。そうなれば、敵が押し寄せ、あっという間に都市は破壊されるだろう。おしまいだ。
都市戦は掃討戦から防衛線の様相を呈しつつあった。
私に出来ることは一つしかない。
この場を守りきる。それだけだった。
『サクヤ! MOBが動き出した!』
アキラの叫びが届いた。