第四十六話 颯爽と登場、メイ・リン
「な、なんだ、あれ」
ドドドッと砂埃を舞わせている人影が見えた。
遠視で見てみると、俺は呆気に取られてしまう。
「お、おばちゃんの大群が来てるぅっ!?」
紫の髪を天然パーマした典型的なおばちゃん、カールを巻いたままのおばちゃん、買い物かごを持ったおばちゃん、おばちゃん、おばちゃん!?
怒涛の猛進をしていたおばちゃんズは俺の目の前で止まった。
「あんたぁ、リハっちゃんやんね!?」
「リ、リハっちゃん?」
「話は聞いたで!」
「え? あ、あの、一体なにが……」
「おばちゃん達ねぇ、手伝いに来たのよぉ、リハツちゃんが一生懸命話してて、メイちゃんも熱心に話してくれるじゃない? だからおばちゃん達が手伝わなきゃって、思ってねぇ、高橋の奥さんもそう言ってたのよぉ。それでみんな集まってなんやかんやして、話してたら来るのが遅れちゃって。んもうっ! 吉田の奥さんが長話なんかするからぁ、困ったもんだわぁ」
「リハツちゃん、昔の主人に似てるわぁ……どう? ウチの娘とお付き合いなんかしたりしない? 三十路だけど、まだまだピチピチなのよぉ?」
わいわいと俺を取り囲む奥様方。
俺はされるがままになるしかなかった。助けを求め、小鞠を見るがおろおろしているだけだ。タダノリは他人の振りをして空を見上げている。
リリィはリリィで俺と同様に狼狽えていた。
「あらん、奥様方、リハツちゃんが困ってるじゃない♪ ちょっと、失礼するわよぉ」
ねっとりとした口調だった。
悪寒が走る。イヤな予感しかしない。
俺はギギッと首を動かすと、声の主を見つけた。
「お・ま・た・せ♪」
「パンドラの店主!?」
「いやだわぁ、私としたことが、自己紹介してなかったわよねぇ。メイ・リンって言うの、よろしくねぇ♪」
どうして女性らしい、美人を連想するような名前つけちゃったの? ねえ? ねーえー!?
筋骨隆々な体躯をくねくね動かし、なにがしかのアピールをするメイ……メイって呼ぶのイヤなんだが。
「リハツちゃんが困ってるって聞いて飛んで来たのよぉ、遅れてごめんなさいねぇ、奥様方を集めるのに時間がかかっちゃってぇ、ゆるして♪」
「あ、ああ、どうもありがとう」
「いいのよぉ、ニースちゃんに頼まれただけ・だ・か・ら♪ リハツちゃんも常連さんだしねぇ」
「ニースに?」
「ふふふ、そうよぉ。愛されてるわねぇ。愛、いえ、恋? いやぁぁん、青春ねぇ! テンション上がるわぁ」
「あ、はい」
「と・に・か・く、三十人くらいは集めたわよぉ。みんな、休日だから集まってくれたのぉ。でもでもぉ、夕方前にはログアウトしないとだからぁ、出来ることがあるのなら早く言ってくれると助かるかもぉ」
おばちゃんインパクトで完全にペースを奪われてしまっていた。
そうだ、せっかくニースの頼みで、メイ……さんが人員を集めてくれたんだ。俺がしっかりしないでどうする。
「そ、それじゃ、みなさん、すみませんが手を貸してください!」
「もちろんよぉ」
「そのために来たんやからねぇ」
「若い子達には負けないのよ!」
すごい熱気だ。圧倒されてしまう。
せっかく集まってくれたんだ、厚意を無駄にしないようにしよう。
「と、とにかくこの門をですね、閉めたいので、手伝って貰えますか?」
「わかったぁ、奥様方よろしくねぇ♪」
「ばっちこーい!」
「母は強しよぉ!」
「おばちゃんなめたらあかんでぇ!」
おば様方はやる気満々で、門に近づいて行った。
俺とリリィも慌てて集団に混ざると、小鞠もタダノリも加わる。
「そ、それじゃ押します! せーのでお願いします。行きますよ、せーの!」
「よ、よいしょっ!」
リリィが可愛らしく声を上げる。力が込められているのかは、傍目から見てわからない。
だが、
「おるうううううあああぁぁっ!」
「よっこいしょおおおっ!」
「はいやあああ!」
「タイムセールを思い出せええぇっ!」
「嫁があああ! 調子に乗ってんじゃないわよおおおおっ!」
「大家族なめるなあああっ!」
こっちは思いっきり込められていた。力以外も込められている気がする。
思い思いの気勢を吐いた。その方が力が出るからだろう。でも、仮想世界だから必要ないんだけどな……。
三十人以上の人力によって、扉が僅かに閉まる。
「動きました! もっとお願いします!」
「任せて♪ んんっ、るうぅぅぅああああっ!」
「…………っ!」
「あー、だりぃ……な!」
「はいよおおっ!」
「しゃああらああっ!」
「行けるで行けるで行けるでええっ!」
更に動く。更に更に動く。
しかし、これはかなり時間がかかりそうだ。
だが、奥様方は手抜きをする気はないらしく、ふんぬうぅっ、と言いつつ継続して押し続けてくれた。
十分近く経った時、重低音を生み出しながら、門はゆっくりと閉まり、やがて、完全に通路を塞いだ。
「し、閉まりました!」
「やったでええええっ!」
「ファイファイファイィっ!」
本当に閉まるとは。諦めなくてよかった。
しかし、対応に迫られているわけではないし、完全に閉めてしまうと都市内のプレイヤーにも、戦っているプレイヤーにも迷惑をかけてしまう。
だが、門は両開きだ。片方だけなら問題ないのではないだろうか。
「あ、あのそれで本当申し訳ないんですが、他の門も閉めたいんですが」
「あいよおおぉ! いっちゃるでぇっ!」
なんだかよくわからないテンションになっている奥様方だったが、これ以上ないほど頼りがいがあった。
「な、なんかよくわからないけど上手くいきそうね」
「そ、そうだな」
完全に呑まれてしまっている俺とリリィだった。
なんという勢いだろうか。
このまま行けるとこまで行こうぜ! と言いたくなるくらい、俺は奥様方に後押しされていた。
「その、時間がないので駆け足になりますが、いいですか!?」
「かまへんかまへんっ! おばちゃん達も慣れとる」
「そうよぉ、ママチャリ走らせて、太ももパンパンなのよぉ」
「そ、そうですか、ではお願いします!」
俺達は走った。駆け足どころか全力で走った。
都市内のプレイヤー達はぎょっとして、俺達を避ける。
「次は北東門です!」
「やったるうううっ!」
「どけどけぇ、なんもせんやっちゃ端によけんかいぃっ!」
「血が、滾るわっ!」
勢いのままに北東門を閉めると、次は南東に向かう。
「すいません、南東もお願いします!」
「ぬおおおおっ!」
「しゃおらああああっ!」
「きえええええええっ!」
そうして俺達は奇声を、いや気勢を発しながら走り続けた。
北西、北東、南西、南東の門を半分だけ閉め終えることに成功すると、夕日が俺達を迎えてくれた。
「や、やった」
「ふふ、おばちゃん青春思いだしちゃったわ……」
「いい汗、掻いたで」
「あれ、おかしいな、目から汗が」
「ええんや、ええんやで……嬉しい時は泣いてもええんや」
夕日をバックに、よくわからない構図で俺達は互いを労った。
「ほな、ウチらはこの辺でログアウトするわ」
「ごめんなさいねぇ、もっと手伝いたいんだけど、夕飯の準備があるのよぉ」
「い、いえありがとうございました。その、お礼は用意してないんですけど」
「ええねん。若いもんが気ぃ利かせる必要ないんや。がんばっとる人間を手伝うのは当然のことや。ウチらは助けたい思うたから助けたんやから。その気持ちだけで十分なんやで」
「そうよぉ、ただのお節介なの。だからリハツちゃんは、おばちゃん達のことは気にせず、がんばってねぇ」
「あ、ありがとう……ございます」
「ほな、行くわ」
「またねぇ」
「嫁探しの時は声かけてね!」
颯爽と奥様方は去って行った。後を濁さず、綺麗にログアウトしてしまった。
嵐が去った後のように突然静かになった。なんだろう、最初は少し面倒だなと思っていたのに、今では寂しいと思うなんて。
「あらぁん、私はまだいるわよぉ♪ 引き続き手伝うからねぇ♪」
「…………僕も」
「あー、俺はもう帰りてぇけど……だめっぽいなぁ」
「悪いな、三人とも。もう少し付き合ってくれ。一応都市戦が終わるまでは頼む」
「最初からそのつ・も・り♪」
「…………うん」
「だよなぁ、まあ、しゃあないか」
なんとか一段落はした。四つの門を半分閉めたというだけだが、これだけでも大型のMOBは入って来れないだろう。少しは効果があるはずだ。
「っと、しばらく状況を見てなかったな」
すっかりおばちゃん達に感化されてしまっていた。
心を落ち着けて、広い視野を持たないと、大事な情報を見逃すかもしれない。
俺はUIを開き、状況を確認した。
●都市戦 勃発中
・魔物討伐数 6932/9892
・魔物討伐割合 31.5%
・魔将討伐数 44/108
・プレイヤー戦闘不能数 5332/43129
・プレイヤー戦闘不能割合 12.4%
・プレイヤー棄権数 1336/43129
・都市破壊率 0%
・都市内プレイヤー戦闘不能数 1131/2892
これはどういうことだ?
なぜ都市戦エリアから出たプレイヤーがこんなに戦闘不能になっている?
見落としがあるのか?
それともなにか勘違いをしているのか?
ルールは確認したはずだ。何か思い違いをしている?
くそっ、考えてもわからない。
小さな焦燥感を抱いた時、
『シュナイゼルからコールがあります。繋ぎますか?』
画面が眼前に浮かび上がった。