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第四十三話 軋む音

 時刻は十時二十九分。都市戦開始まであと三十一分。


 俺は北西のウィンディ通り、広場近くに待機していた。都市戦の説明をここでするとサクヤに聞いたからだ。


 広場にはベンチと街燈があるだけだ。手入れの行き届いた芝と周囲には街路樹が植えられている。かなり広く、詰めればロッテンベルグ中の人間が入れるくらいの敷地面積はある。


 もうすぐシステムメッセージがプレイヤー全員に行き渡る。


 ニース、レベッカ、ミナルとは連絡をとっておいた。三人とも都市戦のことは知っていたようで、少し驚いていたがすぐに理解したようだった。


 全員、サクヤが指示する後方部隊に配属されるだろう。本来なら、俺もそこに配属されるはずだった。


 正直に言えば、三人に傍にいて欲しかったが、個々に好き放題すれば、プレイヤー達に示しがつかない。三人は俺と組もうとしてくれたが、俺はやんわりと断った。


 しかし俺は後悔もしていた。そこまで重く考えなくてもよかったのではないかと。


 少しずつ選択を間違っている気がする。本当に大丈夫なのか。

 俺は一人だ。いや、違うな。


「ほらっ、しっかりしなさい。あたしがいるでしょ」

「ああ、そうだな。リリィがいてくれるなら心強い」


 リリィがいてくれるというだけで、心持ちは全く違う。


 孤独であれば、俺は膝を抱え震えることしか出来なかっただろう。


 だが、二人ならきっと大丈夫だ。


 俺は何度も胸中でその言葉を反芻する。


 その時、視界が赤く明滅する。同時に、都市内に警告音が鳴り響いた。


 『緊急連絡 都市戦の前兆が確認されました。全プレイヤーはレイドマスターに指示を仰ぎ、防衛に備えてください。開戦時刻十一時 終戦時刻未定 ※ヘルプを参照してください』


 『繰り返します。緊急連絡 都市戦の前兆が確認されました。全プレイヤーはレイドマスターに指示を仰ぎ、防衛に備えてください。開戦時刻十一時 終戦時刻未定 ※ヘルプを参照してください』


 来た。来てしまった。


 現実に横たわる俺の身体は、間違いなく過剰な心拍数を叩きだしているだろう。


 頭の中で何度もシミュレートした。しかしおぼろげで、掴みどころがなかった。経験がないからだ。実際に体験していないからだ。


 不安が渦巻く中、無情にも時間は刻一刻と過ぎる。


 大通りを歩いていたプレイヤー達は立ち止まっている。喧噪は徐々に広がり、やがて騒音へとなっていった。


「な、なんだこれ!?」

「都市戦だ。久々に来たな!」

「うるせえな、ブーブーなんだってんだよ!」

「都市戦って書いてるけど、知ってる?」

「始めたばかりでよくわからないんですよ……」


 周囲を見回し不安そうにしている者。

 ようやく来たかと高揚している者。

 フレンドらしきプレイヤーと一体何が起こっているのかと、話している者。

 目的を持ち広場に集まる者。


 街は混乱の一途を辿っていた。

 

 『あー、聞こえるか? 俺は騎士団ギルドのマスター、シュナイゼルってもんだ。このVCはロッテンベルグに滞留している全プレイヤーに向けられている。都市戦に関して知っている人間、知らない人間、色々いるだろうが、まずは北西のイベント広場に集まってくれ。十分後に説明を開始する。悪いが遠いところにいる奴は、その場で聞いてくれ』


 要約した言葉ではあったが、知りたい情報がきちんと入っていた。


 初心者の中にもギルドマスターという言葉を知っている人間は多いだろう。状況を説明してくれるというのだから、集まろうと思っても不思議はない。


 ゲームをまったくしたことがない連中も人の波が移動すれば、追従する。


 事実、目の前を何百人のプレイヤーが通り過ぎ、広場に集合していた。


 俺は広場の中へと入り、奥へと進む。


 視線の先には、簡易的に建てられた台があった。十人くらいなら壇上に立てそうだ。


「おう、来たか」


 台周辺にギルドマスター達とサクヤが待機していた。


 シュナイゼルが俺に気づき、手を上げる。


「時間がねえから、簡単な説明と紹介だけする。見世物みたいでいい気分はしないかもしれねえが、顔がわからねえと色々面倒だからな。成りすましとか、情報が錯綜したりとかな。リハツは端にいてくれ。名前を呼んだら一歩前に出てくれるだけでいい。説明は俺がする」


 それもサクヤに聞いている。聞いてはいるが、気乗りしない。


「あ、ああ、わかった」

「よし。そろそろ時間だ。おっぱじめるとしようぜ」


 ギルマス達全員が頷き、シュナイゼルを筆頭に壇上へと上った。


 俺も後に続く。足がふらつく。人の注目を浴びるなんて考えたくもなかった。


 自分の身体じゃないみたいに言うことを聞かない。カチコチになった手足を動かし、階段を一歩一歩と進んだ。


 その時、頬に何かの感触がする。見ると、リリィがぺしぺしっと俺の頬を叩いていた。


「あたしがいるから。一緒に頑張ろ?」

「リリィ……」


 その言葉だけで驚くほど心が軽くなる。


 まだ緊張はしている。しかし先ほどまで感じていた、圧迫感は消え、身体も思うように動いた。


「大丈夫、失敗したらあたしも怒られてあげる。あんたを庇ってあげる。あたしはなにがあっても味方でいてあげる。それで、成功したら一杯褒めてあげるからね」

「……子供扱いかよ」

「イヤだった?」

「嬉しいよ、ありがとう」


 怖気づくのはもう止めだ。


 リリィにここまで言って貰って今更退くなんて考えはない。


 俺が選択した道だ。俺が決断した。だから何があっても後悔しない。そのために、中途半端な気持ちでいるのは止めなければならない。


 俺は更に一歩踏み出す。


 壇上に全員が上がった。


 視界は広がり、人の塊が埋め尽くしている。

 端から端に視線を動かし、人の目が俺達を凝視している事実に気づいた。


 手足が震えそうになる。しかしリリィの体温が俺を平静に戻してくれた。


 恐れるな。怖がるな。


 もう俺は振り返るのを止めたのだから。


   ▼


 シュナイゼルの説明は端的だった。


 ・こちらで自動的に隊を編成するから各自確認しろ。

 ・各部隊の配置はマップのここだ。

 ・各部隊のリーダーを覚えておいてくれ。

 ・ヘルプを見ろ。

 ・プレイヤー全員が関わるので、出来るだけ参加してくれ。


 この五つだ。


 最後に関しては、強制すれば反発するだろうという配慮かもしれない。参加者からすれば足でまといにはならないで欲しいと思う人間が多いだろう。


 しかしプレイヤーはゲームをしている。楽しみたくてプレイしているのだ。行動を強制されたり、攻略の仕方を決めつけられたりしたくはないと思う。そのために、SWでは攻略サイトなどの情報を制限しているのだ。


 都市戦ははっきり言えば諸刃の剣だと個人的には思う。ゲームとしての楽しさ、現実的な緊張感、そして強制的に全プレイヤーが関連するということ。


 これらを総合すれば、自由度は薄くなる。しかし同時にアエリアルで生きているという実感も与えてくれる。一長一短なので賛否両論ありそうだ。


 主観的に見れば、こういう試みは嫌いじゃないが、好ましくないと思うプレイヤーもいるだろう。


 主にそれが、俺にとってのネックなんだが。


 シュナイゼルの説明を終えると、プレイヤー達は思い思いに移動を始めた。


 中には不満そうにしているプレイヤーもいたし、関係ないとばかりにそそくさとフィールドに出て行ったプレイヤーもいた。


 台を下り、八人が集まる。


「これだけ人口が多いゲームだ。個人主義の人間もいるし、そういう奴らを無理やり参加させることは出来ねぇ。俺達はあくまで暫定的にリーダーになっているだけだ。そこんところ勘違いしないようにな」

「わかってるよ」


 アッシュが呆れ口調で答える。

 彼の反応からみて、シュナイゼルは何度か口にしているのかもしれない。


 案外、気苦労が多そうだなシュナイゼルは。


「それじゃ、各自編成終えたら、配置についてくれ。MOBがPOPする場所がいつも通りなら、北西、『メリア村』と『爛れた者共の樹林』の間だ。それとリハツは都市から出ないようにな」

「あ、ああわかってる」

「おう、頼むぜ。何かあったら連絡だ。そんじゃ、やってやろうぜ!」


 オー、と全員が掛け声を上げる。


 それぞれアクが強い人間ばかりだと思っていたが、思ったより結束は固いらしい。


 全員が持ち場へ向かう中、俺はサクヤを探した。


 開始前に一言、挨拶をしておこうと思ったからだ。


「リハツ」

「ああ、サクヤか」


 アキラとにゃむむを連れ、サクヤが俺に声をかけて来た。今度はいつも通り戦闘用の防具を身に着けている。


「何かあったら連絡をくれ。私はロッテンベルグから少し離れた場所にいるからな」

「わかった、ありがとな」

「こちらこそだ。では、武運を祈る」

「がんばるにゃ!」

「こっちはこっちで任せろよ!」


 頷き合うと、俺達は別れた。


 さて、問題はここからだな。


 とりあえずは、編成を終えておく必要がある。


 『パーティー』画面を開くと、都市戦用にUIが変わっていた。

 大隊、大中隊、大小隊、中隊、小隊、パーティーのカテゴリに分けられ、隣に編成画面が出ている。プレイヤー名を直接入力し申請することも出来る。


 自動編成の場合は申請は必要なく、強制的に隊を組ませることが出来るようだ。一々、承諾を待っていては時間が足りないからだろう。


 しかしパーティーに至っては、各自自由に組むことも出来るらしい。つまり、俺が強制的にパーティーを編成しても、気に入らなければ勝手にリーダーが除名したり、加入させたりも可能だということだ。


 編成しなくても、ロッテンベルグに所属していることは変わらない。データ的には、都市戦に強制的に参加するようになっている。


 都市戦が始まる前に、各プレイヤーに意思を確認しパーティーを組ませれば、このような機能はないだろうが、それでは編隊するだけで大変な労力が必要になる。仕方がないことなのかもしれない。


 編成はシステムがマッチングしてくれるらしい。タンク、アタッカー、ヒーラー、バッファーの数を集計し、その中でうまい具合に調整するようだ。


 考えても仕方がない。自動でマッチングさせるしかないだろう。


 問題は隊長の任命だ。


 パーティーリーダーくらいならば、誰でも問題はないと思う。実際、SWで組む場合、リーダーのすることなんてメンバーを集めることくらいだ。


 だが、小隊長以上の役職は重要だ。それぞれがまとめなければ、隊はバラバラで、結局編成した意味はなくなる。


 しかし、都市部隊に関してはその指針がない。


 都市部隊以外の隊は経験者が多い。そのため、隊長に任命するプレイヤーは限られるだろう。


 となると、やはり方針は決まってくる。


 俺は周囲を見回すと、商人ギルドのギルマス、カーリアさんと、企業ギルドのギルマス、柳さんを見つけた。


「あ、あのすみません」

「あら、どうしましたの?」

「どのようなご用件でしょうか」


 なんか、この二人苦手なんだよな。


 いやいや、勝手に苦手意識を持つのは相手に失礼だ。とにかく話をしなくては。


「え、ええ。その、編成で相談があってですね」

「そちらに関しましては、私どもの関知するところではありません。企業ギルドはその名の通り、ゲームをプレイするという目的で参加しているわけではありませんので。もちろん、お邪魔は致しません」


 柳さんはきびきびと言う。


 やっぱりなという思いはあった。シュナイゼルも企業ギルドに関しては、オブザーバー的な扱いをしていたし、なにか期待しているような感じはなかった。


 彼らは最低限、他のプレイヤーを邪魔しないように努めるというスタンスらしい。


「そ、そうですか。そのカーリアさんは、どうでしょう?」

「私ですの? どのような内容でして?」


 口調は柔らかい。聞いてくれる姿勢もある。


「そ、その、編成の際に、各隊の長を決めないといけないので、商人ギルドで信用出来る人にお願い出来ないかな、と思いまして」

「なるほどですわ。リハツさんはお一人ですものね」


 どうせ俺はぼっちですよ、それがなにか?


「言いたいことはわかりましたわ。ですが、ウチから出せる人員はいませんの」

「い、いないんですか?」

「正確には、ここにいませんのよ。ウチのギルドは商い全般を業務としているのですわ。当然、流通も。一番、儲かるのが交易ですから、基本的にロッテンベルグに滞在している商人は少ないんですの。ロッテンベルグは経由都市ですから、ウチから出す交易商人はほとんど出払うのが常ですのよ。物が必然的に多く集まるという理由で、輸出が主ですの。一応、露店や店舗を構えている人間もいますが……長に向いている人間はいませんわね。そういう者は皆、個人主義ですので。それにそういう者は戦闘系はからっきしですの。多少戦えるのは、交易をしている者ですが……」

「ここにはいない、と……」

「残念ながら。タイミングが悪かったのですわ。わたくしも同様に戦闘はほとんどしたことがありませんし。申し訳ありませんわね」

「い、いえ」

「都市内に魔物が来ることはない、と聞いております。編成もそこまでお考えにならなくてもよいのではないでしょうか?」


 柳さんの言うことは最もだ。


 しかし、あり得ないと思い込むことほど危険なことはないとも思う。


「ね、念のため、という感じですね。なにもなければいいですが」

「なるほど、リスクマネージメントですか」

「た、多分そんな感じ、ですかね」

「けれど、該当人物がいないのですから、どうしようもないのでは? それに、こう言ってはなんですが、仮に都市内にMOBが入り込んだ時点で出来ることはないと思いますわよ」

「……そう、ですね」


 カーリアさんの言葉は的を射ている。


 初心者や戦闘を得意としていないプレイヤーが出来ることはないだろう。

 足止めをすることも難しいかもしれない。


 なら、俺の行動は意味をなさない。


 でも、そんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。


 どうせ大丈夫、などという楽観的な考えでどうなったか。現実の俺はどのような人間になったか、それは俺が一番よくわかっている。


 そこまで深く考えることではないのかもしれない。

 少し、重く受け止めすぎているような気もする。


「わ、わかりました。では編隊は、隊長も含めて自動的にマッチングさせる形にします」

「そうですわね。それでいいと思いますわよ」

「私どもはリハツ様のご指示に従わせて頂きます」

「で、では、なにかあったら連絡をとるということで」

「わかりましたわ。どちらにしても、わたくし達が集まっていても意味はないですものね」

「かしこまりました。では動向を見守らさせて頂きます」


 軽い調子で、二人は広場から去って行った。


 ぽつんと取り残された俺は、自分では得体の知れない不安を感じていた。


「いいの? 隊長適当に決めて」

「……頼める人を探す時間はないし、仕方がない。編成は途中で代えることも出来るし、暫定的に決定しておくよ。なにも決めてない方がまずい」

「そうね……それしかないわよね」


 少しずつ歯車が狂っている音がする。それが気のせいだと思い込んだ。


 リリィの言葉に逡巡しながらも、俺は漫然とした気分のまま、自動編成を開始した。



 ●都市戦 開始まで十分。

 ・魔物討伐数 0/0

 ・魔物討伐割合 0%

 ・魔将討伐数 0/0

 ・プレイヤー戦闘不能数 0/43129

 ・プレイヤー戦闘不能割合 0%

 ・プレイヤー棄権数 98/43129

 ・都市破壊率 0%

 ・都市内プレイヤー戦闘不能数 0/2892


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