第四十二話 それでも逃げるつもりはない
都市戦、開戦一時間前。
俺は『ボッタクリ商店』の店内にいた。隣には店主が立っている。まるで置物のように一言も発していないが、じっと俺の手元を見て、隙あらば説明しようとしているようだ。
「効果高めの回復薬が欲しいんだ。持てるだけ買いたい」
「…………そ」
「そっちか?」
店主が指差す先に高級そうな瓶が見えた。多分回復薬だろう。
俺の言葉に頷く店主。相変わらず、ほぼ無言のままだ。
・回復薬【最上】 …即座にHPがかなり回復する。クールキャストは二分。品質90。15000ゼンカ。レア度5。重量200グラム。
調べてみると、この回復薬がこの店で一番効果があるようだ。
「じゃあ、これを……30個くれ」
店主はコクコクと頷くと、受付へ小走りで進むと、奥の棚から回復薬をせっせと持って来た。
俺は会計を済まし、袋に入れる。
「いつもありがとな」
「…………こ」
「こちらこそありがとう?」
「…………うん」
「はは、どういたしまして。また来るよ」
「…………また」
「ああ、またな」
店主に手を振り、店を出た。
大通りには様々な人間がいる。
まだ都市戦の情報はプレイヤー達は知らない。自由にゲームを楽しんでいるようだ。
開始すればどうなるのか、想像出来ない。そしてその中で自分に課せられた大きな役目を全う出来るのかも。
緊張してきた。これはまずい状況だ。
「あの店主、よくあれで商売出来るわよね」
「……え? 悪い、なんか言ったか?」
「もしかして緊張してる?」
「し、してるに決まってるだろ」
「でしょうね……ま、時間までゆっくりしましょう。今のところ出来ることはないんだし」
「事前に準備出来ないってのはどうもな」
「都市戦が初めての連中からしたら、一プレイヤーが都市戦が始まるって言い始めても、危機感が薄いでしょうからね。例え騎士団ギルドのマスターからの言葉だったとしても、全員が素直に聞き入れるとは思えないし。特に、初心者は事情がわからないわけだし。システムメッセージが届くのを待つ方がいいんでしょうね。一応、経験者達は既にそれぞれ隊を作ってるみたいよ」
「……それってつまり、都市部隊が一番、結束力がないってことだよな」
「そ、そうね。まとめるのは難しいでしょうけど、やることも少ないと思うし、気楽にやればいいんじゃない? というかそう思わないとやってられないでしょ」
「おお、そうだな! って言おうとしたのに、おまえは一言多いね」
「素直と言って欲しいわね」
肩を竦めるリリィを見て、俺は嘆息を漏らす。
愚痴っても逃れることは出来ないのだ。サクヤの立場もあるし、少なくとも俺は責任を果たさなくてはならない。
重責ではあるが、サクヤに恩を着せるつもりはない。
俺がサクヤを助けたいからしてるだけだ。対価も求めないし、責任転嫁をするつもりもない。理由や経緯はどうあれ、俺が決めたことなのだから。
俺はUIのヘルプ画面を開く。そこには都市戦の項目が追加されている。
先ほど、『都市部隊のリーダーに推薦された。承諾しますか?』というメッセージが届いた。承諾したと同時に、チャットに『全隊チャット』『自隊チャット』『リーダーチャット』が追加された。
全隊チャットは聞くことしか出来ず、チャットが出来るのはシュナイゼルだけだ。
都市戦の説明に目を通した。
●都市戦概要
…どうやら魔物達が不穏な動向を見せているようだ。
情報によると、魔物達は軍勢を率いてプレイヤーを淘汰しようと目論んでいるらしい。
都市を襲撃し、施設や家屋を破壊しようと謀略を巡らせているのだ。
プレイヤーは魔物を撃退し、都市を防衛することが急務となる。
魔物は初級レベルから上級レベルまで様々な種類が集結している。
気を抜かず全員でこれを撃退しなければならない。
●都市戦ルール
・都市戦に終了時間は決められていない。
・都市戦はプレイヤー、魔物のどちらか勝利、敗北しなければ終了しない。
・都市戦はアエリアル全域の都市部で同時に行われる。
・都市戦開始時に都市戦エリア外にいるプレイヤーは、都市戦中、都市戦エリア内に入れない。
・都市戦中に都市戦エリアから出た場合は、棄権とみなす。
・都市戦エリアは都市内と、MOBが現れる場所より都市側に一キロ離れた地点から、街に向けて幅15キロの直線状。
・フィールド上の都市戦エリアはMOBが現れる十五分前から解放される。
・都市戦エリアはマップに表示される。
・棄権した場合は戦闘不能に含まれない。
・都市戦中のみ、都市内も戦闘区域となる。
・都市戦中も、都市内の施設は利用可能。
・都市戦期間限定で、大隊、大中隊、大小隊、中隊、小隊を組むことが出来る。
・小隊はパーティーを四組、最大24人で組む。
・中隊は小隊を四組、最大96人で組む。
・大小隊は中隊を四組、最大384人で組む。
・大中隊は大小隊を四組、最大1536人で組む。
・大隊は大中隊を四組、最大6144人で組む。
・各隊の長とリーダーは別の役職である。
・全部隊の統括者をレイドマスターと呼ぶ。
・都市戦期間限定で、エリア内全員がパーティー同様に魔術、神術などをかけられる。
・都市戦期間限定で、都市戦統括者は編隊を組む権限を得られる。
・都市戦期間限定で、都市戦統括者は隊毎のリーダーの決定権がある。
・都市戦期間限定で、都市戦統括者は隊全体にチャットが出来る。
・都市戦期間限定で、リーダーに任命された者は、自隊の編成と自隊のチャットが可能。
・都市戦期間限定で、全プレイヤーは自隊限定のチャットが出来る。
・都市戦期間限定で、魔物撃退数などの現状がUIに表示される。
・都市戦中、大陸全域において戦闘不能になったプレイヤーは天界に送られる。
・都市戦中、大陸全域において戦闘不能になったプレイヤーも戦闘不能数に加算される。
・都市戦中、プレイヤーの所属都市は最も近い都市に設定される。
・都市戦終了時に貢献度によって報酬が配られる。但し敗北時には貰えない。
・都市戦にプレイヤー側が敗北した場合、都市は強制的に六割破壊される。
●都市戦プレイヤー勝利条件
・全魔物の八割を討伐する。
・魔物の将を全て倒す。
・増援が来る前に現存している全魔物を倒す。
●都市戦プレイヤー敗北条件
・全プレイヤーが八割以上戦闘不能になる。
・都市の建物を六割以上破壊される。
・都市内にプレイヤーがいなくなる。
●天界とは
・プレイヤーの魂が滞留する場所であり、一時的な避難場所。
・天界では地上の様子を見ることが出来る。
・天界にMOBはいない。
・天界で出来るのは観戦とチャットと食事のみである。
・天界と地上間ではチャットが出来ない。
・デスペナルティはない。
・都市戦開始までにログインしなかったプレイヤーは都市戦中は天界に滞在する。
・都市戦終了後、ホームポイントに帰還する。
説明はすでに何度か目を通してある。
気になったところはいくつかあった。
まず、終了時間が決められていないということ。これは下手をすれば長期戦も考えないといけないということだ。シュナイゼルの口ぶりから、日は跨がないような気もするが、一応頭に入れておいた方がよさそうだ。
そして『都市戦開始時に都市戦エリア外にいるプレイヤーは、都市戦エリア内に入れない』という文面。『都市戦はアエリアル全域の都市部で同時に行われる』という点もあるということは他の都市にいるプレイヤーの援軍は期待出来ないということでもある。
俺の担当部分に大きく関わるのは『都市戦中に都市戦エリアから出た場合は、棄権とみなす』という点だ。初級者か中級者以上なら都市戦の存在も知っているだろう。ルールも知っているだろうし、知らなくても、参加するとなれば目を通すくらいはする。
だが初心者は説明を見ない人間も多いのではないだろうか。知らずにエリア外に出るかもしれないし、参加する気もないかもしれない。
厄介なのは『都市戦中、大陸全域において戦闘不能になったプレイヤーは天界に送られる』と『都市戦中、大陸全域において戦闘不能になったプレイヤーも戦闘不能数に加算される』という部分だ。
つまり参加意思がなくとも、別の場所で期間中に死ねば、都市戦において戦闘不能したとみなされてしまう。好き勝手にプレイする人間がいれば、必然的に不利になる内容だ。
『棄権した場合は戦闘不能に含まれない』という文章から見れば、棄権と戦闘不能は別だ。ならばエリア外に出ること自体は問題ではないということになる。
かと言って全員が自由に動いていい、となれば都市戦と無関係な死を迎えるプレイヤーも少なくないだろう。
システムからすれば参加を促すための一文なのだろうが、そこまで気にする人間は少ないかもしれない。
これはリリィが言っていたように注意喚起は重大だ。
更に『都市戦に敗北した場合、都市は強制的に六割破壊される』という項目。これがどの程度の損害なのか理解していないが、復興にはかなりの資金が必要になることはわかる。所有者が出費しなければならないのはもちろんのこと、もしかしたら施設も利用出来なくなるかもしれない。
そうなればロッテンベルグに居住を構えているプレイヤー全員が不便を強いられるだろう。それに伴い、一時的に滞留している人間は出ていくかもしれない。つまり、ロッテンベルグに人が少なくなり、必然的に商売の需要がなくなる。そして更に人が減る。
悪循環が起きる可能性がある。そうなったら現在のような活気はなくなるだろう。
少しはこの地に愛着がある。寂れてしまうのは好ましくない。
そして最後に、最も重要な事項は、都市戦プレイヤー敗北条件に掲げられている『都市内にプレイヤーがいなくなる』という部分だ。
都市に残る都市部隊は戦闘に向いていない、または戦闘スキルが低い初心者だ。もしも一体でも高スキル帯のMOBが侵入すればどうなるか……。
シュナイゼルが危惧していたこともわかる。仮に今までとは違う戦法でMOB達が攻めて来たら、対応に迫られ手が回らなくなり、MOBが都市内に侵入したら。
そうなったら終わりだ。俺達にとれる手段はほとんどない。
俺はやるべきことを固めていった。
そして、一つの願いに到達する。
どうか、なにも起こらずに終わってくれ……。
UIの時間をじっと見つめる。時刻が進むにつれて、俺の緊張感も増していった。